温室と嵐.4
昨日間違った話を投稿しています。
修正していますので、まだ読まれていない方はそちらからお願いします。
玄関先でタオルを渡され、部屋に戻ると浴槽にはすでに湯が張られていた。着ていたワンピースは、よく見れば棘であちこち破れて、もう捨てるしかなさそう。
クルクルっと丸めてとりあえず脱衣所の端に置いて、バスタブに身を沈める。転んだ左足の傷が思ったよりシミて、思わずうっと声がでた。棘でできた傷も地味に痛い。
えっ、何これ。
満身創痍ってやつ?
でも、芯まで冷えた身体がじわりじわりと温まっていくと、痛みは和らぎ……いや、麻痺してきたのか? ま、いいや。それより眠たくて頭がぼぉっとする。
うたた寝して溺れかけて、これはいけないと湯船から出ると、部屋にはレオンハルト様がいた。
……なんでいるんですか?
湯上がりのバスローブ姿で出てきちゃったじゃないですか。
「出直してきます」
硬直したように動かないレオンハルト様を部屋に残して、もう一度脱衣所に戻る。脱衣所の鏡にはだらしなくバスローブを羽織った私。ちょっと胸元がはだけているけれど、踊り子の衣装と大差ないし、ま、いいか。眠いし。
壁にかけているナイトウェアに袖を通し、ガウンを羽織って、今度はウエストの紐も縛る。
「お待たせしました」
「……アァ……」
「レオンハルト様、勝手に部屋に入るのはやめてください」
「……そうだな。次からは気をつける」
いや、気をつけるんじゃなくて、
そこは止めます、でしょう。
でも、良かった。バスローブだけでも着てて。うっかりそれすら着ずに出るところだったんだから。
「……その、傷口は大丈夫か?」
どこか動きが硬いレオンハルト様が、テーブルの上の箱を指差す。中には傷口に塗る軟膏や包帯が入っていた。
「ありがとうございます。薬を持って来てくれたのですね」
とはいえ、ガウンをめくって膝の手当てをするわけにはいかないので、軟膏を腕に塗っていく。
「あまり無茶はするな。嵐の中出掛けて帰って来ないと聞いた時は心臓が止まるかと思ったぞ」
「申し訳ありません。でも、放っておけなくて」
レオンハルト様は私の隣に座り直すと、軟膏を指先でとって、頬に塗ってきた。ぎこちない手つきと、真剣な目に思わず笑みが溢れる。
「何を笑っている」
「いえ、何でもありません」
「ついでだから、足も塗ってやろう」
「それはレオンハルト様が部屋を出られてから自分でします」
そう言ったのに、レオンハルト様はいきなり跪き、私のガウンを膝上まであげようとする。
「ちょっと待ってください」
慌ててガウンを手で抑える。
「断る。手当てが先だろ?」
だから自分でしますって、
と言っているのに、ガウンは既に傷が見えるギリギリのところまで上げられている。
そして、さっきよりも慎重に軟膏を塗り始めた。
……徹夜で眠いし、
なんかもういいかな、って気分になってきた。
このまま好きにさせておこう。
フワッと欠伸をしながらギリギリのところで睡魔と闘う。勝っているかは微妙なところ。
「痛いか?」
「はい。優しくしてください」
「……アァ。意外と素直だな」
「(眠いので)もうレオンハルト様の好きにしてください」
ゴトリ、と軟膏が入った容器が床に落ちる音が、遠くで聞こえた。
▲▽▲▽▲▽▲▽
起きたのはお昼をとっくに過ぎた頃。目を開けると、ハンナがベッドサイドうつらうつらと本を読んでいた。あれ、いつの間にベッドに来たのだろう。
「ハンナ、寝たの?」
「うん、さっき起きたところ」
「今、何時?」
「三時過ぎかな。二時間ごとにリディは大丈夫かと王宮から使いがくるから、起きたことを伝えてくるね」
二時間おきって。
レオンハルト様、お仕事は?
「食事も持ってきてあげる。それまでに着替えておいて」
ハンナは扉を開け出て行こうとしたけれど、そこでぴたりと足を止めた。
「リディ様、お客様です」
急に改まった声を出して、私を振り返る。ハンナの横には身を小さくしたエステル嬢が立っていた。案内されるままこちらに向かってくる。
「エステル嬢、薔薇と温室はどうでしたか?」
「薔薇は少し枝が折れた物もありましたが、殆ど大丈夫です。温室も、割れた窓はありましたが修理できると思います」
下を向いて、ぎゅっと細い指でスカートを握る。その顔がゆっくり上がり、遠慮がちに私を見た。
「あ、あの」
「はい」
「私……」
「はい」
「ありがとうございました!! おかげで母の形見の花を守ることができました。そ、それから色々申し訳ありませんでした」
そう言ってエステル嬢は、今度は深く頭を下げた。
私だけじゃない。ハンナに向かっても。
「それをお伝えしたくて。お疲れのところ申し訳ありません」
「いえ、わざわざ来てくれてありがとう」
私の言葉に小さく笑みをもらすと、エステル嬢は部屋から出て行った。
「素直な子じゃない」
「レオンハルト様もそう言っていた気がする」
「あら、嫉妬?」
「違う! それより……ハンナも調香室で見たよね。どうしてアレがあそこにあったの? ていうか、アレって……」
「私には宴でみた媚薬と同じように見えた」
ハンナはキッパリ断言する。やっぱりそうか。トロリとした液体。光の加減で紫にもピンクにも見える不思議なあの液体は、宴でどこぞの貴族が持っていた物だ。
貴族の顔はまだ全員覚えていない。高位貴族はなんとか分かるけれど、それ以外は当主ぐらいしか分からない。
「あの薔薇の花と色が似てたわね。品種改良したって言ってなかったっけ」
「うん、言ってた。ねぇ、ハンナ、エステル嬢は知っていると思う? それとも知らずに作らされているのかな?」
イネス様の顔が浮かんだ。お母様がいた時代からエステル嬢は冷遇された。それなら、無理に作らされたとしてもおかしくない。いや、お母様の形見で媚薬を作るとは考えにくいから、知らない可能性の方が高いか。
「分からない。何よりあの液体が媚薬だという証拠がない」
「そうよね。私達の思い過ごしかも知れないし」
アロマオイルや香水を調合していると言っていた。色が似ているだけで、香水の可能性だってある。
悩む私を置いて、ハンナは私が起きたことをリチャードに伝えに行った。
今日は何度も見直したから大丈夫!
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