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予期せぬ来訪者.1


 休み明け、レオンハルト様と一緒に執務室に入ると、ダグラス様がニコニコして迎えてくれた。

 レオンハルト様には少し嫌味っぽく「これで仕事が捗ります」と仰り、「それならこれも任せよう」とドンと仕事を追加されていた。

 

 そして、その日は珍しく平穏無事に過ぎ、これまた珍しくレオンハルト様も定時で帰ると言う。なんでも明日からややこしい書類が大量にくるから、今日ぐらいは家でゆっくりしたいらしい。


 揃って帰宅した私達を見てリチャードさんが驚くかな、と思っていると、馬車を止めたとたんこちらに向かって早足で歩いてくる姿が見えた。


 ガチャッといつもより大きな音を立てて馬車のドアを開けたリチャードさんは、恭しく頭を下げながらも渋い顔をしている。


「ただいま、リチ……」

「レオンハルト様、お疲れのところ申し訳ないのですが、至急応接室までお越しください」


 話し方こそ落ち着いているものの、その雰囲気が来客が喜ばしい方でないことを表している。


「誰が来ているんだ?」

「リカイネン女男爵様とエステル様が。一時間ほど前からお待ちでございます」


 思わず二人して顔を見合わせる。


「エステルがか? 要件はなんだと」

「レオンハルト様が来てからお話になるの一点張りで、私には分かりません」


 レオンハルト様は私を見ると、困惑気味に視線を泳がす。これ、多分私のことを気遣ってくれているんだろうな。でも、待っている親戚に会わずに帰すことは無理なのは私だって分かっている。


「私はかまいません。お待たせしては失礼になりますから行ってください」

「それならリディも一緒に来てくれないか。エステルの義母のイネス・リカイネンには会ったことがないだろう。是非婚約者として紹介したい」


 そう言うと、まるで逃がさないというように私の手を掴み馬車を降りた。


 重厚な作りのダークブラウンの扉を開けると、さすが侯爵家の応接室というだけあって、内装はとても煌びやかなものだった。

 天井には大きな金色のシャンデリアが輝き、足元は繊細な刺繍が施された緋色の絨毯。部屋の真ん中にあるのは、豪華なソファーとテーブルのセット。それには繊細な細工がされており、ソファーに置かれているクッションまで金糸の刺繍がされている。


 そのソファーの前には二人の女性が立っている。


「お久しぶりです。突然の来訪何かありましたか」

「先触れもださず、突然の無礼、申し訳ございません」


 母娘は揃ってカーテシーで挨拶をする。レオンハルト様がソファを薦め二人が座ったところで、その向かいに側にご自分も腰をおろされた。ここまで手を繋がれたままの私も、必然的にその隣に座る。


「イネス様、エステルには舞踏会で紹介したが、婚約者のリディ・ワグナーだ」

「お初にお目にかかります。爵位を賜ったばかりで不作法もあると思いますが宜しくお願いします」

「噂は聞いております。男爵になられたので、以前の婚約の契約も有効となったとか。私も女男爵になったばかり。お仲間ができて嬉しいわ」


 イネス様はにっこりと微笑まれているけれど、言葉に棘を感じるのは私だけでしょうか。チラリとレオンハルト様を見ても、こういう時は恐ろしいくらい貴族らしい笑みを浮かべているので心情は読み取れない。


 それにしてもイネス様はとてもお若く見える。オリーブブラウンの髪をふわりと巻いて、少し吊り目の瞳は神秘的な紫色だ。


「イネス様はまだ二十代後半だ」


 私の思考を読んだかのようにレオンハルト様が耳元で教えてくれた。やっぱり。故リカイネン男爵は随分若い後妻を貰われたのですね。


 ということは、その若さで未亡人。

 でもこの人にはそんなしおらしい言葉は似合わない。

 どちらかと言うとその野心溢れる目は、女男爵に成り上がった、という方が相応しい。

 実際に成り上がった私がいうのもなんだけれど。


「それで、今日はどのようなご用で」

「実は領土で少しトラブルがあって家を半月ほど留守にすることになりました。そうなると、その間エステルが一人になってしまいますの」


 多分、リカイネン領は王都から馬車で三日ほど、だったはず。


「エステルは今年から学園に通い始めたので、王都を離れることができません。しかし、半月も一人で暮らすのは寂しいと言うのです。半年前に主人を亡くし、二人肩を寄せ合い悲しみに耐えてきたのですが、まだ悲しみから立ち直れないようで」


 使用人、居ますよね。

 半月ですよね。

 最悪、学園に頼んでその間だけ寮に入れることもできるのでは?


