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「莉子ちゃん、負けちゃだめ!」
私は、両手をぎゅっと握りしめた。
萌ちゃんはいない。どうやら、他に天使さんも来てはいないみたい。
私にできるかどうかわからないけど……他に方法がないんだもん。私がやらなきゃ。
莉子ちゃんを、助けたい。
荒れ狂う風に逆らって、なんとか莉子ちゃんに近づこうとする。飛ばされてくる細かい石か何かが私の体にぶつかる。でも、痛いなんて言ってられない。
「来るな! ばか美優!」
莉子ちゃんは、泣いていた。あの時の宮崎さんみたいに。
うん、まだきっと大丈夫。
「莉子ちゃん、この風を起こしているのは莉子ちゃんなの!」
「……私……?」
莉子ちゃんは、風に吹かれてゆらゆらと揺れている。
「嫌だとか、淋しいって思う気持ちが、外に出てきてこんな風を起こしているの」
「何言ってんの、私、淋しくなんて……!」
「いいの! 淋しいって言っていいの!」
は、と莉子ちゃんが顔をあげる。
「恵さん、莉子ちゃんに謝るって言ってくれたよ? さっちゃんは、自分のけがよりも、莉子ちゃんのことを心配してた。莉子ちゃんは、淋しくて悲しいから、うっかりとあんなことしちゃったんでしょ? 言いづらいかもしれないけど、そういう時は、ちゃんとごめんねって言って仲直りしよう。私が……私が、一緒にいるから!」
「でも……」
「怒ってもいいよ。泣いてもいいよ。莉子ちゃんが大好きだから、私が一緒にいるよ。だから……心の闇になんか負けないで!」
「心の……闇……」
言う莉子ちゃんの視線が、だんだんぼんやりしてくる。風は、まだ強くなるばかり。
「莉子ちゃん!」
「美優……」
ぐらぐら揺れた莉子ちゃんの体は、それでも倒れない。莉子ちゃんは、何かをつかむように空に両手をのばしていた。
「莉子ちゃん! お願い……戻って」
その時、ぶん、とひときわ強い風が吹いて、私の足が浮いた。そのまま風に飛ばされる。
「きゃあああ!」
道路沿いの壁に思い切り体をうちつけられて、一瞬息がつまる。
痛い……!
けど、今は莉子ちゃんの方がきっと苦しい。
「美優……!」
呼ばれて起き上がると、莉子ちゃんがだらりと両手を垂らして私を見つめていた。その両目からは涙が流れ落ちている。
「莉子ちゃん……」
「美優……逃げて……」
ゆっくりと莉子ちゃんが、片手をあげる。人差し指を私にむけて……
ごおっ、と風がふきつけた。
また飛ばされる。またふわりと体が浮いて……
「美優!」
悲鳴のような莉子ちゃんの声が、アスファルトに打ち付けられた私の耳に響く。あまりの痛さに声も出ないまま、私はその場で体をまるめた。
「美優―――!」
そうして、またその指があがる。
私は、めまいのする頭を持ち上げて、それでも、莉子ちゃんに笑ってみせた。これ以上、莉子ちゃんにつらい思いをさせたくない。
「莉子ちゃん……私、は……大丈夫……だから……」
負けない。莉子ちゃんも、きっと今戦っているんだ。もしかしたら、私以上に苦しいかもしれない。私も、負けない。
「大丈夫。私は大丈夫だから……だから、心配しないで、今、行くよ」
私は、なるべく平気そうなふりをしながら立ち上がった。さっきまで渦巻いていた風は、強いままだったけれど、乱れてあちこちにむいて吹いている。
莉子ちゃんは、私を指さしたまま動かない。その莉子ちゃんに向かって、私は倒れそうになる体を懸命に歩かせる。
「莉子ちゃん」
もう少し。
立ったまま動かない莉子ちゃんに歩み寄る。手を伸ばすと、その手はすんなりと莉子ちゃんを包む黒いもやの中に入った。
そうして私は手を伸ばしたまま進んで……届いた莉子ちゃんの体を、思い切り抱きしめた。
「約束通り、迎えに来たよ」
抱きしめた体のぬくもりはいつもの莉子ちゃんと全然変わらなくて……こんな状況なのに、私は嬉しくて目を閉じる。
胸いっぱいに、愛しさが、あふれた。
「一緒に、いるよ」
「ああああああああああああああああ!」
莉子ちゃんが悲鳴をあげる。振りはがされそうになって、目を開けると。
なに?
私の体から、光があふれていた。淡く光るその光は……萌ちゃんの翼に集まっていたのと同じ光。
世界中の自然から貸してもらった、天使の光。
「え? どうし……」
「ああああああああああ!」
暴れる莉子ちゃんを見て気づいた。
この光に反応してるんだ。あの時の宮崎さんみたいに。
よくわからなかったけれど、今莉子ちゃんを離しちゃだめだ。私は、思い切り莉子ちゃんを抱きしめる。
「莉子ちゃん、がんばって! 今、助けるから……!」
「あああああああ……み、ゆうううううううう」
「嫌な心なんて追い出しちゃって! いつものわがままで元気で……優しい莉子ちゃんに戻って!」
必死に莉子ちゃんに抱きつく。けれど、暴れる莉子ちゃんに信じられない力で吹き飛ばされて、私はまた思い切り空中へと吹き飛ばされた。




