ほね
後期高齢者となった実母が階段で躓き骨折した。
それからというもの、軽い認知症を併発した母は要介護状態となった。
母の言動はよく聞く認知症患者の乱暴な物言いとは程遠く、比較的穏やかな介護だった。
ただ、今にして思えば母の言動で一つだけ気味の悪いものがあった。
粗相した布団や床周りを片付けていた時の事である。
母はしきりに
「持っていかれる、持っていかないで」
とあらぬ方向を見て呟いていた。
何を持っていかれるの、と聞くと
「ほね」
と悲しそうな顔で答えた。
それからしばらく、部屋の影を見つめては怯え、魚や鶏肉の骨を見ると食べようとする母と格闘することになった。
穏やかで明るかった母の豹変に悲しさと寂しさを覚えたが、それでも何とか一年を過ごした。
3月の初めのことだった。
母の介護は唐突に終わった。
誤嚥性肺炎の悪化で、あれよあれよという間に母は逝った。
唐突な死に心の準備もままならない中、家族や親戚の助けで何とか葬儀の準備をすることが出来た。
葬儀も一段落がつき、誰も使わなくなった母の部屋で遺品の整理をしていた時のこと。
大きな茶色い瓶が押入れの奥から転がり出て来た。
瓶の中には、手のひら程の大きさの人の骨が納まっていた。
小さな頭骨を取り出してみる。
それには歯型がついていた。
了




