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「ねえ、美優さん」
「何?」
「谷本さん、大丈夫?」
「大丈夫……って、何が?」
「副委員長の仕事、一緒にしてるんだよね。彼女の……」
「慎君」
慎君の話の途中で彼を呼ぶ声がして、二人で振り返る。と、教室のドアから安永さんがのぞいていた。
「慎君、係の仕事、終わった? 待ってたのよ」
「なになに、慎之介、デートの約束?」
にやにやしながら言った莉子ちゃんに、慎君は笑いながら答えた。
「違うよ、塾が一緒なだけだよ」
私は、教室に入ってきた安永さんを見てどきりとする。
そうだ。安永さんも、きれいな長い髪をしていた。
私がまじまじとみてしまったせいか、安永さんが軽く眉をひそめる。けれど特に何も言わずに、また慎君の方を向いてしまった。
「慎君、早くしないと、自習室の席なくなっちゃうわよ?」
そう言って安永さんは慎君の手を引っ張っていく。
「じゃ、美優さん、また明日」
「あ、うん、また明日。安永さん、バイバイ」
結局、慎君の話って、なんだったんだろう。
私が手を振ると、慎君は同じように手を振ってくれたけど、安永さんはこっちを見もしないで教室を出て行ってしまった。その様子に、少しだけ心がざわざわする。
なんか最近、安永さんににらまれることが多いなあ。一、二年生のころ、同じクラスだった時にはもっと気軽に話せたのに。
あ。もしかして、変わったってこういうこと?
「萌ちゃん」
私は、萌ちゃんを、そ、と呼ぶ。莉子ちゃんと美由紀さんは、何やら向こうで話していた。
「今の安永さん、きれいな黒髪だったでしょ?」
「そうね」
「あのね、彼女、前はもっと普通に私と話をしてたの。けど、最近、なんでかわかんないけどあんなふうにきつくなっちゃったのよ。もしかしてこれって……」
私が真剣な顔で言ったら、萌ちゃんは、なぜかにっこりと笑った。
「彼女は違うわ」
「え……そうなの?」
「ええ。近くで見てみたけど、彼女の持つ闇は通常の範囲内よ。ちょっと不機嫌に見えるけれど、おおかれ少なかれ、人は不満とか不安とか負の感情をもっているものだから」
「そうなんだ。じゃあ、何か私、安永さんに嫌われるようなことしちゃったのかなあ……」
心当たりはないけど、いつの間にか嫌なことでも言っちゃったのかな。
「美優ちゃんが心配することはないわ。彼女が不機嫌そうなのは、美優ちゃんとは関係ないことよ」
「え、なんで? 萌ちゃん、理由、わかるの?」
「多分、ね」
そう言って萌ちゃんは、くすくすと笑った。
「だから美優ちゃんは、何も心配することはないのよ」
よくわからないけど、萌ちゃんがいいって言うならいいのかな。うーん、でもちょっともやもやするう。
「じゃあね、バイバイ」
話が終わったらしい美由紀さんが、手を振って教室を出て行く。私たちも、自分のランドセルを持って教室を出た。階段をおりながら、莉子ちゃんが言い出す。
「ねえ、今日は三角公園に遊びに行かない? いちょうがすごくきれいなんだって、美由紀さんが言ってた」
三角公園というのは、公園の形が三角だからそう呼んでいるだけで、本当の名前はちゃんとある。敷地面積が小さいから男子がサッカーをやるスペースもなく、でもブランコや滑り台なんかの遊具は少しあって、女子が遊ぶにはちょうどいい公園だ。
そういえば、あの公園には大きないちょうの木があった。さっき二人で話してたのはそのことなんだ。
「莉子ちゃん、感想文終わったの?」
「えー? でも……まだ明日もあるし」
「明日は莉子ちゃん、ピアノだよね。今日やらないと、木曜に提出できないよ?」
莉子ちゃんは、がっくりと肩をおとしてため息をついた。
「……やっぱ、今日やっちゃわなきゃだめだよねえ……」
「がんばってね、莉子ちゃん。私もあと一枚書かなきゃだし」
昨日は萌ちゃんに天使の話を聞いて興奮しちゃって、すっかり感想文のことなんて忘れてしまったのだ。
それに今日は、帰ってから萌ちゃんと一緒に市立図書館に行く約束しちゃったし。
