始まりは日常から
序章 黎明の演説
20XX年 夏 ある一人の人物が世界を相手取って演説を行った。
その人物は廃工場のような場所でドラム缶や廃材に囲まれながら、コンクリートの床の上に黒い長ズボンと薄汚れた黒いコートを纏って立っていた。その人物は仮面をつけていて表情が読み取れない。仮面越しから
「初めまして!」
という軽快な挨拶の声でやっとその人物が男である事が分かる。
「世界中の皆さんにお知らせがあります。」
ーー一呼吸置き先ほどとは違い落ち着いた声で
「私はこの世界に絶望している。人類は二度の世界大戦で何も学ばなかった。余りにも愚かだ。一世紀近く歳月が流れ、先進国は戦争を忘れ途上国は搾取され貧困にあえぐ。私はこの世界に革命を起こす。意思を同じくする者はわがもとに集え。」恐怖すら覚えるほど冷ややかに彼は告げ、最後に
「私の名前はゼロ・ワン。この世界のよどみから生まれ落ちた呪われし子のひとりだ。」
こうして世界中でネット、ラジオ、テレビなどを一時ハイジャックして行われた、その後『黎明の演説』と呼ばれる演説は幕を閉じた。
第一章 始まりは日常から
数年後
ジャワジャワジャワジャワ
セミが夏らしく大合唱している中、東京の少し外れ長い上り坂の上にある学校の屋上、太陽が真上に上がり日陰がなくなるころ、二人の男子生徒が床に寝そべっていた。
「あちぃ」
だるそうに漏らしたのは黒髪で、スポーツをしてそうなさっぱりとした髪型の生徒だった。暑さのせいか制服のシャツをだらしなく着ている。
その生徒の名は2年B組の山崎 蒼汰というどこにでもいるような高校生で、その隣で真剣にスマホの画面を見ている黒髪と茶髪に入り混じった頭髪の生徒は同じクラスの小林 隼人と言い二人は悪友だった。
「ダリ―わ。あちーわ。眠いわ。」
蒼汰は思ったことをすべて口にしてくわぁとあくびをした。そこに隼人が
「おい、見ろよそうちゃん」と呼びかける。
隼人とは中学以来の友人で幸いクラスも2年で一緒になったため、また仲良くつるんでいる。中学から変わらない呼び方で呼ばれた蒼汰は『なに?』と顔だけ隼人のほうに向ける。
「これスゲーよ!4年前の世界同時ハイジャック演説の謎が今夜一つ解き明かされようとする!! ぜってー面白いよこれ!」と目をキラキラさせながらスマホをズイと顔面近くに突き出される。
しばしばテレビで放送されるミステリー解明番組の告知がその画面には映っていた。
隼人は根っからのオカルト好きなのであった。
どーせしょうもない番組だろうと
「はや。期待するだけ無駄だぞ。」と優しくさとしてやる。
しかし隼人も負けじと
「いやっ、これは本物だよ!あの有名なY氏も出演するんだよ。」
「いや、だれだよY氏って・・・・」
聞いたことのないコメンテータだった。
『知らないのかよ』と手を上にあげ大げさに驚く隼人。
それを尻目に少し呆れがちに
「というかお前、その事件4年前だろ。それ以降何もないじゃん。それ。」
隼人は待っていましたとばかりにニヤリとして
「それがなんとこの番組が独自に仕入れた情報であの演説した人についてわかるらしいんだ。」とやたら嬉しそうに話す。
「んーーっかっけーな早く何者か知りて――。」
隼人はすっかりウキウキだ。
はしゃぐ隼人を放置し自分自身のあの事件についての記憶を手繰る。4年前。中学二年のとき確か夕方、家についてテレビをつけたらちょうど演説が流れていたのをかすかに覚えている。
どのチャンネルにしても同じものしか流れなかったから、少し恐怖を覚えたことぐらいしか印象にない。
どちらかと言うと幼馴染の母親が亡くなっていたことをその日、自分の母に教えられたことの方が記憶に残っている。
「そうちゃん。どうかした?」
心配そうに隼人がこっちを見ていた。
「わりぃ。少し事件の日のこと思い出してた。」
意外に自分は真剣に例の事件を思い出そうとしていたようだ。そのせいで友人を心配させたらしい。
すると心配そうな顔だった友人が
「ま、まさかそうちゃん・・・ボケるような歳になったの?」と聞いてきた。・・・・・・
コイツ・・・・
「おい、はや、喧嘩なら買うぞ。」と言って起き上がろうとした瞬間
ばがあぁぁん!!!!
