(7)初老(しょろう)
初老と聞けば、年相応の人なら年老いたようで余りいい気分はしないだろう。しかし、初老になったのだから否定しようもなく、それはそれで受け入れる他ない事実なのである。この頃になると人は、ふとしたことを物忘れするようになる。どうしても思い出せないことを、それでも! と必死に思い出そうとする訳だが、これがどうしてどうして、なかなか思い出せない。挙句の果てには、他の用事が出来たりして思い出そうとしていたことすら忘れてしまう・・ということになる。^^
とある市役所の庁舎内である。
「…で、先輩、訊いてくれましたか?」
「えっ?」
「いやだな、アレですよっ!」
「アレ? アレというと、ナニかい?」
先輩と呼ばれた初老職員は思い出せず、代名詞で暈した。
「そうです! ナニですよっ」
後輩職員はナニはアレだと思ったから肯定した。代名詞で取りあえずは急場を凌いだ初老職員だったが、それでも思い出せなかった。こうなれば仕方がない。適当に話を合わせる他ないか…と瞬間、初老職員は思った。
「ナニはまだだな…」
「嫌だなぁ~。だったら私が訊ねますよっ! 一時間後には出なきゃならないんですからっ!」
後輩職員は少し怒りっぽい顔で返した。
「訊ねるって?」
それでも思い出せない初老職員は、搦め手からアレを知ろうとした。
「もちろん管財課の公用車管理室に、ですよっ!」
そのとき、ハッ! と先輩はアレを思い出した。アレとは、いつも外回り用に使用されている課の公用車が、忽然と消えた一件だった。初老職員は管財課と聞き、思い出したのである。
その後、公用車は市内に突発したハプニングで使用されたことが判明し、一件は、あっさりと解決した。
忘れていたが、それでも何事もなかったんだからいいとするか…と、初老職員は初老でド忘れしていたことを正当化しようとした。
この場合のそれでも…は、初老を否定したい初老職員の単なる見栄である。^^
完