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海辺の家.2


 とはいえ、さすがに一時間ほどで叩き起こ……ゆるゆると肩を揺すって起こした。だって足が痺れてきたんだもの。

 それに、せっかくここまできたのだ。丘を下る時に見たお洒落なカフェや雑貨屋も覗いてみたい。港が近いからかな、ちょっと異国情緒もあり街全体がなかなか洒落ている。しかしだ、


「うぅっ、足が痺れて痛いです」

「だから抱き抱えようと言っただろう」

「誰のせいですか。それから、そんな恥ずかしい格好で街中を歩けません」


 よろよろとレオンハルト様の腕に掴まって歩く私を、すれ違いの老夫婦がニコニコ見てくる。


 いや、違いますから。

 仲が良くてこうしてる訳ではない、と追いかけて主張したい。


 これが王都なら顔をあげて歩くこともできない。でもそこは見知らぬ街。レオンハルト様もご機嫌な様子なので、暫く掴まらせて貰いながらチラチラと可愛い店先を見ながら歩いていく。


「花屋が多いですね」

「王都より南に位置するから、気候も温暖なんだろ。この辺りから王都にも出荷されているはずだ」

 

 そうなんだ。ワグナー商会で花は扱っていなかったからそこまで詳しくはないのよね。花言葉ぐらいなら知っているけれど、目利きはできないし、生産地すら危うい。


「そうだ、花を買って帰るか」

「そうですね。エマさんも喜ぶと思います」


 お土産に。

 切花もいいけど、鉢植えも捨てがたい。

 いや、いっそのこと種もいいかも。


 どれがいいと思いますか? と聞こうとすると、レオンハルト様が頭を抱えている。分かります! 迷うほどありますからね!


 さて、そんなレオンハルト様はおいといて、私は店先をチラチラと覗き見する。異国の模様が刺繍されたハンカチや、細かな銀細工の髪飾りが軒先に並んでいる。価格は庶民がちょっと背伸びするぐらい。男爵令嬢がつけてもおかしくはない質の良さ。それから真っ白なお皿もたくさん売っていた。陶器に使える良い土が近くで採れるらしい。


 特にお皿は品質も良く王都でも売れそう。というか街全体もいい雰囲気だし、あの屋敷、手入れして貸別荘にしてもいいかも。 


 ついついお仕事モードになっていたら、ふわりと甘い香りがしてきた。と、言ってもお菓子じゃない。とてもいい香りだ。


「レオンハルト様、あのお店入ってもいいですか?」

「あぁ、好きにしろ」


 そろそろ足も大丈夫なので掴まっていた手を離そうとしたら、上から手を添えられた。

 まだ捕まっていろってこと? レオンハルト様って、容赦ないのか過保護なのか良く分からないから困ってしまう。


 カラン、と入り口のベルが小さな音を立てる中、店内に一歩足を踏み入れる。


「いらっしゃいませ」


 の声と一緒にいい匂いが全身を包む。


「ここはフレグランス専門店ですか?」

「ええ。宜しければ調合もいたします。ですが、」


 と言ってレオンハルト様の姿を上から下へと見る。


「高位貴族様のお気に召すものをご用意できるか……」


 私は自分の服を見る。以前レオンハルト様に街で買って頂いた黄色のワンピースは、裕福な庶民といった感じだ。対してレオンハルト様はシャツにトラウザーズという軽装だけど、明らかに質が良い。加えてあのご尊顔。高貴な匂いが勝手に立ち昇っている。


「構わない。何かお薦めはあるか?」


 レオンハルト様のお言葉に、少し狼狽えながらも店員さんはいくつか小瓶を取り出してくれた。


「こちらは調合済み、こちらは調合前なので気に入った匂いとイメージを教えて頂きましたら、お客様だけの匂いをお作りします」


 ほぉ、オリジナル。貴族向けではよくあるけれど、庶民向けでは珍しい。私は小瓶の蓋を開け、手で仰いで匂いを嗅ぐ。


「フローラルですね」

「はい。可愛らしい匂いでお客様にピッタリです」


 二十一歳の私には幼い気がするけれど、いくつだと思われているのでしょう。そして、私とレオンハルト様はどんな関係だと。


「貴族の方が使われるのはパルファムが多いと聞きますが、こちらはオードトワレが主流となります」


 なるほどね。だから庶民向けなのか。と、納得する私の横でレオンハルト様は首を傾げる。


「何が違うんだ?」

「香成分の濃度が違います。レオンハルトさまが普段お使いなのは濃度が十五パーセントを超えるお品かと。それに比べてこちらは五パーセントから十パーセントほどで、水も一割ほど入っています」


 だから香りの持続時間も三時間と短い。


「軽やかな匂いで主張が少ないから、仕事中でもつけられます」


 ふーん、とレオンハルト様も蓋を開け匂いを嗅ぐ。やっと腕を離すことができたと思ったのに、瓶をもとの場所に置くと、今度は私の腰に手が回された。


「今、恋人同士でお互いのイメージに合った香を贈り合ったり、お揃いの香を作って贈り合うのが流行っているんですよ」

「それ、聞いたことがあります。中性的な香を共有するって」

「庶民は、貴族様のように自分の瞳にちなんだ宝石を送り合う、なんてできませんからね。その代わりにお揃いの香をつけるのです」


 噂は本当だったんだ。確かに庶民でも香水なら手が出る。


「リディはどんな匂いが好きなんだ?」

「甘すぎるのは苦手です。シトラス系、ウッディ系がすきですね」


 可愛らしいのも甘いお菓子も好きだけれど、匂いで甘ったるいのは苦手だ。なんだか胸焼けがしてしまう。


「では、ウッディ系でお揃いで調合致しましょうか。それなら、少し濃度が濃い物も用意できますし、男性も使える匂いに仕上げられます」

「そうか、では頼む」


 えっ、頼むんですか。その場合お揃いでつけるのは……


「分かっているだろうが、これは土産じゃないぞ」


 あっ、やっぱりそうですよね。でも二人して同じ匂いって周りの想像をいろいろ掻き立てませんか? 


 そんな私の心配をよそに、好みを聞かれ調合された香水はとても良い香りがした。

お読み頂きありがとうございます。興味を持って下さった方、是非ブックマークお願いします!

☆、いいねが増える度に励まされています。ありがとうございます。

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