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暁に落ちる  作者: ルファ オーデン
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zeroとone

   第三章 ZEROとONE


セルゲイは東京の雑踏の中にいた。情報収集を重ねて分かったことはこの国の人々が平和ボケしきっている事だった。

通行人はおろか警察官ですら油断しきっているように感じた。これはセルゲイには信じられないことだった。

「寛容なのか、バカなのか・・・」

セルゲイは呟いてしまう。肝心の“遺産”は本部からの情報で日本に入った可能性が非常に高いと知らされたことにより、ブルボンとセルゲイは必死になって情報を集めていた。

 街を練り歩く。これは諜報活動でとても大事なことだ。店に入店して客と店員の会話を聞くだけでもいい。とにかく日本の社会について知識を得る。そしてその中で異質と思われるものを洗い出す。これはセルゲイにとっては日常業務の範疇だった。

しかし、ブルボンから託された四人の部下は全くダメといった感じだった。

四人とも精鋭部隊の隊員という事もあり、日本語を含め多数の言語を習得し使いこなしているがそんな彼らが無線で何を話してるかと思えば、二ホンの女子学生の恰好がどうだの、日本語のスラングが意味不明だとかそういう話ばかりしている。

戦闘能力は高いのだろうが、諜報はまるで素人だな。と一人優越感に浸る。とはいえ、ずっと周りの会話の分析ばかりし続けるのは確かに疲れる。

一息つくため店から出て通りを見渡す。その時セルゲイは、ある男女の集団に目が奪われた。集団の真ん中にいる人物にセルゲイは釘付けだった。

故郷の夜空を想像させるしっとりとした黒髪。そこに赤い一刺しのピン。背筋を張り堂々とした歩き姿。同年代と思われる周りの人達と楽しそうに談笑している。

セルゲイは知らないうちに歩き出していた。そしてその一団の一挙一動を監視していた。セルゲイは任務だと自分に言い聞かせながらも自身の身に起きた変化に動揺していた。



「おーい」

手を振りながら、俺はほぼ時間どおりに集合場所に着く。すでにみんなは到着していた。勿論、隼人も。

「よしっ今日は気合入れていくわよ!!」

玲奈さんが元気よく指揮を執り始める。今日も今日とて女性陣は眩い美しさを放っていた。

咲夜はデニム生地のピッタリしたパンツに白い半袖。その上にアーミージャケットを羽織っている。そして少し伸びた漆黒の髪をポニーテールにして赤いピンで前髪を右に流している。

玲奈さんは相変わらず足を大胆に見せてくコーデで丈の短い短パンに下の丈が短いワイシャツを着ているワイシャツの下の方は結び目が出来ており、更に丈が短くされ腹部がちらちらと見える感じになっている。縁が広めのサングラスをかけており、もはやハリウッドスターの風格だった。

雪さんは肩口程度で切りそろえられている髪の片側は耳に駆け、ひし形の髪留めでとめている。服装は相変わらず肌を余り晒さない。クリーム色の生地服の上にライトブラウンのカーディガンを着ている。色が薄いビンテージ感のあるジーンズをはいていて少し大人っぽい雰囲気だ。

そして男性陣は特に着飾る訳でもなくTHE普通という感じで、申し訳なさそうにご一緒したのである。


「まずは服!」と玲奈さんの指示に従いぞろぞろと店に向かう。

ウニクロやカナダ屋と大手の服屋を回る。「こんなのは似合うんじゃない」

「ちょっと玲奈これはさすがに・・・」

「似合ってますよ。咲夜。」

「アレ咲夜の奴、試着するのかな・・・」

隼人は玲奈さんが勧めている布面積の少ない服を見ながら言う。

いや、さすがにと思い、

「少し人目を惹きすぎるんじゃないか・・・」と微妙に反対しとく。

「でも、チョット気になりますヨ。」

「おいっ声がでかいっ」とジョナケンを制す。

 

 結局その店ではジョナケンと玲奈が少し買い物しただけで、次の店に向かうことになった。さらに服屋をめぐり段々と男たちに渡される紙袋が増えてきたころ、次ここね。と玲奈さんが導いた先には

