最後の夏
第二章 最後の夏
ジジジジジジジとセミがうるさい
遠くのアスファルト上には蜃気楼すら見える。
地元から少し離れた場所にその大型レジャー施設は立っていた。大小さまざまなプールや遊具が存在しており家族づれにも人気が高い。
・・・遅い。
俺は暑い玄関ロビーの前で突っ立っていた。今日はジョナケンとはや、そして咲夜、雪、玲奈の六人で遊ぶことになったのだが、隼人が来ない。
せめて座って待っていたいが紳士たる俺とジョナケンは女子三人にベンチを譲っているので休むことが出来ない。
ジャワジャワジャワ
「・・・溶ける。」
玲奈さんがつぶやく。
それに合わせて三人の方に目をやる。
左から淡い色のオフショルダーのシャツにチノパン姿の雪さん。日差で茶髪が黄金色に輝いて目を奪われる。不思議なことに汗一つかかず涼しげだ。
次にいるのは咲夜で白いYシャツにダメージジーンズのいで立ちで髪はハーフアップにしている。暑そうに胸元あたりの襟をパタパタとして扇いでいる。汗で首筋が光っており魅惑的で目のやり場に困る。
そして視線を逃がした先には大胆に足を露出させた玲奈さんが半袖に丈の短いボトムスで首周りに貴金属のアクセサリーをつけ中々におしゃれだ。黒髪はまとめて上に結い上げキャップに上手く収めているようだ。
その隣の地面にはジョナケンが体育座りでうなだれていた。
耳を近づけると「ううぅアアSO HOT ファッキン ジャパンさマー」と聞こえてきた。
スマートフォンを見る。時間は十一時を指している。
待ち合わせ時間を一時間過ぎている。
咲夜が「隼人の奴奢り確定・・・。」とつぶやき、他の面々が賛同する声が聞こえる。
すると最寄りの駅からこの施設をつなぐ定期運航バスがこちらにやってきた。
少し離れた場所にあるバス停に止まる。
次々に乗客が吐き出される。そしてその中から一人短パンに少し派手なポロシャツを着たはやが全力疾走でこっちに向かってきた。
「スッッマン!遅れた!」
「てメー遅いんデスよ!!!」
ジョナケンが怒りながら立ち上がる。
しかし立ち眩みに襲われ、よろめく。そこを玲奈さんに支えられる。
このやり取りだけ見てると二人はまるで俳優と女優の様だ。
「隼人、アンタ遅れたんだからみんなに何か奢りなさいよ!」と咲夜。とそれにウンウンとうなずく雪さん。
しばらく隼人の糾弾は続いたが、『まぁそれより遊ぼうぜ。』という俺の言葉でどうにか収まった。
その後ロビーで高校生六人で集団割引と、学割で中々お得な値段で入場を果たす。
集合場所を決め、男女二手に分かれ更衣室に入っていく。
「くぅーーー!雪ちゃんの水着マジで楽しみだぜ!」と隼人。
こいつは随分と雪さんに気があるようだ。
「玲奈のナイスバディ・・・高ぶりますネ」
とジョナケン。
「去年は男三人だったしな。」
そう、去年は俺たち三人でここで遊んでいたりするのであった。
「はやはやは雪サンのこと好きナンですか?』
「もちろん!めっちゃ可愛いもん!」
「確かに愛らしい容姿だもんなぁ」
「オっ。そうチャン浮気よくナイね!」
「いや、浮気じゃないし。そもそも咲夜とはただの幼馴染!」
などと男三人は下らない話をしながらもてきぱきと着替えていく。そして俺は黒に灰色のラインが入ったものを、隼人は恐怖を覚えるほどカラフルなやつを、ジョナケンはライトグリーンの迷彩柄の水着を履いてプールサイドへと向かった。
「そうちゃん。俺生きてて良かったわ。」
そう感涙にむせび泣く隼人が俺の左の肩に手を置く。
『私は恐らくメガミを見てルンですかね。』
ジョナケンがウットリしながら俺の右肩に手を置く。
そして俺は口を半開きにして目の前の妖精たちに視線を注いでいた。それはもう熱い視線を。
玲奈さんは髪をポニーテールにしており、うなじが露になってとても良い。そして視線を下に下げていくと、中々に育った胸部を黒いビキニで隠している。
腰回りはひらひらと飾り布がついており高校生とは思えない大人っぽい雰囲気を醸し出している。
その隣の雪さんは髪を編み込んで上にあげており、まるでお姫様のような雰囲気がある。しかし、首筋と鎖骨が淡い水色のワンピースタイプの水着から露になっていて艶という字が似合う。露出は少ないが、黄金の髪に涼しげな表情で空の飛行機雲を眺めている。
