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暁に落ちる  作者: ルファ オーデン
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道とは違うもの

   第四章 道とは違うもの




 部屋に現れた子供たちを見ながらゼロワンは挨拶する。

「はじめまして」

 驚く子供たちの中に目的の人物を見つけ出す。

 アカネに協力者の写真と名前を教えてもらった時からずっと会いたいと思っていた人物。

 濡れたカラスの羽を彷彿とさせる豊かな黒髪。そこに朱く光るピン。

整った目鼻と自信を感じさせる堂々とした、たたずまい。

 彼女に近づくと、こちらを睨みながら少し身構える。

 隣の男も少しその子を庇うように動く。

「君が吉田 咲夜だな。」

 その子は驚きながら

「何で・・・名前を知っているんですか?」と返してくる。

「君の目鼻や髪の感じが・・・」

 

『あぁ本当にもう一度会えるとは』ゼロワンはある女性の姿を咲夜に重ねていた。


「君の・・・母親にそっくりだ。」

 その子は驚愕したような表情を浮かべる。

「母を・・・ご存じなんですか・・・?」

「あぁ。昔、君の事も少し聞いてるよ。」

 

 暫く二人は見つめあい沈黙する。




「君の・・・母親にそっくりだ。」

 それを聞いた蒼汰は咲夜同様に衝撃を受けていた。

 ・・・こいつ何者なんだ?

 後ろでもジョナケンや隼人は混乱した顔で二人を見つめている。

 沈黙が部屋に訪れ、咲夜とゼロワンが見つめあっている。

 静寂を破ったのはジョナケンだった。

「あ、アノっ!ゼロワンサンっ!」

 ジョナケンの顔は我慢できないという感じで苦痛に歪んでいた。

「レイナは、玲奈はどうなっタンですかッ?!」

 それには後ろから聞こえてきた第三者の声が答える。

「彼女、玲奈って言うんだぁ。」

 姿を現したのは褐色で高身長の女性看護師だった。

「彼女、一応生きてるけどぉギリギリかなぁ」と告げる。

 ギリギリとはいえ助かったと聞き少しホッとする。

 ジョナケンは「ホントですかっ?!」と看護師に今の状況を矢継ぎ早に尋ねている。

「そんなにぃ心配なら彼女の傍に居なきゃあ」とジョナケンに提案し外へと歩き出す。

 それをジョナケンは直ぐに追い始める。心配なのはみんな同じだった。

隼人、俺、咲夜と後に続く。

 しかしそれをゼロワンは呼び止める。

「咲夜、君と話がしたい。」




 咲夜は内心、玲奈の状態を確かめたいと思っていたが、母を知る仮面の男に対する興味がそれに勝った。


 心配そうにこちらを見てくる蒼汰に『大丈夫だから玲奈のとこに行って』と伝える。

 不安そうにしつつも蒼汰はみんなと一緒に玲奈の方へと向かってくれた。

 

「それで話って何ですか。」

聞きながら男の方に振り替える。

 仮面の男はサングラスの男に部屋から出るように指示する。男はそれに素直に従う様だ。

 

 『さてと』と仕切り直したかの様に

「改めて自己紹介しよう。私はゼロワンだ。そして先ほどの男が東で、私の副官だ。」

 咲夜には聞きたいことがたくさんあった。

 母の事、この建物の事、雪との関係、銃撃してきた男たちの事・・・

「何故・・・母を知っているんですか?」

「・・・・昔の知り合いだと言っておこう。」


・・・思うような答えは得られない。


「・・・雪とあなたはどんな関係なんですか?」

と言いながら先ほどから沈黙し続けている戦闘服姿の雪に視線をぶつける。

「ゆき?・・・あぁ・・・」

と一瞬誰か分からないような反応をする。

「その子の名前はアカネだ。雪は私がつけた偽名だ。」

本当の名を紹介されたその少女は静かに会釈する。

「・・・・・」

正直いって咲夜は混乱していた。

今日はただ友人たちと買い物を楽しむ予定だった。

それが今や玲奈が撃たれて死にかけていたり、ゼロワンとかいう男と会話していたり、新しい友人の名前が実はアカネだったなどと明かされたり、もう理解が及ばなくなっていた。

「今は混乱しているだろうが、じきに整理がつく。」と男はなだめるように言葉をかける。


「アカネ、彼女を友人たちの処に連れて行きなさい。」

その言葉にかつて雪と呼ばれていた少女は『はい』と短く答え教室から出ていった。

咲夜は混乱したままその後を追うしかなかった。




『アイツ大丈夫かな』と咲夜を心配しつつ隼人の背中を追う。

「どこも錆びついてるし・・・焦げてる・・?」とあたりをキョロキョロしながら歩いている。

ジョナケンは今にも発狂しそうという感じでひどい顔をしている。

「はぁい、着いたわよ」

 通路の突き当りには一枚の扉があった。

褐色ナースが扉を開ける。


その向こうは様々な器具や薬が煩雑に置かれており、その奥の寝台の上に玲奈さんが横たわっていた。

「レイナっ」

ジョナケンが一目散に駆けつける。

玲奈さんの服は簡易的なものに変わっており、口には酸素を供給するマスクが、腕には輸血のための管がついていた。

隼人も俺もよかったと力が抜けその場に座り込んでしまう。

「出血多量で危なかったよぉその子。後一歩遅かったら死んでたわ。」


ジョナケンは泣きながら玲奈さんの手を握りしめている。

「でも、その、心臓は当たらなかったけど、大事な血管とか、肺とか、あと・・・・背中の方まで弾丸が貫通しちゃってたのよ。」

そこでいったん区切り看護師は残酷な現実を突きつける。

「意識は戻るでしょうけど、様々な後遺症が残るから・・・・最悪車椅子生活かなぁ」

 あまりにも残酷な現実だった。

「そんな・・・・」

訳の分からない銃撃戦に巻き込まれて、瀕死の怪我を負い、その上一生車椅子?

