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住む場所

本日、複数話投稿します。ご注意ください。


 ハザット王国の王宮の二階、西側にあるレオンハルト様の執務室。そこで相変わらず私は書類と向かい合っている。

 変わったことと言えば、着ている服が少し上質な物になったことと、殺伐とした部屋の中にほのかに薔薇の香りがするぐらい。薔薇はこっそり王宮の庭から取ってきた。大丈夫、いっぱい咲いていたからきっとバレない、と思う。


 王宮一の忙しさを誇るこの部屋で一日の大半を過ごすのだから、このぐらいの潤いがなければやってられない。


 焼石に水とか言わない。

 なんでも気の持ちようだ。

 そう思いながら、追加された書類を睨みつける。

 

「……じゃぁ、リディはレオンハルト様のお屋敷に住むんだね」

「不本意ですが、とりあえず」


 午後の日差しの下で銀色の髪がキラキラと輝く。鳶色の瞳を優しく細めながら聞いてくるのはダグラス様。その机には私以上の書類の山。


「女男爵が派遣所の寮に住むわけにはいかないからな」

 

 ライトブラウンの髪をかき上げながら答えるのはレオンハルト様。疲れて憂のある眼差しが、色香を含むとご令嬢からの視線は集まる一方。この方の机の上から書類がなくなることはない。


 いろいろあって、ワグナー男爵として爵位を賜ることになったけれど、今は内定の状態。正式に男爵となるのは一週間後の叙爵式が終わってからになる。


 それでまず問題となったのは私の住む場所だ。

 女男爵が派遣所の寮に住むのはまずいらしい。

 ま、私もそうかな、と思ってはいたけれど。


 それで、どうするかだ。一番良いのは王宮に通える場所に小さな屋敷、ううん、そんな立派なものでなくていい、家を持つことなんだけれど、悲しいことに先立つものがない。狭くても目玉が飛び出るぐらい高いんだもの。


 ワグナー商会が軌道にのっていない今、お金を貸してくれるところなんてないし。と思っていたら、レオンハルト様から「三階の俺の部屋の近くにリディの部屋を用意した」と決定事項の形で告げられた。


 この場合「ありがとうございます」でいいのか? 

 私達って、婚約者(仮)もしくは婚約者(保留中)の関係だったはず。


 えっ、と固まっていたらエマさんが私の部屋を二階に変更してくれた。さらにレオンハルト様にはお説教も。


 婚約者が花嫁修行で嫁ぎ先に住むのは珍しくないので、こうして私はレオンハルト様のお屋敷に住むことになった。


「それにしても、引き続き働いてくれるって聞いてホッとしたよ。僕達ふたりでこの仕事の量は捌ききれないからね」

「ダグラス、言っておくがリディが働くのは五時までだ。仕事を丸投げするなよ」

「それ、レオンハルト様が言いますか?」


 ダグラス様は目の前の書類を恨みがましく睨む。

 目の高さまで積まれたあれ、今日締め切りの書類ですよね。

 間に合うのかな。私は帰るけれど。


 お金がない私は、引き続き侍女として働いている。マリアナ派遣所に籍をおき、そこから派遣される形でレオンハルト様の執務室で翻訳のお手伝いをしている。

 男爵令嬢だって侍女をしているこの時代、さほど不自然ではないのだけれど、女男爵を給仕係にはできないとそっちは契約更新にならなかった。


 その代わり、朝から夕方までレオンハルト様の執務室にいる。貰えるお給金はベテラン文官ほどという好待遇だ。


「て、いうか、婚約者を雇って働かせるってあまり聞かないですよね」

「俺の考えではない。リディの意思だ」


 レオンハルト様は私に関する衣食住全て面倒見てくれるつもりでいたらしいけれど、それはお断りした。だって、今は婚約者だけど、それはやっぱり(仮)なわけで。それにワグナー商会復興のための資金も貯めたい。


「でも、一緒に住むんですよね。囲うんですよね。そこはリディの意志に反して」

「聞こえが悪いな。仕方ないだろう。マリアナ派遣所の寮に女男爵が住むわけにはいかないのだから」

「……でも、時々マリアナ派遣所にお泊まりしてもいいんですよね?」


 その事前確認は済ませてある。夜の女子会は私の癒しだ。一応、念のためともう一度確認すると、レオンハルト様は不貞腐れた顔で頬杖をつく。


「そんなに俺と一緒は嫌か?」

「いえいえ、そうじゃなくて。……その、たまには息抜きも」


 仕事の愚痴とか悩みとか愚痴とかさぁ、いろいろね。


「あの屋敷はそんなに息苦しいのか?」

「そうじゃなくて」

「やっぱり俺の部屋の近くに……」

「それは断じてお断りします」


「ぶっ……」


 私があまりにはっきり言うもんだから、ダグラス様が吹き出した。


「……ダグラス、これも追加だ」

「いえいえ、それはレオンハルト様が押し付けられたのですから責任を持ってください」


 職権濫用。そんな言葉を思い浮かべながら、二人の会話を無視して私は手元の書類を翻訳していく。


 うん? これどう見ても私的なお礼状じゃない? えっ、こっちはまさかの恋文?

