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ワグナー商会、再開に向けて.3



「贋作を描く奴も、初めから贋作を作るために絵の技術を学んだ訳ではない。皆、生活のために悪いことと思いながら手を染め抜け出せなくなっていく。案外描いている本人が一番苦しんでいたりするのかも知れない」


 アンドレッダが腕組みをしながらぼそりと呟く。記憶より老けた顔に皺が寄る。 


「そうだろうな。画家を目指す者は多くても、志半ばで諦めざるを得ないのが大半なんだろう」


 レオンハルト様は背もたれに身体を預け、足を組む。私は酔った頭で絵になるなぁ、とぼんやりと思う。調子にのってちょっと飲みすぎてしまい、私に目の前にだけお水が置かれている。二人は数本ワインをあけたはずなのに、顔色一つ変わっていない。


 いやいや、だめだ! しっかりしなきゃ。アンドレッダに頼みたい仕事の話があったんだ! 


 酔っ払っている場合ではないと、グラスに入った水を一息に飲み干す。


「ねぇアンドレッダに頼みがあるの。いえ、頼みじゃなくて、報酬はしっかりと払うから仕事の依頼として聞いて欲しいのだけれど」


 仕事、と聞いてアンドレッダの目が鋭く光る。身を私のほうに乗り出して、どこかワクワクしているようにも見える。


「それはどのような儲け話ですか?」


 儲け話になる確証はないけれど、勝算はあると思っている。


「上質の絹のショールが欲しいのだけれど、ダウニー商会で取り扱いはある?」

「それならいくつか扱っていますよ。南の地方で織られたものを取り扱うことが一番多いですが、異国のものも用意できます」


「品質と価格は?」

「南の地方の絹はストールの大きさでしたら大銀貨一枚ぐらい。異国の絹なら大銀貨二枚から三枚と言ったところです」

「では、異国の布をとりあえず二十枚ほど。金貨五枚ぐらいの予算でお願い」


 今、私の懐事情はかなり暖かい。先程絵を売って得たお金は全部を合わせれば、海辺の家を買った借金を返せるぐらい。でも、レオンハルト様は返済を急かさないだろうから、事業拡大に使うつもり。


「お嬢、いったい何をするつもりで? まさか俺から仕入れたのを、そのままどこかに卸して微々たる利益を得よう、なんてせこい真似考えてませんよね」

「当たり前でしょう。今私が扱っている中に特殊な染料があるからそれを最大限に活用しようと思っているの」

「その染料の噂は知っています。どんなものでも色鮮やかに染めることができるとか。ではそれを使って布を加工されるおつもりですか?」 

「ええ。布に模様を描く方法としては主に二つ。生地を織る時に複数の糸を使いそれを織り込んで模様を作る方法。それからもう一つは刺繍。刺繍は自分の好きな絵柄を作れるけれど、色に限界があるし絵を描くように自由に、とはいかないでしょう? でもあの染料なら、絵を描くように布に絵を描くことができる」


 アンドレッダは、呆然とした顔で私をしばらく見た後、ゆっくりとグラスを机においた。多分その頭の中には、絵の描かれたショールと対価が浮かんでいるはず。

 

「さっきの贋作の話だけれど、画家として生活できる人は僅かしかいない。でも、画家になれなかったとしても、絵を生活の糧として暮らせるようなれば素敵だと思わない? 私ができる範囲だから大したことないけれど、でも贋作にその素晴らしい技術を使って欲しくない」


 この一ヶ月ほど沢山の贋作を見てきた。それらは許される作品ではない。でも、そこに至るまでに製作者が身につけた技術は紛れもなく努力の結果で中には素晴らしい物もある。それを埋もれさせたり、悪事に加担するのを少しでも防ぎたい。


「ははっ、やっぱりお嬢は凄いな。そうか、布に描く絵か」

「そう! 若い御令嬢向きには可憐な小花、派手好きなマダムには真っ赤な薔薇、個性的な夫人には風景画」

「オーダーで、『思い出の風景描きます』なんてのはどうですか? 未亡人あたりに需要がありますよ」

「そうね。一人一人の要望に応えることもできるわ。それから、クラヴァットに描くのもいいかも」


 この国のクラバットは無地ばかり。幾何学模様で奇をてらうのもいいし、小さく紋章をいれるのも良いかもしれない。ストールとお揃いの柄とか売れそうじゃない?

