- 2 -
☆
ひざの手当てをしてもらってから教室に向かうと、教室にはもうほとんどみんながそろっていた。
「おはよー」
「おはよ、莉子。今日はおそいんだね。美優ちゃん、おはよ」
「おはよー……って、菜月ちゃん?!」
莉子ちゃんに続いて教室に入った私は、目を丸くした。
「わあ、髪切ったんだ!」
金曜日に見た時は、あんなに長かった菜月ちゃんの髪が、ばっさりと肩のあたりまで短くなっている。
「切ったって……誰が?」
なのに、当の菜月ちゃんは私の言葉にきょとんとした顔になった。
「その髪だよ! なんで切っちゃったの?! あ、うん、それも似合うけど!」
毎日お母さんに結わえてもらってるの、って嬉しそうに話していた菜月ちゃんの自慢の髪だったから、まさかそんなに短く切るなんて思ってもいなかった。
びっくりしている私とはうらはらに、菜月ちゃんはけげんな顔で首をかしげる。
「髪って……私? ここしばらくは切ってないよ?」
「何言ってんの、美優。菜月の髪って、そんなもんじゃん。何かかんちがいしてない?」
「え……ええ?!」
莉子ちゃんにまでそんなことを言われてさらにおどろく。
だって莉子ちゃんだって、黒くてまっすぐでお人形みたいな菜月ちゃんの髪がうらやましい、ってこないだ言ってたばかりなのに。
「それより、萌ちゃんは? 今日は休み?」
菜月ちゃんは、私の様子より萌ちゃんが一緒じゃないことの方が気になるらしかった。いつも三人で一緒に登校することを、知っているから。
莉子ちゃんが、ランドセルをおろしながら菜月ちゃんにこたえた。
「萌、保健室」
「どうしたの?」
「んー、ちょっと具合悪いみたい」
そうなのだ。私と一緒に行った保健室で、先生が萌ちゃんの顔色が悪いことに気がついた。
萌ちゃんは朝ごはんを食べてなくて軽く貧血気味だったらしい。今は、先生にもらったおにぎりを保健室で食べている。ちなみに、おにぎりは先生のお昼用のお弁当だって。
そう説明したら、菜月ちゃんもちょっと、ほ、としたような顔になった。
「よかった。ほら萌ちゃん、先週も倒れたじゃん? またそうなのかと思って」
「ああ、あれはもう大丈夫みたい。……でも、少しそれもあったのかなあ」
先週も萌ちゃんは、具合が悪くて体育の時間に倒れたんだ。いつも穏やかににこにことしているから、私たちも倒れるまで気づかなかった。今朝もおはようと言った時に具合を聞いたけど、週末十分休んだから、と言われてそのまま来てしまった。でもさすがに、保健室の先生にはわかったみたい。
菜月ちゃんと話していると、予鈴が鳴った。私たちはあわてて自分の席に着く。
ランドセルから教科書を出して机にしまい終えると、私はちらりと向こうの席に座っている菜月ちゃんを見る。
菜月ちゃんの髪……確かに先週は長かったよね。でも、莉子ちゃんは気にしてなかった。……私、何かかんちがいしてるのかな。
気になった私は、隣の席のまこちゃんに声をかけた。
「ねえ、まこちゃん」
「なあに?」
まこちゃんは、一時間目の国語の教科書を出しながら返事をした。
「菜月ちゃんって、髪短かったっけ?」
「まあ、短いって言えば短いよね。前みたいに、また伸ばすらしいよ」
「でもさ、先週の金曜日までは、背中まで長かったよね?」
「は?」
おどろいたように、まこちゃんは私に顔を向けた。
「金曜日? 何言ってんの、美優ちゃん」
「菜月ちゃんって、週末に髪切ってきたのかな」
「知らないけど……菜月が髪の長かったのって、去年くらいじゃない? ずっとショートでしょ」
「そ、そうだっけ?」
そこで、担任の沢田先生が教室に入ってきて、私たちは前を向いた。
沢田先生は、ママより年上のベテランの先生で、普段は優しいけど怒るとすっごく怖い。でもみんなの話をよく聞いてくれるし、時には一緒にふざけてもくれるから、学校でも人気の先生だ。
さっそく莉子ちゃんが先生に萌ちゃんのことを報告しに行くと、先生は知っていたみたいでうなずいた。
「ええ、保健室の浅田先生に聞いているわ。みなさん、萌さんはちょっと遅れてくるそうです。休みの人はいないわね。他に具合悪い人はいるかしら」
「はいはい」
颯太が元気に手をあげる。
「まあ。元気いっぱいの颯太さんは、どこが具合悪いのかしら」
「腹、減りました! 動けません!」
「颯太さんも朝ごはん抜き?」
「ご飯は三杯食べてきました。今日の朝めしはアジの開きでした」
「先生もアジの開きは大好きです。それに、それだけ食べていれば十分です。ちょうどいいわ。颯太さん、これみんなにくばってちょうだい」
「ええー、俺?」
