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叙爵式2


 私は舞踏会とか式典と無縁の生活を送ってきた。

 それはレオンハルト様もご存じのはず。

 ひとりポツンと残されたら、それは、やっぱり心細い。


 所在なく、壁と同化すべく佇んでいると、黒髪の男性に声をかけられた。


「申し訳ありません。エステル様がお連れ様をダンスにお誘いしたようで」

「……いえ、お気になさらず。えーと、あなたは?」


 誰? 長身で細身の身体は文官のようだけれど、こんな綺麗なグリーンアイの方いたかな?


「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。私、アロイ・スーテリーと申します。エステル様の亡きお父様に絵を教えて頂いたご縁で、本日エスコート役を務めています」


 えーと。亡きお父様。その方は画家だったのでしょうか? 私が首を傾げるので、アロイ様はちょと困ったようにこちらを窺い見る。


「もしかして、何も聞いていないのですか?」

「先程、レオンハルト様の従兄妹とだけ。エステル嬢の婚約者ですか?」


「違います。……私が説明して良いのか分かりませんが、エルムドア侯爵の叔母様と私に絵を教えて下さったカルバット・リカイネン男爵との間にお生まれになったのがエステル様です。しかし、お母様は二年前に他界され、カルバット様も半年前に亡くなられました」


「では、エステル嬢は今お一人で暮らしているのですか?」

「いえ、カルバット様の後妻イネス様が女男爵となって家督を継がれており、エステル様と一緒に暮らしていらっしゃいます」


 中々複雑な家庭環境のよう。

 私以外にも女男爵がいたみたいだけれど、この場合は叙爵ではないので先程の式典にはいなかったはず。そしてカルバット、という名前は聞いたことがある。


「カルバットという名の画家は知っています。その方がエステル嬢のお父様でしたか」

「はい。有名な画家でした。私はアカデミーに通いながらカルバット様のもとで指導やお手伝いをしていました。今もアトリエをお借りしているご縁でここに参りました」


 なるほど。では目の前にいるのは画家の卵ということね。ちょっと神経質そうなお顔はそれっぽい気もする。偏見かもしれないけれど。


 アロイの説明では、カルバット様が亡くなられてからも、イネス様は若い才能に目をかけ、才能のある者数名にアトリエを貸し時には指導者も雇ってくれているらしい。太っ腹だ。


「ところで、二人ともまだ戻って来ませんし、私達も踊りませんか?」

「えーと、はい。ただ、私は爵位を賜わったばかりでこういう場には不慣れで。多分、足を踏みます」


 私の言葉にアロイ様はククッと笑われたけど。


「今注目を浴びるワグナー女男爵にダンスを申し込みたい男は沢山おります。私も慣れていないので、準備運動だと思って手を取って頂けませんか?」


 少し神経質そうな顔がふわりと緩むと今度は猫のような人懐っこさが顔を出してきた。


「分かりました。では宜しくお願いします」


 確かにアロイもこのような場に慣れていないみたいだったけれど、ぎこちないなりにきちんとエスコートしてくれた。


 ダンスをしながら、アカデミーを出たあとも絵描きを目指して絵を描き続けていること。時折絵姿を描きお金を稼いでいること。男爵家の次男だから、ゆくゆくは家を出なくてはいけないことを話してくれた。


 時折突き刺さるような視線を感じながらダンスを終えると、レオンハルト様を探す。さっきまであの辺りで踊っていたはずなのに……と視線を彷徨わせていると、柱の向こうに後ろ姿を見つけた。


 誰にも声を掛けられないように速足でその後ろ姿に近づいていくと、柱の陰にエステル嬢の姿があった。


「ありがとうレオお兄様。ねぇ、お腹が空いたけれど、あそこの料理って食べてもいいの? マナーとかあるのかしら。分からないから教えてくださらない?」


 エステル嬢はそう言いながらレオンハルト様の腕をとって料理の載っているテーブルに向かう。レオンハルト様は視線を泳がせているから、もしかすると私を探しているのかも知れないけれど、エステル嬢の強引な手は振り解けないみたい。


 ……さっき、ダンスが終わったら一緒に食べようって約束したのに。


「失礼、ワグナー女男爵殿」


 声をかけられ振り返ると、腹の出たおじさんとニキビ顔の騎士がいる。誰?


「私は王都の西でいくつか洋服屋を営んでおります。よろしければ愚息と一曲踊って頂けませんか?」


 息子は背中を押されてツンのめりながら私の前に来ると手を差し出した。そっと周りを見れば、こちらを見る幾つもの視線。アロイが言った通り、叙爵した女男爵は今宵、そこそこ注目を浴びているみたい。


 これ、断っても次がくるやつだ。

 だとしたら、断るだけ無駄。

 そして、どうせ誰かと踊らなきゃいけないなら、誰でもいいや。


「不慣れですがよろしくお願いします」


 そう言って頭を横に傾げ、「はい」の意思を示す。これも仕事だ。どこで商売の縁があるか分からない。


 そう思っていたのは向こうも同じで、何人かと踊ったけれど今のワグナー商会の現状を知ると、皆んな深くは立ち入ってこなかった。持っているのは染料の販売権だけ。海のものとも山のものとも分からない商会とは、面識を作れれば十分らしい。それは私も同じだけれど。


 私はダンスが終わるたびにレオンハルト様を探したんだけれど、すぐに次の人に掴まってしまう。

 何度かこちらに向かってくる姿を目にはしたんだけれど、エステル嬢に引き留められていた。そして最後には、二人の姿が会場から消えていた。

 

 疲れた。

 心細い。

 そして何故かイライラする。


 このやり場のない苛つきをどうしてくれようかと思ったら、美味しそうな料理が載ったお皿が目の前に現れた。


「レオンハ……ダグラス様!」

「レオンハルト様は気分がすぐれない従兄妹を休憩室に連れて行ったよ。あ、変な意味じゃなくて、言葉通りにとってね。で、さっきからリディがずっと踊っているから助けてやってくれって頼まれてね」


 あー。ダグラス様、やっぱり優しい。

 私はお皿を受け取ると壁側に移動して、その夜、初めての食事をやっと摂ることができた。


「……随分お腹が空いていたんだね。よければこちらのお皿もどうぞ。お肉、美味しいよ」

「ありがとうございます! もうお腹ペコペコで。一人取り残されて心細いし」


 お行儀悪いかな、と思いながらダグラス様のお皿の薄いピンク色のお肉をフォークで刺して頬張る。さすがお城の料理。おいしい!