「寮もいっぱいで入ることが難しく、申し訳ないのですが半月だけ娘を預かって頂けませんでしょうか。もちろんお礼は致します」


 ヒクッとレオンハルト様のお顔が引き攣るのが目の端に映った。それからジーッと私を見てくる。


 ……えっ、見られても困るんですけれど。

 この状況で私の立場で何を言えと? 


 どう答えるのが良いのかと、口をモゴモゴさせていたら、レオンハルト様はすっと前を向きイネス様を見据えた。


「申し訳ないが、この屋敷は男世帯で使用人も少ない。従兄妹とは言え、エステルのためにも、妙な噂が立たないよう他の屋敷を当たったほうが適正だと思うのだが」

「あら、リディ様がいらっしゃるのですから悪評は立ちませんでしょう。侍女がいないということなら、一人つけますので問題ありませんわ。それに、女男爵になったばかりの私にはほとんど人脈がありませんの」


 真っ赤な唇が弧を描く。侯爵家相手になかなか強引に出てきた。


「では、俺からもう一度学園に頼んでみよう」

「お心遣いは嬉しいのですが、空き部屋がない以上、それは強引に誰かを相部屋にすることになります。そうなるとこの子の学園での立場もありますし」


 イネス様の言っていることは無茶苦茶ながらも筋の通っている部分もある。レオンハルト様もぐっと口を噤んでしまった。


「リディ様」


 突然名前を呼ばれ、私は少しどもりながら返事をした。


「リディ様はよろしくてよね? 妹と思って色々教えてくださるとこの子も喜びますわ」


 えっ、どうして急に私に話を振るの。

 私は婚約者という名の居候で何の権限もない。

 それなのに、部屋の中にいる人間の目が私に集まる。


「リディ様、私からもよろしくお願いします。半月ほどですし、レオお兄様やリディ様のご迷惑になるようなことは致しません。それでも、私がこの屋敷にお世話になるのはお嫌でしょうか?」


 そんな潤んだ瞳で小首を傾げられて、

 これで断ったら私が悪者みたいじゃない?

 うっ、これは、もう無理。


「わ、私は構いません」


 この答え以外の言葉が浮かんでこなかったのは、私が無能だからなのでしょうか?



 それから先のイネス様は、とてつもなく手際が良かった。馬車から四十代ぐらいの侍女が降りてきたかと思えば、両手にトランクを持って二階の客間に運んで行く。それを二往復。エステル嬢のために用意された客間は、二階の一番端だ。


 私は荷物が運ばれるのを階段の踊り場から眺めていた。


 半月、ですよね。

 荷物多くないですか?


 エマさんもエステル嬢のことはよく知っている。だから、エステル嬢がニコニコとエマさんに話かけるのも最もだと思う。でも、それに対し、受け答えするエマさんの表情はどこか固いものがある。


 

「リディ、本当に良かったのか?」


 私と同じように、踊り場からその様子を眺めていたレオンハルト様が心配そうに呟く。


「……レオンハルト様の従兄妹ですし。と、いうか、舞踏会ではあんなに仲良くされていたのに、どうして断ろうとしたのですか?」

「エステルは俺を兄のように慕っている。一緒の屋敷にいればきっと昔のように俺の側に寄ってくるだろう」

「嫌なのですか?」

「エステルは嫌いではないが、リディとの時間を邪魔されたくない。それでなくても忙しく、屋敷で一緒に過ごす時間が少ないのに。それにリディに家出されるのはもう懲り懲りだ」


 家出じゃない、と言ったはず。

 それに、一緒にいる時間少ない、かな。


 朝食も一緒、仕事場に行く馬車も一緒、同じ執務室で仕事をして、昼食も一緒。別々になるのは夕方五時以降。それもレオンハルト様が早く帰ってきた時は夕食のテーブルに一緒につき、時には晩酌もおともする。


 結構、充分な気がする。


 多分、いや、絶対、普通の夫婦より一緒にいる。


「……少ないと思っているのは俺だけか。俺はまだまだ一緒にいたい」


 骨張った指が優しく私の頬を摘む。少し恨めしそうに私の頬をフニフニ摘むその顔はやけに子供染みて見えた。


お読み頂きありがとうございます。興味を持って下さった方、是非ブックマークお願いします!

☆、いいねが増える度に励まされています。ありがとうございます。

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[一言] ならお前が断固として断れや…… このエピソードのレオンハルトさん情けないぞ……!
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