そして蒼い空よりも、淡いそのこぼれそうな瞳が際立っていた。
しかし自分にとっては、蒼汰という男にとっては咲夜の姿が一番に思えた。
一見ただのセパレートの水着にも見えるが、胸元が大胆に開いておりそれなりに露出度は高い。色が黒に赤のラインが入っている。そのクール路線により彼女の勝気な性格が垣間見える。
そして先ほどとは違い前髪を片方耳にかけ朱色のピンで止めている。その様子は何とも勇ましくまた、同時に美しかった。
俺たちはその日思った。今なら死んでもいい、と。
~東京上空にて~
ポーンと軽快なベルの音が機内に響き天井のシートベルトマークが光る。
機内アナウンスが間もなく空港に到着することを告げる。
東洋人だが明らかに別の国の血を引くと思われる男性がシートベルトを着け窓の遮光プレートを開ける。眼下には海と船、そして煩雑な街並みが見えた。
男の名はセルゲイ・トミオカ。日系三世のロシア人だった。生まれて初めて祖母の故郷を目にする。恐らく目的が任務でなければ感動を覚えただろうと、セルゲイは思う。
・・・変な任務だ。
一月前、セルゲイの務めるロシア諜報部極東支部に旧ソ連軍の“遺産”が流出した可能性があるとモスクワのクレムリンから連絡が入ったのがきっかけだった。極東職員たちは軍にも要請を出し、事実確認を急いだ。
結果は最悪で、放棄された補給基地に戦闘の痕と複数の死体を発見した。そしてクレムリンのいう“遺産”が既に何者かの手に渡ったことが判明したのである。
セルゲイは五日前、急遽招集をかけられ、ウラジオストクのロシア軍駐屯地にいた。そこには同じく諜報部所属の仲間が呼び集められていた。そこで言い渡されたのはモンゴル、中国、朝鮮、日本、アラスカなど各方面への潜入命令だった。
そして同時に各国に派遣された軍の特殊部隊との合流を言い渡された。
そして今に至るのである。
「何が起きてるんだ・・・」
ロシア語でつぶやく。
言いようのない不安をセルゲイはひしひしと感じた。
「遊んだ遊んだー」隼人は休憩用の椅子に座り込む。あの後、昼過ぎまで遊びまくったのでみんなくたくたという感じだった。
「雪がそんなに運動得意だとは思わなかった。」と玲奈。
「ホントにねー部活入れば大活躍だよ」と咲夜。
「「「お前が言うな」」」俺、隼人、玲奈さんは同時につっこんでしまう。
というのも、バレーを六人でやった時、結局最後まで体力的に残っていたのは咲夜と雪さんの二人だったのだ。
「でもさ、咲夜についていける人初めて見たよ。」幼馴染ならではの感想だった。
「俺、もうずっとコイツと一緒だけどさ、女子で互角にスポーツできた奴初めてだよ。」
咲夜はスポーツも勉強も出来るいわゆる優等生だった。しかし人間とは異質のものを怖がる。
特に運動に秀でた彼女は男女ともに怖がられ、小、中学校では孤立しがちだった。
だから俺は嬉しかった。
「咲夜、お前スポーツでも勉強でも雪ちゃんに負けるんじゃないのぉ?」
隼人はにやにやしながら聞く。
「まだまだ、私の本気はこれからだよー」と咲夜は笑う。
「チョット休みマショ」
「賛成~」
ジョナケンと玲奈さんが休憩用の机に突っ伏す。
「じゃあ、昼食とってからまた遊ぼうか」とその場を仕切る。
男子チームが食べ物、女子チームが飲み物という感じで分かれて買い出しに行った。
「この施設なんでもあるんですね。」
「ここホント広いよね。」
雪の問いに咲夜は答えた。
玲奈はジョナケンの飲み物を買うために自販機の前で悩んでいる。
「こういう場所は初めて?」と金色のお姫様に尋ねる。
「はい。初めてです。何もかも初めてでとても楽しいです。」
「何もかもって、雪、ここ来る前はどこ住んでいたの?」
笑いながら何気なく質問する。
「・・・。』
しまったと私は思った。親の都合と聞いていたからてっきりそうだと思っていた。
しかし、もしもそうじゃなかったら?咲夜は急に申し訳ない気持ちになった。誰だって傷はあるものなのだから。もっと考えるべきだった、と。
「ごめん。いきなり聞いちゃって。今の忘れて。」と急いでなかったことにする。
「いえ、気にしないでください。」
「ホントに?」