彼女が一体何をしたというのか。

ジョナケンも隼人もショックで動けずにいた。


それからしばらくしてやっと

「一体何が起きてんだよ・・・」と隼人がうなだれながらつぶやく。

答える人は誰もいない。

「今日はみんなで買い物してさ、飯食ってさ、帰るはずだったよなぁ・・・」

病室は静かなままだ。

「・・・・そんナノ知らねーデスよ・・・。」

ジョナケンがつぶやく。


ガチャリと扉が開く


そこから雪が現れ、続いて咲夜が部屋に入ってくる。


それをみてジョナケンはがばっと身を起こし、暗い顔から怒りに満ちた表情に変わり

「雪!!お前ノせいデ玲奈がぁこうなったんデスヨぉ!!」と叫びながら雪につかみかかる。

雪の戦闘服の襟を両手でつかみ上げる。

ジョナケンに比べると圧倒的に小さい体が壊れそうに揺れる。

咲夜は慌てて

「ちょっと!ジョナケン!落ち着いて!」となだめる。

「何してんだっ!ジョナケン!」

慌てて一緒に肩を押さえる。

隼人も後ろから両脇を押さえるように抱え「やめろよ!ジョナケン!別に誰のせいでもないだろ!」と叫ぶ。

バタバタと暴れるジョナケンを三人で必死に抑え込む。

その間、雪は下を俯き黙っている。

「何か言っタラどうナンですカ!雪サン!」

睨みつけながら叫んでいる。

「レイナは!玲奈はっ!イッショウ車椅子かもシレないんデスよっ!!」

部屋にジョナケンの悲痛な叫びが響く。

雪は少し顔を上げ玲奈さんの眠る方を見る。

「・・・私は雪じゃない。」

一瞬何を言っているのかわからなかった。

雪じゃない?じゃあ一体誰だというのか?

ジョナケンを抑え込んでいる咲夜は何かをこらえるような表情を浮かべる。

「・・・私の本当の名前はアカネ。玲奈には・・・・悪いと思っている。ジョナサン・・・ごめんなさい。」

咲夜意外みんな驚いた顔をしている。

「・・・アカネ?雪は偽名?」とつぶやいてしまう。

巻き込んだ?一体何に?

まるであの銃撃戦は彼女が原因であるかのような言い方だ。

何かの冗談かと一瞬考える。

「ゆ、アカネ?本当の・・・名前?」と隼人も顔を引きつらせ驚いている。


咲夜は驚いておらず下を向いている。

「責任は私にだって・・・ある。」とかすかに聞こえた気がした。

アカネの表情は一緒に居た三ヶ月の間とは違った。

どちらかと言うと機械のような、感情のない人形のような印象を受けた。

だが、その手が微かに震えていたのを蒼汰は見逃さなかった。


「・・・デスか、それ。」

「ナンですかそれはぁ!!」

ジョナケンは納得いかないという感じでまた暴れだす。

それを横目にアカネは部屋から姿を消す。

「おいっ待って!」と叫ぶが、彼女は歩き続けている。

「ゆき、あ、アカネさん!」と隼人が叫び後を追い始める。

そして二人はあっという間に暗闇へと消えていった。


二人が去った後も嗚咽交じりに泣き叫んでいるジョナケンを咲夜と二人で押さえつけていた。

すると先ほどの看護師が出てきて

「お~随分派手に暴れてるねぇどうしたぁの?」と近づいてくる。

そして『ホイっ』という掛け声とともにジョナケンにマスクをつけ何かのガスを噴射する。しばらく抵抗していたジョナケンだがやがてグッタリと動かなくなる。

「ふぅ~。これで少しは落ち着くかなぁ」と言いながら額の汗を縫っている。

落ち着くというか、ジョナケンは完全に眠らされていた。


ジョナケンは看護師のパースさんが玲奈さんと一緒に診ていてくれることになった。

「今後の事リーダーに聞いたらいいよぉ」と言われ病室を追い出される。


二人で薄暗い廊下を歩く。

カン、カン、カンと金属質の床を歩く音だけが響く。

沈黙と疑問に耐えかねて


「あの後、二人で何を話していたんだ?」

「・・・・」

「何かあったのか?」

「・・・・」

少し寂しさと怒りがこみ上げる。

「雪の名前がアカネって最初から知っていたのか?」

「・・・・」

「・・・・」

建物を抜けると外は夕方に差し掛かり赤く染まっている。

「この後・・・どうする?」

「・・・・」

寂しさが不安に、怒りが疑惑に変わる。

咲夜は空を少し見上げた後、複数ある建物のうちどれにも向かわず、フラフラと草木の生い茂る方へと歩き出す。

「咲夜?咲夜!待てっ」

速足で追う。

咲夜はどんどんスピードを上げ全力で走らなければ置いて行かれるようになる。


「待てって!」

ハアハアと息が上がってくる。


錆びつきツタが巻きついたフェンスの前で、砂利を蹴り走る音が消える。


咲夜の後ろ姿は、肩で粗く息をしているため小刻みに上下に揺れている。


「・・・・咲夜」

呼吸を整えながら、彼女に呼び掛ける。


返事は無い。


一体どうしたのか。ゼロワンが何かをしたのか?何を話したというのか?

