1-06:『精霊、夢の中で』
ミシックの中央通りから少し離れたところにある、宿屋ルシュエの202号室。そこは一人で泊まるのには十分すぎるほどの広さだった。あのアパートの六畳一間と比べると二倍――いや、もっとあるかもしれない。
部屋の中には、大きなダブルベッドと三面鏡のついた机が一つずつ。あとは、子どもの背丈ぐらいに伸びた観葉植物が窓際に置かれているだけだった。無駄なスペースにはわずかながら空虚感を覚えてしまう。
「……さてと」
辺りを見回してみても、掛け時計らしきものは見当たらず、ハルトは今にも電池が切れそうなスマホで時刻を確認する。
そこに映っていたのは『18:21』という数字。この世界の基準に合わせるなら、降刻の六時すぎか。元の世界なら今は七月下旬、夏真っ只中で外はまだ明るい時間帯のはずだが、こちらでは西日が既に顔を隠し、月光が窓から部屋に降り注ごうとしていた。
異世界転移の前夜と同じように、ベッドの上にダイビングするハルト。自宅のそれとはスプリングの質が違うのか、深く沈んだ寝台にポンと跳ね返される。その揺れが収まる頃合いを見計らって、少し寝返りを打ってみると、何とも気持ちいい寝心地を感じられた。
夕食は降刻の八時、一階の食堂にて。二日間の放浪で疲れきっていたハルトはそれまでの間、仮眠をとることにした。こんな快適な環境で一時間も眠れば、蓄積されていた疲れもそれなりに取れるはずだ。
先ほど結ばれた、シーナのミシック散策に同行する――約束というのには半ば強制的だった気もするので、それについては触れないでおこう。「まだ疲れが残ってるでしょ?」とシーナが気を使ってくれたこともあり、その予定は明日の朝へと回された。
もっとも、夜が更けてきたミシックの治安はあまりよろしくないようで、それも決め手の一つになったという。不用意には外出しない、これ重要ね。
「はあ、流石に疲れた……」
溜め息混じりの本音が、ハルトの口からボソッと漏れる。身体的にも精神的にも完全に疲弊しきっていて、思考を働かせる気力も既に失われていた。
重くなった瞼がゆっくりと沈み、視界はブラックアウト。音も次第に聞こえなくなって、最後にはその意識を手放していた。
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暗闇に満たされた空気は薄汚く淀んでいて、ハルトに強い不快感をもたらす。気持ち悪い。吐き気がする。
何もない『無』の空間では、五感の一切が機能することをやめ、そこにとどまることもないを余儀なくされる。立っているという感覚もなく、動くことさえままならない。ただその一点に存在しているだけだった。
どれだけの間、『無』の境地にいたのだろうか。
突如として、目の前に広がる世界が光を取り戻していく。相反するのように暗闇は姿を消していき、彼方にはゆらゆらと煌めく輝きがあった。それはとても幻想的で、先ほどのような嫌悪の情はもう感じられなかった。
帰ってきた五感をもって、光の世界の有り様を感じとる。そして、その中をのそのそと歩き始める。
ハルトには『ここは夢の中である』という自覚があった。つまり、これは夢と自覚しながら見る夢――『明晰夢』だ。しばしばそれを見ることのあったハルトは、知識を少しだけ齧っていた。
明晰夢の中では、その状況をコントロールすることができる。見たい夢が見られるので、ある種のテーマパークといっても過言ではない。それ相応のリスクもあるようだが、とても魅力的な夢だなと思ったことを今でも覚えている。
しかし、ハルトはその夢を操ることができなかった。面前の光景が変わっていったのは無意識下で起こった事象で、ついさっき味わった暗闇の不快感から逃れたいという気持ちが反映させたものではない。何をしたわけでもなく、ただただ勝手な変化だった。
加えて、夢にしては意識が鮮明な気がする。まさかではあるが、また別の異世界に転移したわけではないよな?