「ガールキューティ・・・」とジョナケンが店名を読み終わる前に店が女性下着専門店と分かり男三人は顔を引きつらせる。

 玲奈さんは悪戯っぽくクスクス笑いながら店内に入っていく。咲夜と雪さんもすたすたとついていく。さらにジョナケンが堂々とついていく。

 しばらくすると案の定、追い出されたジョナケンが残念そうに

「カワイイの選んでやりタカったデス・・・」と言いながら出てきた。ジョナサン 健一 侮り難し。

 

 その後も買い物は続き、昼頃にカフェで軽く昼食をとり、また談笑しながら買い物を続ける。

「はやアーユーの好きジャナインですか?」

雑貨屋を出た後ジョナケンが尋ねた。

「あー俺も思った。」と同調する。

「雑貨屋に置いてある水晶とか、お面とかはどうせ大量生産品で価値ないの!」と反発する隼人。

「えー価値とか違いあるの?」と容赦なく玲奈が言い放つ。

「あるとも!アステカの水晶とか、アメリカ軍が捉えた宇宙船の情報とか・・・」と隼人の熱弁が始まる。

「アステカの水晶?昔はマヤのガラス玉がどうとか言ってなかった?」と咲夜が笑いながら指摘する。

一気に隼人のオカルト話で盛り上がる。

雪さんの方を見ると会話に積極的には参加してはいないが面白そうに隼人の話を聞いてるようだった。

 話が白熱しているうちに隼人が、

「最近はゼロワンについて調べてるんだ。あんまり情報はないけど・・・」

口走った瞬間、しまったと慌てて口を閉じる。

俺もまずいと思い咲夜の方を見る。

 咲夜は少し寂しげな表情を見せたが、すぐに普通に戻る。

 玲奈とジョナケンは、『ん?どうかした?』という不思議そうな表情を浮かべてこちらを見ている。

 ジョナケンと玲奈さんは高校で知り合った仲なので咲夜の母のことについては知らないのだ。まして雪さんにいたっては知らないに決まっている。

 気まずい空気が一瞬漂う。しかし、それは玲奈が靴屋を見つけて『あそこも行こう!』と号令をかけてくれたことにより解消した。


 

「はぁ」

咲夜は少し申し訳ない気がしていた。隼人と蒼汰は自分の母の事を知っているし、気を使ってくれているのを知っていた。

皆で楽しく過ごしているのに過去を引きずって玲奈やジョナケン、雪を心配させたのは良くなかったなーと咲夜は靴屋の中で反省していた。

 特に欲しくもない靴を眺めながらボーとしていると、

「大丈夫ですか?」

きれいな声が響く。もちろん声の主は雪だ。

「あぁうん。大丈夫だよ。私は。」

隣には栗色の髪の毛を耳にかけ肩の方に流している美少女がいた。

「あの、先ほどはどうかしたのですか?」

 

