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「ねえママ、私って天使の娘なの?」
アパートに帰ってココアを入れると、私はまたママに聞いた。
「そうなるわね。美優の半分は、天使なの」
「自分が天使だなんて実感ないけど……半分、かあ。だから翼も半分しなかったのかな……」
藤崎さんは立派な翼をもっていたし、萌ちゃんだって透き通るきれいな翼をもっていた。
なんで、私だけ一枚なんだろう。
「いいいじゃない、半分でも」
「ママ?」
「だって美優は、人間のいいところと天使のいいところを、はんぶんこづつ両方とも持っているってことだもの。具体的に一枚だけで不便を感じるといったら空を飛べないことしか今はわからないけど、おかげで美優は天界に行かないですんでいるんだもの。ママにしたら一枚でよかった、って嬉しいくらいよ」
「そっか……」
ああ、でも空飛んで見たかったなあ。
私は、自分の背中を振り返る。ふん、と力を入れてみるけど、さっきみたいな翼は出てこなかった。んー、と力み続ける私を、ママが笑った。
「必要なら、きっとその時に出てくるのよ。きっとそれも、藤崎さんが教えてくれるわ」
そういえば。
「前にママが話してくれたとても好きだった人って、藤崎さんのことだったんだ」
そう聞くと、ママはちょっと顔を赤くした。
「……そうよ」
「ママ、今でも藤崎さんのことが好きなの?」
かかか、とさらにママの顔が赤くなる。それを見て、何も言わなくてもママが今でも藤崎さんのことが好きなんだということがわかった。
「よかったね。藤崎さんも、ママのこと愛してるって言ってたよ」
私が言うと、ママは困ったように首を傾けた。
「も、もう、あの人、子供の前でなんてこと言うのよ」
「いいじゃない。今でも、私のパパとママが愛し合ってるってわかって、私、すごく嬉しい」
そのとき、ピンポーンとチャイムがなった。ママと私が、瞬時にどきりと固まる。
きっと藤崎さんだ。莉子ちゃんを家に帰してから、もう一度会いに来る、って言ってたから。
そわそわと緊張しながら玄関に出て行ったママが、すぐに私を呼んだ。
「美優、颯太君よ」
「颯太?」
私と入れ違いに、ママは部屋に戻っていった。玄関には、サッカーユニフォームを着た颯太が立っている。
「颯太、あの……」
「今、サッカーの練習、終わったとこなんだ」
さっきのことを説明しようとしたら、唐突に颯太が話しはじめた。
「? ……うん、お疲れ様」
「日曜に練習試合があるんだ」
「ふーん。毎日遅くまで大変だね」
「……ああ、そういや、莉子、大丈夫だったか?」
話のついでみたいに言った颯太に、つい私は笑ってしまった。
素直じゃないなあ。サッカーやっている間も心配しててくれたのかな。
「うん、大丈夫だって。一晩寝れば、元に戻るし、今日のことは覚えてもいないって」
「……は?」
あ、いけない! 颯太は、莉子ちゃんの闇のことを知らないんだ。今聞かれているのは、今日の帰りのあれだ!
「あ、と、あの、なんでもないの。私のかんちがい。うん、大丈夫だったよ」
「そうか? ならいんだけど。けんかにならなかったか?」
「ならないよ。私、莉子ちゃんとは仲良しだもん」
「それは知ってるけどよ。今日の莉子、いつもと違ったから」
照れくさいのか、あちこちに視線をさまよわせながら颯太が言った。
颯太も、莉子ちゃんとは保育園からの付き合いだ。
『優しいね、颯太君』
そういえば、萌ちゃんが以前、そんな風に言っていた。素直に認めるのはくやしいけれど、そうだね、萌ちゃん。やっぱり颯太は優しいのかも。
「ありがとう、颯太。心配してくれたの?」
「別に。お前だって突き飛ばされてたし……」
「私? 私は平気よ」
「ならいいや。じゃあな」
「うん。颯太が心配してたって、莉子ちゃんにも言っとく」
ばか、言うな、とどなり返して颯太は帰っていった。
「颯太君、どうしたの?」
部屋に戻ると、ママが聞いた。
「あのね」
私は、今日の帰りに莉子ちゃんと恵ちゃんがケンカしたことをママに話した。
「そうなんだ。それもあって、莉子ちゃんの闇が暴走しちゃったのかもね」
「私もそう思う。明日また、朝行くときに莉子ちゃんと話してみるよ」
その時、また玄関のチャイムがなった。きっと、今度こそ藤崎さんに違いない。
ママが私の顔を見た。私が笑いながら頷くと、ママも少し緊張した顔で笑って、立ち上がった。