と屋上の出入り口のドアが盛大に開いた。と言うより吹き飛んだ。ように見えた。それぐらい強い衝撃と音がした。
この時、誰が来たか瞬間的に悟ってしまった自分は素早く戦闘態勢に入る。姿勢を低くしこぶしを握る。はやもそれに合わせるように慌てて戦闘準備をする。が、少し遅かった次の瞬間隼人が視界から消える。
そして一瞬の『ゲッエ』というカエルが轢かれた時のような断末魔が聞こえる。
蒼汰はゆっくりと隼人が消えたほうに首を動かす。するとそこには天使と言うより神話に歌われる戦乙女の姿があった。
すらりとしている足がはやを踏みつけ、うっとうしそうに肩口で雑に切りそろえられているカラスの濡れた翼のような黒髪を指で耳から後ろに払う。
そしてゆっくりとこっちに振り替える。整っている顔立で女性らしい起伏を学校の夏用制服で無理やりラッピングしたような感じが男心をくすぐる。
またこちらを見てクスリと笑う仕草は何とも言えない可愛いさを感じる。今にもお前の事殺すゾという雰囲気さえ出してなければ。
「や、やあ。咲夜。げ、元気?」元気というか狂気を感じる。衝撃と戦友の死に動揺して、まともに口が回らない。
笑顔を崩さないまま近寄ってくる死神は吉田 咲夜といい同じクラスなうえ、幼馴染だ。
「ねえ、蒼汰。今何の時間か知ってる?」
やけに優しい声。
「昼休み?」
我ながら苦しい答えだ。今はもう五時限目が始まっている時間だ。
咲夜はなおもニコニしている。「私さこの関係もう嫌なんだよね。」
この後に愛の告白が来たら恐らくいや、きっと世の男子高校生はイチコロであろうが、むろん後に続く言葉は違う。
「毎回毎回、懲りもせず授業さぼって!先生に小言を言われる私の身にもなれっての!!」
ぐうの音もないとは当にこの事。
「いい加減にしろってッ」というセリフが聞こえたのと顔面が暗くなって火花が散ったのはほぼ同時だった。
『いててて』と未だに傷む顔の痣をさする。
隼人も
「いてぇーーーーー死ぬ―――」といいながら机に突っ伏している。
大の男たちが机に突っ伏し立ち上がれずにいる。なんと情けないことか。
するとそこに咲夜が現れて
「情けないなー」と言い放つ。
言われてしまった。
突っ伏している理由は咲夜に殴られたからではない。いや、それもあるがそれ以上に授業につかれたのだ。
見事咲夜に成敗された二人はクラスに引きずられていった。運悪く授業は歴史でクラス担任の長谷川先生が担当だった。
「うがあああああ」
「長谷川の奴なんで俺たちばっか当ててくんだよ!?第二次ポエニ戦争はいつ起きたか?知らねー―――よ!!!」
と、隼人が授業を思い出してか発狂する。
「俺なんて川中島の合戦で武田信玄がとった戦法は?なんて聞かれただよ。今、古代オリエント史やってるのにな」と隼人に対抗してだるそうに言い放つ。
長谷川先生はいわゆる戦史オタクと言うか、独自路線を行く教授タイプの人柄で、国語の教員免許も持つエリートだったりする。
そんな先生に質問攻めにされた上、
『後で覚悟しろ』とくぎを刺された二人であった。
自業自得ではあるが。
そして咲夜に急かされやっと鞄を持ち上げたころ咲夜の後ろからもう一人の悪友が顔を出す。
「ヘーイそうチャン、はやはやーどうしたんっですか?」
とぴょこっとかわいらしく登場したのは佐藤 ジョナサン 健一。通称ジョナケン。いわゆるハーフで金髪くせ毛野郎だ。しかも高い鼻に彫が深く整った顔、いわゆるイケメンと言うやつだ。
さらには厭味ったらしく身長も高く、日本語が下手という可愛らしさのギャップで女子からの人気はかなり高い。そんなジョナケンは割とマイペースで気分が乗らないと授業をすぐさぼったりする。それで悪友となったのだ。
因みに今日はジョナケンは彼女を優先したため裏切った形になり、あの地獄を回避したのである。おのれジョナケン。
そんな気を知ってか知らずかジョナケンは「サッサっと帰りましょー」と誘ってくる。
よし、後でコイツになんか奢らせよう。と心に決めて教室の外にはやと一緒に出る。咲夜、ジョナケン、隼人の三人と帰るのはいつもの日課だ。
昇降口に向かっていると先頭を歩いていた咲夜が振り返り「そーだ、隼人に蒼汰、私にアイス奢ってよね。今日のお詫びで。」
有無を言わせぬ殺気こもった笑顔。はやはウンウン全力でうなずいている。