 

「だが、お嬢。布は手配できるけれど肝心の画家はどうするんですか?」

「それなら当てがあるわ。レオンハルト様、イネス様は絵画教室の運営もされているとか。そこの生徒さんに会わせて貰えるようお手紙を書いてもいいでしょうか」


 半月以上も娘を預けている侯爵家からの手紙を無碍に断ることはないでしょう。とりあえず私が書いて、駄目だったらレオンハルト様に頼もうと思っていたんだけれど、


「分かった。それなら俺が書いてやろう」

「いいんですか!?」

「構わない。それぐらいの貸しは作ってある」


 そうですよ。ずっと預けっぱなしっなんですから。

 是非、近々面会の時間を作って頂こう。

 これで画家は確保できる。


 父に教わった。


 まずは売るべき『商品』を何にするか

 それを作る『人』と売る『人』の確保

 それを作る『場所』と売る『場所』はどこにするか

 そしていかに『宣伝』するか。


 資金があること前提だけれど、『商品』『人』『場所』『宣伝』が商売の要となる。


「作業場には、とりあえず海辺の私の家を使おうと思っています」

「いいのか? 随分気に入っていたじゃないか」

「だから、ひとまず、です。商売が軌道に乗ってきたら別に王都に作業場を借りようと思っています」


 ワグナー商会は資金がない。使えるものは使わないと。


 なんだか、やるべきことが見えてきて嬉しい。

 一度に沢山作ることはできないし、とりあえず私が宣伝塔となって社交界に付けて行こう。

 夜会やお茶会でご令嬢相手に売って、需要が高くなればどこかの店に商品を卸すか自分で店を構えてもよい。


 社交シーズンが始まったのに忙しくて、せっかくのお誘いも断ってばかりだったけれど、人脈造りにも励まなきゃ。そうだ、人脈作りといえば、


「アンドレッダ、先程の話しなんだけれど異国の商人に私も会うことはできないかしら?」

「あー、うん、それは……どうかな」


 アンドレッダならいいよって言ってくれると思っていたけれど、渋られてしまった。でもよく考えれば、大事な取引先を同業者に紹介できるはずがない。


「ごめんなさい! 私、失礼なことを」

「あっ! 違うんですよ、お嬢、そうじゃなくて」


 そう言ってアンドレッダはレオンハルト様をチラリと見て頭をかく。うん? レオンハルト様が関係しているの?


「その異国の商人なんですが、女癖が悪くてですね。女性と見ればすぐ口説こうとするんですよ」

「ほぉ」


 レオンハルト様の顳顬がピクリと動く。


「一応、既婚女性には手を出さないんですが、婚約なら未婚女性ということであの方の場合、許容範囲らしいんですよね」

「婚約が許容範囲……」


 分かるような、分からないような。

 酔った身体に水を流し込みながら、やっぱり理解できないと思った。


「ま、そんなですから、結婚したら紹介しますよ。で、結婚式はいつですか?」

「げほっっ」


 思わず飲んでいた水を吹き出しかける。


「ごほっ、ごほっ」

「大丈夫か、リディ」


 レオンハルト様がハンカチを貸してくれたので、それで口元を拭う。


「アンドレッダ、結婚式は……」

「少し後になるかも知れないが、その時は必ず招待状を送ろう」

「ええ、是非。楽しみにしていますよ」


 おいおい、何勝手に話を進めているんですか。

 借りたハンカチをぎゅっと握りしめレオンハルト様を睨むけれど、もちろん、レオンハルト様はそんな私の視線に怯むはずもなく意地悪な笑顔を返された。

明日(土曜日)投稿したあとは、火曜日、木曜日、土曜日の投稿にさせていただきます。大筋は書き上げているのですが、細部の推敲が全然追いつかず……。引き続きお付き合い頂ければ嬉しいです。ちなみに、明日はエステル視点になります。

作者の好みが詰まった物語にお付き合い頂ける方、ブックマークお願いします!

☆、いいねが増える度に励まされています。ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 良い話なのに何かレオンハルトが邪魔に感じます…。
[一言] 手描友禅ですか?
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