とにかく現状から考えて、今見ている光景は少なくとも、明晰夢によるものではないのだろう。それがハルトが導いた結論だった。
「――ねえ、君、この声が聞こえるかい?」
唐突に鼓膜を震わせるのは、ハルトを呼ぶ誰かの呼びかけだった。姿を見せない声の主に対して、ハルトは警戒を強める。
暫しの沈黙の後、正体不明の声に意識を向けているうちに、目の前にはただ一つの光の点が漂っていた。どこから現れたのか、いつの間にかのことでまったく分からなかったが、その光が声の主だと推測して決めつける。
「ああ、聞こえるよ」
「――そうか、それは良かった」
こちらの言葉に対して、少々のタイムラグを挟んで返ってくる応答。話している相手はこの光で間違いなさそうだ。当然ながら、その光には実体がなく、顔色を伺うことができない。その思考を表情から判断することができず、ハルトは得体の知れない恐怖を感じていた。
「そんなに怖がらなくても、僕は君に危害を与えたりしないよ。むしろ、突然の異世界転移に戸惑っているであろう君の手助けをしようと思って来たんだから」
「……何も言ってないのに、何で全部分かるんだ」
その事実を知っている人間は、世界でたった二人――レガルとシーナだけだ。二人を除けば誰も知り得ないこと。それをこいつは知っていた。
慌てふためく心とは裏腹に、表面上では平静を装ったまま問いただす。誇れるようなことではないが、上っ面を取り繕うのは得意だから。
「何でって言ったって、分かるものは分かるんだよ。それに、僕が君をこの世界――ラストライアに召喚した張本人だからだね」
「……はっ?」
異世界転移の原因という望んでいたはずの答え。予想だにしていなかったタイミングでの暴露に、ハルトの理解が遅れる。
とどのつまり、この曖昧模糊とした事態に陥った元凶が今、そこにいるということだ。その言葉は真実か否か。
「ただ、実際のところ、僕の手で君を召喚したというのには語弊があるんだけど――それは一旦置いておこうか。ひとまずは自己紹介することにしよう」
光の点は段々と大きくなり、ついには実体を現す。
そこには背中に生やした羽根をはためかせ、透き通った真っ白な髪と黄金色の瞳を有する少女がいた。その姿は異常なまでに小柄で、背丈は一メートルにも満たないほどだ。多分、部屋にあった観葉植物の方が大きいな。
「僕は神から使命を託されし大精霊。名はそう――シュテルノという」
身に纏う衣装もまた髪と同じ白色で、その濁りのない肌と調和して、幻想的な魅力を醸し出す。真冬に積もった雪のような美しさだった。
「君の名はミヤガミ・ハルト、間違いないよね」
「……ああ」
「そうか、はなからそんなことは分かっていたんだけど」
無駄な質問だったことを宣言する大精霊。その顔には感情の起伏が見られず、筋肉がついていないのかと思うほどに動かない無表情に、ハルトは神経を尖らせる。
未知の存在に対する危険を察知し、それを畏怖の対象とした。
「警戒を解く気はなさそうだね。――まあいいや。君の立場からしたら、それは正しい判断だ。話を続けよう」
相も変わらず謎の威圧感を感じさせる彼女は、ふと微笑を浮かべる。表情筋がしっかりとついていたようだ、一安心一安心。
「君にとっては右も左も分からない状況だと思うけど、これから話すことを聞いたら、何となく全容が見えてくるはずだ。君の世界の言葉で言うなら、僕は君にとってのナビゲーターといったところかな。……あとのことは自分で判断して」
「終盤、だいぶ投げやりだったな……」
「僕に対してそうやってつっこむ度胸があるなら、どうにかなるさ。ただし、その保証はしない、ふふっ」
口元に手を当てて笑うシュテルノを見て、ハルトは「あっ、これはつっこむだけ無駄なタイプだ」という判断を下す。
「じゃあまずは、君が召喚されたことについてだけど――その原因は君もおおよそ検討がついているんじゃないかい?」
大精霊シュテルノによる第一の質問。和らいでいた顔は凛としたものに戻り、超然たる別格の生物であることを意識させる。ハルトの胸に再び戦慄が走った。
「そうだな……あの『アルカナ』っていう結晶だろ」
「正解、その通りだよ。まあ、流石に察しがついてたか」
