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第4話 誰も死なない選択肢

 ■■


 魔王トイフリンに恐怖を植え付けられたカルトヘルツィヒは、覚束ない足取りでシャルロットが捕えられている地下牢へと向かっていた。

 もぎ取られた腕の傷口は魔族特有の回復力なのか既に塞がっているが、熱を帯びた痛みと喪失感は残っている。


(殺さないと、殺される……っ)


 どうすればいいのかわからなくなったカルトヘルツィヒは、気付けばシャルロットの牢屋の前に立っていた。

 白とピンクのドレスのスカートを花のように広げ、儚げに座り込むシャルロット。

 彼女もカルトヘルツィヒの来訪に気が付いたのか、どこか諦観ような表情で顔を上げる。


「カルトヘルツィヒ様…………やはり、私を殺しに……っ!? その腕はどうしたのですか!?」


「……っ」


 血に濡れたカルトヘルツィヒの腕がないことを見て取ったシャルロットは、瞠目して立ち上がると彼に駆け寄るようにして鉄格子に触れる。

 その表情は敵に向けているとは思えない心配そうなもので、彼女の心根の優しさを知るには十分な行動であった。


(彼女を、殺す)


 下唇を噛み、残った右手を彼女の細い首に伸ばす。

 シャルロットはカルトヘルツィヒの行動に驚くが、彼の顔を見ると彼女の表情は引き締まり、なにを思ったのかあたかも首を差し出すように顎を上げて、一歩前に進み出る。


「……私を、殺すのですか?」


 蒼玉の瞳が、揺れ動くことなく真っ直ぐにカルトヘルツィヒを映し出す。

 まるで罪人の懺悔を聞く教会のシスターを前にしているかのような心地となったカルトヘルツィヒは、いたたまれなくなり息が詰まって俯いてしまう。


 目をぎゅっと閉ざして、なにも見たくないと視界を闇で染める。

 手から伝わるシャルロットの命の温もり。手の平から伝わってくるのは、陶器のように滑らかな肌触りと、慎重に触れねば瞬く間に折れてしまいそうなか細き感触だ。


(多分、この体で握ったら、折れる)


 まだ自身の力を把握してきれていないが、彼女の脆さも合わさって感覚的に直感した。

 己の手で少女の首を握りつぶす感触。


 暗闇の中で肉を潰し、骨を折る感覚をリアルに想像してしまい、元々青かったカルトヘルツィヒの顔色が一層青く染め上がる。


(ころ、さないと、殺さないといけないんだ)


 ゆっくり、慎重に。シャルロットの首を締め上げていく。


「……っはぁっ」


 シャルロットの気道が絞まり、苦しそうに吐き出す呼吸音がカルトヘルツィヒの耳を打った。

 その音は、静かで閉ざされた地下牢だからこそ聞こえたか細き呻きであったが、カルトヘルツィヒの道徳心を刺激するには十分な衝撃であった。


「……無理だよ、やっぱり怖い」


 シャルロットの首から手を離す。

 無意識に強く締めていたのか、解放されたシャルロットは苦しそうに首を押さえると、大きな胸を上下させながら荒く呼吸を繰り返した。


 彼女の苦しむ姿を見て、カルトヘルツィヒの良心がズキズキと痛む。

 それと同時に、シャルロットの生きている姿を見て、安堵もしている。


(殺されるのは怖い。けど、殺すのも怖い)


 痛いのは嫌だ。死ぬのはもっと嫌だ。けれど、人間を殺すのも嫌だ。

 シャルロットの首を握りつぶす感触を想像しただけで、カルトヘルツィヒは怯えてそれ以上力を込めることができなかった。


 戦争のない平和な国で生きてきた少年が当然抱える葛藤がために、己の命と彼女の命を天秤にかけながらも、シャルロットの命を奪うことができなかった。

 どっちつかずの臆病者。


 なにも決められない自分の優柔不断さ、情けなさに惨めな気持ちになったカルトヘルツィヒは深くため息を零して、逃げるようにとぼとぼと牢屋から離れていった。


「カルトヘルツィヒ様……貴方様は」


 背後から聞こえたシャルロットの呟き。

 彼女を手にかけようとしたカルトヘルツィヒを責める言葉だろうか。

 聞きたくないと歩調を早めたカルトヘルツィヒは、歩きながら唯一残された選択肢に縋りつく。


 カルトヘルツィヒも死なない。

 シャルロットも死なない。

 誰も死ぬことのない残されたたった一つの手段。


 実現性の低さから除外していた道を進むしかないと、カルトヘルツィヒは決意を固めて口にする。


「《《シャルロットさんを殺したことにするしかない》》」


 かくして、残虐なる魔王を騙す茨の道をカルトヘルツィヒは歩き出した。


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