 いや、もう訳さなくていいんじゃない、これ。

 適当にしちゃえ。


「でも、リディ、実際に住むところはともかく、書類上の住所はどうするの?」

「書類上の住所ですか?」

「あれ、書類見てない? 男爵家の住所を書く欄があったでしょう?」

「レオンハルト様のお屋敷の住所を書いてはダメなのですか?」


 レオンハルト様を見ると、すっと目線を書類へと逸らす。


「駄目だよ。そこはエルムドア侯爵の屋敷として登録されている。婚約者のリディが住むには全く問題ないけれど、ワグナー男爵家の屋敷として登録できない」

「住所って書かなきゃダメですか?」

「未登録、というのが前例ないからね」


 そういうものなんだ。

 一代限りの男爵を賜るのは別に私が初めてではない。今までに何人もいたけれど、そういう人は腕を認められた騎士とか、国に利益をもたらした商人とかで、当たり前だけれどもともと屋敷を持っている。私みたいな貸家住まいが爵位を頂くなんてそもそも有り得ないことなのだ。


 どうしよう。

 こうなったら出世払いでレオンハルト様にお金を借りるしかない。

 そうだ! どっちみち買わなくてはいけないなら、この際そこに住もうかな。 

 

「それなら手頃な家を一件買うか。あいにくエルムドア侯爵名義の屋敷で使っていない物がないからな。ダグラス、心当たりはないか?」

「それなら、いい物件がありますよ。場所は王都のはずれ、ここから馬車で一時間半ほどの閑静な住宅街です。男爵家やちょっと裕福な庶民が住んでいる、比較的治安のいい場所です」


 うーん。一時間半か。王宮に通うのにはちょっと遠いかな。


「知り合いの家か?」

「母方の叔父の所有だったのですが、最近亡くなりまして。跡取りもいないからお前どうにかしろ、と親に言われております」


 つまりダグラス様はその物件を体よく売ってしまいたいのでしょう。目の前にいるのはお金持ちのカモ。


「お前の叔父は随分前に異国に移り住んだのではないか?」

「ええ。隣国で絵描きまがいのことをしておりました。それで亡くなったあと隣人から絵が送られてきましたので、こちらも家に保管しています。長期間いなかったので家は少々傷んでいますが、実際に住むわけではないので問題ないかと。今なら絵付き、家具付きですよ」


 にこにこと優しい笑顔で空き家を売り込むダグラス様。家というものは人が住まなくなると存外痛むのが早い。叔父さんがどれぐらい隣国に行っていたか言及しないあたりがちょっと狡いと思う。


「ダグラス様、ちなみにお値段は如何程ですか?」

「婚約祝いも兼ねて大金貨十枚でいいよ。二階建で各階二部屋。ね、お買い得でしょう」


 確かにそれはお買い得だ。

 端とはいえ王都、土地代だけでも三倍以上はする。……いや、もしかして家屋(ボロ)が乗っかっているからの値引きかも。ちなみに王都で家を持つとなると大金貨五十枚は必要だ。


 金貨十枚か。

 返す当てがないから借金の額は少なくしたい。


 家が必要ならば、とりあえずその物件を買って、当初の予定通りレオンハルト様のお屋敷に住もうかな。

 

「リディ、どうする」

「レオンハルト様、お金お借りできますか? もちろんちゃんと利子をつけてお返しします」

「分かった。ではダグラス、書類を」


 その言葉にダグラス様はすっと一枚の紙を取り出しレオンハルト様に手渡す。

 レオンハルト様はそれに素早く、サインとエルムドア侯爵家の判を押した。


「保証人の欄には判を押した。叙爵式でワグナー男爵の印章を貰うからそれを押せば書類は完成だ。借用書は後日用意しよう」

 

 あれ? レオンハルト様いつもエルムドア侯爵家の印章をお持ちでしたっけ? それはお屋敷に置いていたはず。


 なんだ、この違和感。


 ちょと遡って考えてみよう。


 レオンハルト様が、ワグナー男爵家として屋敷を登録する必要があると知らないなんておかしくない? 


 ダグラス様からのスムーズな提案。用意されたかのような書類と印章。


 手に入れたのは王宮に通えない、住めないぼろ屋敷。住居として残された選択肢はレオンハルト様のお屋敷だけ。


 あれ? あれ?


「ではリディ、男爵家の屋敷には住まずに、俺の屋敷にくるんだな」

「……はい、よろしくお願いいたします」


 おかしくないよね?

 私騙されてないよね?

 だってもとからレオンハルト様のお屋敷で住むはずだったし。


 うん?


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