贋作に隠されたもの.1
※お詫び※土曜日投稿した話が間違っていたので一時間後に変更しております。ご確認ください。整理しきれていないかった執筆中を週末に整理したので、もうこのようなことはないと思います。申し訳ありません。
暫く贋作の話に戻ります。
エステル嬢がエルムドア邸を出て数日後、アンドレッダが執務室を訪れた。
この数日、急に陽射しが強くなった。
王宮侍女に案内され執務室まできたアンドレッダは、額の汗をハンカチで拭いながら人懐っこい笑顔を向けてくる。
「リディ様、わざわざお迎えありがとうございます」
畏まった言い方は、多分まだ近くに王宮侍女がいるから。
私も唇の端だけを上げるようにして答える。
「ご足労頂きありがとうございます。隣の部屋に冷たい飲み物を用意しています」
「ありがとうございます。鑑定する絵とはそれですか? 結構ありますね」
アンドレッダは、私の机の後ろで存在感を放っている白い布の塊を指さす。端からちらっと額縁も見えている。
「はい、あれです。後から運びますのでとりあえず隣の部屋にご案内いたします」
私は廊下に一度出て隣の部屋の扉を開く。ソファーを勧めてから執務室に直接繋がる扉を開け、自分の机に向かう。
白い布をとりクルクルと丸めていると、レオンハルト様が隣にきて絵を手に持つ。
「私が運びますから、レオンハルト様はご自分の仕事をしてください」
「気にするな。運ぶだけだろう。それから、この扉は開けたままにしておけ」
そう言って執務室と隣室をつなぐ扉を顎で指す。
会話を聞かれても全く問題ないけれど、五月蠅くないですか?
ダグラス様のクツクツという小さな笑いが背後から聞こえてくるのは気のせいでないはず。
開けておけ、と言われたので扉はそのままにして絵を運び始める。ダグラス様まで手伝ってくれたからあっという間に運び終わり、アンドレッダがそれらを壁やソファーに立てかけていく。
「これで全部です。レオンハルト様、ダグラス様ありがとうございます。あとはこちらで鑑定します」
「分かった。では任せた」
お二人が執務室に戻られ、私とアンドレッダは部屋の絵をぐるりと見回す。四十枚弱ある名画はこれが本物なら王都に家が数軒買える。
「アンドレッダ、同一人物が描いたと思える絵なんだけれど、おそらく、これとこれ、それから……」
とりあえず分かっている絵を一か所に纏める。
アンドレッダがそれを見て頷くから間違ってはいなさそう。
「お嬢、これ木枠から外してもいいですよね」
えっ? 木枠から外す?
絵は、木枠にキャンバス生地をピンと張ったその上に描かれる。額縁に入れて売ることもあれば額縁なしで売られることもあり、部屋にある絵も額縁の有無は五分五分だ。
木枠から外して鑑定することは珍しい。他の国のことは分からないけれど、少なくともこの国ではそこまでしない。
きょとんとしている私にのアンドレッダが説明してくれた。
「画家ってのは、たとえ贋作であっても自分が書いた証拠をどこかに残しておきたいものなんです。もちろん全員がそうではないでしょうが、一定数そういう画家がいるのも確かです」
「でも、証拠なんて残したら捕まるわよ?」
「だから、決して見えない場所に残すんですよ」
アンドレッダは、キャンバス生地の表側だけでなく裏側、木枠に張り付けられたままでは見えない部分まで見ようとしているらしい。
それにしても、見つかると捕まる可能性があるのに、自分が描いた印を残したいという気持ちは私には理解できない。
「お嬢は理解できてないみたいですが、レオンハルト様はご理解されたようです」
えっと、後ろを振り返るとレオンハルト様がそこに居た。
暇なんですか?
手伝います?