しかし伊達に十七年一緒だったわけではない俺は悪びれもせず、
「よし、分かったジョナケン、お前が奢れ。」裏切りの代償だといわんばかりに言い放つ。
「What?!何故?!」と英語の部分だけやたら流暢に返す。
「お前が彼女優先した罰だ。」
「いや、イや、いや彼女優先でしょっ」
「男の友情を裏切っただろ。」
「Oh―八つ当たりよくなイですー」と大げさに怯えて見せる。
コイツ・・・。とジョナケンといがみ合っていると。
「おい、随分と楽しそうじゃねぇか。」と低めの声が聞こえる。嫌な予感がする。
ジョナケンから目をそらし声の方に向くと、長谷川先生が立っていた。
「授業の時、覚悟しろと言ったよな?まさか忘れて、友達と仲良く帰ろうってか?そうはいくか。」
低く冷たく言い放つ姿は怒ってはいないが目が冷たく鋭い。しかもよく見ると先生の左手には隼人がぶら下がっている。さっきから静かだと思ったら成程すでに狩られていたようだ。
「はや・・・。」今日は厄日だな。可愛そうに・・・。俺も。
俺は左手で襟を捕まれ隼人は右腕に担がれ空き教室に運ばれる。運ばれながら残された二人を見ると、ジョナケンは恐ろしいものを見てしまったという感じでソロリソロリと帰ろうとしていた。すると、そこにいきなりゴリラがいや、ゴリラのような見た目をした体育教師、田中先生が現れ
「こらぁ佐藤、おめーまさか帰るんじゃねえだろうな?」
直後ジョナケンは蛇に睨まれた蛙のごとく固まった。
「お前は昨日一時間目サボったことについての反省文書いてないだろ。」とジョナケンもズルズルと連れていかれた。
むろん俺は心の中でザマミロと喜んでいた。
ただ一人残された咲夜は呆れを通り越して憐みの目を向けて三人を見送る他なかったのである。
すっかり遅くなった帰り路をとぼとぼと三人の男子高校生は歩く。その様は敗残兵の行進の如くノロノロとしたものであった。
「クッソ覚えてろ長谷川め」
「マジ田中うっさいんですヨー」
「クソーーー帰り遅くなったーー」
「ファッ○――――」
はやとジョナケンはわめいている。
ふと、隼人が今日のテレビの番組を気にしていた事を思い出す。
「そういえばはや、昼に言ってた番組今日の何時?」
「あっ」と間抜けな声で反応する。すぐさまスマホを取り出し時間を確認する。
19時23分。部活もとっくに終わってる時間帯だ。
「やべえええええ」と隼人は叫びこちらに顔を向け
「オカルト研究特番始まっちまうっ!また明日ッ」とダッシュし始めた。
「Oh、はやはやは相変わらずオカルト好きなんデスネ。」
「なんでも数年前のハイジャック放送の謎が解明されるんだと。」と言い終えるころには、隼人の姿は見えなくなっていた。
必死すぎだろ・・・。
こうしてジョナケンと二人きりで学校からの下り道を歩き始める。
「今日はあいつ散々だったな。」
「ソウデスネェ」
「あ、咲夜にアイス買ってないや。」
「ソウダネー」
と完璧聞き流していたジョナケンが咲夜と言う名を聞きニヤリとする。
「そういえば、そうチャン。咲夜さんとはどう何ですか?」
「どうって」
「うまくいってますカ?」
『・・・。』
コイツはどうやら俺と咲夜がただならぬ関係があると思っているようだ。
「うまくも何もただの幼馴染だよ。」
「いやいや、幼馴染それステイタス。マンガでそれ学びました。」
「漫画は漫画、現実は違うから。」
「ハーン。じゃあ何とも思わないと?」
少し考える。咲夜と自分の関係を。好きかと聞かれれば恐らく好きだろう。だが、その“好き”は恋愛ではなく親愛で家族に向けるのと同じものだろう。
「んー大事な人だよ咲夜は。」
「微妙な答えですネー。」
「アイツは何つーか家族みたいなもんだよ。」
「オオっウ!家族!?流石そうチャンもうそこまで行ったんですカ。」
「てめっ。嵌めたなっ」
「録音すればヨカッタデスネ。さっきの仕返しでス。」
二人はこうしてまだ薄明るい夜空の下じゃれあいながら帰った。
ガラガラガラと浴室の扉を開ける。
あらかじめ出しておいたバスタオルで身体を拭く。火照った感覚が心地よくしばらくそのままにしておきたいと思うが、流石に乙女的にどうなんだと自分に言い聞かせ下着をつける。
「むっ。また少しきつくなった気がする。」
