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第3話 仕置人(青月クロエさんからいただたお題「猫に小判」)


 手に持つは薄い木の板を楕円にしたもの。大きさは手のひらに収まるほどのそれは表面に墨で「金百両」と書かれている。

 年老いた女はそれをしかと握りしめ日の落ちた道をひっそりと進んでいく。

 すでに夕餉の刻は過ぎ、人々はみな戸を閉めて就寝までひと時を楽しく――あるいは労働に当てている者もいるのだろう。


 女は曲がり角が近づくと慎重に歩を進め、板塀からほんの少しだけ顔を覗かせ誰もいぬことを確認してほっと息を吐いた。

 固く強張った肩と背中が緩み、項に落ちた女のおくれ毛がそよっと揺れる。


 深く落ちた影の間からするりと抜け出し女は通りを横切った。


 大丈夫だ。

 誰にも見られてはいない。


 小道へと入った際に振り返り安堵する。

 一時は多かった野犬も今は姿を見ない。やつらは群れをつくり弱っている者を襲っては食い物にしていたが、どこからともなく流れてきた黒猫がお宮に住み着いてからとんとおとなしくなった。


 あれは神の使い。

 福を呼ぶありがたい招き猫なのだと。


 誰彼となく言いだしたその噂をお上に仕える役人どもが聞きつけて追い出してしまおうと画策しているらしい。


 冗談ではない。

 そんなことをされては困る。


 貧しい生活ながらもまっとうに生きていることが己の誇りであった女とその夫を薄汚いけだものが戯れに近づいてきて狂わせた。

 ぶつかってきたのはあちらの方なのに、やれ商売道具の腕が利かなくなっただの、大事な刀に傷がついただのと難癖をつけて――さる屋敷の蔵への盗みの手伝いをさせられたのだ。


 見張っておるだけでいい。

 そう言っておきながら自分たちは金品を奪ってそそくさと逃げ出し、要領を得ないまま放心して逃げ遅れた夫だけが捕まって。


 島送りになるらしい。


 そう聞いた時、女は泣き崩れる前にすぅっと神経が冴えた。

 なるほどと得心が行ったのだ。


 巻き込まれただけの善良な人間でも罪は罪として負わねばらないのならば。

 美味い汁を啜り、弱いものを食い物にする悪人にも罰が当たらねばおかしいではないかと。


 だから女は手作りの小判を手にお宮へと向かっている。


 そこには黒猫が住んでおり、小判を差し出すことで願いを叶えてくれるのだという。


 暗がりの中石段を上り、二つ目の鳥居をくぐって小さな社の前へと立つ。

 僅か数段の板を駆け上がって格子になった部分から木の小判を差し込んだ。コトリという軽い音が中で響く。


「どうか!どうか、お助けを――」


 押し殺した声で女は内情を訴えた。気配のない静かな社へ向かって。

 喋り終えて口を噤んだ女の目から涙が滂沱と流れている。


 叶わなくともいいと、誰にも零せないこの恨めしい汚れた気持ちを聞いてもらいたいという熱情がここへと足を運ばせたが真実女も噂など信じていなかった。


 なので心底驚いた。


 戸がすっと開いてそこから猫が出てきた――と思ったら、それが人の姿になりにたりと笑って。


「承った」


 短い返答の後にまた姿が掻き消えたのだから。


 果たしてこれは女の妄言か。

 はたまた真の話であるのか。


 誰にも確かめることなどできはしないのだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 行き場のない恨み、憎悪を伴い、黒猫は復讐代行を果たす……?この先の顛末が見てみたいと思いました。
[一言] 人には言えぬ恨みつらみ…… 集めた小判は何に使われるのか。闇に紛れる黒猫だから、きっとやり遂げてくれるでしょう。
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