「いや、正直、画家の心情は分からん。でも自分の物だと印をつけたい気持ちは分かる」
「あー。そういうタイプですよね。大丈夫です、私は人の物に興味はありませんから」
どういうタイプなんだろう。
なぜか背筋にゾっとしたものが走った。
執務室からはダグラス様の抑えきれていない笑い声が聞こえてくる。
理解はできないけれど、そういう物らしい。
とりあえずそう思うことにしよう。
細かいことにこだわらないのが私のいい所だ。きっと。
キャンバス生地は木枠に小さな釘で打ち付けられている。アンドレッダは釘を外す道具も持って来ていた。
「一応、二つ持ってきましたが、お嬢できますか?」
「教えてくれればできると思う」
「指を怪我してはいけませんから俺が全部しましょうか」
「少しぐらい怪我しても大丈夫よ。……レオンハルト様もご自分の仕事に取り掛かってください。今日は一緒に帰るって言っていませんでしたか? 仕事終わってなかったら先に帰りますよ」
私の言葉にアンドレッダが豪快に笑いだし、レオンハルト様はウグッと喉を詰まらせた。
「いや、すみません。なんだかお二人の小さい頃を思い出しまして」
まだ肩を揺らしながら、アンドレッダは私に絵を渡す。
「では、教えますのでとりあえず一緒にしましょうか」
午前中いっぱいをかけて、木枠からキャンバス生地をはがし、午後から鑑定に取り掛かる。
アンドレッダはローテーブルに絵を広げ、ルーペを取り出して右上から鑑定を始める。私も自前のルーペを取り出し、同じようにしていく。
開けられた窓からサワサワと風が入ってくるけれど、細かな作業に汗が滲む。
時折アンドレッダに意見を聞きながら、時折扉の向こうから視線を感じながら、私達は贋作を作者ごとに重ねていった。元の作品に似せるため、個性を消した絵を描き手ごとに纏めるのは結構大変だった。
で、改めてじっくり見るうちに気付いた。
これは未熟な画家が描いた絵をベースにして、より本物に似せるため誰かが修正している。
修正している人間は、かなりの腕の持ち主じゃないだろうか。
日が傾きかけた頃、やっと作者ごとに贋作を分けることができた。
「できたー。ありがとう!! 私一人だったらここまで早く、正確にはできなかったわ」
「いやいや、買い被りすぎですよ。早さはともかく、正確性は問題ないでしょう」
そうだといいのだけれど。贋作の作者は五人ぐらいだと思う。多い人で十枚以上描いていた。
「では、今度は画家が残した印を探しましょう。絵の部分には書かれていなかったのでそれ以外の場所を見てください」
さすがアンドレッダ。こういう時、私は未熟だなって思う。
机上の理論だけじゃ敵わない、経験値。
なんて、しんみりしている時間はない。
経験値不足はこれから伸びしろがあるってことだ。
見るのはキャンバス地の絵が描かれていない部分。うっすらと鉛筆で書かれていたり、『印』をつけた後に目立たないようキャンパス地に近い色の絵の具を重ねていることが多いらしい。木枠につけた時、木と重なって見えない場所は念入りに見るように言われた。
一人目、二人目と見ていき、三人目。一番多く贋作を描いた画家の絵で私はそれを見つけた。
アンドレッダが言っていた木枠と接した部分、木枠から外さなければ分からない場所にそれは書かれていた。
「アンドレッダ、これ、名前じゃないかな?」
「大胆ですね。ニックネームのようですが」
「ええ。それにこのサイン何で描かれているか分かる?」
アンドレッダはルーペでそれを覗き込み、小さく息を飲む。顔上げたその眉間には深い皺が刻まれている。
「何とも痛ましいですね。早くこの絵を描いた人物を見つけてあげたい」
「ええ。どんな思いで描いているか。想像しただけで胸が苦しくなる」
重い沈黙が私達の間に流れた。その沈黙の中続きの絵も見ていき、同じサインが見つかるたび深いため息がもらす。
「……お嬢、ショールは近日中に私の手元に届きます」
「うん、できるだけ早く事業を始めるわ。この人のような画家がそれで少しでも救われてくれれば」
夕陽が差し込んむ部屋で、私とアンドレッダはそのサインが書かれた絵を暫く無言で眺めていた。
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