贋作に隠されたもの.7
以前間違って投稿した話です。そのあと加筆修正しています。
「リディ、その話について詳しく教えてくれないか?」
切れ長の目をさらに鋭くするレオンハルト様。
ライトブルーの瞳はゾクリとするほど冷たく光る。
「絵画教室の生徒の絵を見ていたところ、贋作の特徴とよく似た絵を描いた人物が二人いました」
「その二人は何と言っているんだ」
「自分は贋作を描いていないと。でもここにいるアロイは贋作を描いたことを認めました」
部屋中の視線がアロイに集中する。アロイはその視線に耐え切れず一度は顔を伏せたものの、覚悟を決めたように頭を上げた。
「申し訳ありません。私が描きました。言い逃れをするつもりはありませんし、知っていることは全てお話します」
「レオンハルト様、アロイは家族のために仕方なく描いたのです」
アロイがしたことは許されることではない。
でも、どうしてそんなことをしたかを伝えたかった。
「リディ、その話を聞いて判断するのは俺の仕事ではない。そしてどんな理由があっても、超えてはいけない一線はある」
冷ややかな視線をアロイに向けたまま、はっきりと言い切る。
そう。レオンハルト様は本来そういう方だ。
冷酷なまでに冷静。感情に左右されず物事を判断する。
そしてそれは間違いではない。
「アロイ、では聞くが何を知っているんだ?」
「贋作については私も含め、絵画教室の生徒数名が関わっております。描いた絵はカルバットやイネスに渡していました」
「その絵の流通先は?」
「そこまでは。いつもお二人ともそのことについては何もおっしゃらなかったので」
「私は贋作なんて受け取っておりません。生徒が勝手に描いて売っていたのです」
「それは嘘だ。俺はいつもあなたに渡していた」
「では、私が受け取ったという証拠は?」
アロイがうっと口を閉ざす。こんな取引に証拠なんて存在しない。イネス様はその様子を見て勝ち誇ったように煙管に口を付ける。
「贋作については証拠がなくても、盗作についてはどうでしょうか? 私の描いた絵が数枚、カルバット画伯の名前で世に出ています。絵を調べてください。贋作と同じように木枠から外せば普段では見えない場所に私の名前のサインがあるはずです。そしてその絵の売買にエバーソン・ステライン伯爵も関わっています」
「ほう、エバーソンが、か」
レオンハルト様の鋭い視線が今度はエバーソンに向けられる。
「お、お待ちください。それは何かの間違いです。確かにカルバット画伯が描いた絵のすべての売買に関わっております。しかし、今まで私が扱った絵は全て画伯が描かれたものです。それはこの国一と言われる画商である私の名に懸けて証言いたします」
「ではサインについてはどう説明する」
「カルバット画伯ともなれば、キャンパス地を木枠に打ち付ける作業は弟子や生徒に頼むのが普通。そやつは自分のサインをしたキャンパス地を木枠に打ち付け、カルバット画伯に渡していたのでしょう。なんとも卑劣なやり方です」
「嘘だ! あなたとカルバット様が話しているのを聞いたことがある。『いい捨て駒が見つかった』と二人で笑っていたではないか」
アロイがエバーソン様に詰め寄るも、それをレオンハルト様が手で制する。
「レオンハルト様、贋作を作るような男の言葉に耳を貸す必要はありません。この期に及んで自分の描く絵がカルバット画伯と同じ価値があるなど、ふざけるのにもほどがあります」
「イネス様は盗作の件も、贋作の件もご存じだったのではないですか?」
「リディ様、あなたまでそんな男の言いうことに耳を貸すのですか? 私は何も知りません。カルバットの名で世に出た作品は、全て主人が描いたものです。それに贋作については生徒が勝手にしたことで我がリカイネン男爵家は関わっておりません」
贋作は生徒達が描いたあと、より似せるよう修正の手が入っていた。でもそのわずかな修正箇所をカルバット様がしたと鑑定するのは難しい。ただでさえ個性を消したタッチで描かれているのだ。
でも、盗作なら可能。アロイのサインがしてある絵を探し、アロイとカルバット様が描いた絵と見比べれば鑑定ができるはず。
「エバーソン様はカルバット様の絵、全てを取り扱っていらっしゃいますよね。もしアロイのサインがしている絵を第三者が鑑定しカルバット様の作でないと証言したらいかがでしょうか」
