真実
第六章 真実
「ヤマト!ヤマト!」
「おい、ヤマト!」
「大丈夫か!」
次々に呼ぶ声がする。
頭がガンガンと痛む。
ゆっくりと目を開けるとそこにはこちらを心配そうにのぞき込む顔がいくつもあった。
その中の一人に手を差し出され、それを掴み立ち上がる。
運動場のような場所には自分と同じような簡易的な衣服を纏った子供たちがいた。
この施設にヤマトは七歳の時からいた。
父と離婚した母が狂い、自分を窓から突き落としたのが家族に関する新鮮な記憶だった。
ここには似たような身寄りのない子供が集められていた。
そして戦闘訓練や高度な教育が行われていた。
「ヤマト、大丈夫?」
心配してくれているのはリョウタという少年だった。
「どうにか大丈夫。少し当たり所が悪かっただけ。」
頭に手を当てると少し出血していることが分かった。
指導員と一対一の格闘訓練中に指導員の蹴りをよけきれず頭に食らってしまったようだった。
「目が覚めたか。」
指導員が近くに来る。
「出血したか。では貴様とミサトは一緒に救護室まで行って手当てしてもらってこい。」と言われる。
ミサトという名前の少女と共に訓練所を出て救護室のある病院棟に向かう。
この施設は大規模で様々な建物があり、敷地や施設内を研究者らしき人が忙しそうに行き来している。
救護室の扉の前まで行くと褐色の看護師と知っている人物が話していた。
「未希さん!」
呼びかけながら駆け寄る。
すると白衣姿の女性は腰よりも長い黒髪を翻しこちらに顔を向ける。
「ヤマトね。・・・その傷どうしたの?」
驚きながら身をかがめ視線を合わせてくれる。
この人は吉田 未希。この施設で働く研究者の一人だった。
自分より幾分幼い娘がいるらしく子供たちに何かと優しい。
「戦闘訓練で頭に少し食らっただけ。平気だよ!」と強がってみせる。
「あんまり無理しちゃだめよ。ヤマトもミサトも普通の子供なんだから・・・・。」
優しく二人の頭を撫でてくれる。
自分や他の子供たちにとって未希さんは母親のような存在だった。
「吉田副主任、あまり子供たちと接触するのは・・・その・・・。」
困ったような感じで未希さんに話しかけたのは、先ほどから後ろに控えていた大柄の警備員だった。
「分かっているわ。」
そう言いながら立ち上がり、看護師に
「子供たちと例の件よろしくね。」と
付け加え、二人は去っていった。
「はぁい。じゃあ君たちはこっちで手当てね。」とナースが指示する。
離れていく黒髪を名残惜しそうに見つめながら、ヤマトは救護室に入っていった。
午後は座学の時間だった。
数年前から施設にいる長谷川という研究者が先生だった。
最初は数学や国語、科学、社会と退屈な授業ばかりだったが、ここ最近は施設の外についてよく話してくれるようになっていた。
「それでな、俺が訪れたその島で初めて虫が雲みたいになって襲ってきたんだ!」
ざわめく教室
「せんせーー。雲みたいってどういうことですか?」と質問したのはカズキという少年だった。
「それはなハエっていう小さな虫がいっぱいいて、こう・・・もやもやっていたんだ。」
と言いながら先生は手を広げたり、動かしたりしてハエの大群を表現した。
それをみた子供たちは興奮した様子で口々に『スゲー』とか『ウソだー』とか感想を口にする。
それからも第二実験教室と名のついた部屋での授業が続いた。
ヤマトはふと疑問に思い、手を挙げた。
「先生、僕たちも先生が見てきた世界を見ることが出来ますか?」
嬉々として冒険話をしていた先生の顔が急に悲しげになる。
そして少し考えるような顔をした後、
「そうだね・・・君たちが望み、願い、自らの力を行使すれば、きっと出来る。」
「望み・・・願う・・?」
「あ~その・・・なんだ、俺がお前らに教えてきた外の世界、柵の向こう側の世界ってのはなお前らが想像しているよりもずっと美しく醜い世界なんだ。」
自分も含め他の皆もよく分からないという顔をしている。
「お前たちには力がある。特別な力だ。世界を守ることも、壊すことも出来る。でも、まずは自分がどこにいるのか知らなきゃいけない。」
言い終わった後、先生は一呼吸置き、
「お前達の眼は何のためにある?」
「その声は何のためにある?」
「その手は何のためにある?」
訳の分からない質問に皆、キョトンとしてしまう。
すると、まだ若い先生は頭の後ろをポリポリと掻きながら気まずそうに
「まだ早かったかなぁ・・・。」とつぶやき
「この問いの意味が分かり答えられるようになったら、お前らはもう一人前だよ。」
そう言い部屋の出口に向かい始める。
教室の机の間をすり抜けていきヤマトの前でその足を止める。
「ま、でもな、もし困ったら、誰かに頼る。これはカッコ悪いことなんかじゃないんだぜ。」
頭をガシガシと乱暴に撫でられる。
そして先生は再び白衣を揺らしながら教室を後にする。
ヤマトはその日を境に姿を消した教師の背中をただ眺めるばかりだった。
程よく都市部から離れた山間部にその大規模な研究施設はあった。
その施設の出入りを管理するゲートの前で二人の研究者が向かい合っていた。
太陽の光が黒髪に反射している副主任に青年は辞表と書かれた紙を手渡していた。
「そろそろ来ると思ったわ。」
ため息交じりに女性は受け取る。
「いや~できればもう少し子供たちに色々教えたかったんですがね・・・。」
「感謝してるわ。貴方が指示に反して色々と手を焼いてくれて。おかげであの子たちはだいぶ人間らしくなったもの。」
未希は三年間共に働いてきた研究員に感謝を述べる。
「もう少し色々教えたかったんですけど、さすがに上に目をつけられてしまって・・・。指示に従うか、クビかって言われてしまえばね・・・。」と肩を竦める。
「あなたに離職を迫るとは思わなかったわ。」
彼の研究内容を考えるとクビという所業は悪手に思えた。
「俺の研究自体はもう用済みなんでしょうね。第二世代の調整は別に俺自身がやる必要性は無いでしょうから。」
「そう・・・。」
長谷川研究員が大学から引き抜かれた理由は彼の専攻が“言語”と“脳科学”だったためだ。
もともとは強化人間をただ造るという国の極秘プロジェクトだったが、どうせ作るなら従順な方がいいと、お偉方が求めてきたのである。
そして、洗脳を施すことにしたのだ。
長谷川は自身の研究に基づいて洗脳の指揮を執っていた。
「第一世代の子たちの洗脳はほとんど外しました。後は、薬の抜け具合ですね。ただ、第二世代だけは・・・・。」
「分かってる。あの子だけはどうにかするわ。」
第二世代・・・試製強化人間であるヤマトやミサト、カズキら子供たちは身体のみを強化した第一世代の子たち。
でも、今新たに進んでいる計画では肉体のみならず精神や脳を強化した人間を基礎とする“兵器”を作ろうとしていた。
自分の娘と大差ない子供が施術を繰り返し、薬を投与され洗脳されていく様子は耐え難かった。
「こんな研究が社会の何の役にもたたないって早く上には気づいてほしいわ。」
未希は目頭を指でつまみ軽くマッサージをする。
「吉田副主任、三年間お世話になりました。俺はここで自らが犯した罪を外で償うつもりです。」
深々と頭を下げる。頭には白髪がやたらと目立っていた。
