こんばんはー
侵入の怪
私が小学生の頃に流行ったゲームがある。
クラスの友人達と、誰が早くクリア出来るか毎日のように競っていた。
夏休みに入っても話題の中心はそのゲームのことで、私はどうにか一番早くにクリアしようと躍起になっていた。
両親はそんな私を咎め、ついには一週間のゲーム禁止令を出された。
その通達を受け幼い頭で思案した私は、両親が寝静まった深夜にこっそりと進めようという結論に至った。
ゲーム機はリビングにある。
私は足音を立てないようにそろりそろりと廊下を歩いた。
大いなる背徳感と共にゲーム機のスイッチを入れ、画面の明かりを調節した。
そうしてゲームを始めて何十分経った時だろうか。
外からか細い猫の鳴き声が聞こえてきた。
時計を見ると、深夜一時を回っている。
初めての夜更しに興奮していた私は特に気にも止めずにゲームを進めた。
「⋯⋯ぁー、⋯⋯ーん」
甲高い鳴き声は段々と近付いてくる。
どうやら家の近くにいるらしい。
この辺りに野良猫が出るのは珍しいなと思っていると、窓がコンコン、と音を立てた。
「こんばんはー、すみませーん」
私がか細い猫の声と思ったのは、女の声だった。
「こんばんはー、すみませーん」
やけに上擦った、妙に浮ついた声をしていた。
私は一瞬にして恐怖を感じ、ゲームを一時停止してテーブルの下に隠れた。
「こんばんはー、すみませーん」
女の声は同じ調子で同じ言葉を繰り返している。窓ガラスも時折コンコンと規則的に鳴っている。
二階にある自室へ戻る勇気も出ず、一人で肩を震わせながらじっとしているとやがて声はなくなった。
私は今しかないと思い、先程以上に足音を殺して廊下を歩き、階段を登った。
二階の自分の部屋に戻り、ほっと息をついた。
そして、ゲームをしていた証拠を隠滅するのをすっかり忘れていた事にぎくりとした。
しかし、もう階下に向かう勇気は出なかった。
私は明日両親に怒られる事を覚悟し、布団を頭から被った。
コンコン、と窓から音が聞こえた。
「おじゃましまーす」
先程の声が、窓から聞こえてきた。
了