最近成長の著しい胸部の脂肪を軽く人差し指で押す。程よい反発。
「動きづらいだけなんだけどなぁ。」と言いながら髪を乾かし始める。
短いため比較的乾きやすい髪を乾かし終わった後、アイスを無性に食べたくなり、今日あの二人に奢らせ損ねたことを思い出す。
「先生、タイミング悪いよ~」
咲夜は一人残されたあの後仕方なく帰宅し、父の夕飯を作りお風呂に入っていたのだ。
ガチャッ
「ただいま。」
「おかえり。」ちょうど父が帰ってきた。
父は仕事用のスーツ姿のままダイニングルームを抜け奥の居間に真直ぐ向かう。そして4年前に他界した母の仏壇の前に座る。
「未希。今日もお仕事頑張ったよ。娘はますますお前に似てくるし。僕は嬉しいよ。」と母に話し
「さてと、咲夜。今日の晩飯はなにかな?と振り返る
「鯖の煮つけだよ」と明るく返す。
「そいつはいいっ」と言いながら父は冷蔵庫からビールを取りだす。
「父さん、程々にね」
「わかってる分かってる。」
二人は席につき夕食を食べ始めた。
父がテレビを点けるとちょうど4年前の世界ハイジャック放送の謎についてタレントが感想を述べていた。
しかし、父は直ぐにテレビを消した。そう、あの事件の日は母さんが亡くなった次の日だった。父もいろいろ思い出すのだろう。
「父さん・・・」
「・・・ああ、いや大丈夫だよ」
そう言いながら父はビールを飲みほしていた。
~ロシア 某所~
レズノフ・チャイコフスキーはロシア北東部の旧ソ連軍の廃棄された基地にいた。「クソっ寒ぃ。」と毒づきながら煙草をコートのポケットから取り出す。レズノフはロシアの武器商人でかなりヤリ手でそれなりの自負もあった。煙草に火をつけようとしていると、
部下の一人で右腕ともいえるマルチョムが近づきレズノフに
「レズノフ、ホントにこの取引は大丈夫なのか?約束の時間になったっていうのに誰も来ねぇ。部下たちも苛立ってきているぜ。」と少し強めに言い放つ。
それに対してレズノフは「大丈夫だ。」と短く答えて部下を持ち場に戻した。部下を軽くあしらったのは理由があった。それは先ほど此方にもうすぐ着くと相手から連絡があったこと。それと罠にかける相手だからいくら遅れても来さえすればいいと考えていたからである。
数分後ブロロロロとエンジン音が聞こえてきた。部下達は念のためと手にしているアサルトライフルを音の方向に構える。そして一台の四輪駆動の大型車が現れる。それを見た瞬間レズノフはニヤリとし、部下達に銃を下げるように合図する。
車両は直ぐに停止し運転席から一人の男が姿を現した。男は頭を角刈りにしておりサングラスに極寒用の厚手のコートにスーツケースといういで立ちの東洋人だった。
レズノフはわざとらしく
「随分と遅いご到着でしたな?道にでも迷われましたかな?」と流暢なロシア語で話す。
すると男は「少し道が悪くてね」と同じく流暢なロシア語で返す。
レズノフはロシア語のうまさに驚きつつ
「では、取引の話に移りましょう。例のものはここにございます。」と言うのと同時にマルチョフに合図を送る。
それと同時にマルチョフは背後に止めてあった軍用トラックの荷台にあるコンテナの扉を開く。
擦れてはいるが、円の中心に向かって三つの三角形が描かれているマークがついていた。
コンテナには三角錐上の物体が六つ円状にセットされている筒が入っていた。そこにマルチョフがパソコンのコードを次々につなげていく。
東洋人の男は
「素晴らしい。」と感動の一言を漏らす。
「ええ、全くですな旧ソ連時代の物ですが性能や状態は約束しますよ。ささ、パソコンの前にどうぞ。」とレズノフはと誇らしげに答え基地の中に招き入れる。
そして男は言葉に従いスーツケースと共に前に進む。
レズノフは心の中で万歳をしていた。なぜならこんなにも簡単に東洋人が罠にはまろうとしているからだ。パソコンに向き合った瞬間にマルチョフに男を撃つように命令するそれで、馬鹿な東洋人からまんまと大金をとれる。我ながらいい作戦だとほくそ笑む。
しかし、レズノㇷは取引と言う交渉事を行う上で最も犯してはならないミスを犯していた。
男がパソコンの数メートル前に来ると急に歩みを止める。
「どうかされましたかな?」とレズノフは男が止まったことを不自然に思い尋ねる。