「仕事はどうするの?」
「知人の親が理事長を務めている学園があるんでそこに厄介になるつもりです。」
「もしかしたら、私の娘の先生になるかもしれないわね。」
「その時は特に厳しくしてやりますよ。」
未希と青年は笑いながら別れ、男は施設から出て行き、未希は再び研究所へと向かった。
慕っていた先生がいなくなってから二年の時が過ぎた。
訓練、座学、訓練、の毎日。
ここ最近は施設内が慌ただしいように感じる。しかし自分たちには関係のないことだった。
「先生、何したんだろ?」
「なんか仕事でミスしたのかな?」
「新しい人つまんない。」
などとヤマトは家族同然の仲間たちとやり取りをしていた。
運動場にある格子のついた窓から外の景色を見る。
木々が紅葉して葉を落とすようになっていた。
「あっ未希さんだ!」とミサトが指さす。
その先には未希さんと他の研究者や警備員の姿があった。
「あの子・・・誰?」とカズキが呟く。
未希さんの隣にはストレッチャーに乗せられて運ばれるクリーム色の髪の少女がいた。
今まで一度も見たことのない子だった。
そして隣の建物へと入っていく。
「新入りかもね。」とヤマトは皆に答えて見せた。
「見たことない髪の色だったね。」
「どこから来たのかな?」
子供たちは騒ぐ。
そこに指導員がやってきて
「ほら、お前達。休憩は終わりだぞ。二人一組で組手の続きだ。」
指示を出してきたので、皆それに従い訓練を再開した。
未希は心の中で幼い我が子の事を思い浮かべていた。
目の前では同い年くらいの少女に様々な装置が取り付けられている最中だった。
「主任、あと三十分ほどで取り付けが終わります。」
部下の一人が報告してくる。
「そう。そのまま続けて。」
この二年間で自身を取り巻く環境は様変わりした。
副主任から主任に昇進して、娘が中学校に進学して、第二世代の計画を止めることが出来ずにいて・・・・。
ここ数日は激務に追われ、へとへとになっていた。その上この狂った計画を食い止められない自分の力不足にも腹が立っていた。
「主任、例の方々が到着しました。」
別の部下が報告してくる。
ここ最近激務だったのは国のお偉方が研究を急がせたからだった。
そして今日、第二世代の性能テストをするというのだ。
「会う暇はないわ。適当にあしらって。」
吐き捨てるように言う。
正直言って子供たちを道具か実験の材料程度にしか思わない奴らの顔なんて見たくないというのが本音だった。
第二世代。試製強化人間計画の発展版。肉体的にも、知能的にも自分たちの上の存在。
そしてなにより情報社会に特化したデザインチャイルド。
クリーム色の髪に青い瞳を持つ少女は機械に覆われ“部品”の一つとして稼働しようとしていた。
この子の最大の特徴、専用の機械に脳を同期させることで意識をそのまま電子の世界に移すここと。
仮想現実の完成形。
彼女は電子の海を自由に移動できる新人類になろうとしていた。
私たちが画面越しにやっているプログラムも、通信の送受信もすべて意識的にこなせるのだ。
成功すれば、世界中のセキュリティは紙くず同然になり、彼女は電子世界の支配者になるのだろう。
だがそれは、使い捨てのスーパーコンピューターでもあるのだ。
「私が憎いでしょう?」
そう問いかけても青い瞳は虚無を見つめ続けている。
「恨んで構わないのよ。」
その瞳さえもヘルメット型の装置で隠される。
感情が希薄なその子は人というよりも幼い部品という方がしっくりきた。
「テスト開始。」
未希はガラス越しに指示を出す。
窓の向こうには一面が白く塗装されている部屋があり、中央に禍々しい鋼鉄の魔物が鎮座していた。
未希の合図とともに周りにいた研究員たちが慌ただしく動き始める。
「起動を確認。」
「同期中・・・赤から青に転換。」
「異状なし。第二シークエンス開始。」
機械は唸り声を上げながら所々を青く明滅させる。
『どうか、無事に終わりますように。』と祈りながら未希は次の指示を出す。
「テストサーバーへの接続開始。」
それに対して予想外の反応が部下から返ってくる。
「主任?それって変更したんじゃないんですか?」
「変更?そんな指示はだしてないわよ?!」
慌てて接続経路を表示している部下の画面を見る。
「接続先・・・メインサーバーワールドコネクタ・・・・。」
そこにはテスト用のサーバー名ではなく世界的なソーシャルネットワーキングサービスのメインサーバーの名前が表示されていた。
驚愕していると後ろから声がした。
「変更の指示を出したのは私だよ。吉田君。」
そこにはスーツ姿の初老の男性がいた。
「テストサーバーをハッキングしたところで何の意味もない。我々が求めているのは玩具ではなくて“使える”兵器なのだよ。」
そういいながら不敵な笑みを浮かべているのは現政権の副総理だった。
「副総理!なんてことをしたんですか!そんな情報の渦の中にあの子を放り出したら処理しきれず脳が焼け落ちます!!」
「テストを中止!直ぐに回線を落として!」未希はすぐさま部下に向かって叫ぶ。
部下たちは慌てて作業を開始する。
しかし直ぐに警報音が鳴り響き部屋が警告灯で赤く染まる。
「何が起きたの!」
「勝手に接続を開始しています!」
「遮断不可能!?手当たり次第に侵食してきます!」
「主電源を直接抜いて!」と指示を飛ばす。
「吉田君、止めたまえ。テストはまだ始まったばかりじゃないか。」
男はなおも余裕をかましながら機械を見つめている。
「今まさに、アレは目覚めようとしているんだ。それを見守るのも生みの親の役目なのだよ。」
何が親の役目か。
このままあの子を放置していたら必ずネットの世界に到達する。
そして何兆テラバイト、いや、それ以上。天文学的数字の量の情報が彼女に流れ込む可能性がある。
フィルター機能もそう長くはもたない。
彼女の脳が焼けるか機械が壊れるか、どちらにしてもあの子の命が危ぶまれる。
「このっ人殺し!」
男は驚いたような顔をする。
「私が人殺しならそれに加担した君も同罪だよ。まさかそれが分からないような人ではないだろう。それにまだ死ぬと・・・きがぁっ!!」
男が言い終わらないうちに未希の拳は男の顔にめり込んでいた。
ガシャンとデスクに当たり男は沈黙する。
他のスーツ姿達が駆け寄る。
未希はさらに畳みかけて罵詈雑言浴びせたい欲求にかられるが我慢する。
「悪いけど、主任は今日で辞めさせてもらうわ!」
「貴方達はプログラム側からあの子を止めて!」
指示を出している間にも機械の塊は赤い光を放ち、悲鳴にも近いような唸り声を上げ始める。
「私は彼女を装置から引き離すわ!」と叫び部屋を飛び出す。
部屋のドアをくぐり通路に出た瞬間、未希は爆音と閃光に包まれた。
「っ・・・何・・が・・・」
体中が熱い。
首がうまく動かせない。
手を動かそうとしているが動いている感覚が無い。
肩を使いどうにか横向きになる。
周りは火の海だった。
建物の地下にあった実験場は半分崩れている。
どうやらあの子のいた部屋が爆心地だった様だ。壁がなくなり例の装置が見えている
自分が元いた部屋は跡形もなくなっていた。
機械は赤いランプを明滅しながら炎の中に佇んでいた。
ドゴォ!
