嵐と温室.3
間違えて違う話を投稿してしまいました。申し訳ありません! 修正しましたm(_ _)m
植木鉢の大きさは両手で抱えるほど。できるだけ下の方で抱えても、薔薇の花は私の視界を遮る。おまけに棘があるので、服の上から二の腕をチクチクと刺され、頬にも擦り傷ができる。
吹き付ける風雨の中、それを抱えて家まで歩くのはかなり厳しい。身体が吹き飛ばされそうになるところを何とか踏ん張り、雨で視界が見えない中無我夢中で植木鉢を家の中に入れた。
「リディ、前、見えてる?」
「かろうじて」
「私はもう一度温室に向かうけれど、リディは厩舎に行ってスコットさんを呼んできて」
「分かった」
扉の向こうからよたよたとこちらに向かう人影が見えた。エステル嬢も植木鉢を持ってこっちへ向かっている。
「すぐにスコットと戻ってくるから」
「急がなくていいわよ。転ばないようにね」
私は玄関へと向かい扉の鍵を開ける。多分裏口から行くよりこっちから行った方が近い気がする。
「庭の東側って言ってたわよね」
ここから厩舎は見えないけれど、とりあえず東に向かって歩く。ぬかるみに脚をとられ一度大きく転んだから、服はドロドロ。膝の痛みを堪えながら耳をすませば、微かに馬の鳴き声が聞こえてきた。
「スコット、温室の鉢植えを家に運ぶのを手伝って欲しいの」
外から声を掛けると、厩舎から出て来たスコットは私の姿を見て目を見開いたあと慌てて駆け寄ってきた。
ドロドロだもんね。
何してこうなったって思うよね。
転んだのよ。泥水目掛けドボンと。
「大丈夫ですか? 鉢植えを運べばよいのですね、お任せください。後は私がしますからリディ様は家の中に」
「いいえ、私も運びます。馬の様子はどう? ここを離れても大丈夫かしら?」
「止め木にきつく結わえていますし、雷は遠ざかりました。肝の据わった馬を選びましたからおそらく大丈夫でしょう」
それなら、と私はスコットに支えて貰いながら家へと戻り、玄関から入るとそのまま廊下を突き抜けて裏口へと向かう。
「あそこにぼんやりと灯りが見えるでしょう?」
「そこが温室ですね。運ぶのは、廊下に置いてある薔薇の花と同じものでしょうか?」
「ええ、お願いします」
スコットは小走りで嵐の中に飛び出していってくれた。私もその後を追う。
何往復かしているうちに廊下は鉢植えで一杯になって来た。
「エステル嬢、部屋の中に運んでもいいですか?」
「はい、リディ様の近くにある扉の先は私の調香室になっています。とりあえずそこに。その部屋が一杯になれば奥のリビングにお願いします」
言われた通りに扉を開けると、そこには大きな机が二つ並んでいた。そのどちらにも透明な器具がずらりと並んでいる。奥にある机には出来上がった香水やアロマオイルを入れた小瓶も並べられていた。それらを落とさないように気を付けながら、薔薇を床の空いている部分に置いて行く。
スプレー薔薇は一枝から広がるように幾つも花を咲かせるから幅がある。途中、うっかり小瓶にあたりそのうちの一つが床に落ちてしまった。慌てて拾ってみると、幸い割れることもヒビが入ることなかった。
――ピンクとも紫とも言える淡くキラキラとした液体が小瓶の中で揺れる。
「リディ、この辺りに置いてもいい?」
「……あっ、ハンナ。もう少し奥の方がいいと思う」
ハンナは鉢植えを抱えたままこちらに向かってくると、私の持っている小瓶に視線をやった。
「……とりあえず今は植木鉢を運んでしまいましょう」
「うん、ハンナ。今度は私が外にいくから廊下にある鉢植えをこの部屋に運んで」
「大丈夫?」
「平気!」
ハンナと入れ替わるようにしてビニールハウスに向かう。途中でエステル嬢とすれ違った。雨の中を必死で、思い出の植木鉢を運ぶ姿を横目にすれ違い、温室の扉を開ける。
「リディ様、あと少しです」
今度は、両手に植木鉢を抱えたスコットと会う。
「分かりました。エステル嬢に出会ったら温室の窓を開けるように伝えてください。残りは私達で運びましょう」
「でしたらあとは全て私が運びます。リディ様とハンナは家の中をお願いします」
残りの鉢植えはあと五個。私は奥の方にある鉢植えを運び出しやすいよう全部手前に移動させ、その内の一つを抱えて家に向かった。
―――――
廊下の開いている隙間を見つけそれぞれが疲れ果てて座り込む。
