(5)帰らぬ人
失踪した男を待ち侘びる、とある家族の話である。その失踪は転落したバスに乗車していた男だった。事故後、怪我人の救助や遺体収容が当然のように行われたが、どういう訳かその男だけは発見されず、まるで神隠しにでも遇ったかのように忽然とこの世から姿を消したのである。家族とすれば遺体が収容されたのなら、それはそれで諦めもつくのだが、何も発見されない状況では、諦めるに諦められない心境だった。
一年が経ち、家族は失踪届を家庭裁判所へ出すことにより失踪宣告を受けようとした。恐らくは助かっていないと思われた状況にもかかわらず、それでも生きている! と思いたい家族の心情である。
それからまた、数年が経ち、家族も諦めかけた矢先だった。
「とうとう、見つかりませんでしたね、豚岡さん…」
「はい…残念です。ぅぅぅ…」
「えっ! 豚岡さんなら数日前、鶏冠でお見かけしましたよっ!」
何げなく声をかけたのは顔見知りの女だった。
「そ、それは本当ですかっ!!」
「嘘を言ってどうするんですっ! 本当ですよ、ほんとっ!!」
近所からその話を聞いた息子、娘、母親の家族三人は、その日から鶏冠町をくまなく訊ね回ることになった。
そして数日が経ったが、やはり見つからず、家族はトボトボと鶏冠駅から自宅へ引き上げようとしていた。
「母さん、切符買ってくるよ…」
息子の声に力なく項垂れながら、母親は首を縦に振った。そして、何げなく頭を上げたそのときだった。駅構内の売店へ品入れしている業者の男に、ふと目が留まった。それは正に探していた夫だった。
「あんたっ!!」
母親は思わず駆け寄り、声をかけていた。
「… どちらさまで?」
「わ、私っ! 私ですよっ!」
「はあ? どこの私さまで?」
「いやだっ! 耳代ですよっ、お父さん!!」
その後、豚岡が事故による記憶喪失でさ迷い、この鶏冠町で暮らしていたことが判明した。ただ、記憶が戻ったまでは定かではない。
帰らぬ人を探し続けた家族の[それでも]は、執念が好結果を齎した美味しい一例といえるだろう。豚の耳は食べたことがないが…。^^
完