(39)ペース
人には人のペースというものがある。食事一つにしても、あっ! という間に食べてしまう早いペースの大食漢から、数十分かかってようやく食べ終えるペースが遅い人まで様々(さまざま)だ。まあ、どちらが良くどちらが悪い・・という質の問題ではないことだけは確かだ。ただ、ペースが遅いと、早い人に比べて腕が落ちたり程度が低いと見られがちになる。強ちそうでもないことは、ウサギとカメの童話が物語っている。
わんこ蕎麦の食べ比べ競争がとある地方のとある会場で行われている。すでに順位はほぼ決定し、残るは決勝のみである。二人の選手が目を閉ざし、合図の笛が吹かれるのを静かに待っている。二人とも今まで食べた分が体内にあるから、余り食べたくない気分で笛が吹かれるのを待っている。
実況アナウンサーの声が感情の昂りからか、幾らか震えている。
「さあ、どうなるでしょう!!?」
「えっ? いや、まあ、なるようになるんでしょう!!」
解説者が落ちつきはらった声で返す。しばらくして笛が吹かれ、競技が始まった。飲み込むようにペースが早い男は、瞬く間に数杯を片づけた。片や、ペースが遅い男は、もはや限界が近いのか、ゆっくりと噛むように食べ、ようやく二杯目である。
「もう決まりましたねっ!」
「いや、分かりませんよっ!」
そしてしばらくして笛が吹かれ、競技が終了した。それでも食べ続けた早いペースの男は八杯を、片や遅いペースの男は、かろうじて四杯だった。
「おめでとうございますっ!! 優勝者は八杯を食べ」
アナウンサーがマイクでそこまで絶叫したときだった。
「オ、オェ~~~!!」
八杯を食べた男が俄かに奇声を発し、口から戻した蕎麦を吐き、その場で卒倒した。
「… でしょ?」
アナウンサーは黙って頷いた。
このように、それでも! とペースを上げれば、逆の結果を招くこともある。^^
完