籠ったような爆発音が聞こえてきた。
ヤマトを含め訓練をしていた子供たちは急いで小窓に駆け寄った。
すぐ隣の建物から煙が上がっていた。
「何アレ・・・。」
「事故?」
「あそこって未希さんがいる場所よね?」
口々に騒ぎ出す。
訓練場に別の指導員が走りこんでくる。
「第一研究棟で事故だそうです!至急応援を!」
事故と関係があるか分からないがスプリンクラーも消火設備も動かないまま救助活動が始まった。
「看護師や医師は看護棟と第二実験施設で救護体制を整えるんだ!」
「お前たちは消防に根回しをしろ!」
現場は怒号や悲鳴に包まれていた。
「お前たちは俺につづけ!中に取り残された人員を救助するんだ!」
指導員に指示を出され皆で暗く煙に満ちた通路を進み始める。
指導員は酸素ボンベとマスクをつけ先頭を進んでいた。
自分たちには配られなかったが呼吸に問題はなかった。
進むにつれて悲鳴や爆発音が聞こえるようになった。
「うえ、気持ち悪い。」と言ったのは死体を見つけたカズキだった。
辺りに火が回り始めていて生存者がいるとは思えない状態だった。
先を行く指導員が地下に降りると合図をする。
それをヤマトは後ろの仲間たちに伝える。
慎重にみんなで階段を降り始める。
階段の下には警備の男が倒れていた。
指導員が駆け寄るとまだ息があるようだった。
仲間のうちの二人が男を抱えて上に向かった。
「誰かいますかー!」とみんなで叫びながら火の中を歩く。
急にミサトが立ち止まり『何・・・あれ・・。』と指さす。
そこには炎に包まれている化け物の姿があった。
ゴオオンゴオオンと唸りを挙げながら赤や青のランプを明滅させている。
「なんだ・・・こいつ・・・。」と指導員もたじろいでいる。
そんな中「未希さん!」とカズキが叫ぶ。
ヤマトは声の方に急ぐとそこに大好きなあの人はそこにいた。
「カズキ・・・?それに・・・ほ・・かの子も?」
意識がもうろうとしている様だった。
未希さんの体の半分はがれきに埋まり片方の腕はあらぬ方向にねじれている。
瓦礫からは血が滲み出て、いつも着ていた白衣を黒く染め上げている。
「おいっみんなで瓦礫を上げるぞ!」
指導員が号令をかける。
みんなで瓦礫の下に手を入れ力任せに持ち上げようとする。
「くっううう・・!」
「ぬうううううっ!」
「未希さん!まっててね!!」
「うおおおおおお!」
腕や肩がみしみしと軋む。火の熱で少しずつ髪が燃えていく。
『未希さんを死なせたくない!』
これはヤマトや他の子供たち全員の総意だった。
「「「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」
ゆっくりと巨大な瓦礫が動き出す。
「あと少し!!」とカズキが叫ぶ。
さらに瓦礫が持ち上がる。
後ろから男性を運び終えた二人が合流する。
「皆で未希さんを助けよう!」と叫ぶ。
「「「おうッ!!」」」
瓦礫はほとんど持ち上がり後は未希さんを引っ張り出すだけになった。
指導員が少しずつ引っ張る。
「あっぅ」
未希さんは苦痛に顔を歪める。
「未希さん!頑張って!あとちょっとだから!」
ミサトが励ます。
ドゴオオオオと再び轟音が鳴り響く。グラグラと揺れ瓦礫を落とさないように改めて力を入れる。
すると急に瓦礫の重さが増した。見ると支えていた一人に別の瓦礫が当たりその場に倒れていた。
リョウタという子が慌てて駆け寄るが即死している様だった。
それでも救出活動を続けることでどうにか未希さんを瓦礫から引っ張り出すことが出来た。
「吉田主任、もう大丈夫ですからね。もうしばらく辛抱してください。」と指導員が言葉をかけながら彼女を担ぐ。
「うっ・・・あぁ・・あの子を・・。」と未希さんが機械の魔獣を指さす。
「あそこにまだ・・・一人・・・。」
もう地下は一面炎に包まれ脱出も危ぶまれる状況だった。
「主任、残念ですがもう時間がありません!」指導員は叫び出口の方へと向かい始める。
それでも未希さんは気力を絞り出すように
「お・・願いっあの子を・・・助けてっ・・・。」
「俺が行きます!」
ヤマトは手をあげ志願した。
戻れる保証はない。じりじりと肌が焦げる感覚がどんどんひどくなる。
それでも行くしかないと思った。未希さんが守りたいもの。俺だって守りたいと思ったから。
「わ、私も!」
「俺も手伝う!」とミサトとカズキが叫ぶ。
指導員は一瞬躊躇したあと、
「お前達三人だけだ。他は主任を運ぶのを手伝え!」と承諾してくれた。
「無理だと思ったらすぐに逃げろよ!」と指導員は叫び階段へとむかいはじめる。
こればかりは数年間指導員が同じだった事に感謝した。
ミサトとカズキと共に火の中を駆ける。三人とも顔や服も煤で黒くなっていた。
機械に近寄るにつれそれが何かわかり始める。様々な機会が複合した姿だと気がつく。奥の方には栗色の髪が見える。
『きっとあの子が未希さんの言ってた子だ。』
「いた!あの子だ!」
二人に叫んで伝える。
三人は機械の残骸やコードをくぐりながら近寄る。
それは異様な光景だった。
赤や青の光に装飾された黒い玉座にその子は座っていた。
黒い球体がその少女の頭を飲み込んでいるかの様に覆っていた。
その隙間からクリーム色の髪が少し見える。そんな状態だった。
その子の周りは水が流れているパイプが何本もあり熱くはなかった。
「は、早くたすけなきゃ!」とミサトが言い。
カズキがコード類を引き抜いていく。
装置から解放されたその子をヤマトは担ぎ移動を始める。
また爆発音が響き地面が揺れる。
「うおっあぶねー」
カズキがまだ燃えてない瓦礫の上でふらつく。
「慎重にいこう!」
ヤマトは呼びかける。
上ではまだ爆発が続いている様だった。
「うわっ!」
という叫びとカズキが火の海に消えるのは同時だった。
「カズキ!」
「カズキ君!」
ミサトと一緒に駆け寄る。
「あああああああああああああああああ!!」
「あああああああああああつあああああ!!!」