「ホントです。気まずい質問だったわけでなく、どう言い表そうか考えてしまって。」
雪はにこやかに返す。
「それならいいけど。」と少し疑問はあるものの反省したばかりの咲夜はそれ以上雪の過去を探ることはやめた。
玲奈が飲み物を選び終え戻ってきた。
「じゃあ休憩所もどろっか。」
雪と玲奈に号令をかけ歩き出す。
「いやーーしかし咲夜、我ながら頑張ったよね私たち。」と玲奈が話しかけてくる。
それに合わせ
「いやはや玲奈殿もなかなか良い腕前で」
「いやー咲夜殿も水着を選んだあなたの眼は確かのようで」
話しながら自分の分と隼人の分の飲み物を持ち歩く雪を見る。
四日前、ここに遊びに行くことが決まった時、雪が水着を持っていないことが判明した。
そしてもともと咲夜は一昨年かった水着がきつくなっていた(主に胸が)こともあり一緒に買いに行こうと切り出したのが事の発端だった。
ショッピングをするにしても自分のセンスだけに頼るのも怖かった咲夜は玲奈も呼び三人で水着を決めることにした。
水着コーナーで雪を使ったファッションショーとなったのだ。
試着させようとすると雪が頑なに露出を拒んだため玲奈のセクシー路線はダメになった。
そこで露出の少ないもので最大限雪を可愛くする水着を選んだ結果今の水着となったのだ。因みに咲夜は動きやすさと胸の谷間が蒸れないデザインを選んだ結果、中々大胆な水着になったが咲夜本人はまるで気にしていない。
そして当日の今日はセクシ―路線を諦めきれなかった玲奈は雪の栗色の髪を結ったり編んだりして今の髪形にしたのである。それにより女子の私でもドキッとするような色気も持ち合わせることとなったのである。
「いやー嫉妬しちゃうなー私」
玲奈は雪にくっつき頭をなでる。平然としている雪。
「いやー何食べたらこんなきれいな髪になるんだろ。あっ肌すべすべ―」
「あのっくすぐったいですっ。」
玲奈のセクハラは容赦なく雪を襲う。
はたから見ると非常に目に毒な光景が繰り広げられていた。よく周りを見るとポーとしている女の子や子供の眼を隠しつつガン見してくる父親など視線が痛い。
「玲奈、人の眼もあるんだか程々にひゃぁ!」
変な声が出た。
雪に絡みついていた蛇はいつの間にか私の胸に巻き付いていた。
「ホウホウ・・・また・・・大きくなりましたね」
玲奈がいやらしい手つきで胸を触ってくる。フッと息を浅く吐いて玲奈に手を突き出す。
それをさっと躱される。
雪の方を見ると玲奈が持っていた飲み物を持たされていた。どうやらその代償に開放してもらったようだ。
私の手は片方飲み物でふさがっている。しかし相手はフリーハンド。
・・・まずいな。
「咲夜さ――ン観念してそのさらさらヘアーと豊満な胸触らせなさい~」
じりじりと玲奈が寄ってくる。
ボソッと私よりでかくない?と聞こえたが聞かなかったことにする。
「悪いけど、そう簡単にはやられないわよ。」
「へへへへへへっへ。後ろはもうプール。逃げられないわ」
キモイ笑みを浮かべながら魔物が迫ってくる。
ゆっくりと追いつめられる。かかとはもうプールの縁だ。ヤバい。喰われるーーーーーと思った時遠くから
「へ~君可愛いじゃん。一人?」
「そのジュース俺らのためー?」
「ねえねえ名前は?」
声の方を見る。玲奈も茶番はやめて鋭い目つきで声の方を見ている。
絵にかいたようなちゃらちゃらした男たちが雪に言い寄っていた。
玲奈がずんずん歩いていき雪の肩をつかみ「悪いけど待ち合わせしてるの。ナンパなら他を当たって。」
美人にバッサリとした物言い。女の私にも魅力的に映る。
しかし、チャラ男たちには逆効果だったらしい。
「ひょーーー可愛いのが二人!」
「おおぁ俺めっちゃタイプだわ」
「見てみろよこっち目が青い!ハーフだぜ!」
火に油お注ぐ形になった。
「あんた達ね、いい加減にしなさい!」
と割って入る。
「私たち人待たせてるの邪魔しないでもらえる?!」と啖呵を切る。すると
「おおー怖い怖い。」
チャラ男の一人が腕をつかんでくる。
咲夜は気持ちの悪さから舌をうつ。
男はかなり力を入れてきているが咲夜は動じない。
にやにやしながら男が顔を寄せてくる。
「いやー君みたいなかわいい子が舌うちしたらダメだよー」
さらに隣の男が
