(56)風の所為(せい)
風の所為で風邪を引く・・とは上手く言ったものだ。漢字が示すとおり、風の邪、邪な風が吹いて体調を崩す・・ということである。それでも、初期のうちに気づいて処置をすれば、その邪悪な風は、『チェッ! 他へ行くとするか…』などとブツクサ言いながら退散するから、それ以上に体調が悪くなる・・ということはない。^^
とある町のとある大衆食堂である。昼時ということもあってか、大層賑わっている。
「へいっ! 木の芽ラーメン上がったよっ!!」
店奥から気前のいい声がする。その声に急かされたように若い女店員がトレーに二鉢の木の芽ラーメンを乗せ、客が待つテーブルへと急ぐ。
「お待ちどおさま…」
二人の客は置かれた木の芽ラーメンをソソクサと食べ始める。そのとき、一人の客が思わずクシャミをした。
「どうした?」
「いや~、花粉が飛び始めたからでしょう…」
クシャミをした後輩風の男は、とりあえず花粉の所為にする。
「いやっ! それは風の所為だっ! 注意しろっ!」
先輩風の男はジロジロと神経質に辺りを見回す。
「風なんか吹いてないじゃないですか」
「いや、吹いていなくても、邪な風はどこに潜んでいるか分からんからなあ~」
「…そうなんですか?」
「そうなんだ…」
先輩風の男が自信ありげに語る。
「あっ! すいませんっ!!」
そのとき、後方の席から客の声が飛ぶ。
「はぁ!?」
後輩風の男が後ろを振り返る。
「いゃ~、胡椒が出過ぎましてねっ!」
「…」
先輩風の男は形無しで黙ってしまう。ところが、見えない風は、『ヒヒヒ…俺の所為だがねっ!』と思わずニヤリと。
このように、他に妥当な原因があったにしろ、それでも邪な風は存在し、嗤っているのである。^^
完