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童話的な感じ

マッチ売りの少女+ョ

作者: ちかーむ



『そのマッチを全て売るまで帰ってくるな』


そう養父に告げられ街に出された少女は、寒さにかじかんだすじばった手にはぁっと息を吹きかけた。


ゴオンと時計台の鐘の音がなり、追い立てるように夕闇のなか人々を家路につかせる。


街は雪に覆われ、すれ違う人々は皆背中を丸め寒さを堪え、足早に道を歩いている。

今日はクリスマスだ。温かい家族やごちそうがまつ家があるならばなおさらその足もはやまることだろう。

そんな人々を見送る少女の腹がぐうとなった。


朝にどろどろの食事とも言えぬ液体を胃に入れたきり、ろくに食事をとっていない。

それに…

バターたっぷりの甘いケーキやパン暖かな食事など、もうずいぶんととっていない。

そっと腹を撫でる。


脂肪などひとつもない腹は薄い皮膚の下にあるものがゴツゴツと手のひらに当たる。

手のひらの下できゅう、とまた腹がなった。

立ち尽くしていた少女は冷えた体を動かしあるきだした。


『マッチはいりませんか、火がすぐにつく良いマッチです。マッチはいりませんか』


そう道行く人に声をかける声が聞こえる。

この街には少女と同じようにマッチを売る娘はそう少なくない。

皆ボロボロの服ともいえぬボロ布をまとい、くたびれた様子で人々に声をかける。


それはこの街の貧困そのもの。

落ちるだけ落ちて、這い上がれない哀れな子ども達。


けれど、珍しくもない見慣れた景色は街の人から同情心というものを無くしていく。

そのかわりあるのは無関心だ。


街中で立ちすくみ、震える哀れな少女達は街中の鼠と同じようなもの。


鼠がそこにいてもわざわざ足を止めて見る人なんて居ない。


少女がそこに居てもいなくても気にする人などどこにも居ないのだ。



それに…


マッチ売りにまで堕ちた者に構う人などそうはいない。

だれだって厄介事に進んで首をつっこみたくはないからだ。



ゴオン、ゴオンと夜を告げる鐘が鳴り響くころ、街を行き交う人はめっきりと少なくなり、闇がすっかり街を覆うと人々をよぶ声は途絶えた。


そして、街のそこかしこで楽しげな笑い声がきこえるようになった。


寒さと空腹に耐えかねたマッチ売りの少女が売り物のマッチに手を出したのだ。


黒い頭薬が軸に塗られたマッチの煙を吸ってはいけない。


それはこの街に住む人達の常識。


黒い頭薬のマッチは嗜好品だ。

このマッチでシガレットに炎をうつすと、程よい酩酊感を与えてくれる。


けれど、火が消えた後に燻る煙は危険だ。吸えば強い幻覚を、時には幸せな夢を見せてくれる。


売り物のマッチで暖をとろうとすれば、その煙を全て吸う頃にはマッチ売りの少女達はすっかり頭がおかしくなっているか、とっくに逝っているかのどちらかだ。

そしておかしくなったマッチ売りの少女達はどこかに消えていく。



その先は…


平穏を求める者はそっと目をそらす。




さくさくと汚れた雪をふみしめながら微かに煙る街の中を籠を片手に少女は歩いている。

空腹を訴える腹を撫でながら。

けれど、少女の体は布の上からでもわかるほど枝のように痩せ細ったマッチ売り達とは異なる体つき。

そして、ちらりとのぞく首筋はおどろくほど艶やかだ。


少女とすれ違った青年がはっとした顔で振り返り声をかけた。


「君!もしや、いや、き、君の…その、かごの中のそれは…」


「ええ」



少女は振り返らずに肯定した。

全てを聞かなくても解っているとその背中が語っている。


「でも、いいの?これを灯してしまえばもうお兄さんは戻れなくなるわ」


少女は見た目よりも高く幼い声で答えながらゆっくりと振り返る。

その顔は笑っているような奇妙な表情。

青年はそんな少女を見てごくりと唾をのんだ。


青年はこの街でつい数週間前までは幸せに過ごしていた。

美しい恋人と温かい家、やりがいのある仕事、親友、満ち足りた、足りないものを数える必要のない人生を生きていた。


朝に冷たい石畳の上で眠る少女たちに僅かな心の痛みを感じながら、夜に暖かな暖炉の前で食事を囲み恋人とさざめくように笑いあう。時にはそこに親友が加わり、酒を酌み交わしバカ笑いをする。そして、窓の向こうの闇の中から聞こえる哀れな少女達の笑い声を聞きながら暖かなベッドに沈む。