「そーそー君らは僕らと遊んでくれればいいのー」
別の男が言いながら雪に手を伸ばす。
玲奈もそれを見て顔に怒りの表情を浮かばせる。
咲夜は我慢の限界だった。
男の肩を掴み、掴まれている腕を思いっきり下に下げる。すると男は、前につんのめった格好になる。掴んでいた肩を素早く押し男を半回転させ完全にバランスを崩す。
そこまでは一瞬で男も何が起きたかわかっていなかった。そしてそのままブリッチにも似た体制になった男の脇と手を掴み咲夜は思いっきりプール側になげた。
男はきれいに宙に弧を描き
ザブンッ
見事水に投げ込まれたのである。
道野 勝は大学に入り日々無駄に時間を浪費する、よくいる大学生の一人だった。良き友人。優しい家族。彼女はいないしかし毎日は楽しい。そんな日々だった。そして友人に誘われ今日プールに来て人生初のナンパをしていた。
そして後悔していた。
黒髪に赤いピンを刺したとてつもなく可愛い、女の子がその魅力的な体よりも大きい男を軽々と宙に投げてみせたのだ。
水しぶきが舞い顔に当たる。
一瞬の出来事に驚き固まっているとガンッっと股間に激痛が走る。
膝まで崩れ、倒れそうになるのを片手でこらえ、とっさにもう一方で下腹部を押さえる。「っっぅぅぅぅぅぅ」と声にならないかすれた音が口から洩れる。
粗く呼吸をしたり息を止めたりして必死に痛みと格闘する。しかし限界になりついにはうずくまってしまう。
先ほどまで記憶にあった美女の事は記憶から消え去って痛みだけが残った。
玲奈は咲夜が男を放ったのを見届けると目の前の男に向き直り、容赦なく自慢の長く美しい足を上に蹴り上げたのだった。
「怖くなかった?」
雪に咲夜が駆け寄る。
咲夜が男を投げた後、玲奈の蹴りが容赦なくもう一人を撃沈したのを見届けた。
その後、雪に迫っていた男を倒そうと向き直ったのだが、もう男はフラフラしつつも逃げていく最中だったのだ。
「大丈夫です。」
雪は涼しげに答えながら床に散らばった飲み物を拾っていく。
クールだなぁと思いつつ玲奈と一緒に飲み物を回収し始める。
「あージョナの炭酸ヤバいかも・・・」と玲奈がつぶやく。
拾った自分用の飲み物はお茶なので無事そうだ。隼人のためにと買ったコーラはヤバい雰囲気を放っていた。
「「おーーい」」
蒼汰とジョナケンが此方に駆けてくる。心配してきたにしては、遅い登場な気がした。
「ちょっと助けるならもっと早く来てよー」
困った雰囲気を出しながら無事に合流するのであった。
~数分前~
「コーラよろしく~」
隼人が女性陣を見送った後、俺たち三人は食べ物を探しに出発した。そして適当なジャンクフードを見つけ休憩所に戻ってきていた。
「んーー。女子達遅いね。」
心配そうに呟いたのは隼人だった。
自販機コーナーはそんなに遠くなかったはずだと思いながら俺は
「道に迷うことはないと思うけど。こうも人が多いからね・・・」
平日だというのにそれなりに人が多い。
「玲奈、地図ヨメナインですヨネ・・・」
一気に不安が男たちを襲う。
「さすがに、咲夜もいるし大丈夫だろ・・・。
幼馴染を信じたい自分がいた。
「いや、咲夜のヤツ、中学の資源回収で隣の地域行っちまってた気がする・・・』
隼人は顔を引きつらせている。
「雪サンは・・・ドウなんでショウ・・・」ひきつった笑みを浮かべながらジョナケンが言う。
うっすらと悪寒が走る。嫌な予感がする・・・。
「あっ!!」
隼人が立ち上がり指をさす。俺とジョナケンは隼人が指した方向に素早く向く。
するとそこには三人組の男に囲まれた咲夜、雪、玲奈の姿があった。
ジョナケンはガタガタと椅子を倒し鬼の形相で走りだしていた。俺も考えるより先に足が現場へと向いていた。
「ジョナケン急ぐぞッ三人を助けなきゃ!」
「ハイ!任せてくダサイ!」
『俺もっ』と走り出そうとした隼人を俺は手で制止し
「お前は荷物と飯を頼むっ』
叫びながら俺はすぐさま走り出す。後ろから
「そんなーーー」と聞こえたが気にしない。
やばいやばいヤバイ。急がないとっ。手遅れになる前にっ。内心かなり焦っていた。
何度こういうことがあったか。何故俺は咲夜の近くにいなかったのか。自分の迂闊さに腹が立った。早く。もっと早く。
早く男たちを助けないとっ・・・!
