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「早くみつかるといいね」
「そうね。今は記憶を調整することばかりに体力を使ってむだに倒れちゃうから、なかなか調査に移れなくて。だめだなあ、私」
「え?」
子供らしくないため息をついた萌ちゃんは、は、と我に返ったように口元を手で隠した。
「もしかして、萌ちゃんが先週倒れたのって、その力を使ったせいなの?」
「ん……実は、そう。恥ずかしいわね。与えられた仕事すら、満足にできないなんて」
萌ちゃんは、ちょっとだけ泣きそうな顔になった。萌ちゃんのそんな顔は、初めて見る。
「ううん、そんなことないよ。だって、誰も事件のこと気づかずに普通に学校に来てるもの。それって、萌ちゃんの力のおかげでしょ? ちゃんと萌ちゃんは、みんなを守っているよ」
私が言うと萌ちゃんは目を丸くしてから、くしゃりと笑った。
「ありがと。美優ちゃんがそう言ってくれると、私も元気になれるわ」
私は、その場に手をついて萌ちゃんの方へと身を乗り出した。
「ねえ、萌ちゃん」
「ん?」
「私にも、萌ちゃんのお手伝いってできないかな?」
「え?」
萌ちゃんが、また目を丸くする。
「私にも、その子を探すことできないかな。そうしたら、萌ちゃんがあまり力を使わなくてもすむでしょ?」
「美優ちゃんが?」
「うん。なにか、私にわかるような目印になるようなものとかない? 萌ちゃん一人で調べるより、少しはましかなと思って」
「うーん……」
萌ちゃんは、少し考えるように首をかしげた。
「そうねえ。じゃあ、ちょっとお願いしてもいい?」
「うん」
「最近、ちょっと変わってしまった子……たとえば、普段は穏やかなのに急に怒りっぽくなったとか、いつもは明るいのに口をきかなくなったとか。そういう、様子の変わった子をみつけたいの。私はまだここに来て日が浅いから、美優ちゃんみたいにずっとこの小学校にいる人の方が、そういう子を見つけやすいかもしれない」
「うん。それなら、私にもできるよ」
私は、ほ、と息を吐いた。
手伝う、とは言ったけれど、天使のお仕事なんてさっぱりわからない。大変だったらどうしようと思ってたけど、難しそうなことじゃなくてよかった。
「ありがとう。巻き込んじゃったのは本当に悪いと思うんだけど……」
「ううん、全然そんなことない。萌ちゃんが困っているなら、お手伝いしたいの」
そう言うと、萌ちゃんはありがとうとにこりと笑った。
ああ、よかった。いつもの萌ちゃんの笑顔だ。
「どういうわけか美優ちゃんには私の暗示が効かないみたいだから、他のみんなみたいに記憶を操作することができないの。だから、ちょっと怖い話かもしれないけど、話さなければいけないと思ったのよ。このことは、みんなには内緒ね」
萌ちゃんは、人差し指を唇の前にあてて笑った。
「うん。内緒ね」
私もそのまねをして、二人でくすくすと笑う。
その時、六時間目の終了を告げるチャイムがなった。萌ちゃんが立ち上がって、私に手をのばした。
「授業終わっちゃったわね。行きましょう」
私は、その手を握って立ち上がった。
☆
「あれ? 美優?」
教室に戻ると、背中とおなか、それに手にもランドセルを抱えて部屋を出ようとしている莉子ちゃんをみつけた。
「もういいの? 帰りの会終わったから、今迎えに行こうと思ったの」
莉子ちゃんが持っていたのは、私と萌ちゃんのランドセルだった。
「うん、もう平気だよ。ありがとね」
私と萌ちゃんは、それぞれお礼を言ってランドセルを受け取る。連絡帳は書いてないっていうから、もう一度席に戻って莉子ちゃんの連絡帳を写すことにした。
自分の連絡帳を開いて差し出すと、莉子ちゃんが言った。
「美優はともかく、萌も保健室で寝てたの?」
「いいえ、私はつきそってただけなの」
「あ、えーと、ちょっと気分が悪かっただけだから、外で風にあたってた。もう元気だよ」
「二人で? なにそれ。それなら、私もいけばよかった」
ぐりぐりと私の頭をこぶしでなでる莉子ちゃんの顔は、それでも、ほ、としたように見えた。
「莉子ちゃん、それじゃさぼりじゃない」
「まぎれもなくさぼりよ。あんたたち二人もね」
私はちらりと萌ちゃんを見る。萌ちゃんもちらりとこっちをみて、少しだけ微笑んだ。
さっき聞いた話は莉子ちゃんにも内緒だ。
「なによ、その意味深な合図は」
目ざとくそれに気付いて、莉子ちゃんは頬をふくらませた。
「萌ちゃんをつきあわせちゃったから、悪かったかな、と思って」
私はあわてて書き終わった連絡帳をランドセルにしまって立ち上がった。萌ちゃんも、用が済んだ莉子ちゃんの連絡帳を、莉子ちゃんが背負ったままのランドセルに入れる。
「莉子ちゃんの髪、ふわふわしていいなあ。うらやましい」
ランドセルを閉じながら、萌ちゃんが莉子ちゃんの髪を両手でポンポンとはじく。莉子ちゃんの髪は、猫っ毛で少し栗色をしている。
「私は、萌や美優みたいな黒髪がよかったなあ。美優は、また伸ばすんでしょ?」
「うーん、たぶん。私は莉子ちゃんの髪の方が、かわいらしくてうらやましいよ」
私の髪は、黒くてまっすぐの普通の髪だ。夏にプールがあって切っちゃったから、今は肩につかないくらいの長さしかないけど、それはまではかなり長かった。萌ちゃんも、今の私と同じような長さだ。
……うん。私は、ちゃんと自分の意思でママに切ってもらったよね。大丈夫、覚えている。
「どっちもすてきよ。さ、帰りましょう」
もう教室には、私たちしか残っていなかった。
「そうだ。美優は結局なんだったの? 貧血?」
教室から出ながら、莉子ちゃんが振り向いた。
「え? うーん……なんだろう」
「単にお腹がすいただけとか」
莉子ちゃんは、意地悪っぽく、にひひと笑って言った。
「確かにおなかはすいているけど、違うよ」
「じゃ、寝不足だ。美優はまだ子供だからお昼寝が必要なんだよ」
「莉子ちゃん!」
笑って逃げる莉子ちゃんを追いかける。
あんなこと言ってるけど、莉子ちゃんは私たちの分までランドセル持ってきてくれようとしてくれた。あまのじゃくって、きっと莉子ちゃんのことだ。
私たちは笑いながら、誰もいなくなった廊下を走り抜けた。