『はぁ』と短くため息をつく男は続けて、「まったくこれだから、商人とゆうやつは強欲に身を亡ぼすことになるんだよ。」と言うのと同時にスーツケースの前面をマルチョフに向けた。
レズノフが犯した過ちそれは、取引相手が本当に交換品や金を持ってきたかどうかを最初に確認する事を怠ったことであった。
次の瞬間レズノフが金の入ったスーツケースだと思っていたものが火を噴いた。
ダダダダダッダダ と炸裂音。そしてマルチョフが血まみれになり後ろ向きに倒れていく様がレズノフの目に映る。
一瞬止まった思考が直ぐに動き出し考えるより先に口から
「奴を殺せ!」と部下に命令していた。あっけにとられ固まっていた部下たちが次々にアサルトライフルを構え撃ち始める。
ガガガガガッ ダダダッダダッ 一瞬にして基地は戦場と化した。ビシっ バシッと跳弾や流れ弾がレズノフの隠れている遮蔽物にあたる。あの男はどこだ?と探す。そして商品の入ったコンテナが目に入り中にある物の危険性を思い出す。再び部下に命令を下す。「コンテナの中身は撃つなよっ!」
中身に直撃すればここにいる人間は確実に全員死ぬからだ。
早く銃撃戦を終わらせねば、と男を探す。ドラム缶の後ろ、いない。左奥の柱、いない。マルチョフの死体の近く、いない。コンテナ横、いた!素早くレズノフは腰に付けていた拳銃を抜き
パンッ パンッ パンッ 短く3発撃ちこむ。しかし外してしまった。すると部下たちのいる方へ男が何かを投げるのが見えた。その瞬間、ボォゴン という爆発音と衝撃が襲ってきて目を一瞬閉じて伏せてしまう。左の頬に何かがビシャッと当たる。ゆっくりと目を開けると顔の横に誰かの肉片がこびり付いていた。強い死の匂いを感じ思わず
「ひっ」
悲鳴をあげ後ろに跳ね起き、のけぞる。
ガシャ と細かい金属がぶつかり合うような音が前からする。そこにはあの東洋人が立ってこらにに硝煙の匂いを漂わせるスーツケースを向けていたよく見ると向いてる方には穴が2つ開いておりシュウ――と湯気を出している。
「さてと、強欲な豚野郎。やっと取引ができるな。」と男は冷たい表情でそう告げる。
レズノフの頭には何故何故何故とどうしてこのような状況になったのか受け入れられずにいた。それに答えるかのように男は
「兵士の配置、アンタの立ち位置、全て罠ですって言ってるようなもんだったぜ。さて、アレのパスワードを教えてもらうぞ。」と男はコンテナを指差す。
レズノフはこの後の自分の運命を悟り、絶望した。
ブオオオオオーーとコンテナを乗せた大型の軍用トラックは永久凍土の上を疾走していた。その運転席でサングラスをした男は無線機を取り出し回線をつなげ、取引を終えたこと、合流地点に向かっている事を無線の相手に告げる。
「ああ、そうだ。6つ手に入れた。あとは始めるだけだ。世界を変えよう。ゼロワン。」
そう締めくくり無線機を切った男の顔には少年のような笑みがあった。
夏休みが近づき同時にテスト期間も目前に迫りクラス内は希望と絶望の両方の空気が入り混じっていた。
「はぁぁぁ」
「おい、はや。朝からため息はやめろ。」
「いいよなぁお前たちは。」と俺と咲夜の二人を指す。
「俺は勉強できない落ちこぼれですヨーダ。」といじけている。隼人はお世辞にも成績がいいと言えないからだ。
「でもさ授業サボってるの隼人だよね。」
咲夜の一言が心をえぐる。クラストップ学年上位の言葉は重い。
「そうちゃんなんで同じ授業サボってるのに点数取れるの――――」とゾンビの如くしがみついてくる。
「まあ、家でちゃんと勉強してるし?」
バッサリ
「グわあああ」とはやゾンビはクラス三位の男の言葉で切り捨てられてしまった。
ちなみに二位にはクラス委員長の山田が陣取っている。その後も隼人はテレビがどうとかスマホゲームが悪いだの言い訳をしている。
哀れなり。
キーンコーンカーンコーン
ガラガラガラ
朝のホームルームの始まりの合図と共にクラス担任は現れた。短く少しぼさぼさ黒髪によれた半袖Yシャツと言ういで立ちだ。
「はい、ホームルーム始めるぞー号令っ」
「きりーつ。礼。着席―」と委員長が号令し「「「お願いしまーす」」」と礼をして着席する。
淡々と先生は連絡や配布物を配っていく。
そして今思い出しました。と言うような感じで
「あっそういや今日転校生来るんだわ。」
えっえええええええええええ!!!!
