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 前教主の死から一週間も経たぬうちに起きた惨劇に、VK教団本部の施設内は騒然としていた。警察の関係者が慌ただしく出入りし、死体を運び出した後の事件現場や、施設内外の調査をしている真っ最中だ。

「えー、事件発生当時、このB棟にいたのはみなさんだけで、他の教徒の方たちは反対側のA棟にあるホールに集まっていたわけですね? みなさんで日課である瞑想をされており、その間ホールを出た者はいなかった、と」

 警部の発した確認の言葉に、会議室内に集められた()()は同時に頷いた。

「つまり、犯行が可能だったのは我々だけ、と言うわけですね」

 ノンフレーム眼鏡をかけた背の高い男──沢長が、皮肉げな笑みを浮かべて言う。

「教徒の方の中で言えばそうなりますね。無論、外部犯の可能性もあり得なくはないですが。一応この建物には監視カメラが設置されていますが、死角となっている部分も多いようで……そう言った場所をうまく歩けば、カメラに映ることなく現場に向かうことも可能でしょう」

「それを聞いて安心しましたよ。どうやら警察は頭から我々を疑っているわけではないようだ」

「もちろんです。ありとあらゆる可能性を考慮することが大切ですから」

 鷹揚に応対した警部は、続いて沢長の隣りで青い顔を俯けている男へと、水を向けた。

「古賀さんと最後に会ったのは、(にのまえ)さんだそうですね? その時の様子を改めて伺ってもよろしいですか?」

「は、はい」小柄で気弱そうな一は、オドオドと(おもて)を上げた。それから、少し考え込むように間を空けた(のち)、「わ、私が“左目の間”を訪ねたのは、ご遺体を発見する一時間くらい前──十四時頃でした。私的なことで少し相談があったんです。その時の古賀さんは特に変わった様子もなく、普段どおりでした。それで、話を聴いていただこうと思ったのですが、古賀さんが『これから人と会う予定がある』と仰ったので、また後で、時間を置いてから伺うことしました」

 そしてその言葉どおり、一時間ほど経って部屋を訪れると、そこで教主が死んでいた。死体の第一発見者は一だったのだ。

「私はもう、情けない話気が動転してしまって……とにかく誰かにこのことを伝えなくてはと思って、慌てて廊下に飛び出しました。すると、たまたま煙井(たばい)さんに出くわして……」

 彼は少し離れた場所に佇立するよく肥えた男へと、視線を投げかけた。煙井は大して暑くもないだろうに額に汗を浮かべており、しきりにハンカチで拭いている。

「いやぁ、ホンマに驚きましたよ。まさかこんなことになるやなんて。──私も一緒にご遺体を確認した後、すぐに沢長さんに知らせに行きました。それで今度は三人で左目の間に戻り、ようやく警察に通報したわけです」

「ホンマに驚きました」と煙井は繰り返した。そして「田代さんのことがあったばかりやのに……」と呟く。

 息苦しくなるような沈黙が場に降り立った。続け様に起きた二つの悲劇は、彼らにとっては教団の終焉を暗示しているように思えたのかも知れない。

 教徒たちの姿を無機的な眼差しで眺めつつ、警部は再び口を開く。

「古賀さんが誰と会う予定だったのかはわからなかったのですね?」

「ええ。訪問者の記録を確認しましたが、その時間は来客は一人もありませんでした。今日全体で見ても、午前中にあなたが訪ねて来たくらいです」

 淀みない口調で沢長が答えた。彼の言葉にもあったように、この日の午前中、警部は一度教団本部を訪れていた。改めて田代殺害の現場を見てみたくなったのだ。

 守衛から鍵を借り、左目の間の隣りにある“右目の間”を見て回ったのだが、結局異常がないことがわかっただけで、彼はすぐに引き上げた。

「一つみなさんの意見を伺いたいのですが……凶器に関するお話です。凶器に用いられたのは、前回の田代さんの時同様あの水晶玉でした。これが同一犯の仕業だとすれば──その可能性が最も高いと考えております──、犯人にはいったい何のこだわりがあったのでしょう? 何か思い付くことはありませんか?」