以前プールの時、自分がしてしまった事をやり返されている様に感じてしまう。

「ゼロワンと聞いてからなんだかいつもの咲夜らしくない表情を見た気がしました。」

蒼い瞳の少女は真直ぐとこちらを見ながら尋ねてくる。

 まるで脅迫されているかのような印象を受ける。

「うん、ちょっとね。昔、その映像が流れた時に家がバタバタしてたから・・・」と口を濁しながら答える。

 淡い瞳の少女は少し何かを考えた後、何かを伝えようと口を開きかける。

しかし言葉は発されず突如その瞳が零れ落ちそうなくらい目を見開く。

 咲夜は雪と一緒に居るようになってから三か月も経っているが、その表情は初めて見るものだった。

 顎を少し引き唇を少しキュッと占めているその表情は別人に思えた。

「ゆ、雪?」

友人の変わりように驚く。

「雪?どうしたの?ねぇ?」と手を彼女の肩に添えようとする。

「咲夜さん。少しお手洗いに行ってきます。」

改まった呼ばれ方をされ少し体がビクリとする。ただならぬ雰囲気を漂わせる雪に恐怖を感じ少し後ずさりしてしまう。

 訳も分からず混乱していると、雪は出口へと走り出す。

「え?!ちょっとどうしたのッ」

咲夜は慌てながらも反射的に追いかける。

雪はすでに店を出て反対の通りの車道に向かう様子が見えた。反対の側の路地の暗がりにはサングラスをした男が雪に何かの合図を出しているのが見えた。

『一体何が起てるの?!』と色々な考えが頭をよぎり消えていく。

異常に気が付いたのか蒼汰がどうしたと驚きの顔でこっちを見つめてくる。走りながら蒼汰に『来て』と合図する。

車道を走る車を避け、雪と男が消えた路地に飛び込む。そのままゴミや段ボールの山をよけながら突き進む。

道を抜けると工事現場のフェンスに道を阻まれる。しかし目の前の関係者入り口は少し開いていた。少し迷って後ろを振り返る。

蒼汰を先頭にジョナケンと玲奈、隼人が続く。ついさっき雪が浮かべた見たことない表情を思い出す。

あんなの普通じゃない・・・。

覚悟を決めて入り口を開け中に駆けこんだ。




セルゲイは長年の経験から違和感を感じていた。

 ・・・誰かに監視されている?

先ほどから嫌な視線を感じているが一体誰から向けられるものなのかわからないでいた。

日系の血が流れているとはいえ、四分の一でしかない。だから金髪で大柄な自分が目立っている自覚があった。しかしそのほとんどは物珍しそうに一瞥する程度の視線でたいして気にしていなかった。

しかし、あの集団を尾行してからどうも見張られている気がしてならないのだ。仲間たちに無線で位置と状況を確認したが何も問題はなかった。

・・・どうも変だ。

いったん仲間と合流するかと悩みつつ無線のスイッチを入れながら取り出す。しかし、その手を直ぐに鞄に戻す。先ほど靴屋に入っていった例の対象達の一人である栗色の少女が店から飛び出したのだ。

日本のSNSを見て日本の少年少女は時折奇怪な行動に出ると頭にインプットしていたセルゲイは、飛び出してきた栗毛の少女を何とも思わず眺めていた。

・・・訓練された兵士のような動きだな・・・。

セルゲイの胸に少し不信感が募る。次に例の黒髪の少女が飛び出してくるのが見えた。こっちは危なっかしく車道を渡っている。

セルゲイは慌てて追いかけようとするが、店から連れの女と男たちが走り出てきて慌てて身を隠す。

狭い路地に入っていった一団を慎重に追うことにした。いつの間にかこちらを観察するような視線は消えていたがセルゲイは目標に気を取られそのことに気づいていなかった。

路地の物陰や建物の影に身を隠しつつ後を追う。例の集団は奥の白い壁の中に消えていった。壁には入り口があり黄色い帽子をかぶった人が両手を突き出すイラストが描いてあった。

「店には見えないな・・・」

ドアを開ける前に全体を見渡す。壁には関係者以外立ち入り禁止と書いてあるのが読めた。さらによく観察するとどうもこれは建設中のビルの周りを囲む工事用防音壁だと分かった。

セルゲイはゆっくりと扉を開け中に慎重に入っていった。

中はがらんとしていて積まれた鉄骨やシートをかぶった重機が並んでいるのが確認できた。セルゲイは素早く腰のベルトの間に挟んでいた銃を抜く。そして鞄に入れていた黒く先端がすぼまったパイプを取り出しそれを愛銃トカレフの先端に付ける。

