黄色い絵画.1
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ラベンダーティーを持って来てくれたのは、エステル嬢の侍女だった。
私はそれを受け取りソファーの前にあるローテーブルに並べる。
レオンハルト様は一度着替えにお部屋に行かれたので、戻って来られるまでにお酒の準備もしておこう。
さっぱりとした蒸留酒とお水、つまみは……この前ハンナが摘まんでいたナッツが少し残っているかな。お皿に移せば残り物だってばれないよね。
ざっとテーブルを整え終わると、今度はちゃんとノックをしてレオンハルト様が入って来た。髪が濡れているのでさっと湯浴みもすましたみたいだ。
「ちゃんと湯船につかりましたか? 髪も雫が落ちていますし風邪を召されますよ?」
「いつもこんなもんだ。たまにはゆっくり湯につかりたい」
そういって、身体を投げ出すようにソファーに倒れ込んだ。髪から落ちる雫が肩先を濡らしている。
「はぁ、……タオルを貸してください。髪を拭きます」
「リディが拭いてくれるのか?」
「ご心配なく。侍女として何度もしたことがありますから」
私はソファーの後ろに回り、タオルでライトブラウンの髪を優しく包む。意外に柔らかな髪が指先に触れた。
キューティクル、ツヤツヤですね。
私よりもサラサラしていて、手触りがいいんですけれど。
「では、俺以外の男にもこんなことをしていたのか」
背もたれにもたれたまま、首をグイっとあげ私を下から見上げる。
その体勢、首を痛めますよ?
「基本的には女性です。あと、坊ちゃまとかはありましたね。動き回って拭き終わった頃には息切れがしていました」
どうして子供は追いかけたら走るのだろう。こちらは追いかけっこをしたいのではなく服を着せたいのに。
「そうか、それなら良い」
何が良いのか分からないけれど、首をもとの位置に戻すと、されるがままになっている。
「そうだ。ついでですからアロマオイルで頭皮のマッサージもしましょうか。私、結構上手なんですよ」
侍女時代にお仕えしていた奥様に褒められたことがある。最近お疲れだし、一応食事と住居を与えて貰っている身なのでこれぐらいのことはしてあげよう。
テーブルに置いてある小瓶を手に取りオイルを温めるようにして両掌になじませる。
「いい匂いだな」
「よければラベンダーティーお飲みになってください」
両手をこめかみのあたりから髪の中に入れ優しく頭皮をマッサージしていく。
レオンハルト様は小顔だと思っていたけれど、やっぱり女性より大きい。短い私の指ではちょっとやりにくいと思いながらマッサージをしていると、ふわりと欠伸が聞こえてきた。
「寝ないでくださいね」
「寝ても問題ないようベッドでしてくれないか」
「たとえ業務命令でもお断りいたします」
いきなり抱きついてきたり、すぐに腰に手をまわしてくる男を信じるほど世間知らずではない。
「一緒に住めばこういう時間が沢山持てると思っていたが間違いだった」
「まず仕事の仕方を見直された方がよいと思います」
今度は頸の方から頭頂部に向かって揉み解す。抜け毛予防になるらしいから、頭頂部と前髪は念入りにしてあげよう。
「……嫌な思いはしなかったか?」
「はい?」
「帰ってきたらエステルの侍女が俺の姿を見て慌て始めたんだ。聞けば、エステルが勉強を教えて貰いに俺の部屋を訪ねたまま帰ってこないという。まさかずっと扉の前で待っているはずはないし、さすがに勝手に部屋に入らないだろうと思って、念のためリディの部屋に様子を見にいったんだ。そしたら鍵が開いていた」
「扉の鍵を外したのはハンナで私ではありません」
「……はぁ、そんなことだと思った」
「それから、本当に勉強を教えていただけです。素直にいうことを聞いてくれました」
「それなら良かった。リディは何も心配しなくていい。今はワグナー商会のことで頭がいっぱいだろう」
「……それ以前に仕事のことでいっぱいです」
「あー、そうだな。多分もう少ししたら落ち着くはずだ。そしたらまた二人で出掛けよう。今度は街中でもいいし、またあの家にいってもいい。草刈りと家の修復は人を雇って済ませてある」
えっ、いつの間に。次の休みにでも一人で行こうかと思っていたのですが。
ま、いいか。それじゃ、今度はカーテンを持って行こう。それから残りの絵も持ってこなくては。
「ついでに絵も全て屋敷に運んである」
「……さすが、仕事が早いですね」
「だからリディが一人であの家に行く必要はない。それより髪はもう良いから隣に座れ。せっかくのお茶が冷めてしまうぞ」
私が隣に座ると、待っていましたとばかりにレオンハルト様がもたれかかってきた。
「疲れた」
横からものすごい圧と重みを感じる。
私が潰れるとか、考えていませんよね。
「重いです」
「しばらく我慢してくれ。今体力と気力を回復中だ」
こんな体勢で回復できるのか。
私が小さすぎるせいで、レオンハルト様の体勢にも少々無理があるように見えるのですが。
「私ももう少し残業しましょうか?」
「いや、それはいい。それなら明日の朝、王宮に行く前に寄ってきてもらいたいところがあるんだがいいか?」
「はい、どこに行けばいいですか?」
「贋作の件で衛兵部が新たな絵を見つけたらしい。しかし、向こうも俺達が今忙しいのは分かっているようで、それらの鑑定をクラウザー画商に頼んだらしいのだ。頼み事は大したことじゃない。それを引き取りにいってもらいたいんだ」
「衛兵部が預けた品を、外務省の私が取りに行くのですか?」
「偽物との鑑定はついたが、報告書はこっちで作る必要がある。どのみち手元に回ってくるなら、いっそのこと取りに行った方が早い。それに、リディが行けば専門的な話になった時でも対応できるだろ?」
聞けば、クラウザー画商の屋敷はここから馬車で三十分程らしい。逆方向になるけれど、手間というほどの距離ではない。それにちょうどクラウザー様にはお願いしたいことがあったから都合がいい。
「分かりました。では明日、行ってきます」
「頼む」
レオンハルト様はお茶を飲んでも帰ろうとせず、なんなら舟を漕ぎだした。強引に腕を引っ張りソファーから立たせて隣の部屋の方へと背中を押す。
「そういえば、花の名前が分かって良かったな。気になっていたんだろう?」
「はい。名前を聞いて大体、思い出しました。まだ確信は持てませんが……」
「確信?」
こいつ、話を引き伸ばそうとしているな。
私だって、いい加減寝たいんだ。
「そうだ、レオンハルト様。この花の花言葉ご存知ですか?」
私はベッド横のチェストに置いたままにしていた、ジギタリスを一本手に取る
「知っているはずがないだろう」
レオンハルト様は私からジギタリスを受け取ると、興味なさそうに見る。
「花言葉は『不誠実』です」
「はっ?」
「では、お休みなさい」
最後は突き飛ばすように、扉の向こうに押し出し鍵を閉めた。
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