いつも堂々としていた彼女が今は何処にもいない。

夕日が咲夜を染め上げ影が伸びていく。


「咲夜・・・一体どうしたんだ?なんか・・・こう、お前らしくない。」


カナカナカナ とヒグラシの鳴く音が嫌に耳につく。


「俺たち、よく考えればさ・・・結構長い付き合いだよな。」

まさかこんなことになるなんて思わなかったけどと一人思う。

隼人、ジョナケン、玲奈さん、雪・・さんそして咲夜と、この先ずっと一緒に過ごせるような気がしていた。

学園を出た後も、成人した後も、なんだかんだ言って六人で集まるんじゃないかって。それが出来たらすてきだなって。

心のどこかで強くそう願っていた。


もう夢に過ぎないことだけど。


紅く染まった咲夜のピンはさらに赤みを増す。

「はやが友達になって、高校になってさジョナケンと玲奈さんに会ってさ・・・」


“玲奈“という言葉を聞き咲夜は身を震わせ両手で自らの肩の体を抱きしめる。


「それに雪・・・アカネさんも加わってさ、最近ますます仲良し六人組って感じになったけどさ・・・・」


「言葉がしゃべれないぐらい小さい時から一緒に遊んでさ、家を一歩出れば顔を合わせられる関係って、六人の中で俺たちだけだろ。」

砂利を踏み一歩踏み出す。


「だからっ・・・・・だから、少しは・・・頼ってくれよ・・・。」


もちろんこんなのはただのエゴだ。

何が起こっているのか。何をすべきなのか自分には何一つわかっていない。

それでも、咲夜が、

孤立しても誇り高くあろうとした咲夜が

母親を亡くした次の日も普段通り振舞った咲夜が

なりふり構わずアカネを追った咲夜が


本当は誰よりも弱く、脆い咲夜が


また一人で抱え込もうとしているのが許せなかった。


「・・・もし、仮に玲奈さんの怪我が・・・・アカネ・・さんや咲夜のせいなら・・・」

「ついていった俺たちも同罪だろ・・・」


頼むから届いてくれと、願いながら。


「一人で抱え込まないでくれ・・・・。」



本当はもっといい言葉があるんじゃないかと思った。

年々自分の中で膨らむこの思いにふさわしい言葉が、あるのではないかと。


「・・・・蒼汰・・・・ありがとう。」


なんだか凄く久しぶりに声を聴いた気がした。


「・・・少し・・・傍に・・・いてもらえる・・・?」


 傍までゆっくりと歩み寄る。

 近くまで行くと咲夜が振り向きそのままの勢いで顔を胸に埋めてくる。

 思わず身構え、両手を上に掲げてしまう。

 

 抱きしめるべきかどうか迷いつつ手をゆっくりと下げる。

 

「少し・・・このままで・・・いて・・・。」と擦れた声が聞こえる。

 

 やがて、くぐもった嗚咽が聞こえてくる。

 蒼汰はゆっくりと背中に手を回し優しく撫ではじめる。


 咲夜が・・・・泣いている姿を見るのはいつ以来だろうか。


 恐らくあの日以来だろう・・・。


 咲夜の母の死を聞いた次の日、咲夜はいつもと変わらない様子でいた。

 それどころかクラスの友達と“例の”テレビ演説で盛り上がっていた。

 絶対おかしいと思った。

 だからつい言ってしまったのだ。

 何で無理するのかと、

 つらいなら悲しむべきだと、

 それをしないお前はおかしいと、

 そしたら咲夜に蹴り飛ばされ、その上周りからは『サイテー』とののしられた。

 でもそれで良かった。 


 下校しているときに急に泣き始め、『ありがとう』と言ってくれたから。


 

 どれくらい彼女を抱きしめていただろうか。

日はすでに落ち、咲夜の髪が世界に溶け始める。


感情の昂ぶりも落ち着いた頃、急に気まずい気がしてくる。

・・・・どうやって離れればいいんだ。

自分の両手はゆっくりと離すとして、この密着した位置関係はどうしたものか。

昔は一緒に風呂に入ったり、同じ場所で着替えたりもした。

しかし今は立派かつ純情な高校生男児。時間が経てば色々と不都合が生じてくる。


もんもんと浮かんでくる下賤な考えを打ち消していると


「ありがとう。蒼汰。」と言いながら咲夜が一歩下がってくれる。


正直言って助かった。


「蒼汰」

「ああ」と返事する。

彼女の眼は真直ぐにこちらを見ている。


「私、ずるいかもしれないけど・・・決めたから。」

「ああ」闇に溶けていく彼女は堂々としていて

「・・・一緒に来てくれる?」

「もちろんだ」力づよく頷く。


隼人に何度言及されようとも

ジョナケンに幾度となく茶化されようとも

否定して、ごまかしていた思いがあった。


年々成長していく君

日々自分の中で存在を増す君


いつからかなんて知らない


知る必要もない。


それぐらい俺は、蒼汰と言う人間は目の前で胸を張り、覚悟を決めたという顔をする彼女を愛していた。


息を吸いゆっくりと吐く。

言うんだ。俺。今はそれどころじゃないかもしれない。でも、いつ死ぬかなんて誰も予想できないのだから。


「咲夜」

出来るだけ落ち着いた声で話しかける。

心臓がうるさい。息苦しくなり唾を飲み込む。


かけてきた道を戻ろうとしていた咲夜は此方に振りかえる。


「咲夜、俺は君のことがーーー」


ガサガサガサと草をかき分ける音に俺の言葉はかき消されてしまう。


音の方に反射的に顔を向けると、戦闘服を着たアフロ姿の男が草をかき分け現れた。


「えーと女の方、ボスが呼んでるんでついてきてもらってイイっすか。」

 空気が読めないとはこういうことを言うのだ。


俺はそれ以上何か言うことはできなかった。





隼人はアカネと改めて名乗った少女を必死に追いかけた。

追いかけた先で部屋の中に栗色の髪が吸い込まれていくのを捉える。

「アカネさん・・・」

隼人は出会って以来気になっていた少女が入っていった扉の前に立っていた。

隼人は扉を開けようとして躊躇する。

自分は何故アカネさんを追いかけたのだろう。付き合いの長い親友たちと重症の玲奈さんを置いて・・・。

自分のアカネさんに抱いてる気持ちが正直に言って、隼人自身よく分かっていなかった。ジョナケンと玲奈さんみたいな純愛?それとも蒼汰と玲奈みたいな絶対的な絆?