「しかたないなあ。美優と同じレベルなんてやだし、さっさとやっちゃうか」
「莉子ちゃん、ひどい……」
私たちが下駄箱まで来たところで、となりの六年生の下駄箱にも人がいるのに気が付いた。
「萌ちゃん、あの人。宮崎さんだよ」
やっぱり帰るとこらしく、数人の女子と一緒におしゃべりをしている宮崎さんが靴をはきかえていた。
萌ちゃんは宮崎さんのことを、じ、と見つめている。すると、宮崎さんもこちらを見て、萌ちゃんと目があったようだった。
宮崎さんは、は、としたように一瞬だけ目を見開くと、なぜか、萌ちゃんをにらみつけるようにしてから顔をふせた。
「なんか……宮崎さんも機嫌悪そうだね」
その姿を不思議に思ってこっそりと萌ちゃんに耳打ちすると、萌ちゃんはあっけらかんと笑った。
「ああ、今、幻覚でね、私の髪が、ロングのストレートヘアに見えるようにしていたの。すごくきれいな黒髪の、ね」
「なんで、そんなこと」
萌ちゃんは、声をひそめると言った。
「宮崎さんが私の髪を見たらうらやましくなるように、幻を見せたのよ」
「幻って……もしかして、宮崎さんが犯……!」
「美優ちゃん」
あわてて私の口をふさぎながら、めずらしくきらきらした目をした萌ちゃんが続けた。
「やっと見つけた。彼女よ」
「そ……なの?」
「萌、美優、早く行くよー!」
昇降口の外から莉子ちゃんが呼んだ。
「莉子ちゃあん、私たち今日、三角公園に遊びに行くけど、どうする?」
唐突に、萌ちゃんが大きな声で叫んだ。
「いや、無理だってば」
莉子ちゃんが思い切り顔をしかめる。それはそうだろう。今日は読書感想文書いちゃうって、今言ってたばかりなんだから。
「萌ちゃん?」
首を傾げながら萌ちゃんを見ると、萌ちゃんは、にっこりと笑った。その向こうに、相変わらず萌ちゃんをにらんでいる宮崎さんがいる。
もしかして。
「わかった。じゃあ莉子ちゃんはまたね」
「いいなー、私も遊びたいー!!」
そんな風に話しながら、私たちは学校を後にした。
☆
「じゃあね、美優。ばいばーい」
いつもの別れ道で莉子ちゃんが片手をあげた。家の近くで、私だけ、莉子ちゃんと萌ちゃんとは別の方向になるのだ。
「じゃあ、萌ちゃん、またあとでね」
闇を持つ該当者が見つかったのなら、図書館に行く必要はもうないだろう。そのかわり、三角公園にいくことになっちゃったけど。
三角公園で、何が起こるのかな。
私が言ったら、萌ちゃんは笑いながら首をふった。
「ううん、やっぱり今日はやめとく。莉子ちゃんも遊べないし、美優ちゃんだって感想文書き直さなきゃいけないでしょ? 二人の宿題が終わったら、みんなで遊びに行きましょうよ」
「萌ー! 優しいねえー!」
わざとらしく抱き着いた莉子ちゃんをかかえながら、萌ちゃんは続けた。
「だから美優ちゃんも、今日は家にいてね。遊びに行ったりしちゃ、だめよ? 絶対に、ね」
萌ちゃんは、やけに念を押すような言い方をする。
それは、来るなっていうことなの?
萌ちゃんは、一人で三角公園に行く気だ。やっぱりさっき大きな声を出したのは、宮崎さんに聞かせるためだったんだ。
「でも萌ちゃん……大丈夫なの?」
「慣れているから、大丈夫よ」
「何が? 萌」
莉子ちゃんが不思議そうに聞く。
「今日遊べなくても大丈夫かってことでしょ? ね、美優ちゃん」
「うん……」
「なあんだ」
ぱ、と莉子ちゃんが笑う。
「私がんばって今日中に終わらせるから! 明日はだめだけど、明後日遊びに行こうよ!」
「そうしましょうね」
そう言うと、萌ちゃんは、じ、と私を見つめた。
「美優ちゃん、本当にありがとうね」
「ん? ううん、私たいしたことしてないし」
そんな風に改めてお礼を言われると、ちょっと照れくさいなあ。
「さよなら」
「じゃあね、美優」
「うん、ばいばーい……」
二人に手を振って、私は家へ向かった。ぽてぽてと歩きながら考える。
萌ちゃんが大丈夫っていうなら、大丈夫だよね。きっと。
でも、髪を切るような力を持っている人を相手にするんだ。もしその力で、髪じゃないところを切られたりしたら……
足を止めた私は、ぎゅ、と自分の手を握りしめた。