「マジ?ヤバいっ」
「男子女子?」
「可愛いかなーイケメンがいいなー」
「この時期って珍しいねー」などと教室中ざわめきだした。
「おめーら話聞け―」
先生の声は届かない。
「いい加減にしろ―ガキかー」
なおもクラスは騒がしい。
その状況に気づいた咲夜が此方にそろそろ先生ヤバいとアイコンタクトを送る。しかし俺はどうしろと?と肩をすくめるしかないのである。
「いい加減にしやがれぇ馬鹿野郎どもがっ!」
教師にしては口が悪い。
静まるクラス。
「はい、じゃあ転校生紹介するぞー入れ」
クラスの前の方の扉ががらりと開く
クラス中が息を飲む。
スラリとした足ふんわりとしたクリーム色の茶髪。天使のような可愛らしい顔、大きい瞳そして何より遠くからでも分かる深い青。いや、海中のような透き通った青色の瞳が緊張を微塵も感じさせずこちらを見ていた。
ペコリ とお辞儀をし
「初めまして。佐藤 雪です。家の都合で先月此方に来ました。皆さんよろしくお願いします。」
「可愛い」
真っ先に漏らしたのはクラスのイケメンを所望していた女子だった。
「はい、じゃあ自己紹介終わりな。」とぶっきらぼうに先生は言い放ち
「俺は次の授業がない関係で、ゆっくり部屋で寝れるんだ。だから後のことはお前らに任せた。」
山崎、小林お前ら案内してやれ。とちゃっかり俺たちを指名して先生は去っていった。
「えっと、俺の名前は山崎 蒼汰。よろしく」
「俺は小林 隼人。よかったらはやって呼んでね。」
佐藤さんは軽く会釈をし、軟らかくきれいな声で
「山崎さん、はやさん、よろしくお願いします。」と答える。
その一連の流れから俺は人形みたいだという印象を佐藤さんに抱く。
キーンコーンカーンコーンと次の授業の予鈴が鳴った。
「じゃあ昼休みに一通り案内するよ」といって俺と隼人は次の授業の準備に取り掛かった。
昼休み
集合場所に来た隼人は『何で?』と言ったまま立ち尽くしていたが、たいして俺は驚いていない。というのも俺も『何で?』と先ほど発していたのだ。
集合場所にした中庭はこの学園でも人気がある場所で特に真ん中にあるブナの大木は地元でも有名であり、通常昼は、カップルの巣窟になるのだが・・・今日は人だかりができていた。
中心にいるのはもちろん転校生の佐藤さん。そして咲夜の姿がそこにあった。
取り巻きたちは
「転校生の子めちゃくちゃ可愛くない?」
「何あれ髪ヤバくない?めっちゃきれいじゃない?」
「ハーフかな?」
「アイドルみたい!」と騒いでいる。
ここで学園モノの主人公なら周りの子たちをフラグを立てつつ丁寧にどかして、あの二人と合流して周りの目も気にせず歯の浮くようなセリフを吐くのだろうが・・・「「あれはむりだわー」」と二人で顔を見合わせるしかできなかった。
すると「ハイシつれいー。チョットごめんねー」と群衆をかき分けて輪の中心に向かう二人組がいた。見事な金髪。ジョナケンとその彼女、佐々木 玲奈さんだ。
ジョナケンと玲奈さんは人だかりを追い払うと咲夜たちと合流して
ご一緒しまショウ。」と言って昼食を取り始めた。
そこにのこのこと現れた俺と隼人の二人は何とも言えない肩身の狭さを感じつつ昼食をとることになった。
「ここが科学準備室。」
『ここが女子更衣室。体育の時とかはここ使ってね」といった具合に咲夜と玲奈さんを先頭に佐藤さんに校内を案内していく。
やっぱ女子同士の方が気楽だよなぁと思いながら校舎の案内に付き添う。後ろから楽しそうな三人を眺めながらふと、これが高校最後の夏休だと自覚する。
今は二年生で来年も一応夏休みはあるのだが、自称進学校のここは三年になると夏期講習と言い放ち半日授業で休みはほとんど埋められるのだ。
この夏、隼人とジョナケン、咲夜や玲奈さん、本人さえよければ佐藤さんと楽しく過ごす、そんなのもいいなと考えていると、
『ヘイ』とジョナケンが肩を組んでくる。
「そうチャン~どこ見てタンですか?」
それに隼人が合せ
「前行く美少女三人をみて何かんがえてたんですかー」
「いや、別に何も。」
そっけなく返す。
『ほんとかぁ』と二人して俺をいじってくる。