どれもしっくりこなかった。

ゆっくりと隼人は扉を開ける。

普段許可なくは誰も開かない扉を。


そこにはアカネさんともう一人。


「誰だ」

静かで、けれども力強い声が響く

部屋の中央にはベットと管がいっぱいついた機械、何本もの点滴そして枕元には小さいサイドテーブルが置いてある。


急に首元に冷たいものが当てられる。

「ひっ」

声をあげてしまう。

ゆっくりと視線を下げていくと、色の薄い華奢な手に黒々としたナイフが握られている。そしてその刃先が喉に当てられている。


自然と呼吸が短くなり息が浅くなる。


「お前は確か連れてこられた奴の一人だな」

再び視線を部屋の中央に戻す。

寝台から男が身を起こす。

男の顔はよく見ると赤い。と言うより顔の皮膚が無いのだ。ひどい火傷を負ったのか顔のいたるところが焦げつき黒くなっている。

鼻や唇は一部が無く歯茎と歯がむき出しになっている部分もある。

思わず隼人は声にならない悲鳴をあげる。下がろうとしたが、足が震えてうまくいかない。そのうえナイフが先ほどより強く首に食い込む。


「やはり怖がるか・・・」

男は様々な物が置かれているテーブルから仮面らしきものをとり顔に装着する。


男は隼人のよく知る姿に変わる。


「ゼロワンさん・・・。」


オカルト好きとしてはあんな大それた事件を起こした謎多き人物に会えてうれしいはずだが、玲奈さんの事や首に食い込むナイフのせいで上手く頭が回らない。


「アカネ、少し力を抜きなさい。」

少し首からナイフが遠ざかる。

急いで首元をさすり無事を確かめる。そして自身が恐れていた相手がアカネさんだと知る。


「何故ここに来た少年?」

先ほどまで“怖い”と思っていたのに隼人はゼロワンに少し惹かれた。


「あ、あのっ、その、アカネさんを追っていたらここに着いて・・・その、」

「アカネを追ってここに来たというのか。」

「は、はい・・・。」

「そうか。」ゼロワンはあまり興味がなさそうだ。

「あの、ゼロワンさんってあの演説をした人ですよね・・・。」

アカネさんも少し離れてくれて少し緊張がほぐれる。


「そうだ。君のような子があの日を覚えていてくれたとはね。」と言いながらゼロワンは黒いコートを身に纏う。

少し意識を向けられて隼人は嬉しくなる。


「あんな大それたことできた人他に居ませんし、俺、すごくかっこいいなって思っていて・・・それにその、仮面とかたたずまいにどことなく惹きつけられるっていうか、なんていうか・・・その、・・・・・。」と口走ってから“しまった”と思う。

興奮すると自制が聞かなくなるのが隼人の悪い癖だった。今日それで一人の親友を傷つけたばかりだというのに。


「かっこいい・・・か。」

そうつぶやいた瞬間ゼロワンの姿がまるで煙のように掻き消える。

「私はね、望んでこの姿になったのではないんだよ。」

隣から急に声が聞こえ、直ぐに振り向く。

しかしそこには誰もいない。

「アカネもそうだ。我々は皆、普通を許されなかっただけだ。」

また声がする。だが声の方にはゼロワンの姿は無い。

隼人はとてつもない恐怖に襲われていた。

何が起きてるんだ。

何なんだ。急に。

何か自分は失礼なことをしたのか?どうして彼の声だけ聞こえるのか?


「私は君のような、日常をただ生き、目の前の情報を咀嚼した気になって実は何一つ考えていない奴らを心から嫌悪する。」


もう耐えられなかった。後ろから声の主の気配がしたが、恐怖のあまり走り出す。


「うああああああああああ」

悲鳴をあげながら薄暗い通路を闇雲に走る。

曲がり角や、分かれ道を右、左と曲がりながら走り続ける。

光が見え外に飛び出す。


「はぁはぁっ・・はぁ」

体が酸素を求め心臓が早く脈打つ。


外はカナカナカナカナとヒグラシが平和に鳴いている。

緊張と恐怖心がいくらか薄れ、その場に座り込んでしまう。

「何者なんだよ・・・アイツ・・・。」

落ち着きを取り戻したところで辺りを見回す。

どうやら建物の裏手らしく雑草が生い茂り、少し先には錆びつき所々が壊れている金網のフェンスがある。


誰かが後を追ってきたのか、金属板を蹴るような足音が聞こえてくる。

その音はどんどんと近づき、やがて建物の暗がりから姿を現す。

 その人物はアカネさんだった。


「あ、アカネさん、追ってきてたの・・・?」

 クリーム色の髪と青い瞳を夕日で紅色に染め上げたアカネは何も言わず近づいてくる。


「・・・アカネさん?」

 少し恐怖を感じ、地面に座り込んだまま少し後ろにたじろぐ。

 すると彼女は手を後ろにやり何かを取り出す。こちらを狙うそれは紛れもなく拳銃だった。



「冗談・・・・だよね?」

急激に喉がカラカラになり枯れた声でどうにか絞り出す。


「今すぐ、建物に戻ってください。さもなければあなたを・・・排除します。」


排除。そう彼女は確かに告げた。


嘘だろ?だってここは日本で、銃なんて普通手に入らないはずで・・・。と考えた後、直ぐに今日の出来事を思い出す。銃弾が自分の周りをかすめていく恐怖を思い出す。

殺される理由は何となくわかる。

何かヤバいことに巻き込まれた一般人は始末される。それは様々なオカルト番組のおかげで理解していた。


「ッ・・・ぃ、い、いやだぁっ」

口から洩れる。

手足を懸命に動かしながら後ろに逃げようとする。

しかしズリズリと地面をこするばかりで中々進まない。

パスっという空気を勢いよく吹きだしたような音がする。

その瞬間、頬に鋭い痛みが走る。


「あうっ」と思わず悲鳴をあげ、鈍く痛む頬を手で押さえる。

手にじんわりと血が滲んでいく。


彼女が銃を発砲したのだ。

派手な音がしない、静かに人を殺す装置が銃口にはついていた。


「次は外しません。」

そう告げる栗色の天使は無機質な機械のようだった。

徐々に彼女の指が引き金を引いていく。

隼人は死を覚悟した。


俺、死ぬのか?嫌だ。死にたくない。

嫌だ。死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない!!

