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0-00:『ラストライア』

挿絵(By みてみん)


 青く澄みきっていた空は、夜という名の深い漆黒に染まり沈んでいた。


 その中に火を灯すかのように、城郭に囲まれた王都アスノカの街並みが輝き続ける。

 綺麗に整備された石畳の大通りは、多くの人でごった返していた。日付が変わろうとする時間になっても、まだまだ活気に溢れ返っていて、静まることを知る由はない。


 そんな王都の中心部から少し離れたところに、一つの屋敷が佇んでいた。

 肌を刺すような冷たい風が、辺りの木々を静かに揺らす。近くにある庭園には花々が咲き乱れ、それはまるで桃源郷のようだった。


 眠りにつけない一人の少女は、母親とおぼしき女性に絵本の読み聞かせを強くねだっている。

 胸に抱えた絵本は『アインゼラのたいくつ』という、この世界に伝わる大精霊の物語であった。




 ◼◻◼◻◼◻◼◻◼◻◼◻◼◻◼◻◼◻◼




 今から四千年も昔のこと、神様はこの世界を創り出しました。

 その名は『ラストライア』、みなさんが住んでいる世界のことです。


 無の空間には、果てしない大地と渾天が広がっていきました。

 平原には草木が生い茂り、新たな生命が宿りました。

 そして、そこから誕生した人類種はゆっくりではあるものの、次第に文明を築いていきます。


 神様はラストライアの行く末を見届けたいと切に願っていました。けれども、この地に留まれる時間は残されていませんでした。

 そこで、悩んだ神様は新たに生み出した精神体・大精霊に『世界の行く末を見届ける』という使命を託して、この地を去ることにしました。

 使命を託された神の子、開闢の大精霊の名はアインゼラ。



 アインゼラには、使命とともに託されたものがありました。

 それは『神秘の顕現』と呼ばれる結晶『アルカナ』です。

 全部で二十二ある結晶のうち、アインゼラはアルカナ01/【魔術師】の所有者(ホルダー)となりました。


 【魔術師】の結晶を持つ者は、あらゆる魔法が使えるようになります。

 火・水・風・土・光・闇の六属性すべて、どんな高位のものであっても。


 【魔術師】のみに使うことが許される、闇属性の極致魔法〈『創造』アル・グノスト〉によって、人類種の文明は更なる発展を遂げていきました。

 使命を胸に、世界の発展を見守ってきたアインゼラ。

 ただ、精霊種と人類種が交わることはなく、常に孤独だった大精霊にとって、日常は退屈なものになっていきました。



 天地創造から二百年ほどの月日が流れた頃、第二の精霊が誕生しました。

 その精霊はシュテルノと名づけられ、アルカナ17/【星】の所有者(ホルダー)となりました。


 神様の力を受け継いだ極致魔法であっても、生命の誕生は非常に困難なものでした。

 現世に宿りし精霊は、アインゼラとシュテルノの二体だけ。

 初めての友となる存在の誕生を、アインゼラはとても喜びました。


 唯一無二の同士であり、かけがえのない存在――。



 【星】の結晶を持つ者は、己の望むことが叶えられるようになります。

 可能性が存在する限り、望めば如何なることであっても。

 シュテルノが望んだのは『人類種との交流』でした。


 人類種との接触のために、実体を持たなかった精霊種は姿を変え、人類種の子どもに羽根を生やしたような身体になりました。

 数百人の人類種と二体の精霊種の関わりは、最初こそ軋轢を生じたものの、気づけば親交を深めるようになっていきます。

 退屈な日常など、そこにはもうありませんでした。



 しかし、アインゼラの心には、孤独だった頃にはなかった新たな感情が芽生えていました。

 それは嫉妬、つまりは『シュテルノに対する独占欲』です。


 悪しき感情は心を蝕み、日を追うにつれて大きくなっていきます。

 自分自身が変わっていくことに、アインゼラは感づいていました。


「このままでは、僕は僕自身を失ってしまうかもしれない」


 そう思ったアインゼラはその肉体を殺し、魂を精神世界へと戻すことにしました。

 さすれば、この感情を受け止めることもないから。


「僕と君は間違いなく友だった、と思う。少なくとも、僕はそう信じている」


 憂いを帯びた声が消えていく――。


「僕の考えは独善的なものだった、とも思う。きっと、君には迷惑を掛けたよね」


 消えていく、消えていく、消えていく――。


「でも、僕は君だけがいれば、それだけで良かったんだ――」



 シュテルノは友の喪失にひどく嘆き、悲しみました。

 精神世界へ帰ろうとは試みたものの、その願いは叶いませんでした。『魔術師』アインゼラの手によって、帰路が閉ざされていたからです。


 【星】はどんな望みでも叶えられるという希望の権能でした。

 希望と引き換えに失うものの存在、それに目を背けられるのなら。


 二体の精霊はそれぞれの世界で、今も心のどこかに退屈を抱えながら過ごしています。




 ◼◻◼◻◼◻◼◻◼◻◼◻◼◻◼◻◼◻◼




 王都の喧騒は息を潜め、透き通るように白く煌めく満月がそれを見つめている。

 屋敷を照らす月明かりには、慈愛で包み込んでくれるような優しさを感じた。


「おやすみ、シーナ」


 ほのかに、柔らかい声が聞こえた。

 瞳を閉じた少女の寝顔は、天使のような微笑を浮かべていた。




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