考え事をしていたからあまり意識していなかったが、確かに前行く三人は佐藤さんに咲夜と花束二つといった感じだし、ジョナケンの彼女の佐々木さんは黒髪のロングヘアでこれまた美人なので女優なんて呼ばれたりしている。たしかに変な気を起こしてもおかしくない三人組だった。
「玲奈にてぇ出したら殺すヨ」
ドスの利いた声でジョナケンが脅してきた。正直言って怖い。
そんな状況は知っているか知らずか女子達はきゃいきゃいと楽しく校舎を回っていた。
「佐藤さんどう?クラスは?ってまだ一日目か。」
「いえ、皆さんとても優しくて、助かっています。」
「早く馴染めるといいね。」
「はい」
「えっと佐藤さん、雪ちゃんて呼んでいいかな?」と咲夜が聞くと
「ええ、ぜひ。あと雪でいいです。」
雪は軽やかに答える。するとそこに玲奈さんが
「私も雪って呼んでいい?私のことは玲奈でいいから」
「わかりました、玲奈さん」 「もー玲奈でいいよ、雪」
などとやっているうちに最後の部屋についた。そこには扉の上に『国語研究室』と書かれていた。
「国語・・研究室?」と雪は不思議そうに看板を読む。
疑問に答えるように咲夜が「そう、国語研究室。担任の長谷川先生がいるところだよ。」
「ウチの学園の先生は職員室じゃなくて、各教科ごと研究室っていう部屋にいるんだよね。だから結構めんどくさいの。」と玲奈がつけ加える。
コンコン ガラガラガラ
「失礼します」
古今東西に知れ渡っている入室のテンプレートをこなす。
「長谷川先生、いますかー」
咲夜は部屋の奥へと入っていく。三人とも部屋に入ると、目の前には不健康そうな顔をゆがめている長谷川先生と対照的にずんぐりとした体育の田中先生が顔をよりしかめて向かい合っていた。
「げったなTっ」と漏らしたのは玲奈だった。
田中先生は玲奈のクラス、隣の2-BではたなTと呼ばれていると咲夜はこの時知った。
「長谷川先生あの・・・」
言いかけたところで長谷川先生の手がストップと言ってきた。よく見ると二人は将棋をやっているようであった。
「長谷川先生、これでどうですかな。」
パチッ
「ふむ、・・・・」
パチッ
「ムムム・・・これは中々・・・」
パチッ
「悪いね。田中先生っと、王手。」
パチッ
「えっ・・・・・あっ待った。」
「待ったなしですよ。それに生徒も来てますしね。またにしましょう。」
田中先生は悔しそうに将棋の駒と盤を片付け出ていったその時
「飛車角落ちだったのに・・・」と言っているのが聞こえた。
手を抜かれていた上に負けたようだ。可愛そうに。
「で、何用だ?」と長谷川先生がだるそうに聞いてきた。
「雪に校舎案内してました。」
「色々案内したんですよー」と玲奈。
「はい、案内してもらいました」と凛とした声で雪が答えた。
雪を見て先生はだるそうな顔つきが少し和らぎ温かみのある微笑みを少し見せた。しかし瞬時にけだるそうな顔に戻る。
手入れされていない口周りの無精ひげに軽く触れながら
「そうか、そりゃ良かった。クラスになじめそうか?」
雪に聞いてそれに雪が答え先生がまたいくつか質問し、それに雪が応答するということがしばらく続いた。
・・・さっき先生が見せた表情は何だったんだろう・・・。一年の時から授業で何度も顔を見てきたけどあんな顔は咲夜は見たことがなかった。
「ねえ玲奈、先生のさっきの表情見た?」と隣にいる友人に聞いてみる。
「んー見てなかった。」とスマホをいじりながら返事してきた。多分見ていたとしても覚えていないパターンだな、と思った。
ほどなくしてから先生と雪が話し終えたらしく
「おい、そういえばコイツの案内は山崎と小林に任せたはずだけど?」と聞いてきた。
そういえホームルームの時に二人に先生が任せていた。
しかし私がせっかくだからと昼食に誘って、そのあと人だかりになって、ジョナケンと玲奈に助けてもらったあとそのまま成り行きで私が案内していたのだ。
「えーと確か一緒にいたような?」
「その割に姿が見えないが?」
確かに廊下を歩いていたはずの男三人組は研究室内にはいなかった。
先生は『はぁぁぁぁl』と深い深いため息をついた後に
「まあ、いっか。」と言ってご苦労さんと一言追加された後に私たちは部屋から追い出されてしまった。
外に出るとそこには消えたはずの男三人組がしゃべっていた。なるほどコイツ等は中に入らず外で待っていたようだった。
「あんた達、先生にため息つかれていたよ。」