隼人は振り向き四つん這いのような恰好でフェンスの方へと逃げる。




「いやだぁ!やだ!やめてくれっ!」

隼人は叫びながら逃げる。

それに動じることなくその兵士はゆっくりと狙いを定める。なるべく一思いに、いたくないように殺せるよう狙いを定める。


隼人はフェンスの隙間から逃げようとトカゲの様に身をよじりながら逃げようとしている。

“本当にごめんなさい”そうアカネは心の中で呟きながら引き金を引く。

しかし、狙いは外れ近くのフェンスの支柱に当たる。


隼人は助かった理由も考えずただ、その場から離れるため走った。

走って走って走りまくった。その姿は林へと消え分からなくなった。


残されたアカネは『何故?』と自分の邪魔をしたサングラス姿の男にむかって尋ねる。


「放っておいても何ら問題はない。」そう男は短く答えただけだった。





ジョナケンが目を覚ますとそこには大きな山が二つあった。

体が重く意識がぼんやりとしているが自分の頭の下の枕が温かく、程よい反発があることに気づく。


「あっ起きたぁのぉ?」と山の方から声がする。

慌てて身を起こそうとして転げ落ちてしまう。

「ちょっとクスリの量間違えたかなぁ。でもお姉さんの膝枕味わえたしぃウィン・ウィンって感じかなぁ」と看護師が告げる。


膝枕をされたという事実に特に何も思わず、玲奈の寝ている方を見る。

「玲奈はいつ・・・・目を覚ますんデスか。」

美人の看護師は少しつまらなそうに唇を尖らせながら

「早くて、一週間、遅くて三週間ってとこかなぁ」

ベットに近づき、玲奈の綺麗なほっそりとした手を握る。

「My God どうか私の大切な人ヲ私カラ奪わナイでくだサイ・・・。」

できるだけ願いを込めて祈る。


「あなた、その子の恋人さん?」と後ろから声を掛けられる。

「そう、デス。とても、とテモ大切な人。」

とくん、とくんと脈打つ手を優しく両手で包み込む。


「何があったの?」

「ワカリませン。」

今日はただの、普通の、楽しい一日になるはずだった。と思う。

銃撃だってあまり怖くなかった。ジョナサンが十歳まで育った国では年間何百人もそういった事件で死ぬからだ。

でも、他人の死と自分の大切な何かが失われるのでは訳が違う。

赤の他人が何人死のうが、遠くの地の紛争で子供たちが死のうが、ジョナサンにはどうでもいいことだった。

高校で出会った玲奈は、ハーフで金髪でイケメンなジョナサンには決して興味を持たなかった。

彼女は日本語が変でも、『可愛い』など言わず、ちゃんと訂正してくれて、長身で近寄りがたいジョナサンを「服買うの苦労しない?」と言い普通に接してくれた、唯一の人だった。

