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「相変わらず、君には結界が効かないんだね。芹香」
藤崎さんが呼んだのは、ママの名前だった。
え?
「藤崎さん、ママを知っているの?」
不思議に思って声をかけると、藤崎さんは、どういうわけかとても嬉しそうな顔をしていた。
「うん。相葉という名前、その顔、そして翼……おそらくそうだと思っていたけど、これではっきりした。やっぱり君は、芹香の子供だったんだね」
「藤崎さん?」
「芹香」
もう一度ママの名前を呼んで、藤崎さんはママを振り返った。ママは、驚いた顔をしたまま動かない。
「会いたかったよ。この子は……美優は、僕の娘だね?」
「「ええっ?!」」
思わず、萌ちゃんと二人で叫んでしまった。
僕の娘って……藤崎さんが、私のパパってこと?!
ふいにママの目から、ぽろぽろと涙があふれ始めたのを見て、私は急いで駆け寄る。
「ママ?」
「ごめんなさい……ごめんね、美優……」
藤崎さんが、ゆっくりと私たちに近づいてくる。
「ごめんなさい……」
泣きながら、ママは謝り続ける。藤崎さんは、莉子ちゃんを抱いたまま、器用に片手を伸ばしてママの頭をなでた。
「わかってる。君は、子供を守りたかったんだろう?」
こくりとママは、うなずいた。そうして、は、と顔をあげる。
「美優を……連れて行くの?」
え……連れてくって……
そういえば、私のことが知られたら、パパの周りの人に私を連れて行かれるって、ママ言っていた。
パパの周りの人……そうか。家族とか親戚とか、そんなんじゃない。
それはきっと、天使の事。人に知られてはいけない、天界の事。萌ちゃんに言われたことを思い出す。
ああ、だからママは、パパから離れたんだ。
「ママ……」
ママは、ぎゅ、と私を抱きしめた。
「芹香……」
「お願い、藤崎さん。この子を……美優を、私から取り上げないで。この子がいなかったら、私……生きていけない。だから……!」
叫ぶようなママの声に、胸が痛くなる。それに、私だって、ママから離れるなんて考えられない。ママと一緒に、いたい。
そんな私たちを、藤崎さんはとても優しい目で見ていた。
「安心して。片翼では飛ぶことができないから、天界に行くことはできない。だから、彼女を連れて行くことはしないよ」
それを聞いて、ほ、としたようにママが息を吐いた。藤崎さんは、優しい目をしたまま続ける。
「ただ、こうなった以上、天界としても彼女の存在を無視することはできないだろう。そこで、提案がある」
「提案?」
「僕に、この子の指導をさせて欲しい」
私を抱きしめたまま、ママはきょとんとした顔になった。
「片翼とはいえ、美優は目覚めてしまった。実は、この一ヶ月ほどこっそりと美優のことを監視してたんだ。君に関係のある子供だと思ったから……美優、君は人の持つ闇が見えているね?」
「はい」
うなずいた私に、ママはいっぱいに目を見開いた。と、同じように、萌ちゃんも驚いた顔をして言った。
「闇って……美優ちゃん、それ、本当? 人の闇って、ある程度大きくなるまでは私にも見えないのに」
「え? そうなの」
「うん。見えていたら、もっと早く宮崎さんを見つけられていた。……というより、それが見えるのって、それこそ、上級天使様のクラスでないとできないのよ?」
「ええ? じゃ、なんで……?」
「……美優ちゃんが、大天使様の娘だから……?」
萌ちゃんは、呆然としたまま呟くように言った。
「美優、いつからなの?」
「萌ちゃんが、転校しちゃった頃から……かな。黙っててごめんなさい」
ううん、とママは言うけど、かなりびっくりしたみたいだ。
「中途半端に天使の力を持つということは、とても危険なことだ。僕も片翼というのは初めてみるけれど……それでも、この子には見える力があり、闇をはらう力がある。このままでは、下手をすると力が暴走してしまうかもしれない。逆に、その力がなくなって、翼をなくしたただの人間になってしまうかもしれない。今の段階では、まったく想像がつかないんだ。美優」
藤崎さんは、ママを見ていたような優しい目で私をみつめた。
「これから、僕が君の天使としての力を安定するように指導していこうと思う。もちろん、その結果、君の力は天使には向かない、となる可能性もある。それはやってみなければわからないけれど……芹香、それまで、僕と彼女に美優の指導をさせて欲しい」
そう言って藤崎さんは、目で萌ちゃんを示した。萌ちゃんは笑って、ママにぺこりと頭をさげる。
「萌ちゃん……あなたも、天使だったの……」
「少しまずい状況になりそうだったのでね。あの闇を止めるために、この子たちに強い絆を持つ彼女を連れてこようと思って少し目を離したら、こんなことになっていた。近くにいたら美優にけがをさせることもなかったのに……本当にすまない。それに、なにより」
戸惑うママに、藤崎さんは微笑んだ。
「僕は、今でも芹香を愛しているよ。……子供がいたなんて、知らなかった。だから、君は僕の前から姿を消したのか」
は、とママは目を見開いてからうなだれてしまう。
「あの時、嘘をついて、ごめんなさい。でももし……もし美優に翼があったら、きっと天界に連れて行かれてしまうと思ったし、私はすべてを忘れさせられるだろうということも知っていた。でも、私はあなたのことを絶対に忘れたくなかったの。そして、この子を自分で育てたかった。大好きなあなたの子供だからこそ、この手で抱きしめたかったのよ」
「いいよ。きっと君の想像は、それほど間違ってはいない。でも、これからは」
藤崎さんは、優しい顔でママを見ている。
「どうか、僕に君と美優を守らせてほしい」
「藤崎さん……」
「ママ、藤崎さんは私のパパなの?」
ママはしばらく黙っていたけれど、こくりと頷いた。
「そうよ。彼が、美優のパパなの」
☆
それから藤崎さんは、萌ちゃんと二人で莉子ちゃんを家に連れて行った。明日になれば、さっき莉子ちゃんに起こったことは、もう記憶に残っていないんだって。本当は、私の時もそうなるはずだった。