しかしそんな思いは届かず、一人は宙を舞い、一人は地に伏せ、もう一人はいつの間にか消えていた。
咲夜は時々男に絡まれるが、そのことごとくをねじ伏せてきたのを知っていた。だから俺は止めなきゃいけなかった。
でも・・・間に合わなかった。
二人の救出部隊はひどい虐殺を見ることになったのであった。
ジョナケンは『玲奈とは喧嘩したくナイデス・・・』とぼやいていた。
「嫌な予感が当たった・・・」
その後二人は
『『おーーい』』と言いながら殺戮の天使たちと合流したのである。
「疲れたー」
ンンーーとうなりながら伸びをしつつ咲夜が前を歩いていた。今六人が向かっているのは、咲夜の提案した駅前のアイス屋だった。
隼人は必死に雪さんに話しかけている。
オカルトの話には興味ないらしく雪さんは頷きつつ流しているように見える。
ジョナケンと玲奈は仲良く喋っていて入る隙なしといった感じだ。
そうなると必然的に咲夜と話し始めることになる。
「今日は楽しかったな。」
「うん。久しぶりに思いっきり暴れたって感じ。」
「体力お化けかよ」
「何それっ」
体力お化けという表現が面白かったのか『フフフッ』と咲夜が笑う。
「ねぇ、蒼汰。大学どうするの?」
「んーーーー。未定。」
「そっか。」
「そっちは?」
「私は進学かな。まだ学校決まり切ってないけど。」
空を仰ぎながら咲夜は答える。俺よりは確実に将来を考えているようだった。
「蒼汰はさ、何かやりたいことないの?」とこちらを見ず空を見上げたまま聞いてきた。 蒼汰にはこの咲夜の行動に覚えがあった。
咲夜は四年前から、恐らく咲夜の母親が亡くなってから、空をよく見上げるようになった気がしていた。
少し蒼汰は沈黙してから
「考えてはいるけど、なんかよく分からなくて。」
本心だった。
実際、何をしたいのか。どうなりたいのか。およそ一般的な職業を思い浮かべて自分に重ね合わせてみてもどうもしっくりこなかった。それよりも今のこの六人で明日何しようとか、どこに行こうとか考える方がよっぽど楽しい上にワクワクしていた。
「もっとまじめに考えないといつか後悔するかもよ?」
振り返りながら言ってきた咲夜の顔は夕日と重なり少し見づらかったが、微笑んでいるように思えた。
そうこうしているうちにアイス屋に着く。
「・・・アイス屋って・・・」
「まんま・・・だね」
蒼汰の感想に玲奈が賛同する。
着いた店はガラス張りの壁で店の中がよく見える作りで、中にはアイスのショウケースが並んでいる。大きな看板には“あいす屋”と書かれていた。
観光客にも人気なのか、店には外国人の姿もちらほらあった。
「私コレ」
咲夜は王道のバニラを
「私も同じノデ」とジョナケン
「俺はコイツで」と隼人はチョコミントを
雪さんはケースの中のアイスを見ているばかりで一向に注文しないので、玲奈がストロベリーとマンゴー味を注文してシェアする運びとなった。
蒼汰は無難にチョコにしておいた。
六人でアイスを食べながら帰路に就く。
「次はさ、どこ行くー?」
「ショッピングとか?」
「海もよくない?」
「プール行ったじゃん。」
「じゃあ山トカですネ?」
みんなで意見を出し合う。
途中、雪さんがアイスを溶かして落としそうになり、玲奈さんが
「おとと、待って。あ~ティッシュあるからー」
などと手のかかる娘とお母さんのようなことをしていた。
次集まる時は都心に出て買い物をすることが決まる。そのころには駅についていた。そして同時に雨が降り始めていた。
家の最寄り駅までには降りやみそうにないなと思いつつみんなとホームに向かった。
この時一人の大柄の男が雪を見ているのを誰も気付いた様子はなかった。
~東京某所~
セルゲイはメールにあった通りの住所に向かっていた。
「クソっ何でこうも住宅が密集してるんだ」
故郷との都市の作りの違いに嫌気がさしながらあたりを見回し目標の建物を探す。雨が急に降り始めたのでさらにセルゲイは苛立った。