だから好きになった。

付き合えた時はそれはもう舞い上がった。

サボり仲間の友人たちもなんだかんだ言って馴染んでくれて嬉しかった。

似た容姿の友達が増えて、この先もっと幸せになれると思っていた。


でも現実は玲奈が銃弾に引き裂かれ、自分はただ泣き叫び神に祈ることしかできなかった。


――――イまもソウです。


「ワタシには今、何ガ起きてルのか分かりまセン。」

私に力があったら。

「アカネ・・・サンにハ悪いこと、トテモ悪いコトしまㇱタ。チャント、こうして助けてくれまシタ。」

看護師は黙って聞いてくれている。

今やアカネへの怒りは無く、玲奈を案じる気持ちでいっぱいだった。

「デモ、アノ男たちハ許せないデス。」

玲奈を、決して代わりの利かない彼女をこんな状態にした男たちにに対してとてつもない憎しみの感情が徐々にジョナケンを蝕んでいった。


「絶対にアノ金髪の男ト他のフタリを見つけテ、償いをサセマスっ。」


知らないうちに玲奈の手をきつく握ってしまい慌てて力を緩める。


「そんなに憎いならさぁ、復讐すればいいじゃない。」

先ほどまで静かだったナースが提案してくる。

余りに突拍子のない提案だったので、反応できずにいると手が前に出される。

「え~と、君、私たちと一緒に来るぅ?どうせその敵、またコッチに襲撃駆けてくるわよぉ。」


それに、と褐色の美女は付け加え

「あなたたちを苦しめるこの社会構造間違ってると思わなぁい?」


「私タチを苦しめる・・・社会構造・・・?」

美女の言うことをいまいちジョナサンは理解できなかった。

「復讐したいんでしょぉ」



ジョナケンはいつの間にか彼女の手を取っていた。ただ、復讐と言う言葉につられて。





咲夜はまたあの実験教室にいた。

入り口に立っているアフロの男は時折あくびをしたりしてやる気がなさそうだ。

だが、隙があるようには見えず、常にこちらの一挙一動を感じ取っているかのようだった。


ゼロワンがこちらに振り向く。

「あぁ咲夜、来てくれたんだね。」

男は待ち焦がれていた、と言わんばかりに嬉しそうにしゃべる。

「君に会えて、本当にうれしいんだ。ほんとだよ。」

「君に素顔を見せたいが・・・怖がるからやめておこう。」

すらすらと男は喋る。


咲夜は後ろに蒼汰がいることを確認して力強く仮面を睨む。

「本題にはいって。ただ会話をしたくて呼んだわけじゃないでしょ。」


ヒュ~~と驚いたようにアフロマンが口笛を吹く。


「ただ話をしたいって言うのはあったんだがなぁ・・・」

ゼロワンは少し残念そうに首筋をさする。

それをみて咲夜は少しだけ胸が痛む。

「まぁいい。本題に・・・入ろうか。」


 来た。と思い身構える。


「我々と共に来い。吉田 咲夜。

「君は失うことの辛さをよく知っている。」

咲夜はここに来てなぜか母の死が伝えられた時のことを思い出した。

スーツ姿の男たちがゾロゾロと押しかけて意味不明な言葉を吐いていた記憶。

父は崩れ落ち嗚咽を漏らしていた。

そして次の日にあの放送が流れていたことを。

母を奪い去った憎い世界を壊すと宣言した目の前の男の事を、咲夜は思い出していた。


「君の“大切を”奪ったこの社会を、美しくも醜いこの世界を、」

「――――変えよう。」

 

咲夜は後ろに立っている蒼汰の方をもう一度見る。


後ろにはしっかりとこちらを見守る幼馴染の姿があった。


いつもそうだった。

小学校で孤立した私と変わらず遊んでくれた。

中学で母の死の悲しみを汲んでくれた。

高校でも変わらず傍にいてくれた。

そして今も。

 いつしかその彼を絶対的に信頼するようになった。

たとえ、私がどこかに走り出しても必ずついてきてくれると。

つらくなった時、一緒に居てくれると。

それに甘え続けている自分が少し情けなく思えた。

 そしてその関係を今から利用しようとする自分を嫌悪する。

 

 もう、決めたのだ。

 

 咲夜の気持ちは決まっていた。

 もしかしたらあの演説の時からそうだったのかもしれない。

 

「母のことが分かるなら・・・。」

「・・・・同じようなことが二度と起きないようになるなら。私は協力する。」 

 男は、お前はどうする?と言わんばかりに蒼汰に冷たい視線を注いでいる。


「咲夜を放ってはおけない。俺もついていく。」

 信じていた通り、蒼汰はついてきてくれた。

それが咲夜にはとても嬉しかった。

 

 この先何が待ち受けているか分からないのに、母についてゼロワンから聞き出す。

怖くはある。だけど、一人ではない。そのために蒼汰を巻き込んだのだ。


 絶対に巻き込むと分かっていながらあの答えを出した。確信犯と言われても仕方ない。

 蒼汰、こんなずるくて弱い私を憎んでいいからね。

 そうしてもらったらどんなに楽かと思う。

 

 そこに急に聞いたことのある声がした。


「ワタシも・・・協力しマス。」

 後ろからジョナケンが現れた。その背後には玲奈のとこにいたパースの姿があり、ゼロワンにむかってひらひらと手を振っている。


 ゼロワンが少しため息をついたように見えた。

 仮面の男は片方の手をピンっと真横に伸ばし、もう片方を胸に当て紳士的なお辞儀を優雅にこなす。

 

「ようこそ、我らオブビリオンへ。」


こうして三人はゼロワンが率いるオブビリオンに加わった。何を目的としているのか、この施設が何なのか分からないまま。

咲夜は己が母の記憶のために。

蒼汰はそんな彼女の傍にいるために。

ジョナサンは愛する人の復讐を遂げるために。




新たな仲間を部下に託し、組織について説明しておくように指示する。

そして無線に待たせていた客人を招き入れるように伝える。


やつれ気味の男は待ちくたびれたという感じで部屋に入ってくる。


「先生、お久しぶりです。」

「俺はもうお前たちの先生ではないんだがな。」

「いえ、何年歳月が経とうとも先生は先生です。」

ゼロワンは今日一日で二人も懐かしい顔を見ることになった。


現れた中年男性は頭をバリバリと掻きながら

「で、お前はそんな顔をして何企んでやがる。」

ゼロワンは躊躇なく仮面を外す。

「・・・火傷か。酷いな。」

「ええ、あなたが去ってから二年後にこうなりました。そしてここにいたあなたの生徒はほとんど死に絶えました。」


「ミサト、リョウタ、カズキ・・・」

かつての友の名が読み上げられていく。


「覚えていたんですね。」

「わすれるわけねぇよ。皆可愛い奴らだった。」

「何故ここにいらしてくれたんですか。」


男は友たちの墓標の机をなでながら教室を歩く。


「なぁ、お前の眼は何のためにある。」

かつてここで聞かれた事をまた問われる。

「この世界の真実を見極めるために。」

「その声は何のためにある。」

「人々に真実を叫ぶために」

「その手は何のためにある。」

「この世を変えるために。」


昔は意味が分からず答えられなかった問いに答える。


「お前の今の居場所はそこか。」

「はい。」


ゼロワンは今一度協力を申し出る。


「あなたの協力があれば“計画”を成功させれるんです。また私を助けてくれませんか。

「俺は、あの子が無事、普通に育ったと思っていたんだがな。結局あの子は兵器扱いしたのか。ヤマト。」

 古い名で呼ばれる。随分と長く呼ばれていなかった名前だ。

 

「いえ、先生。あの子は兵器ではありませんよ。・・・・あの子は“鍵”です。」

 