「美味しそうに食べるね」

「いつも運ぶばかりでしたからね。食べられて嬉しいです」


 ダグラス様はちょっと待ってて、と言ってカクテルも取ってきてくれた。柑橘系の弱いカクテルがダンスで疲れた身体に気持ちよく染み込む。


「そういえばリディ、あの空き家見に行ったんだって」

「はい。草は……少しひどい状態でしたが、家の傷みは予想していたより酷くなかったです。お洒落な造りだし街も気に入りました。譲って頂いてありがとうございます」


 頭を下げると、ダグラス様はとんでもないというように顔の前で手を振る。それから気まずそうに下を向くと、顳顬を指で描く。


「リディには言ってなかったんだけれど、あの家は我がシュートン伯爵家のお荷物でね。特に母が早く手放したがっていたんだ」

「そのお話、レオンハルト様はご存じなのですか?」


 もしかして曰く付き?

 何かあった?

 何かでる?


「リディ、多分そのどれでもないよ。幽霊とか出ないからそんな青い顔しなくて大丈夫だよ」


 一言も話してないのに、ダグラス様は私の妄想を理解されたみたい。本当ですね? 嫌ですよ、幽霊とか。


「でも、あの家の持ち主であるリディに説明しないのは狡いから、簡単に説明するね」


 そういうと、ダグラス様は少し目を翳らせ事情を説明してくれた。


 ダグラス様のお母様の弟、バルム・アスワドは婚約者がいる身で侍女と恋仲になった。ダグラス様のお祖父様は憤慨され、息子を廃嫡された。しかし、お祖母様が身一つで家を追い出すのは忍びないと用意したのが、あの海辺の家だった。


 しかし、二人はその家に住むことなく、異国へと旅立った。それでもお祖母様はいつか帰ってきた時のためにと、あの家を手入れされ、ずっと待たれていたらしいけれど、三年前に亡くなられた。


「それで、やっと消息が分かったのが半年前。バルム叔父の友人から、手紙がきて叔父は異国の土地で死んだと書いてあった」


 きっとあの家は、三年前まですぐにでも住めるように手入れされていたんだと思う。家自体の傷みが少なかったのはお祖母様のおかげだ。


「一緒に行かれた侍女の方はどうされたのですか?」

「手紙によると数年前に先立ったと。仲の良い夫婦だったけれど、子供はいなかったらしい」


 真実の愛を全うした、ということだろうか。だとしたら、もう美談ではないだろか。


「それと一緒に絵が送られてきたんだけれど、明らかに晩年画風が変わっておかしかったんだ。絵には詳しくないけれど、狂気じみたものを感じて。それで母が少し調べたんだけれど、どうも妻が亡くなってから人が変わったようになり奇行が増えたようなんだ」

「奥様に先立たれたショックから、ですか?」


 私の言葉にダグラス様は難しい顔をする。


「それもあるかも知れないけれど、どうやら何か薬物を服用していたらしいんだ」

「それは、……あまり良くない薬物?」

「そう。どんなものかまで詳しく分からないんだけど。で、シュートン伯爵家としては縁者にそんな人がいては困るわけ。絵も住まなかった家も処分して存在をなかったことにしようとしているんだ」


 あー、なるほどね。ダグラス様のお父様も王宮で文官をされているし、体面は気になるところよね。お母様としても、自分の弟の不祥事となればお父様のやり方に何も言えないでしょうし。

 事情は分かった。で、だ。気になることがひとつ。


「ダグラス様、もしかしてですが、叔父様が描かれた絵は……」

「あぁ、さすがリディ。察しがいいね。そうだよ、全部あの家にある」


 家具ごと譲ると聞きましたが、もしかして絵も含まれています? 何か、丸投げされました? レオンハルト様もご存じなんですよね。


「よくレオンハルト様が許可されましたよね」

「レオンハルト様にとっては他人の家の事情。その家に住んだことがない叔父が何者であろうと関係ない。それに、些細な噂ぐらい揉み消せるだけの力があるからね」


 揉み消せるんだー。確かに人一人ぐらいの存在は消せるかもしれない。


「リディにはレオンハルト様がついているから、妙な噂は立たないから心配いらないよ。ところで、まだ戻ってこないね」


 ダグラス様と一緒に広間を見渡す。

 うーん、相手はデビュタントしたばかりの御令嬢、いわばまだ子供のようなもの。しかも従兄妹。


 分かっている。

 でも、なんだかこう……

 胸にモヤモヤが引っかかる。


「ちょっと様子を見に行こうか?」


 いつの間にか下を向いてしまっていた私の顔をダグラス様が覗きこむ。頷かなかったのに、すっと手が出てきた。私は指先を軽くその上に置く。

 

 でも、そのあと私はレオンハルト様に会うことなく、ダグラス様の馬車を借りて先に帰った。だって、休憩室に行くまでの間にある大きな窓の横を通ったとき、見たんだもん。


 庭のベンチに座るエステル嬢の横にはレオンハルト様がいた。


 

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