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贋作に隠されたもの.2


「どうしてもか」

「どうしてもです」

「泊まる必要はないだろう」

「……私の部屋が二階に戻るのはいつでしょうか?」


 レオンハルト様はうぬぬ、と言葉を詰まらせる。


 エステル嬢がエルムドア邸を出てもう半月経つのに、私の部屋は相変わらずレオンハルト様の部屋の隣の隣。つまりは夫婦の寝室と扉続きのあの部屋のまま。どう考えてもこのままなし崩し的に行こうと思っていらっしゃる。


「二階の部屋が整うまでマリアナの寮にいます」

「女男爵が派遣所の寮に住むのは体裁が悪いと説明したはずだ」

「でしたら、そのような噂が出るまでに部屋を移してください。そうしたらすぐ戻りますから」


 ここで負けてはなるまいと、私は精一杯虚勢を張る。

 だって、もう何回も言ったもの。

 言ったのにはぐらかされて半月。


「二人とも、そういう話は職場でしないで頂けませんか? 痴話喧嘩なのか惚気なのか分からないのですが」


 ダグラス様の指摘に私達は、はっと、気まずく目を逸らす。ここは執務室、時間は五時。私の仕事は一応終了しているけれど、多分そういう問題ではない。


「申し訳ありません。では失礼致します。それから明日の休みにはマリアナ派遣所から直接イネス様のお屋敷にお伺いします」


 私はそう言って、執務室をあとにした。


 

 アンドレッダに頼んでいたショールの準備ができたので、私は絵を描いてくれる画家を本格的に探し始めた。


 レオンハルト様がイネス様にお手紙を書いてくださったこともあり、数名の画家の卵を明日紹介してくれることに。エステル嬢のお父様であるカルバット様が指導していた人達で、今でもアトリエで制作活動をしているらしい。


 エマからは侍女も連れて行くように言われている。マリアナ派遣所に泊まることにしたのはそれもあってのことで、明日はハンナと一緒に向かうつもり。

 

 その間に部屋を戻してくれるといいのだけれど。

 

 レオンハルト様には口が裂けても言わないけれど、別に今のままでもいいかな、とちょっとは、ほんのちょっとは思ったりもしている。

 嵐の次の日以降、私の部屋を突然訪れることはないし。


 でも、やっぱり、ずるずるそのまま、とかは嫌で。

 このままだと、きちんと考えずに私の気持ちまでずるずるといきそうで。 


 そんなわけで、今日は明日も着るつもりの小綺麗なワンピース姿で王宮に来ている。

 マリアナ派遣所までの帰り道、大通りはいいのだけれど橋を越え舗装されていない道を歩いていると、ちょっと浮いた感じがするのかチラチラと見られる。

 この辺りはあまり治安がよくない。早足でそこを通り抜け、久々に見るマリアナの看板に少し頬を緩めながら私は裏木戸を開けた。


 一階のダイニングに顔を出し、コーディンに夕飯一人分を追加すると階段を上がり慣れ親しんだ部屋に入る。


 ちょっと埃っぽいけれど気にしない。

 汚しちゃいけないからワンピースを脱いで、置いてあった着古したワンピースに着替る。ついでに靴もヒールからペタンコの楽ちんなものに。

 そして、久々にベッドにダイブ。埃が舞ったけれど少し硬いこの寝心地が懐かしい。服だって、皺を気にしなくていいから気が楽だ。


 そのまま少しシーツの感触を確かめるように寝転んでいると、階下から食事の支度ができたと声がかけられた。


 一階のダイニングに行くと、ハンナとエイダが私を待ち構えていた。マリアナとコーディンはテーブルの角を挟むように座って、仲良さそうに話をしている。


 私達は全員で簡単な祈りをすませ食事を始める。


「また家出?」


 と、エイダ。


「今度は半分はそうかな」


 私はいつまでたっても部屋が二階に戻らない、と二人に訴えた。


「どうして戻さなきゃいけないの? そのままでいいじゃない、ね、ハンナ」

「本当、デビュタントしたての小娘じゃあるまいし、幾つになったのよ」


 えっ、何これ。

 私が悪いの?


「同じ家に住んでるのに、レオンハルト様には同情するわ」


 ハンナはそう言って気怠そうにため息をついた。


「あんなに溺愛してくれる人なんてそうそういないわよ。侍女をしながら『私、いったい何を見せられているんだろう』って何度思ったことか。お金もあって背も高く引き締まった体躯に彫刻のような顔。非の打ちどころがない好物件じゃない。さっさと既成事実作って侯爵夫人になればいいのに」

「そんなに仲がいいの?」

「もう、見ているこっちが恥ずかしくなるくらい。多分レオンハルト様の世界はリディ中心に周っているわよ」


 いや、そんなことはないはず。

 どちらかといえば仕事中心だと思うけれど。

 でも、ハンナがそう思ってるってことは他の使用人達も?


 そう言えば、時々苦笑いするエマとか、呆れているリチャードとか、壁に向かって肩を震わせているアリスを目にしたことがあるけれど、それってそういうこと?


「そうだ、明日、リディの侍女役でリカイネン男爵家へ伺うのだけれど、エイダも一緒に行く?」

「ちょっと、ハンナ、何勝手に言ってるのよ!」

「あら、別にいいじゃない。料金はエイダと割り勘にすれば問題ないでしょう?」


 お金の問題じゃない!

 そもそも『侍女役』って。

 お芝居気分よね。楽しんでいるよね。


「じゃ、私は護衛役にしようかな。ワンピースじゃなく男装にして、剣も持っていくわ」

「面白そう! じゃそういうことでいいわよね。リディ?」


 良くない。絶対良くない。

 私はブンブンと首を振り拒絶の意を伝えると、左右から両肩に手を回された。


「今から馬車に詰め込まれて、エルムドア侯爵邸に送り返されるのと、明日私達二人を連れて行くの、どっちがいい?」


 緑の瞳とグレーの瞳が、ずいっと私に詰め寄る。


 えーー。二人は私の味方じゃないの?

 にんまりと笑った顔に詰め寄られ、私は渋々頷いた。



 ▲▽▲▽▲▽▲▽


 リディが力なくとぼとぼと階段を上がる音を聞きながら、ハンナとエイダは顔を見合わせた。


「コーディン、これでいい?」


 ハンナは不安そうに眉を寄せる。


「ああ、済まないが頼むよ。不足分の賃金は俺が出そう」

「いいわよ、そんなの。でもその噂本当なの?」


 エイダは渋い顔で腕組みをして壁にもたれる。


「ここ数年、リカイネン男爵家には悪い噂が付きまとっている。中には信憑性のある話もあるから用心するに越したことはない。俺が付いて行く訳にはいかないし、悪いが二人ともリディを頼んだよ」

「嘘の付けないリディに、むやみなことは言えないしね。本当手の焼ける子」


 ハンナはそういうと裏口に向かい、ビールを三本持ってきた。

 エイダはナッツを皿に開けつまみの用意をする。


 二人はそれを持って、リディの後を追って階段を上がっていった。

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