 三人の男たちは暫時不思議そうに顔を見合わせた。それから代表するように、またしても沢長が答える。

「さあ、見当も付きませんね。ただ、以前にもお話したとおり、あれは我が教団にとって重要な道具の一つです。ヴィジョン・キングの目玉の代替品であり、だからこそ左目の間と右目の間にそれぞれ一つずつありました。田代さんの時は右目の間が現場でしたが、今度は反対側の左目の間で事件が起きた……大方、我々を逆恨みした何者かが、教団への嫌がらせを兼ねて行った犯行なのでしょう。だからこそ、あの神聖な部屋で教団のシンボルとも言える水晶玉を凶器に用いたのではないかと」

 神聖な部屋と教団のシンボル──確かにそれは事実なのだろう。しかし、真実は別にあることを、警部はすでに知っていた。

 左目の間と右目の間は、実は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。二つの部屋の奥の壁は、一部がどんでん返しになっており、その向こうの空間を介して行き来することが可能だった。

 秘密の部屋はコの字を横に倒したような形をしており、左右の縦線にあたる部分の先が、それぞれの「目の間」になる。この空間の中には、事務机と椅子が一揃い置かれているのみで、後は卓上にパソコンが鎮座していた。そして特別な任を負った教徒が一人、この中で様々な事柄を調べ、その内容を左右の目の間いずれかにいる教主へと伝えるのである。

 これこそが、「交信」のカラクリだった。

 つまり、左目の間と右目の間が文字どおり「目玉」だとすれば、それらと繋がるこの物置のような空間こそ、教団にとっての「脳」と言うわけだ。

 何のことはない子供騙しのような陳腐な仕掛けなのだが、その単純さ故に逆に気付かれ難いのかも知れない。秘密の空間が先述のとおりの形状をしていること、そして左右の「目の間」が隣同士ではなく、間に一つ部屋を挟んでいること──その名も“口の間”であり、ここで行われるのはもちろん教主による、交信結果の通達である──も手伝って、想像が及ばないのだろう。

 あるいは単に、完璧な防音処置の賜物か。

 いずれにせよ、この仕掛けを知っているのは、教団内では教主とその脳みそ役の二人のみ。教団にとっての最重要機密と言うわけである。

 警部がそんな風に考えていると、それまで沈黙を守っていたある人物が、唐突に口を開いた。

「少し教えてもらいたいことがあるのですが、いいでしょうか?」

「ええ、お答えできる範囲であれば。──ところで、あなた方は? 見たところ教団の方ではないようですが」

 その問いに、彼らは阪南芸術大学に通う二回生であり、教徒の一人から事件の調査を依頼され、昨日から施設に滞在していることを答える。

 二人が提示した学生証によれば、先ほど何かを尋ねかけた方が緋村奈生、そしてもう一人が若庭葉と言う名前だった。

「ほう、調査の依頼ですか。つまり我々にとっては援軍と言うわけですね」

 自然と皮肉のような言い方になってしまう。ただの学生に何ができる。

「どうでしょうね。果たしてどれだけ助力できるかわかりませんが……取り敢えず、現場の状況を教えていただけますか?」

「構いませんよ。──現場と見られる左目の間には特に争ったような形跡はありませんでした。遺体の傷口から出た血がわずかに床に付着しているくらいですね」

「遺体の傷はどのような物なのですか?」

「左前頭部に数発受けたようで、そのいずれかが致命傷となった模様です。両手や肩なんかにも複数打撲の跡がありましたが、これは抵抗を試みた際にできた物でしょう」

「現場となった部屋の鍵は、中からでも開け閉めできるんですか?」

「ええ。ツマミが付いているタイプのドアノブなので」

「なるほど……」

 考え込むように口許に手を当て、視線を下に向けた(のち)

「古賀さんの身長は、確か百七〇そこそこくらいでしたね……」

「それくらいだったと思います」

 独白なのかわかりかねたが、一応相槌を打っておく。

 ちなみに、他の容疑者たちの身長はと言うと、最も小柄なのが一であり、百六〇センチほど。次に大きいのは煙井で、恰幅のよさも相まって縦にも横にも場所を取る印象を受ける。対して、一番上背のある沢長はと言うとかなりの痩身の為、縦にばかり長く見えた。背の高さは警部と変わらないくらいだが、腕や脚の太さは半分ほどしかないのではあるまいか。

「しかし、身長のことがどうかしたんですか?」

「いえ、まあ……」

 生返事をしたきり黙考を始めた緋村に、警部は内心戸惑う。まさか、単なる学生が本気で犯人を推理しようと言うのだろうか。──そんなこと、到底できるとは思えない。

 彼は呆れたように、しばしその姿を眺め続けた。

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