文句を言いながらも颯太が立ち上がる。
「はい、お願いね。あなたの元気をみんなに分けてあげてちょうだい」
先生はにっこりと笑って、颯太にプリントを渡した。ぶつぶつ言う颯太に、クラスのあちこちから笑いが起こった。
クラスの雰囲気はいつも通りだった。私だけが、ふに落ちない顔をしている。
うーん、菜月ちゃんの髪、莉子ちゃんの言ったとおり私のかんちがいなのかなあ。そういえば先週、一組の早紀ちゃんも急にショートにしてきてたっけ。流行ってんのかもしれない。
クラスの中の誰も気にしてないみたいだもの。きっと、私のかんちがいだ。そうなんだ。そうに決まってる。私も気にしないでおこう。
そう思うことにして、私は颯太からプリントを受け取った。
☆
ところが、その日の六時間目。
「はい、じゃあ練習は終わり。今日は、前回言ってあったとおり、歌のテストをするわね。本田君から後ろへ順番に一人づつ、第二音楽室の方で歌ってもらいます。他の人はここで待機してください。音楽室の中なら、声を出してもいいからね」
そう言って響子先生は、一番前の席にいた本田君をつれて音楽室を出ていく。とたんに音楽室はにぎやかになった。歌の練習をしている子もいれば、友達としゃべっている子もいる。
ただ、周りの話に耳をかたむけてみるとそこで話題になっているのは、昨日見たドラマの話とかゲームの話とか……
誰も、何も思わないの?
「美優、何歌う? 私、まちぼーけー、にしようかなーって……美優?」
莉子ちゃんが教科書を持ってきて、私の机の上におぎょうぎ悪く座った。けど、今の私にはそれよりもずっと気になることがある。
「どうしたの? なんか変な顔してるけど、具合でも悪い?」
「莉子ちゃあん……」
のぞきこんでくる莉子ちゃんの顔を見上げた私の声は、我ながら情けないと思うような細い声だった。
「響子先生の髪って……」
「え? 寝ぐせでもついてた? 私、気づかなかったけど」
あっけらかんと言うってことは、またさっきの菜月ちゃんみたいに不思議に思ってないんだ。
響子先生。つやのある黒くて長い髪が似合っている美人で、男子も女子も憧れる、沢田先生とはまた別の意味で人気の先生だ。
なのにその髪が、菜月ちゃんよりも短くなっていた。
どうして、誰も何にも言わないの? 響子先生だよ?
そう言いたいけれど、驚いているようでもない莉子ちゃんの様子に何も聞けない。
「美優?」
よほど私が情けない顔をしていたのか、莉子ちゃんが心配そうな顔になる。
「美優ちゃん、具合悪いなら保健室行こうか?」
その様子を見ていたらしい萌ちゃんが、やっぱり心配そうな顔で言った。
「あ、ううん、元気だよ」
あわてて首をふる。
具合が悪いわけじゃない。ただ何がなんだかわからないだけで……
でも、萌ちゃんはそんな私をいすから立たせた。
「でも、顔色悪いわ。今日のテスト、次の時間にしてもらおう? 莉子ちゃん、先生に言っておいてくれる?」
「うん、わかった」
めずらしく強引な萌ちゃんに、引きずられるようにして私たちは音楽室を出た。
「萌ちゃん、本当に私、気分が悪いとかじゃなくて……」
心配させちゃったかな。
そう思いながら私の手を握る萌ちゃんに声をかけると、急に萌ちゃんが振り向いた。
「美優ちゃん、響子先生の髪が短くなっていること、気づいたの?」
「え? 萌ちゃんも気づいていたの?」
「あらあ、本当にそうなんだ……」
萌ちゃんは、何か考え込むように首をかしげた。
「萌ちゃん?」
「美優ちゃんには私の力、効きにくいのかな。ちょっと、いい?」
そういうと萌ちゃんは、熱を測る時みたいにしてこつんと額を合わせた。
と、合わせた額から、白い光があふれるのが目のはしに見えた。電気のあかりとは違う、もっと柔らかい光。額のあたりから見えているのに、全然まぶしくない。
「え、なに、これ? 萌ちゃん、どうやったの?」
額を離した萌ちゃんに聞くと、萌ちゃんは目を見開いた。
「まあ」
「何が? ねえ萌ちゃん、今何したの?」
「これは、私の手には負えないなあ……」
謎めいたことを言った萌ちゃんが、ふらり、と体制を崩した。
「萌ちゃん?!」
その体を支えると、萌ちゃんは顔をあげて笑った。
「ごめんね、少し寄りかからせて。それより、どこかへ行きましょう。ここにいて先生に見つかったらいけないから」
私は、そっと様子をうかがうけど、第二音楽室から聞こえてくるピアノの音は途切れずに続いている。授業中の校舎内は、しん、としていた。
私は、まだ少しふらつく萌ちゃんと一緒に、よたよたと歩いてその場を離れた。