この国一の鑑定士が長年関わってきた画家の絵の鑑定を間違えるがはずがない。だから、アロイが描いたことを証明すれば必然的にエバーソン様の関与を証明できる。
「ハハッ、ワグナー女男爵、その問いは無意味ですよ。国一番の鑑定士である私が『カルバット画伯の絵』と認めたものを、誰が違うと証明できるのですか?」
なるほど、そうくるか。
確かに、彼の鑑定を覆すのは並大抵のことではない。彼に匹敵するだけの実力があると認められている人間でないと無理。
「では、あなたと同じくらい画商としての経験と名声を持つアンドレッダに頼みます」
「ほう、あの男と知り合いでしたか。しかし、それで私の鑑定が覆りますかね。確かに彼は目利きだし、その実力は認められている。だが、所詮彼は平民。伯爵である私と平民の意見、世間はどちらを選ぶでしょう?」
グッと奥歯に力が入る。確かに同じぐらいの眼力があると認められていても、世間は身分の高い人間の意見を信じる傾向にある。愚かな話だけれと、それがこの国の実情。
「それなら私も証言します。あなたと同じランクの画商で、爵位も持っています」
私の言葉に、エバーソン様は、こんな面白いものはないと声を上げて笑う。
「はは、これは面白い。ポッと出の女男爵が私に立てつこうというのですか。それはやめた方がいいでしょう。あなたなんて平民と変わらない小娘だ。誰も耳を貸したりしませんよ。それに、私は悪事に手を染めていない。贋作にも盗作にも関わっていない。伯爵家の名に懸けてそう誓いましょう」
まるで幼い子供を言い含めるような口調。
唇の端をいびつに上げた歪んだ笑顔。
その顔は、権力を振りかざし、私の髪と瞳を欲しがった貴族達を思い出させる。
「私が欲しい」といいながら「平民となったお前を貰ってやるんだからありがたく思え」と彼らの目は言っていた。
たまたま爵位ある家に生まれてきただけで、人の人世を踏みにじることを許されたと思っている人間を、私は大っ嫌いだ。
今までにあった沢山の権力と言う名の圧力。それがそんなに偉いのか。それがこの国での絶対なのか。
地位があれば犯罪を犯しても裁かれない。全ての罪を身分の低い者に押し付け、高見の見物をしても許される。
ーーだったら、引きずりおろしてやろうじゃない。
エバーソンのもとに歩き始めた私の肩をレオンハルト様が掴む。でも私はその手を払いのけて目の前まで行くと、ちょうど目の高さにあるクラバットに指を伸ばし思いっきり引っ張た。突然のことでエバーソンはたたらを踏みながら私の目の前でよろける。顔の高さが同じになったところで、その茶色の瞳を見据える。
「爵位によって善悪が変わるのであれば、あなたを糾弾するために侯爵夫人となればいいだけ。あなたと同様に画商としての実力を認められているアンドレッダの鑑定を、画商ランク特Aを最年少でとった侯爵夫人が後押しした場合、世間の意見はどっちに転ぶでしょう? 私を否定することはエルムドア侯爵家を否定するも同然。是非どんな結果がでるか試してみたいわ」
先程までの余裕の笑みは何処へ行ったのか。エバーソンの顔色は青を通り越して白くなり、半開きになった口をパクパクと動かすも言葉が出てこない。
「一人だけ高見の見物なんてさせないからね」
そう言って、クラバットを放すついでに胸元を押せば、よろよろと数歩後ろに歩きペタリと床の上に座った。
ふん、ざまあみろ。
そっちが権力を笠に着るならそれ以上のものを用意すればよいだけ。
この国でエルムドア侯爵家に敵う家柄は片手の指ほどしかない。
……ってちょっと待って。
私、今なんて言った?
振り返ると、レオンハルト様がライトブルーの瞳を丸くしてこちらを見ていた。
魔法のiランド大賞一次通過した「悪魔に嫁いだ私の幸せな物語」の幕間を追加投稿しました。来週の良い夫婦の日に合わせて投稿しようかと思ったのですが、書けたので。宜しければお立ち寄りください。
なろうを知ってほぼ一年。何作か書いたけれど結婚まで書いたのはこの二人だけです。
頑張れ、レオンハルト。
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