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超能力研究者は全てを企む

作者: 砂鳥 二彦

「今日からお前の担当は落ちこぼれだ」


 今日初めて研究所での仕事となる岡田純太郎は、直属の上司から窓際社員に通告するような態度でそう辞令を出された。


「落ちこぼれ、ですか。そうなると僕の教え子になる子は……」


「ああ、スキル1-G。スキル個数の増加は認められないし、スキルランクはGのまま。どうしようもない奴だな」


 スキル、ここで言われるそれは超能力の類を指す言葉だ。


 スキルに続く数字は当人が所有しているスキルの数、次の記号はSから始まりA~Gで終わる。


 それは所有しているスキルの中で最も強いものを指すレベルだ。


 スキル1-Gは言うなれば、スキルを1つしかもたず、そのスキルは最低のGレベルだと表していた。


「そうなると、超能力付加剤の2度目の投与は失敗ですか」


「言うまでもないだろう。2度目の投与はひどいアナフィラキシー反応が出て、必要な域値に到達する前に中止だ。まったく、死ねばまだ解剖という使い道があるというのに……」


「言い過ぎですよ。それは」


 純太郎は上司の差別的な発言を咎めた。


 ここにいるのは2人だけだが、誰に聞かれているかわからない。この研究所では少しの批判材料が昇格や査定に響く、絶対的な評価システムがあるからだ。


 だからよほど心を許していない相手以外に、乱暴な話し方はご法度だ。


「おっと、忘れてくれよ。君と私の間柄だ。……まさか裏切るようなことはないだろうな」


「僕は首根っこを捕まれているような人間ですから心配無用ですよ。話を続けましょう」


「うむ、そうだな。被験体の資料はこれだ。目を通してくれ。移動は本日付けで私の辞令をもって開始とする」


「そうですか。では、仕事に行ってきます」


 純太郎は資料を渡されると、特に世間話をするでもなく、さっさと部屋を出ていこうとした。


「面白みもない男だ」


 純太郎が退出する間際に上司の嫌みたっぷりの小言が聞こえたが、特に気にするようすもなくそのまま部屋を後にした。




 超能力研究所は国防の要である最新鋭の施設だった。


 かつては戦争の抑止力であった核も、ネットの情報戦も時代遅れとなり。核を撃ち落とす上に核以上の攻撃を与え、情報戦を華麗に操る超能力が国防のかなめとなっていた。


 だから我々は超能力の開発と発展を目的として、被験体の超能力スキルの向上と発見に努力を費やしているのだ。


 ただし、その副産物として研究員同士の競争は苛烈を極めていた。


「よう、純太郎。お前、スキル1-Gの被験体の担当だってな」


「……金井か」


 自分の研究室に急ぐ純太郎を廊下で呼び止めたのは、同期の金井だった。


「将来有望な俺は今日からスキル2-C担当だがな。どうやら最初から差をつけちまったようだな」


「? それがどうした? 世間話なら付き合わないぞ」


 金井は担当の被験体についてマウントをとろうとしたが、純太郎はそっけない態度を取った。


 どうやらそれが金井には気に食わなかったらしく、より饒舌じょうぜつにまくし立てた。


「鈍感な奴だ。本当はお前もわかっているのだろう? お前は左遷されたんだ。これ以上の出世はまず見込めない。つまりドロップアウトしたんだよ、お前は」


 金井は昔から順位を人1倍気にする男だ。学校時代も試験や成績が1位でないと我慢できなかったので、研究所内の地位も狙っているのだろう。


 ただ純太郎にはどうでもいい話だった。


「研究員として国に奉仕できるなら俺はどんな研究もやるさ。金井もがんばれよ」


「なっ!?」


 金井は純太郎のそんな態度に面くらい、それ以上の追求はなかった。


 結局、純太郎は自分の被験体と会う約束の時間を少し超えて、自分に与えられた研究室に到着した。


「遅れてすまなかった」


 純太郎は挨拶の代わりに謝罪して、室内に入る。すると、そこには椅子に座る1人の少女がいた。


 少女は10台半ばほどだろうか。地面に擦れるほどの長いブロンドヘアーにへき眼、肌は陶器のように色白で四肢細い。まるで西洋人形のようだ。


「アナタが残念な私の担当研究員ですか?」


 少女は年齢にそぐわぬややハスキーな声で、そう尋ねてきた。


「ずいぶん自分を卑下ひげした言い方だね。まずは自己紹介だ。僕は岡田純太郎。君の名前は?」


「……ヒイロです」


「ヒイロか。個体識別番号は40053番で間違いないね」


「はい」


「よし。それじゃあ、早速能力の方を見せてもらおうか。使い方はわかっているね?」


 純太郎の言葉に、ヒイロはうなずいた。