セフティーロックを解除し慎重に進む。壁のない一階を通り過ぎ非常階段と思われる場所につく。そして二階に続く道をゆっくりと上がる。

手鏡を取り出しそれを器用に操りながらフロアの様子を探る。薄暗くところどころ壁が出来ていること以外は一階に変わりない。

「*******」

「***************」

さらに上から話し声が聞こえてくる。

セルゲイは同じ要領で上に登っていく。三階のフロアは二階に比べて内装が少し整っていた。

その奥で六人ほどの人影が見える。しばらく様子を見ているが話までは聞こえない。

「ッ・・・!」

後ろから人の気配を感じとっさに振り向く。

セルゲイはヒュッと風を切る音が聞こえたのと同時に目の端に鈍く光る何かをとらえるので精一杯だった。




 隼人が用途不明のスーパー底上げ靴を履いてこけそうになっている間、蒼汰はずっと咲夜を気にしていた。店に入るなりみんなから少し離れ靴を眺めていたからだ。

 アイツ変なことで気に病んだりしてないよな・・・。

声をかけようか思案しているとジョナケンと靴を見ていたはずの雪さんが咲夜に近づいていた。

「やっぱ女子の方がいいか・・・。」

「ん?どうしたの?」

玲奈がこちらを見てくる。

「ああ、いや、何でもない。」

ジョナケンがこちらに歩いてきて隼人の身長が四十センチ近く身長を伸ばしてるのを見て爆笑し始める。

「えっちょっと・・・」と向こうで雪と話していたはずの咲夜の声が響く。

「え?どうしたの?」

玲奈がきょろきょろとする。靴を棚に戻し終えた隼人と涙目のジョナケンも何事かと咲夜たちの方見ている。

最初に分かったのは雪さんが全力で走り出して店を飛び出したこと。

次にそれを咲夜が追い始めたこと。

「何があった?!」と咲夜に叫ぶ。

しかし咲夜はそれに答える代わりに手で“来い”と合図する。

訳も分からず後を追い始める。

「ちょっと!何事なの?!」

玲奈さんが説明を求めるような視線を投げかけながら走り出す。

「緊急ジタイですカ?!」

ジョナケンが俺のすぐ後ろにつく。

「雪ちゃんどうかしたの?!」

隼人も続く。

咲夜が車道に飛び出しそのままの勢いで路地に入る。

「あぶねえぞ!!」と怒鳴るが咲夜には届かない。

「クッソ!」

毒づきながら車道を渡り路地に入る。三人も車にクラクションを鳴らされながらも後に続いて狭い路地に飲み込まれていく。

段ボールやゴミを蹴散らしながら揺れるポニーテール姿の咲夜を追う。

すると咲夜は白い工事現場の壁の向こうへと消えた。

オイオイ大丈夫かよと思いながら扉の前までくる。

息を少し整える。

「ハッ・・フーー・・ねぇ、ここはいるの?」

「エット立ち入り禁止ってありマスよね?」

「ぜっハッァウっ雪・・ちゃん・・は?」

後ろの三人が追い付いてくる。

「雪さんも咲夜もほっとくわけにはいかないだろッ」

勢いよく扉を開け中に入る。奥の階段を目指している咲夜を見つける。

「あいつら一体どうしたんだっ」

再び走り出す。

 作りかけのビルの階段を上る。先ほどの町の喧騒と違いここは静かだった。自分の息づかいと心臓の音が嫌に大きく聞こえる。ハアハぁと後ろから三人の苦しそうな呼吸の音が聞こえてくる。

薄暗い二階を通り過ぎ三階にたどり着く。そこに二人の人影が見えて、追いついたという安堵ともう登らなくていいという安心感が押し寄せる。

 肩で息をしながら二人に近づく。息を整えながらジョナケンが後ろからついてくる。その後ろに玲奈さんと隼人がゼエハァと息を粗くしながらついてくる。

 近づき、呼吸が整い始めると二人の会話が聞こえてきた。


「ねぇ、どうしたの急に?」

「何故追ってきたのですか?」

「質問しているのはこっち!」

「それとさっきの怪しい男は誰?何があったの?!それとここは何なの?!」

咲夜は激しく質問している。

それに雪さんは淡々と

「あなたは知る必要はないです。」

「変な男?どなたの事ですか?」

「あとここは立ち入り禁止区域です。早く店に戻ってください。」と咲夜の質問に答える。

「最初にここに入っていったのはあなたよね。」と咲夜も反論する。

 後から来た俺たち四人は状況把握できずにいた。そして何より雪さんの別人かと思うほどの変わりように驚いていた。

 そこには栗色の可憐な少女の姿は無く、全身から冷たいオーラを放ち、あの淡くきれいだった蒼い瞳は深海のような暗闇の色が滲んでいる。

底知れぬ恐怖を見ているものに与えてくる。

「ゆ、雪ちゃん・・・・・」

隼人は話しかけるがゆっくりと向けられた虚無のような瞳に隼人の勇気は吸われ黙り込んでしまう。

 