 男は少し顔をしかめる。


「それと、俺の生徒たちはどうした。」

「一人は病室で安静にしてます。一人は逃げました。残りの三人は我々に協力するそうですよ。」

「何を子供たちに吹き込みやがった。」

「彼らの意志ですよ。」

 そしてもう一つの事実を述べる。

「吉田 未希の娘も協力してくれます。」

 男は驚きつつも納得した顔をする。

「そんな予感がしてたが・・・娘だったとはね。家族そろってお前に協力してるのか。」

「未希さんは四年前に亡くなりました。」

「・・・惜しい人を亡くしたな。」

「ええ、私たちにとって親も同然でしたから・・・。」


 沈黙ののち、男は少し手を貸してやるといい、外に出て行った。




 蒼汰、咲夜、ジョナケンはアフロに連れられながら施設を周っていた。

 アフロの男はシセイと言う名だと分かった。

そして、隼人が林に逃げどこに行ったか分からないとも。


「はや・・・」

 長い付き合いの親友が自分たちを置いて逃げたことに対する怒りと、安否を心配する気持ちが同時に芽生える。

「まぁ、気にすんなよ少年少女っ。」

シセイが励ましてくれる。

 

 案内でわかった事は施設がバブル崩壊後、政府が極秘に運営していた研究施設だったこと。事故で放棄されたこと。

 そして組織の人達が想像以上にアットホームなこと。

 

 最初に案内された食堂は賑やかで、入るなりシセイが

「おーーーい!みんなっ新入りだぞー!」と叫んだのでたちまちそこにいた人たちに囲まれてしまった。


「おーそこの金髪の奴、うちの部門に欲しいな」とか「わぁ~女の子が増えるの?!同性が増えてうれしいな」

 ともみくちゃにされる。

「ハイハイ皆―散った散ったー困っているでしょー」

群衆を追いやり助けてくれたのは食堂で料理長をしているレミという赤毛の女性だった。


 「ここにいる奴らは皆いいやつだからね。早く馴染めるといいね、あんた達。」

彼女は豪快に笑いながら軽い食事を振舞ってくれた。


「ここが格納庫な」と平たい建物に連れてこられる。

「うおっ広いっ」とつい声を上げてしまう。

 同じように咲夜とジョナケンも驚いている。

 建物の中は予想以上に広く、下に向かって掘り下げられている。

 手すりにつかまりながら下を見る。

 下には五個ほどの箱状の物が並べられていて、何人もの作業服の人が動き回っていた。

 

「あそこにいる人が間宮さんね。怒らせると怖いぞ~。」と教えてくれる。

 下には下りずにそのまま別の建物へと向かう。

 訓練場、シャワールーム、武器庫など次々にめぐる。

 玲奈さんが治療を受けていた建物は宿舎も兼ねている様だった。

「お前はそこの奥行った突き当りの部屋ね。」と咲夜は指示され“この先男立ち入り禁止”と書かれている方へと向かっていった。


「お前らはここな」

そう言われ狭い部屋に案内される。

 中は狭く通路と二段ベット二つの簡素なつくりだった。

「明日の起床は六時だからしっかり休んどけよ~」

『女の部屋と屋外に行ったら撃たれるからな』と物騒なことをつぶやきながら去っていった。


 ジョナケンと俺は無言のままベットに倒れこみ一瞬で眠りについた。





「セルゲイ、それは本当に民間人だったのか?」

スキンヘッドのブルボンが問いただしてくる。

「ええ、服装や態度からも民間人だと判断できます。」と報告する。

「だが、その中の子供に奇襲されていたと部下は報告しているが?」

怪しむように見つめてくる。

『それは・・・』とセルゲイは口ごもってしまう。

 ため息をしながら『まぁいい。』とブルボンはこれ以上の追求をせずに解放してくれた。

 しかし続けて、

「セルゲイ、君の祖国に対する忠義を疑う気は無いが・・・君に流れる血が邪魔するとも限らん。今後はここで情報整理を手伝ってもらうぞ。」と言われる。

 それはほとんど裏切者かもしれないから見張らせてもらう、と言っているようなものだった。

 逆らうことが出来ない以上、ただ従うしかなかった。

 セルゲイは恋焦がれるような思いで彼女の事を思った。

 無関係でありますようにと。



 


非日常というものはいつの間にか慣れてしまう。慣れてしまえばそれはただの日常にしか感じられなくなる。


 オブビリオンに参加してから一週間が経とうとしていた。

 咲夜は戦闘部門と言うところに配属され日々訓練をしているらしい。

 ジョナケンは医療部門に志願した。少しでも玲奈の傍に入れるようにとのことだ。

 あの日以来アカネさんの姿を施設内で見かけたが話しかけることはできなかった。

 そして蒼汰は技術部門に投げ込まれ、よく分からない機械や装置の組み立てを手伝っていた。


「おいっ新入り、スパナとってくれ。」

「は、はいっ」指示に答えつつ道具箱からスパナを取り出し渡す。


「おい、新入り、こっちに来て手伝ってくれ。」

「分かりましたっ。」

 とこんな具合で日々働いていた。

 

「おい、蒼汰。ここには馴染めているか?」と間宮さんが気遣ってくれる。

「ええ、なんとか。」と黒い筒状の物を支えながら答える。

 最初の日に見た四角い金属の箱は日に日に運び出され、今は最後の一つになっていた。

 

 さらに小一時間ほどたってから、間宮さんの休憩の合図でやっと休みになる。

 皆でぞろぞろと食堂がある建物へと向かっていく。

 仲間の何人かはゼリー飲料を飲みながら作業し続けていた。


 食堂に着くと見知った人と友人が昼食をとっていた。

「お~それは漢だなぁ。泣けてくるぜ・・・」

シセイさんがウンウン頷きながらジョナケンと話していた。

 食事を携えて二人と合流する。

 

「そうチャンじゃナイですか!」と嬉しそうに反応してくれてこちらもたまらず嬉しくなる。

 暫く三人でとりとめのない話をする。

 食事をとり終え、水を飲んで一服していると、

「そういや~蒼汰、お前あの時は邪魔して悪かったなぁ」

シセイがニヤニヤしながら謝ってくる。

 何のことか全くわからず首を傾げてしまう。ジョナケンは不思議そうにこちらを見ている。

「オイオイ、とぼけるなよお前、あの咲夜ちゃんって子と抱き合っていただろ?」

「ダキアッテいタ?!」

ジョナケンは目を見開き興奮気味に驚いている。


 ゴフォっぉと飲んでいた水が気管の方に行きゴホッゴホッと咳き込みながら口を拭う。

 