 ヒイロは研究室にある実験用隔離室に移動する。ここは能力などによる破損から研究員を守る設備であり、外から見守るようになっていた。


 基本的な隔離室はスキルB以下の能力には耐えられるように作られており、安全だ。


 しかし、スキルA以上の能力であれば隔離室は破壊される可能性があり、別の大型隔離施設で実験を行う場合が多い。


 なので今のヒイロにとって隔離室は十分すぎる部屋だった。


 純太郎は事前のヒイロの能力概要に目を通す。そこにはヒイロの能力がサイコキネシスであると書かれていた。


 ヒイロは隔離室に入ると、位置に着いたらしく外にいる純太郎を見た。


「始めてくれ」


 純太郎はマイクでヒイロに伝えると、ヒイロは能力を始動させた。


 ヒイロの目の前にあるのは机におかれた10センチ四方の立方体だ。


 立方体はヒイロに睨まれたまま数秒経過すると、変化が起きた。


 それは振動だ。立方体は誰にも触れられるでもなく、目に見えてわかるように大きく振れているのだ。


 だが、それだけだった。


 立方体は宙に浮くでも、地面に叩きつけられるでもなく、ただ震えているだけであった。


「はぁはぁ。これが、限界です」


「……わかった、それでは出てきてくれ」


 なるほど。と、純太郎は思った。


 サイコキネシスは国家戦略上においては対人、対兵器用の兵士として使われている。そのため動きが大きいほど、重いものを動かせるほどスキルのランクは高い。


 そうなると、10センチの立方体をすこししか動かせないヒイロは落第だ。戦場に出るのも、日常生活で役立てるのもできはしない。


 これは至難な能力開発になりそうだ。


「やはり、ダメでしょうか……」


 隔離室からでてきたヒイロは涙をまぶたにためて、申し訳なさそうに口にした。


「いや、構わないよ。念のために聞いておくが、能力付加剤の2度目のテストは1回だけしたのか?」


「いいえ、3回です」


「3回も、か」


 被験体は元々生れつき超能力を持っているわけではない。超能力を得るには、能力付加剤の投与が不可欠なのだ。


 そしてこの超能力付加剤はスキルチェックという検査の日に投与実験が行われ、新しい超能力を得るか、中止するかの判断が与えられる。


 その次にはスキル検定として、隔離施設でのスキル発動を実験する。


 これはもし核兵器並の超能力スキルを持っていた場合の保険だ。超能力スキルは発動するまで、どんな能力でどれほどの威力があるかわからないからだ。


 そしてヒイロの場合、事前の情報が正しければアナフィラキシーショックで死にかけるほどの投与実験を3度も行っている。


 それなのにヒイロの我慢は実らず、スキルはただ1つ。しかも強さは最低のGになってしまったのだ。


 ヒイロの初対面から感じる申し訳なさはそのせいだろう。ヒイロはスキルの低さに絶望し、自信を失っているのだ。


「確かにこのままではまずいな」


 純太郎は包み隠さず、正直な感想を述べる。


 基本的に役に立たないレベルのスキル、具体的にはEランク以下の者は前線の兵士として使われる可能性がある。そうなれば、今受けている待遇は望むべくもない。


「私はとても貧しい家庭の出なのです」


 ヒイロはそう語り出した。


「父も母も立派な能力者でしたが、今は怪我をして働けない状態です。弟と妹はまだ小さく、働けない。家庭を支えるには私が立派な能力者となって国に尽くすしかないのです」


「……そうだな。このままだと家族を養っていけないだろうな」


 ヒイロの不安な胸のうちを、純太郎は正直な回答で返した。


「ヒイロは条件下スキルS保存の法則、というのを知っているか?」


「? なんですか、それは」


 純太郎はその専門的な語句を、専門用語無しで簡単に説明した。


「全ての能力者は本来Sクラスのスキルを持っている。しかし、実際はそうならない。何故なのか。それはスキルの発動にはあらゆる条件が作用しているからだ」


 純太郎は自分の知識を更に披露した。


「平時の条件下では能力が下がる。それは逆説的に特定の条件を与えればどんなスキルもSクラスにたどり着く可能性がある。そういう仮説だ」


「それは、本当ですか?」


「僕は慰めの嘘をつかないタイプだ。この仮説はある程度証明されている。ヒイロにも、きっと当てはまるはずさ」


 ヒイロは純太郎の言葉を受けて、パッと明るくなる。


 それは希望を宿した顔だ。本来人間がする、普通の良い顔だ。


「それじゃあ、まずは能力を検証しよう。能力開発はそれからだ」


 純太郎の提案に、ヒイロは快く肯定こうていした。




 実験の見直しはまず、仮説を立てる必要がある。


