第1話 衣替え(ながるさんよりいただいたお題「春眠」)
春は目覚めの季節であるが、その頃になると眠りにつくものも当然あるのだ。
そう。
それは。
「あー!!ほんとめんどくさいったらないわよね!?だいたいさ、冬物ってどうしてこう嵩張るわけ?しかも自分で手入れするにはちょっとあれだよね~?みたいなものばっかだし!!」
夫婦共働きで幼稚園に通う息子が一人の我が家の衣類替えは、必要に迫られるまでは手を付けないのがお決まりである。
今年の衣替えもゴールデンウィークが目の前に近づいた最後の週末に行われているのだからいうまでもない。
最早恒例となった愚痴りながらの作業は朝に夫婦の寝室にあるクローゼットの中身から始まり、お昼前にようやく息子の部屋にある春夏用の服が入った衣装ケースへと辿り着いた。
「一番の問題は春物は長く着ないってとこじゃないかって思うわ。マジで」
だから重い腰もなかなか上がらないし、そもそもこの時期は忙しんだよ!
三月は年度末でバタバタだし移動もある。送別会や仕事の引継ぎなんかであっという間に四月になって新しい人が入って来て歓迎会に新人の指導――正直今だって疲れ果てているというのに。
「ほんと……やんなるわ」
この人だって一目で運命感じた人と結婚して、好きな仕事も続けて、かわいい盛りの息子もいて不満なんていってたら罰が当たるだろう。
「でもさ、衣替えってしなくても死にはしないじゃん……」
「まあね。生きていくうえでそこまで重要なことではないけど、区切りって大事じゃない?」
「あれ?お帰り」
「ただいま。途中でお弁当買ってきたから少し手を休めて一緒にお昼にしようよ」
作業に集中できるようにと息子を連れて外に出ていてくれた旦那がにこりと笑って休憩しようと誘ってくれる。
ちょうど掴んでいた息子のお気に入りのセーターを一旦床に置こうとしてふと手を止めた。
「ん?」
「どうかした?」
「いや」
広げて確信する。
「ママ~!パパ~!早くごはんしよ?ぼくおなかぺこぺこだよ」
「…………むーくんちょっとこっちきて」
「なぁに?」
リビングで待っていたのだろう息子が走って部屋に入ってきたので手招きして呼ぶ。キョトンとした顔でとことこ近づいてきた息子の体にセーターを合わせる。
「ほら。やっぱり小さい」
「ほんとだ」
「三週間前まではちゃんと着れてたんだよ?すごくない?」
「え?なになに?すごいの?ぼく?」
ほめられているのが分かるのか途端にわくわくした顔をするから二人で笑う。
「そうだよ。むーくんすごい」
「こんなにすぐに大きくなるんだね」
「大きくなった?ぼく?」
「うん。大きくなったからこのセーターとは今日でさよならになるんだけど」
「え」
息子は体に添わせるようにあてられているセーターを見下ろして固まる。袖も短いし裾も足らなくなった大好きな空色のセーターをじっと見つめて。
「…………わかった。さよならする」
幼子にも着ることはもうできないのだと分かるほど小さくなってしまったセーターとの別れを案外あっさりと受け入れられて夫婦で顔を見合わせた。
なるほど成長しているのだ。
毎日見ているから気付かないけれど体も心も確かに大きくなっている。嬉しさと誇らしさに胸がほっこりと温かくなった。
「えらいね。また今度むーくんに似合う素敵なセーターを買おうね」
「うん」
「じゃあごはんにしよう」
旦那が手を引いて息子と先にリビングへと戻る。私は膝の上でセーターを畳んでから「ありがとう。ご苦労さま」と声をかけて床へと下ろした。