少し下の方でカズキがもがきながら叫んでいた。
「カズキ!!」懸命に叫びながら手を差し伸べるがもう手遅れだった。
叫びは徐々に小さくなってやがて聞こえなくなる。
下の方には黒くちぢこまったカズキの体が赤い火のそこで揺らいでいた。
「ウソ・・・・・うそ・・・・。」
ミサトがその場に座り込んでしまう。
「ミサト!!立って!行かなきゃ!」
手を引くが動こうとしない。
壁や天井も焼け落ち、地下全体の崩落が始まろうとしていた。
「くそっ!ミサト!!立てって!死ぬぞ!!」
ミサトは首を横に振りながら『うそ・・うそ・・・』とつぶやいている。
「ミサト!!」
すぐ横に天井の一部が降ってくる。
このままではここも燃え落ちかねない。
慌てて奥の瓦礫に飛び移る。
「ミサト!飛んで!そこに居たらだめだ!」
「・・・・ヤマト・・・。」
炎の勢いも増してきて呼吸が少し辛くなる。
「ミサト!このままじゃ呼吸も出来なくなるぞ!移動しなきゃ!」
「ごめん・・・・体・・・動かないや・・・。」
そう言いながらこちらを振り向いたミサトは泣いていた。
「ミサト!」
次の瞬間には焼けた瓦礫が上から降り注いでいた。
「つっっっ・・・・!」
声にならない声を上げながらヤマトは階段へと走った。
カズキが死んだ。
ミサトが死んだ。
これ以上誰かを失ってたまるか。
空気が熱を帯びて息が辛くなる。
背中の少女だけは無事に助けなくては。そうじゃなきゃ未希さんや信じてくれた指導員、カズキ、ミサトに申し訳が立たない。
階段に着きそれを一気に駆け上る。
早く、早く脱出しないとっ。
上がるとそこは来た時とは様変わりしていた。
ちょうどそこで爆発が起きたのか、壁や床がめちゃくちゃに壊れ燃えあがっていた。
慎重に瓦礫と炎の間を歩く。
すると瓦礫の隙間に見たことのある顔があった。
目を見開き口を半開きにしたまま死んでいたのは仲間のリョウタだった。
体から焼けたパイプが突き出している。
よく見ると周りには背格好の似た黒焦げの死体もいくつかあった。
早鐘が心臓を打つ。
嫌な予感がした。
「まさか・・・・・未希さん・・・。」
「未希さん!」
叫びながらあたりを見回す。
すると少し先から物音がするのが聞こえる。
急いで音の方に向かう。
「ヤ・・・・まト?」
未希さんが壁にもたれかかっていた。
隣には庇うように倒れている指導員の姿があった。
「未希さん!」
叫びながら駆け寄る。
「ヤマト・・・・皆は?」
「カズキもミサトも・・・・皆死んじゃった・・・・。」
「・・・・・」
未希さんは顔を苦しそうにゆがめる。
「未希さん・・・機械の子は無事だよ・・・。」
と後ろにおぶっている子を見せる。
「・・・・よかった。」
「ヤマト・・・・皆・・・・ごめんね。」
「未希さん!何で謝るんだよ!」
「私・・・を・・・恨んで・・・いいの・・よ。」
「そんなことないよ!未希さんに会えて皆感謝してるんだよっ。大好きだから・・・大切だから・・・・全力で助けようとしたんだよ・・・。」
「・・・・・ありがとう・・・ヤマト。」
「お礼とか言わないでよ・・・・。絶対俺が助けるから・・・。」
心のどこかで未希さんはもう手遅れだと気がつきながら。
「ヤマ・・ト、逃げて・・・。その子をよろしくね・・・。」
「・・・・・」
「世界を・・・憎まないで・・・・。」
「・・・・・」
「憎むなら・・・・私に・・し・・て。」
ヤマトは返事ができなかった。
ただ泣くことしかできなかった。
気が付くと暗闇が広がっていた。手を動かし顔に触れてみると鈍い感触が返ってくる。
顔も手も何かに覆われている様だった。
「目が覚めたのか。」と声がする。
するともう一人別の「待ってて、今見えるようにするわ。」と女性の声がする。
二つの声はどこか聞き覚えがあった。
顔を触れられ少し身構えてしまう。
暫くすると目の前が急に明るくなる。
暫くぼやけていたが視界がだんだんはっきりとしてくる。
目の前には女性看護師と大柄の男性がいた。
自分の体を見回してみると体中包帯で巻かれていた。
それに何本もの点滴の管が伸びていた。
「自分の名前は分かる?」とモデルのような看護師は聞いてくる。
「お、ぁ。俺はヤマ・・ト。」
「私はパース。貴方時々救護室来ていたわよね。覚えてる?」
言われてみると、時々お世話になっていた救護室を思い出す。
「俺は東だ。ヤマト君。」
隣にいる男は覚えがなかった。
「君たちに助けられたんだ。それと君とは昔、会っているはずだ。・・・・その、吉田主任といた時に・・・。」
未希さんの名前を出されて身を慌てて起こす。
その瞬間全身に激痛が走る。
「ぁあぁッ」と乾いた悲鳴が口から出る。
パースが慌てて体を支えてくれる。
痛みに耐えながら質問を口にする。
「み、未希さんは・・・・どうなりました・・・?」
二人とも目を背ける。
それで充分答えは伝わってきた。
「それ、と、女の子は?」
未希さんに託された子についても聞く。
男が少し歩き、隣のカーテンを開く。
そこには天使と見間違えるような少女が静かに横たわっていた。
「安心してくれ。この子は無事だ。君が庇って助けたおかげだ。・・・・それとこの子自身の治癒能力で健康体そのものだよ。」
それを聞き少しホッとする。
すると男が改まった表情をする。
「ヤマト君。今の君には少し酷な話かもしれないが、命の恩人として“君達”について説明しなきゃいけないことがある。」
ヤマトは吐き気がした。東から語られたのは、自分自身が国の極秘プロジェクトの実験体だった事、助けた少女は第二世代と言う名前の兵器だった事。
そして、未希さんの死が国の指導者によってもたらされた事。
ヤマトは悲しみや怒り、混乱と言った様々な感情の波に圧倒されていた。
「ヤマト君、この施設と計画は放棄されることになったんだ。今は情報操作で事故は隠蔽されているけど一月もすれば事故という形で公になると思う。」
と東は語る。