「・・・・・・」


しばらく沈黙が六人を襲う。

最初にそれを破ったのは雪さんだった。

「・・っぜ。何故っ・・・ついてきたのですか。」

キッと睨むような感じで此方を見てくる。

それには咲夜が答える。

「来るなとは言われていない。」

ピシャリと言い放つ。

『それに・・・』と続けて

「急に走り出すし・・・心配だし・・・大切な友達だから。」

咲夜は胸を張り一歩前に出て言う。

事の発端を知らない蒼汰、ジョナケン、玲奈さん、隼人の四人は事の成り行きを見守るしかできなかった。

それでも、咲夜が“友達”と言った瞬間、雪さんがいつもの雪さんに戻ったように蒼汰は感じた。恐らく他のみんなもそう感じたのか、ジョナケンが

「あのっ雪サン無理にとはイワナイけど私は話ぐらいならキケマス!」

「えっと・・・何があったのかわからないけどさ、落ち着いてはなそう・・・。ね?」と玲奈さん

「ぜ、全力でお力になって見せまつっ!!」と噛みつつも隼人は敬礼して雪さんに向き直る。

「・・・」

雪さんは沈黙する。

その顔つきは別人のようだが、さっきよりも不安定な印象を受ける。先ほどまでが機械なら今は、濡れそぼった子猫のようなか弱さを感じる。

・・・なんとなく無性に抱きしめたくなるような、保護欲というか、母性が出てきて溢れそうになるのを必死にこらえる。

ジョナケンも反射的に腕を伸ばしかけているが玲奈に鬼の形相で掴まれている。

隼人は言うまでもなく骨抜き状態だった。ポー――とが蒸気が出そうなぐらい顔が赤く口は半開きだ。

そうこうしているうちに、咲夜は理性が飛んだのか、バッと雪さんに飛びつきぎゅうぅぅぅと抱きしめる。

咲夜の表情は唇をぎゅっと噛み今にも泣きだしそうな感じだ。

一瞬放心状態に陥った雪さんは我に返り咲夜を振りほどき距離をとる。

一瞬の間の後、上がってきた入り口の方から金属と金属がぶつかり合うギィンッという音が響く。

雪さんはハッとして入り口に視線を向ける。

遅れながらも首を動かし背後の音源の方に目をやる。

そこには大柄の男が二人向かい合っていた。

奥の一人は190センチ近い身長でサングラスをしている。手前の男は金髪で2メートル近い身長だった。後ろ姿なので顔つきはわからない。だがその巨躯から凄さが伝わってくる。

俺たちは動けずにいた。二人の男の放つ異様な、ピリピリとした空気もそうだが、それ以上に二人の手に握られる異質なモノのせいでひどく息苦しく感じた。

サングラスの男は刃渡りがやたら長く背に凶悪なのこぎりを備えた鉈のようなナイフを、金髪の男は右手に銃のようなものを、ただその先端には消音機という装置が付いておりそれがくの字に曲がり割れていた。

そして左手で右肩を押さえていた。暗くてよく見えないが手には黒々とした液体が付いているように見えた。

『何が起きている?!』と思考をめぐらす。

玲奈さんは口を押え怯え切っている。

ジョナケンは顔を強張らせながら一歩前に出る。

隼人はうろたえながらも二人の男を交互に見ている。

取り合えず警察に連絡しないと、と思いつき腰のポケットからスマホを取り出す。

そしてすぐにスライドさせ通話モードに変える。

数字を素早く押し通話ボタンを押す。

・・・繋がらない。

何故、なぜ?!と画面を再度確認するすると画面上部には圏外と表示されていた。

都心の真ん中で?!あり得ない!