 基本的にはある仕組みや法則を予想し、実験によって特定の結果が出ると判断する。それが実証主義的な科学論だ。


 だから純太郎は仮説を立てる。ヒイロがより強いスキルを発揮する仮説をだ。


「最初の仮説は、ヒイロの能力が特定の条件下で増加する可能性の検証だ」


 そこで問題となるのは、特定の条件とは何かだ。


「温度、湿度、森の中、草原の中、高原の中、荒れ地の中、水中下、宇宙空間、考えられる条件を全て行う」


 隔離室は純太郎が言うような環境の全てを再現する機能が備わっていた。


 これを使い、純太郎とヒイロは実験を繰り返した。何度も、何度もだ。


 その結果は見るも無残なものだった。


「計測値に変化無し、か」


「……すみません」


 純太郎が膨大な実験データの前でため息をつくと、ヒイロが申し訳なそうに謝った。


「データは人を攻めるための材料ではないよ。この実験にも意味はある」


「意味ですか? それは」


「考えうる環境の変化ではヒイロの能力が変化しない、ってことさ」


 当たり前な発言に、ヒイロはやはり暗い顔をした。


「そうなるともう1つ実験をしておきたいな」


「どんな実験ですか?」


「緊張下発動実験だ」


 それは単純で危険な実験だった。


 最初に隔離室の中でヒイロを椅子に固定する。どうやっても自分で拘束を解けないようにだ。


 次に床にすこし大きな、頭の大きさくらいの箱を置く。


 最後に、研究員である純太郎は退避だ。


「これから一体何が始まるのですか?」


「大丈夫、簡単な実験だ」


 純太郎はそう言って実験の内容を明かした。


「これからヒイロには床に置いた箱を動かしてもらう。ただしこの箱は通常のヒイロの能力では全く動かない重さだ。それを動かしてもらう」


「できるのでしょうか?」


「できなければ困る。それは爆弾だからな」


 純太郎は平然と語った。


「ば、爆弾!?」


「威力は死ぬほどじゃない。その点は実証済みだ」


純太郎は試しに映像を流す。そこには拘束された猿が箱の爆風を受けて傷だらけになるシーンだった。


「嘘、ですよね。こんな実験許されるわけが」


「制限時間は5分だ。健闘を祈る」


 純太郎はヒイロを突き放すように、隔離室内のマイクを切った。


 始めは動揺していたヒイロだったが、1分もしないうちにことの重大さに気づく。


 次に拘束から逃げようとするも、しっかりとしたバンドは外れない。


 つまり命じられた通り箱を動かすしかないと決心するのに、約3分も使ってしまった。


 ヒイロは集中した。これ以上ないくらいの真剣な瞳が、箱を見つめたのだ。


 けれども箱は微動だにしなかった。


 残り30秒になったとき、ヒイロは箱を動かすのを諦め、懇願こんがんした。


 実験の中止を求め、自分の能力のたらなさを謝った。


 それでも、純太郎は何も言わず、実験の経過を眺めていた。


 ついに5分が経とうとする時、ヒイロは絶叫をあげた。


 ――ボガンッ!


 隔離室は大音響とともに煙に包まれた。


「さてと」


 純太郎は顔色1つ変えず、隔離室の扉を開く。


 果たして椅子に縛り付けられたヒイロは、泣きじゃくっていた。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」


 ヒイロの身体はどこも傷ついていなかった。


 爆音の正体はスピーカーから発せられた録音、煙の正体は人工のスモークだったのだ。


「謝ることはない。これで実験データは揃った」


 純太郎はヒイロを慰めるでもなく、謝るでもなく、そう告げた。


「ヒイロ、君には才能がある。後は僕に任せておいてくれ」


 純太郎は泣いたまま耳を貸さないヒイロへ、無機質に話しかけていた。




「まさかスキルGランクをBランクに昇格させるとはな」


 純太郎は今、上司の部屋で上司と話をしていた。


「恐縮です」


「謙遜する奴だな。内心はしてやったりなのだろう? うん?」


「いいえ、僕はできることをやったまでです」


「……そうか、強情な奴だな」


 上司は純太郎を品定めするように、手元の資料を開いた。


「なになに。当被験体は実験の結果、如何なる環境下でも能力の増減が見られなかった。更に実験した結果、どれほど近くても遠くても能力の減退はなかった、か」


 上司は指を舐めて湿らせ、資料をめくった。


「結論をいえば、当被験体は考えうる長距離において能力を過不足なく発揮できる稀有な能力者であると判断した。これにより、映像や千里眼系の能力者と組み合わせることではるか遠方より要人の心臓停止を目的とした攻撃が行える。他にも精密機械の破損なども可能であると言える」