十五分ほどしてやっと建物につく。古い日本家屋があり、車庫や塀があり中々に立派だ。体はすっかり濡れ冷え切っていた。
古びた扉をノックする。すると中からロシア語で
「名前は?」と聞かれる。
それにセルゲイは七桁の数字で答える。すると中からロックが外される音がする。
レズノフはドアノブを回し中に入る。すると、普段着のロシア人が姿を現す。彼からおついて来るように手招きされセルゲイは従う。
奥に進むにつれ床にコードの束が増え始める。かつては居間と思われる畳の広い部屋には大小さまざまな画面やチカチカと青く点滅する光を備えた機械、コードの束の山ができていた。
男たちは画面を睨んだり、キーボードで何かを凄い勢いで入力している。
その様子を眺めているだけの男が一人いた。その男はこちらに向き直り近づいてきた。
「お前がセルゲイ・トミオカだな。」
「ダー(はい)」と短く答える。
「俺はブルボン少佐だ。この隊の指揮を執っている。」
男はブルボンと言い。ロシア陸軍特殊部隊の小隊長だった。男は淡々と続け、
「お前の所属は諜報部門だが今から指揮下に入ってもらうぞ。」
二人は互いに握手を交わし晴れて仲間となった。
セルゲイはブルボンに現在の状況について説明を求めた。
それによると現在は拠点の確保を終え、諜報活動の設備設営と、部下の工作員に情報を入手させるため連絡を取っている最中だという。
拠点の確保について詳しく尋ねると、死亡しているが役所が認識してない老人の名義で空き家を借り受けたらしい。
死んだことが認知されないそんなことがあり得るのかと驚いたが、この国ではよくある事らしい。それを聞いてセルゲイはこの国での諜報活動も案外楽かもしれないと思うのであった。
四十近い男二人が向き合っていた。
パチっ。
「王手。」
「あっ長谷川先生勘弁してくださいよぉ。」
夕方に部活の指導を終えた田中先生と見回り当番で来ていた長谷川は将棋を指していた。
「これで二十七戦全敗ですな。田中先生。」
「長谷川先生もっと手を抜いてくれませんかね。」
恰幅のいい田中先生は丸刈り頭をポリポリと掻きながらぼやく。
「次は金も抜きますか?」とさらに自分の戦力を減らそうか尋ねる。
それを聞いた田中先生は
「本当ですか?!いや、しかしそれではプライドが・・・」などと悩み始めた。
一応次の準備をするために駒達を並べ直す。するとパラパラと雨音が聞こえ始めた。
「おっ降ってきましたな。」と田中先生。
「夕立でしょうな・・・。」
窓に近かったので、慌ててバタバタと立ちあがり開けていた研究室の窓を閉める。
そしてプライドを捨てた二十八戦目が始まった。
パチっ パチリ パチッ パチ と心地よい音が夏特有の静かな雨音に消えていく。パチっ
「あっ」
漏らすのは不意を突かれた田中氏
「長谷川先生もう少し容赦してくれませんかね・・・」
「田中先生・・・これでも飛車角更に金まで落としてるんですがね・・・。」
「いやーその、戦力的と言いますか、戦術的な方を・・・その・・・」
同僚がごねている間にピリリリリリと携帯が鳴る。
二人は思わず、ビクッとしてしまう。
お互いに自分の携帯やスマートフォンを取り出し確認する。
「私でした・・・」と長谷川は席を立つ。
「田中先生ズルはダメですよ。」と釘を刺し外に出る。
初めてみる番号だった。
ボタンを押し通話に出る。
「*******」
「久しぶりだな・・・・元気にやっているか。」
「**********。******」
「なぜ必要なんだ?」
「****。**********。」
「そうか。・・・・分かった。」
「****。***********」
「いや、参加する気はない。」
「データは送る。もちろんすべてだ。」
「***************。」
「受け取る気はない。」
「******!!!*********!」
「*******―――」
容赦なく通話を切る。
クソっと内心毒づきながら、自身の過去を罵る。
頭痛のし始めた頭をバリバリと掻きながらその教師は部屋に戻っていった。