「皆さん、ありがとうございます」
エステル嬢がタオルを配ってくれたのでそれで顔と髪を拭く。服は……ずぶ濡れのドロドロで拭いてどうにかなるレベルをとうに超えていた。
「疲れた……」
もう、男爵の体裁とかどうでもよいぐらい疲れてて。私はそのままズルズルと廊下に突っ伏した。
「もう少し風がましになったら馬車を出しましょう。私は馬の様子を見てきますからリディ様達は休んでいてください」
「スコット、あなたも少しは休むべきよ」
「いいえ、体力には自信があるので大丈夫です」
そういうとスコットは、エステル嬢から大きいタオルを受け取って外に出て行った。
休んでって言われたし。
私はちょっとだけ、と目を閉じた。
そう、ちょっとだけ、だ。
と思っていたんだけれど、そのまま意識が飛んでしまったみたい。
バタンと扉が開き、仄かな明るさがそこから入ってくる。寝ぼけ眼でそちらを見ると背の高い影が扉の前に立っていた。影は薔薇の隙間から私の姿を見つけると、鉢植えの間を器用に通り抜けこちらに向かってくる。
「何をしてるんだ!」
レオンハルト様のライトブルーの瞳が間近に迫る。
顔が青白く動揺を隠そうともしていない。
「温室の薔薇を移動させていました。レオンハルト様こそどうして? 嵐の日は王宮に泊まるとリチャードが言っていました」
「雨が弱くなったから屋敷に戻ったんだ。リディと朝食を一緒に食べたかったし。そうしたらリチャードが、リディは何時間も前に馬車を出したきり戻ってきていないという。どれだけ心配したと思っているんだ」
そう言うとレオンハルト様は私をぎゅっと抱きしめた。
レオンハルト様、服が濡れます。
ドロドロになりますよ。
って言いたいのに、息が詰まるぐらい抱きしめられて喋れない。
苦しい、と思いながら、私と朝食を摂る為だけに屋敷に帰ってきたの? と声に出さず問いかける。
「レオお兄様! 悪いのは私なんです。お二人は私を助けてくれて、それで……申し訳ありません」
エステル嬢の姿は見えないけれど、バサッて音が聞こえたからきっと頭を下げたんだと思う。
「エステルも大丈夫か?」
「はい、すみません。ご心配をお掛けしました。リディ様達にも迷惑をかけてしまって」
「無事ならよい。詫びは後にして、屋敷に帰るから支度をしろ」
「分かりました。ではちょっと温室を見てから馬車に向かいます」
エステル嬢の遠ざかる足音が聞こえ、やっと私に回された腕の力が緩む。
私から身体を離したレオンハルト様は、ざっと私の姿に目をやると、眉間に皺を寄せた。
「傷だらけじゃないか」
「薔薇を運びましたから棘で擦り傷が出来ました。でも、深い傷じゃないし、すぐ治りますよ」
そう言っているのに、ハンカチで私の頬の傷を拭うと、次に膝小僧に視線を向ける。
えっ、膝小僧?
膝上で括ったスカートからは、足が露わに見えていた。転んだ時に擦りむいたみたいで、膝からは血が流れている。いつの間に……
慌ててスカートを解こうとしていると、膝に手が添えられた。優しく傷口をトントンとされたあと、ハンカチがぐるっと巻かれる。
そんな大袈裟な。かすり傷ですよ。心配性だなぁ。
ハンカチを巻き終わったレオンハルト様は、まるでそうするのが当たり前のように私の背中と膝の後ろに手をやり、抱きあげる。
「えっ、レオンハルト様?」
「じっとしていろ」
「いえいえ、降ろしてください。歩けますから」
「膝から血が出てる」
血が出てても歩けますから。
骨折れてないし、捻挫もしていない。
心配を通り越して、過保護過ぎます!
「ハンナ、怪我は?」
「私は大丈夫です。エステル様と一緒に、来た馬車に乗って帰りますからお二人は先に帰ってください」
えっ、一緒に帰ろうよ。
目線で訴えたのに、クスッと笑われた。
「いやよ、空気が読めない侍女にはなりたくないから」
ハンナは私の耳元で囁いたけれど、それ絶対レオンハルト様にも聞こえているから。
この小説、「突然現れた王子様やハイスペック婚約者に導かれたシンデレラストーリー」ではなく、「自分で人生を切り抜く女性」が書きたくて始めたので、レオンハルト、見せ場少なめです。リディ、ふわふわしてそうですが、結構自力で頑張ります。レオンハルトは最後には活躍させよう。
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