混乱する。

焦りながら再び辺りを見回す。

玲奈さんや隼人もスマートフォンを取り出しているが通話できている様子はない。

「外への連絡はつかない・・・。何とかあの二人を避けて脱出しないと・・・。」と隣のジョナケンに告げる。

ジョナケンは頷き拳を握りしめ構える。

俺も、ジョナケンも素人だけど今は皆を逃がさないと。





ギィンッとセルゲイは喉に迫った凶器を銃で咄嗟に防いだ。

取り付けておいた消音機は強力な打撃に耐えることなく曲がり割れてしまった。

すぐに広い場所に逃げるため三階のフロアに駆けこむ。そして襲撃者の姿を捉えるために振りかえる。

突如銃を手にしていた方の肩に鋭い痛みが走る。傷の深さを知るために素早く左手を当てる。

・・・意外に深いな。

そのまま血が滲む肩の止血を試みる。そして自分の失敗に気づく。

ここには観察対象の子供たちとあの少女がいる、と。

後ろから悲鳴が上がる様子はない。その代わり恐怖と混乱の視線が背中に刺さるのをセルゲイは感じる。

『相手が何であれ子供たちを巻き込むのはあってはならないことだ。』

覚悟を決めセルゲイは叫ぶ。

「君たち!!私が時間を稼ぐ!」

「逃げなさい!!!」





蒼汰は金髪の男が叫んだ内容を一瞬理解できずにいた。ジョナケンもどうすべきか分からず躊躇している。

すると後ろからグイっと玲奈が俺とジョナケンをどかしながら前に出てくる。

「あなたの事信じていいの?!」と叫ぶ。

その声に冷静さを俺は取り戻し咲夜に

「味方だったらみんなを左に逃がして脱出しよう」と囁く。

それに咲夜もジョナケンも分かったと頷く。

すると金髪の男は

「安心してくれ、私は君たちの見方だ。」と男はこちらを見ずに応じ、

「そこのお前、目的はなんだ?!子供たちを見逃してくれないか?!」と交渉し始める。

しかしサングラスの男は戦闘態勢をとったまま動かない。

奥の男が一瞬こちらに視線を向けたように感じた瞬間、金髪の男は銃を男に投げつけ突進を開始する。

男は刃物でそれを払い落し叫ぶ。


「アカネ!!排除せよ!!」


横を風が切る感覚。

隣の咲夜の髪が風で少し前になびく。

暗闇のせいで灰色がかった栗色の弾丸が

金髪の男めがけて飛んで行った。


「ゆ、雪?!」と咲夜が叫ぶ


そこから先はすべてコマ送りの映像のようにゆっくりと感じられた。


いつの間にか銀色に輝くナイフを手にしたクリーム色の獣が、ダンスを踊るかの如く二メートルある男の首めがけて飛ぶ。


目を見開きながら振り返ろうとする金髪の男。

その顔には驚愕と確かな恐怖が滲んでいた。

階段の方に揺らめく二つの影。

サングラスの男は振り返ろうとする。

二つの影からロシア語が叫ばれ缶のようなものが投げ込まれる。


「ツッゥ」


突如視界が白くなり続いて鼓膜を破るような炸裂音

キー――ンと頭の中が音に支配され少しよろめく。

ィィィンと余韻を残しつつも聴力が戻り始め、それにつれ影が映り像を捉えることが出来なかった目も機能を取り戻し始める。

聞こえてきたのは先ほどよりは控えめな断続した炸裂音、怒号、悲鳴、何かが横をかすめる音、シュシュシュッと金属をこするような音が続く。

「・・・ふ・・!!ふせ・!伏せて!!」

慌ててその場に倒れこむ。

復活した目で隣を見るとジョナケンや咲夜も同様に地に伏せ頭を手で押さえている。


しばらく怒号と擦るような金属音が響く。

花火をした後感じるものよりもツンとした火薬のにおいがあたりに広がる。


・・・・・静寂が訪れる。


もう大丈夫なのかと顔をおずおずと上げる。

そこには栗色の少女とすぐ隣に長身の男が立っていた。

咲夜やジョナケンも、もぞもぞと身を起こす。玲奈さんと隼人はまだ地面に伏せていた。

立ち上がり、咲夜に手を貸す。

周りを見るとそこら中に穴が開いたり欠けたりしていた。そして階段付近には金色に輝く筒状のものが幾つも散らばっていた。

 咲夜も不安そうにあたりを見回している。


「れいな!!!」

緊迫した叫びが聞こえ慌てて振り向く。

 隼人とジョナケンが伏せたままの玲奈さんに駆け寄っている。

 玲奈さんは伏せていたのではなかった。

 倒れていたのだ。

ジョナケンが名前を必死に叫びながら仰向きにする。彼女からの反応は無い。

直ぐに咲夜と共に駆け寄る。