「あなたが望むなら、貴方や彼女を死んだことにして自由に暮らせるようにできるわ。もちろん私たちが全力でサポートするわ・・・・。」とパースが提案してくる。
ヤマトはそんな言葉は頭に入ってこなかった。
ただ憎いと。
大切な友人たちを
大好きなあの人を
人生を
奪ったこの国が
この社会が
この美しいように見えて醜い世界が
ただただ憎かった。
憎い
憎い
憎い
壊してやりたい。
憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い
ああ、そうだ。壊せばいい。
先生の問いが脳裏に浮かぶ。
「お前達の眼は何のためにある?」
現実を捉えるために
「その声は何のためにある?」
怒りを叫ぶために
「その手は何のためにある?」
世界を変えるために。
一瞬未希さんの声がして
―――世界を憎まないで
ヤマトは思う。ごめん未希さん、と。
「東さん。パースさん。」
二人に呼び掛ける。
「ヤマトとその子は死んだことにしておいてください。」
二人は分かったという風に頷く。
「俺は・・・・」
この醜い世界を壊そうと思った。
変えてやろうと。
自分は潔癖だと
思い込んでいる奴らに
「俺の名前は・・・・」
もし“普通”で“平和”な
世の中が今の世なら
この俺やあの子は
国の欲望や
親がいない“異常”や
社会の闇が生んだ
化け物なのだろう。
最初の忌み嫌われし子として
ゼロから
一へ
「ゼロワン。俺はその名前で生きていく。」
「東、パース。俺の我儘を聞いてもらえないか?」
一月も経たないうちにゼロワンは世界に向けて宣言した。
世界を変えると。
あの忌々しい場所で。
すべてが始まり奪われた場所で。
そしてまた始めるのだ。
ゼロから一へと。
ゼロワンから話を聞き終えた瞬間、咲夜はその場に座り込んでしまう。
この施設の正体。ゼロワンやアカネの正体。母親の死因。元同僚の先生。
それらすべてが咲夜を動揺させていた。
正直言って頭の整理が追い付かなかった。
「皮肉な話だよ。多くの物を奪われたこの場所で、託されたあの子を、利用しようとしているのだから。」
向かいの部屋ではアカネが起き上がり何かを仲間と話していた。
「アカネに・・・何をさせるつもり・・・?」
母が守ろうとした子を道具の様に言い表す男を睨みつけながら問い詰める。
「この世界を変えてもらう。あの子はいわば新世界への鍵なんだよ。」
意味が分からなかった。彼女が鍵?
あんな悲しげに、苦しそうに歌うアカネが、新世界の鍵?
「・・・・・狂ってる。」
そうつぶやいてしまう。
「狂っている?私か?それともあの子か?」
ゼロワンは不思議そうに聞き返す。
そして一歩こちらに歩みより告げる
「狂っているのは・・・我々を生み出したこの社会そのものだよ。咲夜。」
「それは・・・・。」
咲夜は反論できなった。
もしゼロワンの話が真実なら母の死はそれこそ社会の仕組みから来たといってもいいものだった。
権力者による様々な横暴。
それは今までさんざん繰り返されてきたことだった。
「咲夜・・・君なら、私の怒りと悲しみの最大の理解者になれると思う。」
ゼロワンがさらに近寄る。そして手を差し出す。
咲夜の手もそれに吸い寄せられていく。
「共に愛する人を奪ったこの世界を・・・」
ドゴオオン
爆音と共に部屋全体が揺れ上から誇りが落ちてくる。
部屋全体が赤く染まり警報が鳴り響く。
「正体不明勢力っ拠点内に侵入!!」
「戦闘要員は直ちに防衛線をはれ!!」
その放送に周りは慌ただしく走り始める。
ゼロワンはすぐさま無線を取り出し矢継ぎ早に指示を出していく。
「咲夜っ君はアカネと一緒に行動しろ!」
そうゼロワンに指示され咄嗟に頷く。
ガラスの向こうではアカネが走り始めていた。
咲夜は慌ててその後を追い始める。
「総員!戦闘開始!!」
そうゼロワンが叫ぶ声が後ろから聞こえてきた。
「おいっ大丈夫かっ?」
爆音に驚いてひっくり返っていたジョナケンを蒼汰は助け起こしながらあたりを見回す。
食堂はすでにパニック状態だった。
戦闘服を着た一団は武器を手に外へくり出し、それ以外は建物の奥へと退避していた。
「ヘイっジョナケン使い方習った?!」
シセイが銃らしきものを手渡している。
蒼汰も何か武器は無いかと近くにあった食事用のナイフをとる。
「蒼汰!お前は非戦闘員だから奥に行っていいんだゼっ」
「シセイさん、俺も何か手伝いますよ!」
「Oh~そうチャン!心強いデス!」
やり取りを交わしながら出口へと向かう。
扉を開けると外では怒号や銃声が飛び交っていた。
外に散らばっている廃材や瓦礫に隠れながらシセイの後を追う。
施設のゲート付近には二台の大型車が突っ込んで停車していた。
その付近から黒ずくめの男たちが銃を手に動き回っていた。
何とか走り切り別の建物裏に隠れる。
「新入り!生きてるか!?」
「はっぁうっどうにか、生きてます!」
息切りしつつ返事をする。
「ダイジョブです!」
ジョナケンも無事な様だった。
激しい銃撃戦が続く。
壁のへりに次々に弾が当たりコンクリートが飛び散る。
各建物の影や窓からチカチカとマズルフラッシュが光り襲撃者に鉛球を浴びせる。
「っうッ」
そばにいた仲間がうなりその場に崩れ落ちる。
思わずのけぞってしまう。
「おい!・・・・クソっ!」
シセイが乱暴に男を引きずり横に投げる。
乱暴に転がされた男は目を見開き絶命していた。
首筋辺りから血があふれ、砂利の隙間に浸透していく。
「ジョナケンっ!左の赤いドラム缶に打ち込め!」
「ハイ!
短く答えジョナケンは拳銃を撃ち込んでいく。
「馬鹿!身を出し過ぎだ!」とシセイに引っ張られ体制を崩している。
「おい!蒼汰!自分の意思でついてきたんなら戦え!」
そうシセイに叱咤される。
慌てて目の前の死体から銃をとる。
ゲームの見様見真似で構えて引き金を引く
ガツンと肩に衝撃が走ると同時に炸裂音がする。
奥を走る黒い人影に銃口をむけて人差し指を引きまくる。
タァンっタァンッタァンッタァンッ!