呆れながら伝える。つくづく情けない奴らだなぁと思ってしまう咲夜であった。
女子達が研究室に入って行ってしまった。蒼汰はその後に続こうとしたら
「待った待ったそうちゃん!」と隼人が止める。
「っと。何だよはや。」と入ろうとしていた右足を引っ込める。
「ほら、みんなで入ってもあれじゃん。国語研究室狭いしさ。」
「外で待ってマショウ。」
それもそうだなと思いそのまま隼人とジョナケンと廊下で話し始める。
「佐藤さん可愛いよなー」
「そうデスね。玲奈には敵いマセンケド。」
などとくだらない会話が続く。
そこに先ほど考えていた事を話す。
「テスト終わって夏休み入ったらさ、みんなで遊ばない?」
「おっそうだな。」
「賛成ですヨ。」
「佐藤さんも誘ってもいいかな?」
「俺は大賛成!」と隼人が食い気味に同調してくれる。
「勿論私も賛成デス。あと、玲奈も誘いまショ。」とジョナケン。
テストはあまり気乗りしないけど、楽しみが出来た。実質、高校最後の夏休み。とことん楽しんでやろう、と思っていると国語研究室から田中先生が出てくる。
心なしか少し落ち込んでるように見える。
それからしばらくまた、三人で他愛ない会話をした。
ガラガラガラ と扉が開き咲夜たちが出てくる。呆れたというような顔をして此方を見ている。
「あんた達、先生にため息つかれていたよ。」
咲夜が呆れを通り越した目で見ながらそう言った。
それからテストまでの二週間は俺とはや、ジョナケンと咲夜のいつものメンバーに佐々木さんと佐藤さんが加わって過ごしていた。
テストは国語以外は普段通りの出来だった。
俺と隼人がサボった授業の範囲ばかり出た気がしたが気のせいだろう。
隼人はどうにか追試を逃れていた。
咲夜はクラス委員長の山田と競い合った末に敗れたらしい。だからといって俺に当たらないでほしい。
ジョナケンはあまり良い出来ではなかったらしい。昼休みに隣のクラスの廊下で玲奈さんに慰められていた。
驚いたのは佐藤さんで転校したばかりということでテストは免除のはずが自ら受けたうえにかなりの高得点で、クラス三位の座を奪われてしまった。学年ではその噂で持ち切りだったりする。
キーンコーンカーンコーン
ガラガラガラ
「きりーーーーつ」「礼!」
「「「お願いしまーす」」」
ガタガタとみんな腰を下ろしていく。
今日はテストも無事終わり、夏休み前の最後の一日が終わろうとしてみんなウキウキしている。
「夏休みどうする?」
「海行かねー?山もいいな」
「部活だりー」などとざわついている。
教卓で配布物を整理し終えた長谷川先生は終業式の関係か珍しくきちっとしたスーツだった。
プリントを配りながら連絡事項をだるそうに話してく。
「えーーこれで終業式したらお前らは晴れて夏休みだ。ワクワクドキドキだろうが事故と犯罪だけは気を付けるように。」
その後も休み中の開校状況や緊急連絡先の話、大学受験に向けての話が続く。
暇そうに話しを聞いていたら前の席の隼人が顔を向けて
「なあ、そうちゃん。明日にいつものメンバーとクラスの奴何人か誘ってカラオケとか買い物とか行かない?」と提案してきた。
「いいね。知り合いに声かけてみるよ。あとジョナケンにも伝えとく。」
その後、隼人とどこの店に行くかや集合場所について話していたら、先生の話はほとんど終わっていた。
「えーと最後に一つ。」と首の後ろあたりをさすりながら担任が切り出す。
「俺から可愛いお前らへの課題だ。お前らの目は何のためにあるか?お前らの声は何故与えられたのか?そしてその手を何に使う?」
静まる教室。
「よかったら考えておくといい。」
そう言って先生は教室を後にした。その後、しばらくは先生の意味深な課題の話でクラスは持ちきりだったが終業式を終えみんな下校し始めるときには夏休みの話題にみんな切り替えていた。
昼下がり。
薄暗く狭い部屋
積まれ、崩れ、床に散らばる書籍
その目は何のためにある?
「主のために」
その声は何のために?
「主のために」
その手は何のためにある?
「主のために」
・・・そうか。
四十近い男は少し頭痛を感じた。
「今のお前の答えはわかった。行っていいぞ。」
「はい」
そういい栗色の少女は部屋から立ち去った。
懐かしい香りのする部屋から。