合格だ、と言わんばかりの口調で肯定する涼しげな顔の試験官は、表情を一切変えぬまま、
「元来、アルカナはラストライアに伝承されてきた代物。それがどういうわけか、神の意志によって君の世界に出現し、偶然ながらその結晶を手に取った君はその所有者――ホルダーになったというわけだ」
「でも、俺は受け取ったものをリュックに入れてただけで……」
そうだ。あの食堂で黒髪の女子高生が渡してきた『落とし物』の結晶を、仮にバッグの中へと入れていただけ。
手に取ったのは間違いないし、リュックの中にも入れた記憶も確かにあるが、触っただけでホルダーになるなら、例の女子高生が先になっているはずだ。
「しかし、君はそれを『所有している』という認識を持った。ゆえに、そのホルダーになってしまったんだ。普通ならホルダーになるためには、遺伝子情報を結晶の中に登録しないといけないんだけど……何故だろうか、これも神の意志かもしれないね」
「……なーんだ、大精霊でも分からないことがあるんだな」
「精霊は神のように全知全能というわけではないからね、当然さ」
ハルトは何かを試すかのように挑発的な返答してみたが、シュテルノの顔は決して崩れることのない鉄壁のようで、それに応じようとはしなかった。
瞬きの回数。眉や視線の変化。手足を動かす仕草。喜怒哀楽を見せない表情。それらすべてを注視してみても、真意を読み取る隙を与えてはくれない。
告げられたのは『アルカナのホルダーである』という真実。リュックという私的な空間に結晶を入れたことで、ホルダーになってしまったらしい。その経緯は例外だというが、そもそもの原則に馴染みがないので、妙に感じるようなことは特にない。
実感こそないものの、ハルトの中では驚きよりも納得の方が勝っていた。
「そして、僕が神から与えられた『ホルダーを僕の支配下に置く』という能力で、それが自動的に発動してしまった結果、ラストライアに召喚されてしまったというわけ。いやいや。それにしても、草原のど真ん中スタートは災難だったね」
「それはその……つまりは、とんでもない不運に見舞われたっていう解釈で良いのか?」
「嫌な冗談を言うね、君は。ラストライアは素晴らしい世界だよ。召喚されたこと自体が神からの贈り物、むしろ幸運だと思うべきだと思うけど?」
「いや、十八年の人生で初めて、生命の危機を感じたので無理です。それに俺、無神教徒なので」
断固とした態度で、ハルトはその主張を拒む。先刻感じていた恐怖心はどこかに消えて、気づけば会話にも緊張感が見られなくなってきた。
レガルから聞いていたのは『大精霊アインゼラの魔法によって異世界から召喚された迷い人』の逸話。それとは若干の相違点があるが、そもそもが都市伝説みたいなものだと言っていたから、そこまで気にすることでもないか。
「まあ、それは僕にとって、どうでもいいことだからね。宗教だって、君の勝手にすればいい。僕は今、僕の役目を果たすためにここにいる。それだけだから」
「役目か……」
「その通り。僕が神から託された役目、使命だ。支配下に置いたホルダーの夢にわざわざ出向いて、アルカナについて一から十まで説明する。本当、面倒な仕事だよね」
苦笑いを唇の上に浮かべ、やれやれという仕草を見せる。精霊様にも、やりたくない仕事を我慢してやらないといけない瞬間があるようだ。おいおい、何とも世知辛いな。
「今から伝えるのは『アルカナ十項』と呼ばれる神からの啓示だ。しっかりと覚えておいた方が身のためだよ。ラストライアは君が思うよりも物騒な世界だから」
「さっき、素晴らしい世界って言ってたよね!?」
即座に露見した矛盾点に、思わずつっこんでしまうハルト。背筋を凍らせる荘厳な雰囲気を出してきたかと思えば、前触れもなく諧謔を弄する。いくらか会話を重ねてみても、その精霊のスタンスがいまいち捉えられなかった。
「細かいことは気にしない気にしない。言っておくけど、どちらも間違いではないからね? さあ、それじゃあ……」
「その前に一つ、質問させてほしいんだけど。――俺がホルダーになったって言ってたけど、そのアルカナはどこだ? リュックの中に入れっぱなしだったはずなんだけど」
