とんとんさん ニ
保育園に通う娘は最近おままごと遊びが好きだ。
家にある紙コップやままごと道具を集め、ぬいぐるみをテーブルの向かいに置いて一人遊びをする。
その可愛らしさと娘の成長に私は顔をほころばせた。
「とんとん、とんとん」
包丁で何かを切っているのだろう。
「ねえ、何を作ってるの?」
「とんとんさん」
「とんとんさん?」
「うん。とんとんさんだから、私がお料理してるの」
「……とんとんしてるのはミヤちゃんじゃないの?」
「ちがうの。とんとんさん出来ないからママ、あっちいって!」
娘は苛立って私をリビングから追い出した。
とんとんさんとは何の事だろうか。
子どもの遊びを深く考えないほうがいいかと思った私は、リビングを離れて庭の掃除を始めた。
翌日の日曜日の事だったミヤと行った公園で、保育園のお友達と遊んでいた時。
「とんとん、とんとん。ジュージュー」
「ごはんができましたよう。おにくですよう」
さっきまで一緒に遊んでいたはずのキョウコちゃんは、砂場でミヤがおままごとを始めると席を外した。
「あら、キョウコちゃんはミヤと遊ばないの?」
「ミヤちゃん、とんとんさんしてるから」
また、とんとんさんだった。
私はキョウコちゃんに聞いてみた。
「とんとんさんって、どんな遊びなの?」
「んー。大人にはナイショなの!」
キョウコちゃんはそう言うと、すべり台の方へ走っていった。
私はキョウコちゃんのお母さんと二人で首を傾げた。
「最近、園で流行っているんですかねえ、とんとんさん」
キョウコちゃんのお母さんは困った顔をした。
「それが、私もよく分からないんです」
一人でおままごとをするのが「とんとんさん」なんだって思っていますけど。
そんな事を言ったキョウコママは、すべり台で転んだキョウコちゃんを見ると慌ててその場を離れた。
その翌週、保育園から帰る時のこと。
ミヤが園庭の砂や虫を口にしたと保育士さんから口頭で伝達があった。
詳細は連絡帳に書いてあり、異物を飲み込んだ様子もなくミヤの体調も悪くなっていなかったと伝えられた。
「でも念の為注意して見てあげて下さい」
若い保育士さんは言った。
私から見てもミヤはケロッとした顔でいつも通りの様子だったので、大事ではないと判断をして園を後にした。
「今日、ばっちい事したんだって?」
「そうなの?しらなーい」
ミヤはくすくす笑っていた。
思えばその日からだった様に思う。
ミヤの様子が段々と変化をしてきたのは。
どちらかと言えば焼いた魚が好きだったミヤは、肉や刺し身を好んで食べるようになった。
身についたばかりの食事のマナーも悪くなり、特に犬食いが顕著だった。
何度言い聞かせても舌で皿を舐めるのは変わらず、どうしたものかと育児書を読み漁った。
「どうしてお行儀悪いことをするの?そんなんじゃ、立派なお姉ちゃんになれないよ」
立派なお姉ちゃんになれない、は弟か妹が欲しいミヤに効果てきめんだった躾の文句だ。
「いいの、妹はとんとんさんがつれてきてくれるんだから」
ミヤはそう言うと、しまった、という顔をした。
「ママ、今のきいてない!きいてないよね!ミヤゆってない!」
ミヤはそう言うと、ご飯を中断して布団の中に入っていった。
何の事なのだろう。
次の日、私は子どものお迎えの時間に、保育士さんに尋ねてみた。
「あの、とんとんさんって最近園で流行っているんですか?」
すると、保育士さんは怯えたような顔をした。
「ええと……私には少し分かりません……」
困っている顔の保育士さんの後ろから、ミヤがやってきた。
ミヤは無表情に私を見つめていた。
私と目が合うと、ミヤはにっこりと笑って手を繋いできた。
「お母さん、お家に帰ろう!早く!」
ミヤは、私の事を普段「ママ」と呼ぶ。
わが子が急に見知らぬ子どもの様に思え、思わず手を振り払ってしまった。
「……ママ、お家に帰ろうよ……」
泣きそうな顔で私の顔を覗いてきたミヤは、間違いなく私の子どもだ。
私はミヤの頭を撫でて、小さく謝った。
園の門を通り抜ける時に、ふと後ろを振り返ってみた。
園の窓から、子どもたちが一斉に私とミヤを見つめていた。
了




