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マリアナ派遣所での夕食

本日複数話投稿します。ご注意下さい。


 とりあえず家問題は解決。

 えっと、解決でいいよね。

 言いくるめられた気がしないでもないけれど。


 今日最後の書類に目を通してレオンハルト様に渡せば、私の仕事は終わりだ。まだ、机には幾つかあるけれど、今日締め切りは全部したからいいでしょう。


 帰り際、気になっていることを聞いてみる。昨日まで部屋になかったあれについて。この部屋の中であれは場違いな存在感を放っている。


「レオンハルト様、この絵ってなんですか?」


 部屋の片隅には大小様々な大きさの額縁が立てかけられている。数は……十枚ほどだろうか。


「あぁ、それは最近見つかった贋作だ」

「どうしてこれがここにあるのですか?」


 確か、ここは外務室。海外との遣り取りをするのがお仕事のはず。これは衛兵の仕事では。


「贋作の書類を作成するにあたって、元となった絵画の作者や、完成時期、画商の評価を記載する必要があるらしい」

「はぁ、それは分かります」

「それで、異国の絵画についてはその国の書物を見るのが一番詳しく正解だという話になり」

「それで、まさかと思うのですが」

「そのまさかだ。異国の言葉は読めないから、とこちらに回ってきた」

「いや、この国の言葉で書かれた文献もあるはずですよね!?」


 絶対あるって。

 何なら図書館行って探してきてあげるけど。


 衛兵隊長の体格だけよい脳筋おやじの顔が浮かんできた。

 なぜ引き受けた、と思ってすぐ理解する。

 そのオヤジ、カルスト公爵と仲が良いのだ。断ったとしても公爵経由でいずれ回ってくる。なんなら締め切り間近に回ってくる。それなら、さっさと貰ってこちらのペースでした方がまだましかも。


「リディ、悪いが明日中にそれをやって貰いたい」


 はい!? すでに締め切り間近ですと!?


「……でも、明日締め切りの仕事がこんなにあります」


 机の上に置かれた十五センチほどの書類の山をポンポンと叩いてアピール。


「それはダグラスがするから大丈夫だ」


 そんなあっさりと。

 あー、ダグラス様が頭を抱えてますよ。

 同情はします。だってこれ数字が面倒で後回しにしていた書類だもの。


 「分かりました」


 書類をダグラス様の机に運びながら私はこっそり舌をだす。だって、レオンハルト様達には言ってないけれど、私は画商の資格を持っている。だからそこにある絵なんて文献見なくても分かっちゃうんだ。


 やったぁ!!これで明日は楽できるー! 

 もちろん、そんなことは言わない。

 だって程よく手を抜くのが私の信条だから。



 そして私は帰路についた。向かうはマリアナ派遣所だ。

 男爵家の書類は出したけれど、半月後の叙爵式まではただの平民なので、ここに居ても問題ないらしい。レオンハルト様のお屋敷のお部屋も、今はまだ準備中だし。お休みの日に行って、家具とか、カーテンとか、諸々選んでいるけれど、オーダーする物もあるらしくまだ住める状態には至っていない。


 ちなみに、レオンハルト様と同じ三階の部屋は既に用意ができていた。夫婦の寝室の隣の部屋。絶対に拒否だ。




 いつものように裏の扉を開け階段を上ろうとしたら、階段横の扉が開きハンナが顔を出した。


「やっぱりリディだ。夕飯できたから一緒に食べよう」


 開いた扉からいい匂いがする。これはいいタイミングで帰ってきたみたい。自分の部屋に荷物を置いて急いで一階へ向かう。

 匂いに釣られるように入るとコーディンがお皿にスープを入れていた。テーブルの上には白身魚のソテーにマッシュポテト、パンがすでに並んでいる。お皿は三人分。マリアナはお取引先と外食らしい。


「エイダは?」

「夫婦喧嘩の後始末で今夜は帰ってこれないって」

「……その二人、どんな喧嘩したの」


 帰れないぐらいの夫婦喧嘩って。

 皿とか、花瓶とか、投げたり投げられたり。

 割れるだけならいいんだけれど、床の絨毯にできた染みが結構、厄介だったりする。


「浮気?」

「違う。旦那様がいんちき画商に贋作掴まされたんだって。金貨五枚」

「五枚? エイダが今行ってるのって伯爵家だよね。それはちよっと痛い金額ね」

「しかも四枚」

「あー」


 それはだめだ。お皿投げられても仕方ない。私だって投げるかも。 


「その絵を売ったのはルーク画商か?」


 コーディンがスープを置きながら珍しく会話に入ってきた。少ししゃがれた低音で割といい声なんだけれど、普段無口だからその声を聞く機会は少ない。 


「いえ、ランカー画商と書いてあったわ」


 エイダからの手紙を受け取ったのはハンナのようで、ポケットから紙を取り出して確認している。

 でも、それなら……


「画商が分かっているなら、犯人はすぐに捕まるんじゃない?」


 画商の仕事はその絵の価値を見極め、適正な価格を付けること。爵位を持つ人間が、それなりの対価を払い絵を買うなら必ず画商から買う。買った絵が贋作なら一番怪しのはその画商だ。


「それが、忽然と消えたのよ。なんでも異国の画商だったらしくて」

「俺が聞いたのは一年前の話だが、その時も異国の画商で突然姿を消したなぁ」


 あれ、それってなんか怪しくない?