「そうかそうだね、言い忘れてた。まあ、それについては後ほど。順を追って説明することにするよ。いやー、理知的に物を考えられる人間と話すのはやっぱり楽しいね。条件反射で言葉を交わそうとする奴とは雲泥の差だ」
筋道を立てて話を進めようとするシュテルノは、その答えをすぐに返そうとはせず、一時的に保留とする。やり取りされる会話の端々からは、その知性の高さが窺えた。
「じゃあ今度こそ、アルカナ十項を君に伝えよう」
◆ その一.『所有権の取得』
アルカナの所有権を得るためには、そのアルカナを自身の中に取り込むことで、遺伝子情報を結晶の中に登録して所有者(ホルダー)になる必要がある。
「もっとも、君にはもうあまり関係ないことか」
「例外のパターンみたいだからな」
「本当、不明瞭な点ばかりで釈然としない気分だよ」
奇しくも残ってしまった疑念に小さな吐息を漏らしながら、不満そうなシュテルノは首を傾げる。
「あぁそうそう、聞きたいことがあったら、途中でとめてくれて構わないからね」
◆ その二.『ホルダーと権能』
ホルダーになると、そのアルカナに応じた「権能」が与えられる。所有権を持たない者がそのアルカナの権能を発動することはできない
「……うん」
◆ その三.『権能の唯一性』
与えられる権能は各アルカナによって決まっているため、ホルダーの素性や性格には依存せず、同一の権能を持つアルカナは存在しない。
「みんな違ってみんないいってやつだね」
「えーっと……」
「続いて、その四」
「ちょっと待ってストップ、一旦ストップ!」
とんとん拍子に話を進めようとする大精霊に対して、ブレイクタイムを要求する。あまりに早すぎるスピードの伝達、ついていこうにもついていけない。
「一気に言われると、頭へのインプットが追いつかないから、プリーズスローダウン」
「何を試そうとして言語を変えたのか、君なりの考えがあるみたいだから問うつもりはないけど。――安心してほしい。別に頑張って覚えようとしなくても、僕から伝えた十の文言は潜在意識の中に記憶されるから、思い出したいと思えばいつでも思い出せるよ」
「いや、覚えておけって言ってたじゃん。俺の努力を返せ……」
紡がれた言葉に振り回されっぱなしのハルトは呆れて頭を抱える。一方のシュテルノは微笑を浮かべ、じっとその様子を眺めている。
「ちょっとからかいたくなっちゃったんだ。人間と話すこと自体、かなり久し振りでね。その非礼は詫びよう。使命をさっさと済ませたい反面、君との会話がとても楽しくてさ。伝えなきゃいけないことだけ伝えて『はい、さよなら』だなんてもったいないし、つまらないじゃないか」
「……それはどうも」
褒められているような気がしたが、それを素直には受け取れなかった。
現状下において、一応の最終的な目標は元の世界に戻ることになる。しかし、その糸口すら掴めていない今はとにかく、ラストライアという見知らぬ世界を生き抜かなければならない。帰還できるにしても、できないにしても、死んだら終わりなんだ。
冗談に対応し続けられる器量もコミュニケーション能力も、ハルトは持ち合わせていなかった。
「まあいい、続けようか」
◆ その四.『権能の数と制限』
各アルカナがホルダーに与える権能の数に限りはないが、認められない者にはその効果を発揮することはできない。
「縛りがあるみたいだけど――そういえば、権能なしのホルダーを見たことがあるぞ、俺」
「ああ、それは【運命の輪】の彼女のことかな? 権能に見放された存在なのか、それともまだ眠っているだけなのか。効果を発揮しない限り、権能の内容は誰にも、僕にだって分からない。ただ唯一、全知全能の神は例外だけど」
「……シーナのこと、知ってるんだな」
「勿論だとも。彼女もまた、僕の能力で支配下に置かれている立場だ。彼女がホルダーになった夜にも、同じように彼女の夢に赴いたのを覚えているよ」
大精霊シュテルノによる支配、それはハルト以外にも有効のようだった。
支配の能力がホルダーたちにどのような効果をもたらすのか。具体的な内容が何も分からない以上、この畏怖の対象を怒らせるようなことは控えるべきだと、ハルトは本能をもって理解する。
「そろそろ僕の話に飽きてきてはいないかい?」