「見てたんですか・・・・?!」

「まぁ最初っからね」

アフロを揺らしながら得意げに答える。

「そうチャン~~やっーーーパリ恋人同士だったンデスね。」

ジョナケンも生暖かい視線を向けてくる。

「いや、それは成り行きでそうなってしまっただけで・・・」と状況を説明しようとする。

「草むらの中で、息を粗くしてナニしてたんだろうねぇ。彼女泣いてたし」と事実ではあるが、悪意たっぷりに鳥の巣頭野郎はジョナケンに補足説明する。

「草ノナか・・・荒いイキ。泣、鳴いてイル・・・咲夜サン・・・」

 ジョナケンは此方を見ながら若干身を引く。

「ソーいう、ハードなのよくないヨ。」

「ジョナケン!誤解だから!」

蒼汰は必死に弁解を試みるのであった。




 咲夜は手に持った武器の奥の凸部と手前の凹部を慎重に合わせる。

 ゆっくりと人差し指を引いていく。

 キキ・・・キと徐々に絞り込む。

 一定の場所まで引くと急に引き金が重くなる。

 腕を固定したまま一思いにトリガーを絞る。


 パァンッ!!と控えめなマズルフラッシュと炸裂音がする。

 キィィンと薬きょうが床を転がる。

 咲夜はこの一週間、格闘訓練に射撃訓練と人を殺める技術を着々と磨いていた。

 

「ハァイ休憩よ。」

手を叩きながら近づいてきたのはシャーマンと言う名の自称お姉さんだった。

 発達した筋肉に刈り上げた髪をさらに剃り上げ頭部にしか髪の毛がない見た目はとても強烈だった。

「初めてにしてはいい腕よ、才能を感じるわ」

人差し指を唇にあて可愛らしくポーズする。

 なんでもシャーマンさんはあのサングラスの男に片思い中だとか。

「東ちゃんが見たら、きっと褒めてくれたわよ。もちろんワ・タ・シも」と言いながら頭をなでてくれる。

「あ、ありがとうございます。」

 オブビリオンに入ったもののあの日以来ゼロワンとは話らしい話をしていなかった。

 今夜あたりゼロワンを訪ねようかと考える。


 シャーマンさんは他の訓練中の人達に

「そんなんじゃ撃たれてあの世行きよォ!」と活を入れている。

 弾倉を銃身から抜き残弾を確認する。

「あ、咲夜ちゃん、あなたは休憩していいわよ」

笑顔で言われたので言葉に甘え部屋を後にする。

 後ろからは野太い声で「甘ったれてんじゃないわよォ!!」と聞こえてくるが気にせず建物の出口を目指す。


 ・・・・・・・・・何かの聞こえる?


 咲夜は建物の中で足を止める。


 これは・・・・歌?


 本当に微かな歌声が聞こえてくる。声は鈴のような音色で美しい。

 

「一体、どこから・・・?」

 

 建物を歩きまわる。この建物もすべての部屋が使われているわけではないらしく、時々放棄された当時のままの部屋を見かける。

 しかも建物の所々は焼け焦げ崩落していた。


「ここから聞こえてくる・・・・。」

 少し開いた状態の扉がそこにはあった。

 第一地下実験室入り口と扉には書かれている。


 慎重に扉を開けるとギギギと錆びついた音を立てながら少しだけ隙間の幅が広がる。

 それと同時に灰が舞い上がり咳き込んでしまう。

 そこを通り抜けるとエレベーターの扉がみえてくる。


「・・・・壊れている。」

黒焦げのスイッチを押しても何の反応もない。

だが幸いなことに非常階段が隣にあった。


階段を下りるにつれ歌が鮮明になっていく。


ほら 見てよ 空を あんなにも青くて

眩しい 君は 言ってくれたね 私の瞳も同じくらい 青いって


崩れかけた階段を降りると瓦礫の山が現れる。

道らしきものが出来ており、その先には重厚な扉と簡素な扉の二つがある。

簡素な扉からは光が漏れている。


でも もう今は 君は何処にもいないね

君はきっと 私のことを覚えていない

でも私は 君の事を覚えている 

空を見上げるたびに 君がほめて 

私の頭を 撫でてくれたことを・・・


聞こえてくる歌がとても寂しそうな唄だと咲夜は思う。


扉を少し開け中の様子を探る。

そこには見覚えのある白衣の後ろ姿とゼロワン。

そして奥のガラス張り、その先にいくつかの機械に囲まれたアカネの姿があった。


暫くすると糸が切れた人形のように彼女がその場に崩れ落ちる。


「アカネっ!」

つい、叫び飛び出してしまう。

部屋中から視線が集まる。

その中にここにいるはずのない人物の顔があった。

「長谷川・・・先生・・・?」

そこには自分の通う衣笠学園の2―C組の担任が腕を組み無表情のまま此方を見つめていた。


「いつか来る予感はしていたよ。」

ゼロワンは落ち着き払いながら手招きしてくれる。


それを無視して咲夜はガラス張りにへばりつき

「アカネ!アカネ!大丈夫?!」と叫ぶ。


するとアカネはゆっくりと起き上がる。

だが、その様子は消耗しきっていてフラフラ、ノロノロとしている。


「ゼロワン答えて!アカネに何をしていたの?!」

たとえ名前が変わろうとも一度知り合って、楽しい日々を過ごした友を見捨てる気にはならなかった。

「先生も何でここにいるんですか?!」

 脳裏にははるか昔に先生が見せたアカネへの微笑みが浮かんでいた。

 背後の不気味な白い部屋では何人かの人がアカネに駆け寄り処置を施していた。


 ゼロワンは静かに

「少し昔話をしようか。」と告げた。



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