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予期せぬ来訪者.3


 忙しくなると仰っていた通り、次の日も、次の日も、レオンハルト様の帰宅は深夜に及んだ。どこぞの部署のとばっちりを受けて仕事が滞っているみたい。


 私は多少残業はするものの七時には帰宅している。レオンハルト様の場合、エルムドア侯爵領のお仕事もあるわけで、本当、倒れるんじゃないか、というぐらい忙しそう。


 朝、王宮に行くのを数時間遅くして、その間に領地に関する仕事をされている。王宮での莫大な資料を捌いて帰ってくるは日が変わる頃だ。


 このスケジュール、多分エステル嬢と会う時間を減らすため、あえて遅めに出勤して、帰宅を遅くしてるんだと思う。と、いうかエマがそう言っていた。エステル嬢は朝早くに登校するから、午前中は邸にいても顔を合わせることがない。だから、私は二人が一緒にいる姿をほとんど見ていない。


 時には深夜に部屋を訪ねることもあるそうだけれど、レオンハルト様も年ごろの従妹と深夜二人になるのは断固として断っていると聞く。いや、これは本人に聞かされた。


 時刻は十時。今日もレオンハルト様はまだお帰りになっていない。私は先に寝るように言われているので、特に待つ必要はないけれど、喉が渇いたので台所に水差しを取りに行っていた。

 エマが侍女の手配をマリアナ派遣所にしたところ、喜び勇んでハンナがやってきた。かと言って水差しひとつを深夜に頼むのは気が引けてしまう。


 灯りの灯された廊下を三階まで上がると、レオンハルト様の部屋の前にエステル嬢がいた。その片手には教科書とノートらしきもの。


「エステル嬢、どうされましたか?」

「ひゃっ!!」


 小さく叫んで肩を竦めた。でも、声を掛けたのが私だと分かると、鋭い視線を投げかけてくる。


「レオンハルト様に何かご用ですか?」

「明日までに提出しなければいけない課題があるのですが、分からない部分がありレオお兄様に聞こうと思ったのです」

「レオンハルト様はまだご帰宅されていないし、お疲れのところ課題を相談するのはどうかと思いますよ。えーと、ちなみにその課題って何ですか?」

 

 エステル嬢は躊躇いながらも手に持っていたノートを私に差し出してきた。


「隣国の本を要約して纏めるという課題だけれど、レオお兄様ならすぐ分かると思って」


 「レオお兄様」という言葉に胸がざわりとする。

 課題を少し強引に横から見ると、それほど難しい翻訳ではない。

 

(これはできないフリをしているのか本当に分からないのか)


 気になるところ、よね。


「よろしければ私がお手伝いしましょうか?」

「リディ様がですか? ですがリディ様は私達と違って貴族学校を卒業されていませんよね。お分かりになるのですか?」

「私は翻訳の能力を買われてレオンハルト様の執務室に雇われていますから。このぐらいなら問題ありません。それともレオンハルト様に教えて貰わなければいけない理由があるのですか?」


 エステル嬢はうぐっと言葉を詰まらせる。そしてじっと課題を見る。


 やっぱり、レオンハルト様に会う口実か。

 そう思っていたからエステル嬢がぼそりと呟いた言葉は聞き間違えかと思った。


「? 申し訳ありません、聞こえなかったのでもう一度言って貰えますか?」

「……て……さい」

「はい?」

「手伝ってください。これ出さないと単位が貰えないんです!」


 ぶるぶると口を波立たせて、両手で課題を私の前に突き出してきた。


 えっ、これは、もしかして本当に困っていた?


 悔しそうに唇を尖らせるその顔は年相応に子供っぽくて、普段レオンハルト様にむける媚びた笑顔よりずっと自然に見えた。


「……じゃ、中に入ってください。お茶を用意させましょう」


 気まずそうに部屋に入ってきたエステル嬢にソファーを勧める、私ははベッドサイドのチェストから紙とペンを取り出した。


「分からないのはどこでしょうか?」

「こことここの訳し方が分からないです。それと、この文章同士がどう繋がるのかも」

「あぁ、この文法はちょっと独特で、この単語とこの単語がある時は………」


 と私は単語の下にアンダーラインを引き、文法の説明を書く。

 それを見てエステル嬢は「あ! そうか」と明るい声を出した。


「それからこの訳についてですが、この場合この単語が接続詞の役目を果たすので」

「あっ、だからこの文とこの文が繋がるんですね」


 そうか、と言って素直に紙にペンを走らせる。そのまま暫く自分で訳をしていたんだけれど、また途中で止まる。簡単なヒントを出すと少し悩みながら訳を続けた。


 つっかえながら訳をするエステル嬢を教えること一時間。やっと課題は仕上がった。


「ありがとうございます」


 満面の笑みでそう言ったあと、はっと気づいたように表情を取り繕う。慌てて、普段私に向ける敵意ある表情を貼り付けようとした時だ。


「エステル、ここで何をしている」


 突然、室内に凄みのある低音が響いた。見れば夫婦の寝室へと続くその扉の前にレオンハルト様が立っていた。


 あれ、私鍵をかけていなかったっけ?


 ……悪戯っぽく片目を瞑るハンナの顔が浮かぶ。

 いったい何してくれてんの。


「レオお兄様、お帰りになられたのですか?」


 エステル嬢は小走りで駆け寄るも、開け放たれた扉の向こうに何があるかを知り、気まずそうに立ち止まった。


「あぁ、先程な。それよりエステル、ここで何をしていた?」


「レオお兄様の部屋の前でお帰りを待っていたら、リディ様が代わりに語学の課題を教えてくれるとおっしゃったので」


 レオンハルト様が本当か? という顔でこちらを見るから、コクンと頷くと、ほっとしたように肩の力を抜かれた。


「エステル、課題が終わったのならもう部屋に戻れ。リディは明日も仕事がある」


 レオンハルト様もですけれどね。


「分かりました。そうだ、レオお兄様、お疲れでしょうからハーブティーをご用意いたします。お部屋に持っていきますのでお持ちください」

「そうか、それなら二人分この部屋に持って来てくれないか?」

「二人分を、この部屋にですか……」


 不満そうに唇を噛むエステル嬢にレオンハルト様は諭すように声をかけた。


「リディに教えて貰ったのだから当たり前だろう」

「分かりました。……ではラベンダーティーをご用意いたします。よろしければ同じ匂いのオイルも持ってきますよ。私が調合したのです」


 ラベンダーといえば安眠効果が高い。

 あの寝室を見ての嫌がらせかも知れないけれど、私に異存はない。むしろ賛成。


 しかし、オイルの調合となれば、それなりに花の知識がないとできないはず。もしかして、海辺の家から持ってきたあの花、エステル嬢なら何か分かるんじゃないかな。


「エステル嬢、お花に詳しいのでしたらあの花の名前を教えていただけませんか?」


 窓辺に飾ってあるその花を指さす。少し萎れてきているけれど、まだ鮮やかな赤紫色をしている。


「あら、この国でもその花が咲くのですね。隣国ではよく見る花だそうですが。名前はジギタリス、別名キツネノテブクロですわ」

「ジギタリス……」


 その名前を聞いて、私の脳裏にあの黄色の絵が浮かんだ。

やっと絵に話が戻ってきました。黄色い絵、贋作。少しづつそちらに向かっていきます。


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☆、いいねが増える度に励まされています。ありがとうございます。

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