玲奈さんの胸に黒々とした染みが出来ていてそこからまるで彼女の美しい体を蝕むかのように赤い紅い模様が広がっている。

ジョナケンは名前を必死に叫びながら胸の出血箇所を押さえている。咲夜もハンカチやティッシュなど取り出しそれに加わる。

「もっと力入れて!!」

「レイナ!!コッチ見てくだサイ!!」

蒼汰も何かできないかと駆け寄り止血を手伝う。

「これも使ってくれ!!」

服の端を破り咲夜に渡す。

「そんな・・・ぅっ・・・何が・・・」

隼人は放心状態だ。

「蒼汰っ布!何か血をぬぐえるもの!」

「クソっくそっ」

服を脱ぎ棄て急いで破く。

「レイナッ!!お願い!My God・・・」

もうジョナケンも俺も咲夜も手は玲奈さんの血で真赤に染まってた。


恐らくさっきの混乱の中で銃撃戦が繰り広げられたのは何となくわかっていた。

絶望しか感じなかった。


「ダメっ血が・・・血が止まらない!玲奈!!」

咲夜が泣き叫ぶ。

『こんなことが起きるなんて・・・』想像もしてなかった。誰かが撃たれるなんて映画ぐらいでしか起きないと思っていた。

「コノ布はもうダメでス!咲夜サン!」

でも目の前では実際に起きていて。

友人が死に絶えようとしている。

こんなのって。こんなのって。許せない。許せるはずもない。

クソクソクソっ

いやだいやだいやだ。

ダメだダメだ

クソクソクソっ

どんなに心の中で現実を拒絶しても意味はない。

俺には意味のない止血用の布を作り続けるしか。


「どけ」と低い声が響く。

俺も咲夜ももはや半泣き状態でジョナケンにいたっては泣きじゃくりながら声の方へと顔を向ける。

そこにはサングラスの男が雪さんと一緒に立っていた。

男は有無を言わさず玲奈さんを抱きかかえる。すぐさま男の服に血が滲み始める。

「何シヤガるんですカ!!!」とジョナケンが殴り掛かる勢いで男に迫る。

その間に雪さんが割って入り

「ジョナサン、玲奈さんを助けたいんでしょ。」

それを聞きジョナケンは一瞬戸惑うような表情をした後に

「玲奈を救えナかッタラ殺しマス」と雪さんと男を睨みながら絞り出すように言い放つ。


そこからは早かった。男は驚異的なスピードで下に降りて行った。

慌てて隼人を立ち上がらせ後を追うと一階には黒い中型車が二台止まっていて紺色の兵士のような男が複数人いた。

サングラスの男が紺色の男たちに指示を出すとテキパキと動き始める。

そして一台の車の荷台部分を開く。そこには女性の姿があり緊張した面持ちで玲奈さんを受け取る。

兵士の一人が近づき『乗れ』と威圧的に指示してくる。

玲奈さんの事もある以上反抗せずに俺と咲夜と隼人はもう一台に向かう。

ジョナケンは玲奈と同じ車に乗せろと騒いでいたが兵士の一人に殴られ、ぐったりしたところで車に投げ込まれる。


車は走り出し日本の首都の町を駆け抜ける。終始、隼人は雪に質問を投げかけていたが帰ってくるのは沈黙だけだった。

咲夜は心配そうに玲奈のいる車両を見つめていた。

蒼汰は後ろの兵士に気取られないように改めてスマートフォンを取り出して画面を確認する。

すると案の定、圏外の二文字が見て取れた。





セルゲイはブルボンの部下と共に裏路地を走り、予め止めておいた車に乗り込む。

「まさかあの集団の中に仲間が紛れているとは・・・」

部下たちは周りを警戒しつつ各々の仕事をこなす

「こちらマルコ。敵対勢力と接敵。セルゲイの奴を救出し、そちらに帰投するとこです。」

無線の相手は恐らくブルボンだろう。

正直いって危なかった。

後ろから栗色の少女が襲い掛かって来た時、セルゲイは抵抗のすべを持っていなかった。仲間が閃光弾でかく乱して、サブマシンガンで応戦してくれなかったら今頃死んでいたとセルゲイは思う。

その後仲間に救出されたセルゲイ達は一階に現れた車両に銃弾を浴びせ何とか他のメンバーに合流したのであった。

セルゲイは無線を部下から借り、恐らく“遺産”に関係ある者からの襲撃だと告げ、あの場にいた少年少女達については触れずに無線を切った。



セルゲイは自分をひどく責めていた。

『民間人を巻き込んだ・・・』しかもよりによってあの子を。

セルゲイは自分を責めつつも頭の半分は黒い髪に赤いピンを刺したあの子のことでいっぱいだった。


“あなたの事信じていいの?!”