 もちろんそう思ったのは私だけじゃない。


「売りつけるだけ売りつけて消えたって感じね。調べてみたらもっと被害者いたりして」


 ハンナ、ちょっと楽しそうだよ。


「その画商から買って、未だに本物と思っている奴もいるだろうな。これ見よがしに応接室に飾ったりなんかして」


 クツクツと笑うコーディン。結構いい性格してるわね。気持ちは分かるけれど。


 ま、普段威張り散らしてるお偉いさんの居間にドカンと偽物が飾っていたら、誰でも笑うでしょう。


 その後も私とエイダは食事を摂りながら、あの屋敷のあの壺は偽物だとか、旦那さんが奥さんの宝石を盗んで愛人に貢いだとか、噂話に花を咲かせた。コーディンは時々唇の端を上げることはあっても、もう話には入ってこなかった。




 次の日、私は顰めっ面で異国の画集を捲るふりをしながら、贋作の元となった絵について書類を作っていく。画家の名前、時代背景、余裕余裕。抽象派ならモチーフと、そうだ、おまけに画家の人世史まで付け足しておこう。


 やだ、完璧じゃない、これ。

 気を抜いたら鼻歌まででちゃいそう。

 たまにはこういう日も必要よね。


 ご機嫌で絵画の含蓄を書いていると、いつの間にかお昼を過ぎていた。

 私達は隣の部屋に移動して、もと同僚が運んでくれた食事を食べる。今日は食後の紅茶を淹れる余裕まである。


「リディが朝から来てくれるようになって、本当に助かるよ。食事どころかこうやってお茶ができるなんて」


 ダグラス様がそう言ってくれます。でも、紅茶を飲みながら手元にある書類を見ているからやっぱり忙しそう。


「なら、もう少し仕事を増やそうか。書類を読むなら紅茶を向こうに持っていけばいいだろう」

「せっかくリディが淹れてくれたのだから、一緒に飲みたいじゃないですか」


 私の隣に座るレオンハルト様は、まるでダグラス様が邪魔者であるかのように睨んでいる。

 その意味がちょっと分からないけれど、睨まれて楽しそうにクツクツと笑うダグラス様もよく分からない。

 

 そして私はといえば、レオンハルト様との慣れない距離感に落ち着かない。

 いっそのこと、私が隣の部屋に移動しようかな。

 そう思ってちょっと腰を浮かしたら、素早く肩に腕が回って来た。


「どこに行くんだ?」

「あちらで絵を見ながら紅茶を飲もうかと」

「発想は優雅だが、あれは偽物だ。リディはここにいればいい」

「でも誰か訪ねて来るかもしれませんし」

「ダグラスが行くので問題ない」


 はいはい、とダグラス様が腰を上げた時、隣の部屋の扉の開く音がした。今いる部屋と隣の部屋は扉一枚で隔てられているんだけれど、カツカツとヒールの音がするとその扉もバタンと開かれた。


「やっぱりここにいたのね。ティータイムにお邪魔して宜しいかしら?」


 突如現れたクリスティ様は、唖然とした私達に構うことなく歩み寄ってきて、私の腕を掴むと引き上げるように立たせた。


「リディ、アフタヌーンティーなら私としましょう」

「……あの、これはちょっと遅くなった食後の紅茶で、アフタヌーンティーではございません」

「あら、そうなの。ではアフタヌーンティーはまだなのね。丁度良かったわ。私の部屋に行きましょう」


 どうしよう。会話が通じない。

 平民の私に決まった時間にお茶を飲む習慣なんてない。アフタヌーンティーを楽しむ余裕もない。


「そういえばリディ、絵にとても詳しいのね。これから馴染みの画商がくるから、お茶のついでに部屋に飾る絵を一緒に選んでちょうだい」

「えっ、いや、そんなことはないです。とてもではないですが、クリスティ様の絵を選ぶなんて、私には荷が重すぎます」

「あら、でもリディの机の上には、絵について詳しく書かれた紙があったわよ」


 見たんですか。すっと通り抜けるぐらいの時間しかなかったと思うのですが。


「クリスティ様。あれはリディが贋作の元となった絵について文献を見ながら纏めたものです」


 私を連れて行かれては仕事に差し支えが出ると考えたのでしょう。レオンハルト様が助け船を出してくれた。

 ちなみダグラス様はいつの間にか消えている。どうも面倒ごとがあると姿を消すように思う。ずるい。


「あら、それはおかしいわ。だってあの文献には画家の人世史なんて書かれていませんもの」

「!!」


 どうしてあの一瞬でそこまで確認できたの?

 そして可愛い顔で、なんて爆弾落としてくれるのか。

 やばい! これはいろいろやばい気がする。


 チラッとレオンハルト様を見ると、じとっと私を凝視するライトブルーの瞳とぶつかった。ヒッ。


「あの……レオンハルト様?」

「……なるほど。今日はやけに機嫌がよいと思っていたらそういうことか。おかしいと思ったんだ。鼻歌が聞こえてくるし」

「!!!」

 

 聞こえてました?

 私、歌ってました?


「随分余裕があったようだな」


 あぁ、目が怖い。絶対婚約者(仮)を見る目ではない。


「余裕があるならよろしくってね。リディ、一緒に来てちょうだい」

「はい、是非。喜んで!!」


 私はクリスティ様の腕を引っぱり、逃げるように部屋を飛び出した。

 

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