人影はすぐさま物陰に隠れこちらに銃を構える。
「やべっ」
蒼汰はすぐさま体を隠す。
直ぐにガガガガガガッと建物の壁を削る音と破片が飛んでくる。
「いい度胸だっ蒼汰!奴らそうとう手練れだぞっ。」
シセイは興奮気味にほめてくれる。
「そうチャン凄いデス!」
ジョナケンも親指を立て拳を突き出す。
ズゥンッと内臓を揺らす重低音がする。
すると後ろの建物から煙が上がっていた。
「何が起きた!?」とシセイを見やる。
「アノ建物には玲奈ガ!!」とジョナケンが走り出す。
「馬鹿!撃たれるぞ!」
シセイが叫び投ながら援護してくれる。
ジョナケンの足元の砂がビシバシっと弾がかすめていく。
「蒼汰!お前も行け!友達があそこにいるんだろ!?援護してやる!」
「シセイさん!ありがとうございます!」
壁越しに撃ちまくるシセイに感謝して走り出す準備をする。
「行け――!」という合図とともに走り出す。
壁の陰から飛び出すと、後ろから銃声が響き始める。
すぐ横を何かが高速で通り抜ける音がする。
当たりませんように!
当たりませんように!!
当たりませんように!!!
祈りながら走り抜ける。
近くの廃材に弾が跳弾し足をかすめていく。
「うっ」
それでも足を動かし続ける。
あと十メートル。
建物の入り口ではジョナケンが銃を乱射して援護してくれている。
当てないでくれよ。
あと五メートル。
頬が急に熱くなる。
息が緊張と疲労で苦しくなる。
『フンっ」と倒れこむように入り口に駆けこむ。
「そうチャン!ダイジョぶですか!?」
所々痛むが致命傷ではなさそうだった。
咳き込みながら返事をする。
「な、何とか・・・・ね。」
銃を撃ち切ったのかジョナケンは外に向けて放り投げる。
「ジョナケン!行こう!」
「オーケー!そうチャン!」
二人は暗い建物の中へと駆けだした。
蒼汰は銃を構えゆっくりと廊下を進んでいく。
ジョナケンは後ろを警戒してくれている。
時折くぐもった銃声が響いてくる。
「レイナ・・・・」とジョナケンが呟く。
もう少し・・・・
奥の分かれ道を左に行けば玲奈さんのいる救護室がある。
慎重に進むと数分後には二人は何事もなく部屋の前にたどり着いていた。
耳を澄ませて中の様子を確認する。
・・・・・・・・
中からは機械音が聞こえてくるだけだった。
蒼汰は頷きジョナケンに合図する。
ジョナケンが素早くドアを開ける
そして蒼汰がすかさず中に入る。
すると急に目の前に赤い物体が急接近してくる。
ヒュッと風の切る音と同時に消火器が飛んできたのだ。
「うわぅっ」
変な悲鳴をあげ、とっさに避ける。
後ろでも『オウっ』とジョナケンがのけぞる。
「あっごめぇん!」
凶器を投げつけてきたのはパースさんだった。
「味方ですって。」
軽く打った腰をさすりながら蒼汰は立ち上がる。
パースさんは看護服ではなく、シセイさんと同じような戦闘服を着て手には小銃が握られていた。
「先に撃たなくてよかったぁ。」とつぶやく様子に若干背筋が寒くなる。
そんな俺をジョナケンは押しのけ玲奈さんの傍に駆け寄る。
「玲奈・・・。ダイジョブですね。」
一息つき安心した様子だ。
「何が起きテイるんですカ?」
蒼汰より先にジョナケンがパースさんに尋ねる。
「ん~・・・・。なんか怖い人たちが来たみたい?」と曖昧な答え方をする。
「でもぉ、外は東が行ったからそろそろ片付くかなぁ。」
と言った直後、建物内に爆音が響きビリビリと揺れる。
「中は・・・・多分大丈夫かな。リーダーもいるし。」とパースはつぶやく。
不安しかなかった。
すぐ近くで発砲音がし始める。
「ジョナケン!お前は玲奈さんを守れ!」
そう言いながら銃を渡す。
「そうチャン!?そっちはドウスルの!?」
「どうにかする。咲夜を見つけなきゃいけないから。」と外の様子を伺いながら答える。
すると後ろから何かが投げつけられそれをギリギリキャッチする。
「少年っ持っていけぇっ」パースさんが持っていた小銃が自分の手には握られていた。
「ありがとうございます!」
「気をつけてねぇっ」
安全を確認した廊下に飛び出す。
奥の方から銃声と怒号が聞こえてくる。
蒼汰は全力でそちらに走り出した。
銃声の方に近づくにつれなぜか静かになっていく。
地面には金色に輝く筒が大量に転がっていた。
「戦闘が・・・・終わった?」
辺りはいつの間にか静寂に満ちていた。
目の前の曲がり角を曲がる。
そこは地獄絵図だった。
壁は穴だらけになり、ただでさえボロボロな建物をさらに壊していた。
照明も壊れ、天井からぶら下がっているため通路は薄暗い。
地面は赤く染まり薬莢の間に死体がいくつも転がっている。
どの死体も顔は目以外布で覆われていて性別すらわからない。
それらを踏まないように慎重に進む。進むたびに血を踏む音が耳に残る。カラカラと金属が転がる音がする。
奥からは銃声ではなくうめき声が聞こえてきていた。
奥はライトが明滅していてよく見えない。
誰かが何かを踏みつけている様だった。
近くに行くと影が此方に向けて少し動く。
その暗闇には二つの青い瞳が浮かんでいた。
「アカネ・・・さん?」
影は動かない。
さらに近寄ると予測していたが、『居ないでくれ』と願っていた相手の声がする。
「そ、蒼汰・・・?」
咲夜の声だった。
急いで近寄ると廊下の陰から血まみれの咲夜が姿を現した。
「咲夜!?怪我したのか!?」
慌てて駆け寄る。
髪や戦闘服、靴と上から下まで赤く染まっていた。
咲夜は口に着いた血液を口紅でも塗るかのように拭う。
その仕草は何とも言えない艶めかしさを持っていた。
「怪我はしてない・・・。何処も撃たれたりしてない・・・・。」
そう言う咲夜の右手にナイフが赤銅色に輝いているのに気付く。
「この・・・血・・全部・・・そこの人達のなの・・・・。」
周りの“人”だった物に目をやる。
アカネが足で向きを変えたのもどうやらソレと同じものらしかった。
震えながら自身を抱きしめる咲夜が続ける。
「私が・・・やったの・・・。全部じゃないけど・・・。ゼロワンの・・・話を聞いて・・それで・・・。」
アカネが静かにこちらを見つめてくる。
「すごい音がして・・・・アカネと一緒に外に出ようとしたら・・・・この人たちが撃ってきて・・・。」
何か声をかけなきゃと思いつつも何も浮かばなかった。
「アカネが撃たれそうになって・・・それで・・・助けようとして・・・・。」
目の前にいる咲夜が自分の知らない誰かに思えた。
「私・・・怒っているのかな・・・悲しいのかな・・・・。」
「分かんないや・・・・。」
そう口にした咲夜の表情は半分泣いているような、笑っているような、表情だった。
いつの間にかアカネさんの後ろにはゼロワンが立ってる。
「外の連中は退いた。中も・・・片付いたみたいだな。」
そう言う仮面の男の手にも銃が握られていた。
「何が起きてるんですか・・・?」
蒼汰は真直ぐ見つめながら尋ねる。
男は咲夜の方に近づきながら
「ただのお客さんだ。自分の名前が書かれた道具を使われるのが相当嫌なんだろう。」
訳の分からない答えを返してくる。
そしてそのまま咲夜の肩を抱き、握りしめられているナイフを手で包み込む。
『何をっ』と止めようとしたがアカネに睨まれ動けなくなる。
ゼロワンは
「未希さん・・・。ごめんなさい。」とつぶやき。
「咲夜・・・・。もう終わったんだよ。君の怒りや憎しみは・・・・。」
そう彼女の耳元でささやく。
次の瞬間力が抜けたように咲夜がその場に崩れ落ちる。
「おっと・・・。」
ゼロワンが直ぐに抱き留める。
そしてそのまま踵を返し歩き始める。
「待てっ!」と思わず叫んでしまう。
「・・・何かな。」
「咲夜をどうするつもりだっ!」
言い表しようのない怒りがこみあげていた。
「彼女を休ませる。今日は色々とあったからね。」
お前は咲夜のなんなんだ。
何を知っているんだ。
「俺も傍にいる。」
「君にその資格は無い。」
資格が・・・・無い?
