雑草と絵画.2
今回は「絵」と「媚薬」が軸になってきます。絵画、全く詳しくないので、その辺りは生暖かい目で読んでください。
男手とは素晴らしいものだ。
庭にはどこからか飛んできた種が勝手に成長し、私の胸ぐらいまで成長したものもあった。私じゃ到底太刀打ちできないそれを、ぎゅっと掴んで引き抜いてくれた時には思わず拍手をしてしまった。
「草を抜いて拍手されるなんて初めてだ」
「本当にありがとうございます。どうしようかと思っていたんですよね」
庭にはよく似た草がまだ何本かある。アロイは草を掻き分け私じゃ手に負えないものを中心に抜いていってくれた。
そして、夕方。
「玄関まで辿り着いた!!」
あぁ。妙な達成感がある。
まだ、庭の四分の一ぐらいしかできてないけれど。
ここまでできたら大したものだ。
「アロイ、ありがとうございます。今日家に入るのは無理だと諦めていました」
「中に入ったことは?」
「これが初めてです」
私はポケットから鍵を取り出すと、ガチャリと扉を開けた。空き家独特の埃とカビの匂いが鼻孔をつく。でも、中は予想より綺麗だった。窓も壊れていないし、雨風が入ってきた様子はない。
「アロイ、この家には隣国で画家をしていた方の絵があるようですが、見ますか?」
「そうなんですか! それは是非見たいですね」
「では、ちょっと探して来ます。待っててください」
家に入って貰おうかと思ったけれど、レオンハルト様の顔が浮かんだ。この家はレオンハルト様からお金を借りて買ったもの。それに、ちょっとモヤモヤするけれど、私の婚約者でもある。仮、だけど。
私の次に入るのはレオンハルト様だとは思っている。
「二階の様子も見たいので少しお時間を頂いていいですか?」
「もちろん。その間に庭を片付けておきましょう」
室内に踏み入ったとたん、床に積もった埃が舞い上がる。床の上に足跡を残しながら奥へ向かうと、一階に二部屋あり、絵は奥の部屋に置いてあった。
大きな木箱に入って、探すまでもなくそこにある。
室内は、住んだことがないという言葉通り、作り付けのキッチンと飾り棚があるだけで何もない。階段は探すこともなく見つかり二階へ向かうも、こちらも家具一つない。
埃と蜘蛛の巣はすごいけれど、雨漏りはしていないし、家具もないから掃除はしやすそう。手近な店でモップ買ってざっとかけちゃえば、室内は案外手早く掃除できそうな気がする。だって私はできる侍女だもの。
とりあえず、庭と違う室内の有様にほっとする。
さて、次は絵だ。
一階の奥の部屋にある木箱は私が両手を広げたほどの大きさ。
これ、絶対に玄関からは入らない。
どこから入れたのかと室内を見渡すと、目に入ったのは埃だらけのカーテン。シャッと開けると、埃が勢いよく舞ったあと、私の背丈より高く、両手を広げたよりも幅がある窓が現れた。なるほど、ここからね。
舞い散った埃を追いやるために窓を開けると、胸の位置まである草が迫る。
さて、換気と虫が入ってくる可能性、
どちらを優先する?
私は迷わず窓を閉める。埃は我慢できる。虫はいないにこしたことはない。
これですよ、と主張するかのように置かれている木箱は、一応中身を確認したのだろう、蓋に打ちつけられていた釘は抜かれていた。ぽんと上に載せられただけの蓋を手に取り、ゆっくりそれを下に下ろす。
木箱の中には、白い布に包まれた大小様々な大きさの絵が入っていた。布を指先で少し端に寄せ、隙間から見ると額縁が見える。ざっと六箱確認したところ、日に焼けた古い物からが新しい物まで、制作時期に分けられて入れられているようだった。
初期の物が少ないのは売ってしまったのかも。とりあえず五枚ほど手頃な大きさを選んで両手で抱えてアロイの元へと戻ることにした。
「沢山持って来てくれたんですね」
「まだまだあります。よければもっと持ってきます」
玄関先のポーチに座り込んで私達は絵を見ることにした。二人とも土と汗でドロドロで、誰が見ても爵位持ちには見えない姿だ。
アロイは軍手をとると、ハンカチで手を拭く。私は制作された時期が古そうな物から渡していった。年代は、額縁と絵の具の状態から三十年ほど前かな。どこかの田園風景が描かれていた。けれど。
「可もなく不可もなし」
思わず出た私の言葉にアロイはびっくりしたようにこちらを見た。
「絵に詳しいんですね」
「……多少ですが」
ふわりと言葉を濁して次の絵を見る。これも、同じ感じ。基礎はできているし、おっと思う筆遣いがないわけではない。でも、プロの絵描きとして食べていけるかというと、……無理かな。下級貴族や商人相手に細々と絵姿を描いて暮らしていけるか、といったところ。
でも、画風は経験とともに変わったりもする。そう思いながら次々と絵を見ていく。
「この人は絵描きで成功しましたか?」
「いいえ」
そう聞いているし、そう思う。でも、最後の絵の布を解いたとき私は息を飲んだ。隣のアロイからもヒュっと息を吸う音が聞こえる。
それは今までの作品とは全く違っていた。いや、筆遣いとか、細かな部分は似ていて同一人物が書いたと思うんだけれど。黄色い絵の具を何層にも重ね、畑一面に咲いた向日葵の花は綺麗なのに狂気を感じる。黄色が目の前に迫って、魂を引きずり出される力強さ。
「これ、前に見たことがある……」
同じ絵ではない。この画風の絵を。クリスティ様の私室で。
「……参ったな。こういうのを見ると、才能って足掻いて手に入るようなものじゃないって思い知らされる」
それは分かる。いや、私は絵描きじゃないけれど、どうしても越えられない壁を、壁とすら思わず乗り越えていく人は一定数いる。
「でも、この人も途中からビックリするぐらい画風が変わったし、未来は未知数です」
「……リディ、私の絵を見ますか?」
えーと、見ていいのなら。でも、この流れで?
私の返事も聞かないで、アロイは庭の隅に置いていた描きかけの絵を取りに行って包んでいた布を解いた。
「どうぞ」
「……はい」
受け取って見たその絵もまた……
「可もなく不可もなし」
私が言ったんじゃない。アロイが自分で言ったんだ。
「そんなこと……」
「リディは嘘をつくのが下手だね」
アロイが困ったように笑うから、私は何も言えなくて下を向いてしまった。手に持った絵は確かに可もなく不可もなし。
「そんな顔しないで。それでは、私が虐めているようでは……」
アロイが身を屈めて私を下から覗き見る。
「リディ!!」
いきなり聞こえた聞き慣れた低音に顔を上げるより早く、後から腕が回って引き寄せられた。とん、後頭部が厚い胸板にあたると同時によく知っている香水の香りがした。
「……レオンハルト様。どうしてここに?」
「それは俺が聞きたい」
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