黄色絵画.2
「結構大きい……」
クラウザー画商のお屋敷の前で私はポツリと呟いた。クラウザー・ノイマンはノイマン伯爵家の次男だ。画商としては若い方で、新進気鋭の画家や無名の画家が描いた絵、時には学生の絵も取り扱ったりしている。
そのセンスが目新しい物好きのクリスティ様に気に入られて、画商ランクAでも王宮に出入りするようになったらしい。
入り口で私を迎えてくれた執事に事情を話すと、昨日のうちに先触れが届いていたらしく、離れへと案内してくれた。伯爵家の敷地の東側にある二階建ての建物が、クラウザー画商の暮らす建物でもあり、仕事場でもあるようだ。
来賓客用と思われる部屋に通され、質の良い革張りのソファーに座り待つこと数分。クラウザー画商と先程の執事が大量の絵を持ってきた。両手で抱えるくらいの作品もある。
えっ、これどうやって馬車に入れよう。
入るかな……。
いや、問題はそこじゃない。問題は予想以上に多い贋作の枚数だ。ざっと三十枚ほどある。大丈夫? この国の絵画市場。
「随分沢山ありますね」
「この中で私が自信をもって贋作と言えるのは二十五枚です。残り五枚は判断が付きませんでしたので、リディ様に鑑定して頂きたいのです」
「分かりました。それから、私は男爵ですし年もクラウザー様が年上です。敬称は不用です」
「とんでもないです。確かに私は伯爵ですが、爵位の前に画商です。自分より見る目がある方は年齢関係なく敬う対象になります」
その考え方は嫌いじゃない。
私も爵位なんてって思っているから。
でも、熱の篭った尊敬の眼差しは不要です。なんか落ち着かない。
「では、とりあえず見せて頂きます」
クラウザー様はローテーブルと空いているソファーを使い五枚の絵を並べる。一見、とある有名画家が書いた風景画に見える。
こんなこともあろうかと、持ってきていた手袋をはめ、ポケットからルーペを取り出す。目を閉じ、教わったことをざっと頭の中で思い出し、整理すると、はぁと息を吐いてから、私はローテーブルに置かれた絵を手に取った。
絵の制作時期は一番新しい絵と古い絵で十年ほどの差がある。
一時間ほど掛けてじっくりと鑑定したのは、それが贋作と見極める他に、制作順を明らかにする為だった。
「クラウザー様、これらは偽物です。そして同じ人物が描いた絵です」
「……さすがですね。そこまで分かりましたか」
「はい。決め手は制作時期ですね。こちらとこちらの絵、制作時期が古いのは右側ですが、筆のタッチは右側の方が上手です。贋作が作られた時期は、右の方が新しいです」
クラウザー様は「なるほど」と呟きながら、私が贋作が描かれた順に並べた絵を順番に見ていく。
「やっぱり凄いですね」
「たまたま分かっただけです。では、絵を頂いて帰りますね」
「先程の者に手伝わせましょう。新しいお茶も用意しますのでどうぞゆっくりしていってください」
「……ありがとうございます」
うん、これは仕方ない。
だって、断るのって失礼じゃない?
だから、サボりではない。
出されたお茶を飲みながら、会話は自ずと先程の贋作になっていく。
「それにしてもどうしてこんなに贋作が出てきたのでしょう。私は暫く絵の世界から遠ざかっていましたが、これはここ数年の話ですよね」
「ええ、おそらくここ数年で急に増えています」
「組織的な物でしょうか?」
「おそらく。リディ様が見られた絵以外にも同一人物の作画と思わられるものがありました。こちらに私の鑑定を纏めましたが、間違いがあれば訂正してください」
クラウザー様は一通の封筒を渡してくれた。
「ありがとうございます。助かります。あっ、それと贋作とは別件なのですが、クリスティ様のお部屋で見た絵で一つお借りしたい絵があるのですが、お願いできますでしょうか?」
「もちろん。あの贋作の件ではリディ様に借りがあります。あそこでクリスティ様に贋作を売っていたら私の画商人生は終わっていましたから。で、どの絵でしょうか?」
私が告げた絵は、幸いまだクラウザー様の手元にあった。直ぐにお返ししますと言って、それだけ別の布で包み、王宮に向かうことにした。
ちなみに座ったのは御者の隣。
だって座るところがここしかなかったから。
通り過ぎる人に二度見され、思ったより王宮は遠かった。
「やはりリディを行かせて正解だったな」
「私もクラウザー様には用事があったので丁度良かったです」
机の上に置いた例の絵をチラリと見る。
「リディ、私は絵のことに疎いのでよく分からないが、絵はどのように売買されているんですか?」
ダグラス様が、眉間に皺を寄せ贋作を見ながら聞いてきた。
「画商が絵を手に入れる方法は三つあります。一つはオークション、これはセリ値で価格が決まります。次に直接、画家からの買い付け。この場合の値段は画家と画商によって決められます。最後のひとつは同業者である画商同士での売買です。それぞれ顧客を抱えているので、顧客から依頼があった絵、顧客の趣味に合った絵を売り買いすることが多く、値段は交渉によって決まります」
「たとえば私が絵を買った時、相手の画商がどうやって手に入れたかは分かるものなのかな?」
「前者二つのなら教えてくれますが、最後の一つは無理ですね。画商は自己の名と矜持と責任により絵を売るので、それをどの画商から買った、なんて言いません」
そんなこと言ったら、お客様が次はその画商から買うかもしれないしね。飯の種を手放すことを言うはずがない。
「では、俺は衛兵部にクラウザー殿の手紙を持って行ってくる。ところでその一枚だけ別にしている絵は何なんだ?」
私は布を解いてレオンハルト様に見せる。ま、見せたところで私の真意までは分からないでしょうけれど。
「ダグラス様、叔父様のことで私なりに分かったことがあります。宜しければお母様にご説明申し上げたいのですが」
「叔父のこと? えっ、何が分かったの?」
ダグラス様は私が持っている絵を覗きこむ。
「もしかして、この絵が関係しているとか?」
「はい。ただ、幼少期の記憶なのでその記憶が正しいか図書館で調べようと思っています。近々、お母様にお時間を頂けませんでしょうか?」
「分かった。私も聞きたいので、次の休みでどうか母に聞いてみるよ」
私の話を聞いて、お母様のお気持ちが少しでも和らげば良いな、と思う。
そして、できることなら名画はやはり世の中に出るべきだ。
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