俺に?
彼女の傍にいる資格が?
我慢の限界に達する。
「てめぇ!!」
怒りに任せて拳を振り上げる。
怒り
傍にいるといいながら
手を汚す彼女を止められなかった
震える彼女に何も言えなかった。
ナイフを取り上げることもかなわなかった
無力な自分への怒りが、咲夜を抱きかかえる男に対して暴発した。
すぐさま顔の右側に衝撃が走る。
脳が揺らされそのまま倒れこむ。
激痛に耐えながら左目で辺りを見回す。
そこには冷たい目をしたアカネさんが佇んでいた。
「ゼロワンに危害を加える事は許さない。」
そう冷ややかに告げる。
「アカネそこまでだ。蒼汰君・・だったかな。君は咲夜のなんだ?」
頭がフラフラしてまともに考えられない。
俺は・・・・・咲夜の?
なんだ?
幼なじみ?
恋人・・・候補?
片思い・・・・
色んな考えが頭をぐるぐる回る。
「何も考えずに彼女の傍にあろうとするのか?」
俺なりに・・・・・考えたさ
部外者が・・・・・・何を・・・・・
「彼女を傷つけるだけだ。痛みを知らない愚か者が・・・。」
・・・・・・・・・・・・
「おーーーーい。もしもーーーし?」
耳元で何か叫ばれている。
「ヘイヘイヘーイ?!」
「?!」
意識がはっきりしてくると目の前にもじゃもじゃした塊が押し付けられていて混乱する。
それはシセイさんのアフロだった。
どうやらアカネの蹴りを食らったあとその場で気絶してしまったようだった。
体中、床の血で染まっていた。
「そうチャンすごイね!」とジョナケンが驚きながらあたりを見回す。
「お前さんもしかしてヒーローか何かかぁ!?この数ヤッちまうなんてよ」
シセイも驚いている。
「いや・・・・これは・・アカネさんと咲夜が倒したんだ・・・。」と頭をさすりながら答える。
ジョナケンは少し顔を暗くした。
「咲夜ってあの新入りの一人か・・・・あの子が、ね・・・。」
シセイはばつが悪そうにあたりを見回す。
蒼汰は咲夜やゼロワン、アカネが消えた廊下の奥をただ見つめることしかできなかった。
咲夜は目を覚ますとベットに寝かされていた。
隣を見るとゼロワンが椅子に座っていた。
さらにその奥の壁にアカネがもたれかかっていた。
体を起こすとゼロワンがこちらを見つめてくる。
「起きたか。」
仮面越しでも安堵の様子が伝わってくる。
「あ、えっと・・・蒼汰は?」
意識を失う少し前に目の前にいた幼馴染の事を尋ねる。
するとゼロワンは笑いながら
「彼なら大丈夫だよ。今は仲間と共に死者の埋葬をしているはずだ。まぁ頭は少し傷むだろうが・・・。」
と答える。
最後の言葉に若干不安をおぼえつつ咲夜は少し安心する。
「・・・・ここは?」
少し落ち着いてから自分の寝かされていた部屋が少し変わっていることに気付く。
研究室か何か・・・?
部屋は広いが中央に寝台とよく分からない機械や点滴、テーブルが置かれていた。
「ここは未希さん・・・吉田未希の研究室で今は私の自室にしている。」
男が疑問に答える。
「母の・・・・仕事場。」
机の上には写真立てが伏せてある。
手を伸ばし触れる。
木の感触が指先から伝わってくる。
ゆっくりと起こす。
そこには穏やかに笑う男性と長髪の女性が写っていた
二人の腕には不機嫌そうに顔をしかめている子供の姿があった。
「・・・・それは君が持つべきものだ。」
ゼロワンは静かに言いながら仮面を外す。
「っ・・・・」
つい息を飲んでしまう。
ゼロワンの顔には痛々しい火傷の痕が広がり皮膚の下がむき出しになっていた。
「未希さんを・・・君の母親を救えなくてすまなかった・・・。」
喋るたびに傷むのか顔が大きく歪む。
「・・・・いえ・・・。」
母の事を何も知らなかった私にゼロワンは色々教えてくれた。
恐らく父も知らない母の最期を。
「咲夜・・・・。話がある。」
ゼロワンはもう仮面を着けなおしていた。
「今回の襲撃を受けてそれなりに被害が出た。だから我々オブビリオンは“計画”を実行に移すつもりだ。」
「計画・・・?」
一体この男は何をするつもりなのか、咲夜には想像もつかなかった。
「未希さんの娘である君を巻き込んだのは紛れもない私だ。だが・・・・だが、今なら君は引き返せる。」
目の前の男からは初めて会った時とは違う印象を受けた。
以前にもどこかで感じたことのある感覚。
「君はまだ普通に暮らせるチャンスがあるんだ・・・・。」
咲夜は思い出した。
あの建設中のビルで
アカネから感じたあの感覚がこみあげてきていた。
「私は世界が憎い・・・・。だが、君に会ってから・・・よく未希さんの事を思い出す・・・。」
ゼロワンから堂々とした覇気は失われていた。
「世界を憎むな、と言った君の母親の事を・・・・。」
ゼロワンをよく見ると腕は細く色素が薄い。体も華奢で呼吸のたびに大きく揺れている。
「ゼロワン、私は・・・・私は世界が憎くはない・・・・。」
そう力強く咲夜は告げる。
それを聞きゼロワンはハッとする。
「憎くない・・・?君の母親を奪ったのに?」
その問いに咲夜は頷く。
「母さんが死んじゃったのは悲しいよ。でも、憎まないでって言ったなら私はこの世界を憎んだりしない。」
それは本心だった。
母が最期に願った思い。
でも、それとは別に
「許すことは・・・できないかな。」
ゼロワンは此方を見つめ続けている。
「私は、アカネや貴方を生み出したこの世の中が許せない。」
同情からではない。
ただ一人の人として許せない。
進めばもう戻れない。
きっとこれから先もっと色々なものを失う。
それでも
「ゼロワン。私も世界を変えるって言ったらどうする?」
最後は少し悪戯っぽくいってみた。
他者の欲望や利益のために何かを失う。
