(1)それでも
生きていれば、ガックリ! と肩を落とすことに出くわすことがよくある。こういうときには、それでも! と、不屈の精神でギブ・アップしないことこそが肝要だ。それが人が人生を歩む上で大事な目指すべき道なのでは? と偉そうに思う次第だ。^^ 馬鹿だなっ! のんびり楽しむ方がいいに決まってらっ! と思う方もおられようが、それも人生だと思うから、取り分けてブツクサ言うつもりは毛頭ない禿頭ということだ。^^
これから綴るのは、日常で起こるそんなお話の数々である。
破れた布を縫い合わそうと、しなくてもいいのに裁縫を始めたとある男が針に糸を通そうとして難儀している。かれこれ、もう小一時間が過ぎようとしているのだから不器用という他はない。それでも男は何かに取り憑かれたように必死に続けている。
「あなたっ! どうしたのよっ! さっきから呼んでるのに、返事はア~ウ~だけじゃないっ! 冷めてしまうわよっ!」
痺れを切らせた男の妻が夕飯の催促に現れた。男は糸を通すのをやめ、妻の顔を見ながら、ふと言った。
「そういや、そんな総理大臣、前にいなかったかっ?」
「… そういやいたわね、ナントカ首相! かなり前よっ!」
「ああ、昭和の終わりの頃だったな、確か…」
「ええ。… そんなことより、早くしてよっ! どうしたのよ、いったい?」
「コレさ。針が通らないんだっ!」
「針じゃないでしょ! 糸!」
「ああ…」
「ちょっと、貸してみなさいよっ!」
妻は半ば、ふんだくるように、男から針と糸を取り上げ、一回で通してしまった。
「お、お前、器用だなっ!」
男は驚き、感心したように言った。
「あなたが不器用なのよっ!」
「…」
男は返せず、沈黙した。
男がその後、食事をしたのか、あるいはそれでも! と、裁縫を続けたかまでは定かでない。これが、それでも話の始まりの一話である。^^
完