そんなささやかな幸せに満ちた毎日。



けれど、青年の親友と恋人は彼を裏切った。

やりがいのあった仕事、研究は全てが親友の手柄になっていた。

暖かなベッドで笑いあった恋人は親友のベッドでおろかな青年を嘲笑っていた。


なにも知らない青年を。


もう戻れない。

幸せだった頃には。



「ああ、ああ。かまわない。だって、これは…私を決して裏切らないのだろう?」


青年の問いかけに少女は上半身をひねり答えた。


「ええ、決して」


ならば。


青年は微かに震える手で少女の差し出す小箱をうけとった。


それは、何の変鉄もないどこにでもあるマッチ箱。

側面の赤燐のざらつきさえ、どこにでもあるマッチと変わらない。


けれど、その箱には+ョと奇妙な紋様が刻まれている。


そうだ、これだ、これこそが青年が探し求めていたマッチだ。


これは青年を裏切らない。

そう決して。

あの美しいだけの女のように青年の矜持を踏みにじり搾取することはない。

親友だと肩を組んだと男のように青年を愚かだと嘲笑うことはない。


これはどこまでも生真面目に愚直に、青年とともにある。

ともに耐え、ともに鍛え、ともに磨き、ともに高めあい、そして…ともに輝くことができる。



青年はそっと箱を引き出す。

中には木の棒を軸にしたマッチが整然と並んでいた。


青年は感無量とばかりにぎゅっと目を閉じた。

そうだ、これだ探し求めていたものはこれだ。

やくたいもない噂話だと馬鹿にしていたあの二人。

けれど青年は心のどこかで信じていたのだ。

この街には特別なマッチ売りがいると。

少女のような大人のような不思議な体をもつ人物がいると。



そうだ、ただの噂話だとおもっていたというのに、けれど、今青年の手元にあるマッチの頭薬の色は…


「ああ、美しい、これは…遅筋と速筋の中間。ピンク筋肉の色…」


青年は矢も盾もたまらず取り出したマッチ+ョを擦った。


シュッ!!


その瞬間、青年の上腕二等筋がバンっ!と膨れた。

もう一本擦ると大胸筋が。

その次は広背筋が、


きらめく灯りはまるで花火のよう。

擦っては灯り、そして消える間に青年の体はみるみる変容していく。


「ああ、あぁ素晴らしいッ!!」


青年は夢中でマッチ+ョに灯をともす。

炎はついては消え、そのたびに狂喜に、ふるえる青年の横顔を照らす。

そして、白い煙がもうもうと空へと上っていく。


その様子を熱のない瞳で見上げる少女。

その口許は相変わらず不自然な微笑みを浮かべている。


「この一箱で貴方の体の筋繊維のキレは格段に変わったわ」


青年の足元には大量のマッチの残骸と切れ切れになった布。


「ダブルバイセェップッッ!!」


青年の雄叫びのような声ともに決められたポージング、街灯に照らされたその凹凸は艶々と輝いていた。

体から立ち上がる白い湯気は冬の夜空に立ち上ぼり消えていく。


少女はなにも言わず踵を返しその場から離れた。

さくさくと真新しく積もった真っ白な雪をふみしめながら街の闇に消えていく。


そして、青年は己のキレ上がった筋肉から目を離すことはなく、少女のゆく先の闇に目を凝らすことはなかった。



「サイドチェストォオォォォッ!!」



星の瞬く暗い夜空に青年の声が響く。

冷たい雪に覆われた街に。

哀れなマッチ売りの少女達の笑い声をかきけすように。


少女は街灯の届かない真っ暗な闇の中で呟いた。



「筋繊維のキレを維持していけるかどうかは…貴方次第よ…」






その小さな呟きは真っ白な息を吐きながらモストマスキュラーを決めたばかりの青年に届くことはなかった。





めでたしめでたし









お読みくださりありがとうございます☆


冬の童話祭2018に参加中~


「if こぶとりじいさん」


があんまりにも暗かったのでここらでちょっくらギャグを…と軽く書いてみました。




こんなの書いておきながらなんですが…


ちかーむはどっちかというとマッチョ苦手です。


あと、マッチ売りの少女もマッチョなのですべてのセリフはポージングつきでお読みくだされば幸いですチョ。


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