ブオオオオオオオオと日本で調達した車を部下は軽快に走らせる。

「ごちゃごちゃしていて腹が立つ」と仲間が悪態をつきつつも車は順調に日本の首都を走っていた。


 自分に向けられた言葉を思い出す。

 あの時まるで子供の時にあこがれたヒーローになった気分だった。だから丸腰で一か八かの突撃をしようとしたのである。

 その後銃撃戦になったが・・・。

 車内の仲間たちを見る。民間人を巻き込んだとは微塵も思っていないようだ。それどころか、周りの全てが敵と言わんばかりに警戒している。

 隣をすれ違った黄色いバイクにすら銃口を向ける始末だった。

 『どうか、神様、あの子の美しい姿を弾丸が引き裂いていませんように』と祈る。

 セルゲイは祖父母を思い出す。

 ソビエトの人民軍として満州に侵攻した祖父は侵攻した地でマチコという日本人に恋した。それが祖母だった。

どうも俺は祖父の血を濃く引き継いだらしい・・・。

 セルゲイは名前も知らないポニーテールの少女に一目ぼれし、恋に浮かれ動揺していた。

 この任務が終わり、彼女が無事だったら絶対モノにしてやろうと。


 実は、その様子は周りの仲間からは襲撃の復讐を誓う鬼神にしか見えなかったのであるが。




ピリリリと着信音がする。

番号を見てウンザリする。ここ数日で何度も見た番号だ。

「なんだ、もう俺の知っていることは全部教えたぞ」

挨拶も無しにぶっきらぼうに通話に出る。

「********」

耳を疑った。

「巻き込まれた?!いつ?!どこで?!」

「*************」

頭の中がガンガンと痛くなる。

脈が速くなる。

「巻き込んだの間違いだろッ!」

怒りに襲われる。全身が支配される。

「言い訳なんか聞く気は無い!!」

携帯を地面に叩きつけ更には蹴り散らかす。

「クッッソたれっ!!」と叫び外套を乱暴につかみ男は薄暗い狭い部屋を後にする。





長い間車は走ったように思える。

舗装されてない道に入ってからどれくらい経ったか。ようやくボロボロの建物の前で車は止まる。

周りには同じようなボロボロの建物がいくつもある。恐らくバブル時代の遺産だろう。

玲奈を乗せた車は気づかないうちに消えていた。

目を覚まし車から降ろされたジョナケンは不安そうにきょろきょろしている。

 他の皆も不安そうだ。


「ついてこい」

サングラスの男はドーム状の不思議な形をした建物に入っていく。

雪の姿はない。

蒼汰は仕方なく歩き出す。それに続く咲夜、隼人、ジョナケン。

建物はよほど慌てて捨て置かれたのか床には書類やゴミ、未開封の段ボールなどが散らかっている。

進んでいくとこの施設が医療施設のようなものだと気づく。

割れているガラス張りの向こうには簡易ベッドがいくつも並んでいたり、半開きのドアの向こうに試験管や薬のビンが並んでいたりした。

「なんなんだここは・・・。」

思わず感想がこぼれる。

「まるで廃病院みたいだな・・・」と不安そうな表情で隼人が答える。

「レイナ・・・」とジョナケンがつぶやく。

咲夜は足取りはしっかりしているが、心ここにあらずと言った感じだ。

男が前の扉を開き中に入る。手前には辛うじで“第二**室”と書いてあるのが読み取れた。

中に入るとガラリと雰囲気が変わった。部屋の端にはベッドや点滴などが積み重ねられている。

薄暗い部屋のほとんどにはボロボロの机とイスが一定間隔で並べられている。入り口から左の壁には黒板のようなボードが固定してあり、さながら学校の教室だった。

よく見るとそれぞれの机の上には一枚の紙とお菓子、車のおもちゃ、カメラ、写真、花と様々なものが置かれている。

その机の間に雪がさっきまでのカーディガン姿ではなく灰色がかった兵士の恰好をして立っていた。

そしてその隣にサングラスの男。さらに奥にもう一人。


もう一人が暗がりから出てくる。

隣で咲夜の息を飲む音が

隼人とジョナケンの驚きの声が

俺はその場に凍り付く。


仮面姿に黒いコート、黑いズボン


「はじめまして」

落ち着き払った声。


そこに立っていたのは

四年前に現れた

ゼロワンと名乗った男がそこに立っていた。


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