 上司は、なるほど、と頷いた。


「それは盲点だったな。これからは能力の距離測定も行わなければならないな……。もちろん、この手柄は推薦した私にもあるのだが、構わないな」


 上司は下卑げびた笑みを浮かべながらそう言った。


「いえ、そうはならないでしょう」


「な、何!?」


 上司は突然の拒絶に驚いた。


「アナタはまもなく横領と汚職の罪で逮捕されます。僕が提出した資料によってね」


「い、いつの間に……そんなことをしていいのか! 私のパトロンがなければお前などすぐに」


「その点は大丈夫です。新しいパトロンは見つけましたので、心配無用です」


「き、貴様!」


 上司は机から護身用の拳銃を取りだし、純太郎に向けた。


「言い忘れていましたが」


「死ねええええ!」


 上司が拳銃を発砲しようと引き金を引くと、拳銃は突如として爆発した。


「アナタの拳銃には仕掛けをしておいた、と言おうとしましたが遅かったですね」


 上司は辛うじて生存しているものの、その顔は見るも無残な有様に変わっていた。


 鼻はもげ、唇は剥がれ、歯は砕けている。目も拳銃の破片で傷つき、失明は免れないだろう。


「かつての上司と部下のよしみで救急部隊は呼んでおきますね」


 純太郎はそう言うと、上司の部屋を後にした。


 その後、純太郎は救急部隊を派遣して、公園のベンチでくつろいでいた。


「いい仕事をした後の休日は気持ちのいいものだな」


 純太郎がそうしていると、近づいて来る小さな影があった。


 それはヒイロだった。


「純太郎さん」


「! ヒイロか。もう口など聞いてくれないかと思っていたよ」


「私もあの時はそう思っていました。でも、最後は私の本当の願いを叶えてくれたので帳消しです」


 ヒイロは野に咲く小さな花のような微笑をこぼした。


「それはありがとう。それで、その後はどうだい?」


「新しい部屋、新しい教室、家族ももっといい場所に住めると聞いたのでとてもうれしいです」


「……そうか」


 純太郎はヒイロの話を聞いて、一瞬だけ逡巡しゅんじゅんした。


「ヒイロ、もし次にアナタと会えたら伝えようと思っていた話がある」


「ん? なんです?」


「それは能力者達の真実だ」


 ヒイロは真実と言う言葉に首を傾げた。


「能力者全員、人類ではない。人工的に培養した宇宙人と人類のハーフなんだ」


「え、えええええ!?」


 ヒイロは急な話に目を丸くした。


「本来の呼び名は新人類。そして新人類は国の兵器として無理矢理に利用されている。それが真実だ」


「だ、だとしたら私の両親のどちらかは宇宙人なのですか?」


「それは違う。ヒイロ両親などいないのだよ」


 ヒイロは驚愕の情報に反論した。


「そんなわけありません! 私にはちゃんと両親との記憶があります。兄弟たちとの記憶も、住んでいる家のことも」


「それは埋め込まれた偽の情報だよ。思い出してご覧。両親のはっきりとした顔、兄弟の顔を。それに彼らとの思い出や出かけた場所、住んでいた街の様子。思い出せるかい?」


「……えっ?」


 ヒイロは必死に思いだそうとする。でもその先はぼやけてしまい、全く頭に浮かばなかった。


「新人類は培養液から生まれた試験管ベイビーなのさ。だから記憶も人工的に植付けた。なぜなら家族を人質にした方が新人類を操りやすいからね」


「そんな……」


「このことは内緒だよ。これから僕とヒイロは共犯関係だ。これは信頼の印だよ」


 純太郎は自分の唇の前で人差し指を立てた。


「で、でもどうして私にそんな重要なことを話したのですか?」


「それはね」


 純太郎はヒイロの耳に顔を近づけてささやいた。


「僕も新人類だからだよ」


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