そんな世界を私は許さない。
日本の首相官邸で緊急の会議が再び行われていた。
状況は最悪だった。
天田総理はここ数日の激務に加えこの緊急事態の発生と、正直倒れそうになっていた。
「それで、正体は突き止めたのか?」
幕僚の一人が公安のトップに問いかける。
「正体は恐らくロシアの特殊部隊と思われます。武装は・・・」
と書類をめくり始めた時点で、別の幕僚は苛立ちげに
「場所は突き止めたのか!?」と怒鳴る。
「いえ、カメラをいま解析中で・・・。」と公安側は言葉に詰まる。
会議室は混乱し、怒号が飛び交っていた。
天田はついに我慢しきれなくなり机を叩く。
「少し静かに!!」
控えめに怒鳴ったつもりだったが思いのほか声が出て自分でも驚く。
「少し、整理しましょう。」と場を仕切り、公安に状況の説明を求める。
「今わかっていることは、ロシアの特殊部隊が日本に潜入して何らかの敵対行動をとった事です。経路や足取りは目下調査中です。」
と簡潔に述べてくれる。
「どこが攻撃されたんですか?」
その質問には陸自の幕僚が答える。
「東京都、三間区の山奥です。そこにはどうやら例の研究施設があり、そこを襲撃したと思われます。」
その報告はますます頭を痛くする報告だった。
三間区、前政権が経済政策の一環として新しく作成した新経済特区。都市部は狙い通り活性化した。しかし、前政権は同時に山間にあった廃墟群を買い取り国の研究施設にした。
「それで研究施設はどうなったんですか?」
「黒煙や発砲音が近隣から通報されましたので情報封鎖を行いました。研究施設自体既に放棄されていますし、損害は軽微と思われます。」
部下たちの平和ボケに少し苛立つ。
「何もないところに襲撃する奴がいるわけないだろ!人員は向かわせたのか!?」
若いとはいえ現役総理の剣幕に押され部下たちは姿勢を正す。
「直ぐに即応部隊を編成して向かわせます!」と急ぎ連絡を取り始める。
外国の特殊部隊が国内で好き放題している。こんな事態は恐らく戦後初めてだろう。
「研究の情報が漏れていながら、外交から攻めてこないとすると、ますますあの件は慎重に扱わねばな・・・。」
その総理の発言に一同は頷く。
試製強化人間計画。前政権の首相と与党内の派閥や財閥と化した製薬会社、機械メーカーそれらが手を組んで進めた極秘計画。
前政権の官僚たちと司法取引をすることで手に入れた資料の数々。
どれも国にとって切り札にも弱点にもなる代物だった。
第一世代と呼ばれていたのは薬物やマイクロチップを体に入れることで身体能力を上げる研究だった。
そして第二世代は、それに合わせ専用の機械を使うことで進化する自律コンピューターを造る計画だった。
どちらの計画も身寄りのない子供を使う非合法・倫理観無視の研究だったので天田は正直、吐き気がしていた。
だが、これでも野心的な政治家である天田は利用を視野に入れていた。
しかし、調べてみたら事故で研究者もデータも被検体も失われた事が判明しただけだった。
「もしかしたら何かが残っていて、それが目的だったかもしれん。足取りを追って絶対に逃がすな!」
その指示に公安・自衛隊の幹部たちは力強く答える。
無駄とは思いつつロシアに“あんたなんか隠してない?”という電話をするために調整していると、会議室の扉が少し開き部下がやり取りし始める。
「総理っ緊急ですっ」と小声で秘書が紙を渡してくる。
英語で書かれた用紙にざっと目を通す。
天田は「クッソっ!!!」と毒づきながら鷲のマークが入った秘密外交文章を握りつぶす。
部下たちが一斉に見つめてくる。
「諸君・・・・。国家創立以来の危機だ・・・。」
紙には短く“貴国に核兵器が持ち込まれた可能性がある。部隊を送った。援護と支援を求める。”と書かれていた。
条約なんてクソ食らえと天田は送り主を思い悪態をつく。
「どうも、アメリカは随分前から知ってたみたいだな・・・。」
陸自の幕僚は怒りながら書面を眺める。
「と、するとロシアの動きも核がらみでしょうな・・。」
そうなるとロシアのとった無謀な作戦もうなずける。恐らくソ連崩壊時の遺産が市場に出たのだろう。
いまだに過去の遺産を管理しきれていないのか・・・・・。
「こんなことは国民に公表できないぞ・・・」
「これは重大な国際問題だ!」
「首都を中心に戒厳令を出すべきでしょう!」
再び会議室は混乱に陥った。
天田の内心は不安と期待で半々だった。
不安は、対応を誤れば核戦争に突入しかねないという危機感から。
期待は、アメリカとロシアにどでかい借りを作れるというとこからだった。
この状況をうまく切り抜ければ・・・日本は再び国際社会に発言力を取り戻せるはずだ。
戦後、脅かされ続けてきたロシアをけん制し、従属していたアメリカから独立できるかもしれない。
「核が今、どのような状況にあるか分からない。慎重に動くべきです、総理。」
空自の幕僚が提案してきた。
「核兵器がどのような形であれ、運ぶのは容易でないはずだ。」
天田は慎重に指示を出し始める。
「公安は警察と共にロシアの部隊を追ってくれ。」
「分かりましたっ!」公安が返事をして急いで会議室から出て行く。
「陸自は研究所跡に向かってくれ。それと万が一に備えて部隊を展開して避難計画も立ててくれ。」
「了解!」
「空自と海自もそれぞれ展開してくれ。最悪の場合、成田、羽田の航空機を全てどかすことになるかもしれない。」
「了解!」と勢いよく返事して幕僚たちは出て行く。
「外に漏らさないように細心の注意を払って行動してください。」
そう言いながら残った官僚たちを見回す。
「首都放棄も視野に入れて物事を考えましょう。」
そう締めくくり会議は終了した。