「いや、じっくり考えながら聞いてるから、まず飽きる飽きないっていう話じゃないな。異世界に召喚されてデッドエンドなんて御免だから。命が二個あるとか、そういうことなら少しは気楽なんだけど?」
「世界が変わろうとも命は一個、心臓もまた一個しかない。いのちだいじに、ということかな。それにしても、随分と饒舌になってきたようだね」
「超常的な現象と存在を目にして、どうにか理性を保つのに必死なんだよ。吐き気こそなくなったけど、ゾワッとする感覚はずっと残ってるし」
漆黒の闇で感じた嘔吐感は失われたものの、身の毛のよだつ感覚は未だ健在だ。
そんなハルトを見つめる眼差しが憂いを帯びるようなことはなく、酷く無愛想で冷徹な眼光であった。
「飽きてないと言うのなら、話を戻そう」
◆ その五.『権能の三大性質』
権能はその性質によって大きく三つに分けられる。ホルダーがアルカナに意識を送ることで発動する『瞬時系権能』、ホルダーが任意に効果の発動状態の切り替え(スイッチ)ができる『随時系権能』、ホルダーの意思に関係なく効果を発揮し続ける『常時系権能』である。
「――――――」
「未知の上に未知が重なって、頭の中が上手く整理できていないようだね。まあ、今はそこまで悩む必要はないよ。あとからたくさん考えればいい」
黙り込んだハルトの様子を見て、シュテルノは思索の一時停止を促す。
権能についてさえも詳しく分かっていない現状で、その性質を説かれても理解に苦しんでしまう。知識は一つずつ段階を踏んで積み重ねてこそだ。
ハルトはその勧告を素直に受け取ることにして、意識を次の文言へと移す。
◆ その六.『ステルス状態』
アルカナのホルダーはいつでも、アルカナを自身の中に取り込むことで、それを他者から認識されない状態(ステルス状態)にすることができる。この状態は任意に解除することができる
「なるほど……」
顎に手を当てて、ハルトは相も変わらずその伝達に思考を巡らせる。大方は事前の推測通りで『アルカナを見えない状態にする』というものであった。
「そうか、君は【運命の輪】のステルス解除を、既にその目で見ているんだったんだね」
「こちらの行動はすべて筒抜けか。――何なら、考えてることまでお見通しなんじゃないか?」
ハルトの口から発せられた鋭い尋問の一声。それを聞いたシュテルノは琥珀のように透き通った瞳を見開き、そこにはわずかながら驚きの感情が姿を覗かせる。
「――大正解だ。挑発的な口利きをしたり、他言語を挟んでみたりして、僕のことを試していたようだけど、ようやく気づいたんだね。相手をじっくり観察して、物事を考えられるその頭には本当に感心したよ。少なくとも、ただの馬鹿にはできないことだ」
大精霊はその青年に一定の評価を与える。その白い髪をくるくるといじりながら、唇に微笑みを浮かべていた。
神経を尖らせたままのハルトを見つめて、シュテルノは小首を傾けると、
「そんな賢い君にはご褒美をあげよう。先刻、ホルダーとなった君はアルカナがどこにあるかと僕に問いたね。そして、その答えは簡単。既に元の世界のリュックというものの中には存在せず、ステルス状態で君の体内に取り込まれているんだ」
「……つまり、俺はこの世界に来てから、実はずっと持っていたってことか」
「今ここで、頭の中に結晶のイメージを意識してみるといいよ。そうすれば、ステルス解除されたアルカナが現れるはずだ」
アドバイスを受けたハルトは想像を広げてみる。シーナの首に掛けられていた結晶を思い浮かべ、自身の体内にも同じものがあるのだと頭に言い聞かせて。
それは刹那のことだった。
鎖骨の下に異物感を覚えた。――と思えばすぐに消え去ってしまい、あたかも勘違いであったかのように感じさせる。
次の瞬間、胸の辺りから出てきたのは一つの結晶。シーナのようにネックレス状にはなっていない、結晶そのものだった。ハルトはそれを強く握って掴みとる。
「君のアルカナはNo.00/【愚者】だよ。愚かな君には極めて打ってつけの通り名だろう?」
「中々にキツい悪口をかましてくるね……」
手の中で光り輝く神秘の顕現。その存在は異世界に迷い込んだ一人の男の運命を振り回していく。
――今はまだ何も、何も知らぬままで。