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「な、なんだ、颯太かあ。心臓、止まるかと思った……」
私は立ったまま、ばくばくいっている心臓を押さえた。ああ、びっくりしたあああ。
「何やってんだ、お前」
不思議そうな颯太に、私は委員会の資料を作っていることを話す。颯太はあきれたような顔で、山積みになっているアンケート用紙を見た。
「これ全部? 今日中にできるのか?」
「無理だとは思うけど、明日来てからじゃもっと無理。今日のうちにできるだけやっとかないと……」
「ばかだな、なんでそんなの一人で引き受けたんだよ。やるってったんだから谷本にまかせときゃよかったのに。明日怒られたって、そりゃ谷本の責任だ」
呆れたような颯太の声に、なんだか情けない気持ちで胸がいっぱいになる。
「でも、これがないと、明日の委員会でみんなが、困るし……楓ちゃんも……」
話しているうちに喉がつまって、涙が浮かんできた。
瑠奈ちゃん、ひどいって、本当は私も思ったんだ。やると言ったことをやらなかったり、文句言われるってわかってる嫌なことを、私にまかせたり。
でもそれよりも、ちゃんと先生に説明できなかったこととか、班長さんたちに怒られた事とか、自分がはっきり言えなかったことの方が、悔しかった。違う、と言えなかった自分が、情けなかった。
ちらりとこっちを見た颯太が、ぎょ、とした顔になる。
「おま……な、泣くなよ」
「な、泣いてな……ふえ……颯太あ……」
そう言いながらも、ぽろぽろと涙が止まらなくなる。颯太は、がりがりと頭をかきながら大きくため息をついた。
「相変わらず美優は泣き虫だなあ」
すると、なぜか颯太が私のとなりの席に座った。
「颯太?」
「貸せよ。手伝ってやる」
手を出す颯太に、私は濡れた目を瞬く。
「いいの?」
「仕方ねえだろ。お前ひとりじゃ、いつ終わるかわかりゃしねえんだから。用紙ってこれか?」
颯太はアンケートを取りあげると、黙々と集計をしていく。ぶっきらぼうな言い方だけど、一緒にいてくれることに、ほ、として、私ももとの席に座ると、涙をふいて集計を再開した。
「あのさあ」
「うん」
しばらくして、下をむいたまま、颯太が言った。
「お前は全然、悪くないから。だから、お前が泣くことないんだぞ」
私は、思わず手元を止めて颯太を見た。
颯太……なぐさめてくれるの?
そう思ったら、私の顔に、自然に笑みが浮かんだ。
「ありがとう、颯太」
颯太みたいに、わかってくれる人もいるんだ。さっきまで苦しかった胸の中が、嘘のように、すう、と軽くなる。
颯太は、ちょっとこっちを見ると、おう、と短く答えてまた手元に目を落とした。そうして二人で、黙々とアンケートの集計を終わらせていく。
とっぷりと日が暮れたころ、また児童会室の扉ががらりとあいて、教頭先生が顔を出した。
「おや、児童会のお仕事ですか?」
今度は颯太が一緒だったので、それほど驚かなくてすんだ。
「はい、園芸委員です」
私が答えると、教頭先生は私たちの手元の資料に目を落とす。
「明日の委員会の資料ですか。おやおや、これはずいぶん大変な量ですね。まだかかりそうですかな?」
「ちょうど終わりましたー」
伸びをしながら颯太が答えた。
二人でやったおかげで集計は終わったので、あとはこれを清書するだけだ。それだけなら、家に帰ってからでもできる。
「そうですか。完全下校の時間は過ぎてますよ。さあもう帰りなさい。君たち、同じ地区ですか?」
「はい」
「じゃあ、一緒に帰れますね。外は暗いですから、気をつけて帰ってください」
「はーい」
先生は、戸締りの確認に来たらしく、姿が見えなくなると今度は隣の教室の扉が開く音がした。
「颯太、ありがと! 手伝ってくれたおかげで、終わったよ。それに、一人でここにいるの、ちょっと怖かったし」
「すごい驚き方してたもんな、お前」
「あれは、驚くよ。だって……」
ランドセルにノートと筆箱をしまいながら話していて、ふと、気づいた。
「あれ? そういえば、颯太はなんでここに?」
児童会室は低学年棟にあるから私たちの教室とは離れているし、この階には他に誰かが来るような部屋もない。
「……なんだっていいだろ」
「いいけど、なんか予定があった? 無理させちゃったら悪いじゃない」
「手伝うって言ったのは俺なんだから、お前は気にすんなよ」
「そう? 私はすごく嬉しかったけど……」
颯太は、廊下へ向かいながらぼそぼそと続ける。
「お前、校庭でやたらばたばたしてたし、なんか文句言われてるみたいだったし……俺が帰る時に見たら、まだ靴あったのに教室にはいなかったし……」
「え、ごめん。聞こえない。何?」
「別に。行くぞ」
「え、あ、ちょっと待って!」
いきなり児童会室の電気を消されて、部屋の中が暗くなる。私はあわててランドセルを背負うと、颯太のあとを追った。
☆
「……では、各班長はそれぞれの意見をお願いします。えーと、まずは記録班から」
「はい」
楓ちゃんが言うと、まずは関根さんが立ち上がった。
「記録班では、これまで日誌のかたちで残していた花壇などの記録を、来年からはデータ保存も加えていくことを提案します。写真などのデータもプリントせずに必要な物だけそのまま……」
その後に、道具班、広報班、会報班と続いて、問題なく議題は終了した。
無事終わってよかったあ。昨日、走ったかいがあったよ。
私は、ほ、と胸をなでおろす。
一応前回の委員会では各班長にまとめるように話は出ていたから、昨日渡したプリントもちゃんと内容がまとまっている。でも、悪いことしちゃったことにはかわりないもの。今度は気をつけよう。うん、確認大事。
「次に、学級で使用する花壇について話し合います。先月全校からとったアンケートの結果ですが、このようになりました」
楓ちゃんに言われて、私は用意していたプリントを配るために立ち上がろうとした。
「あ、私がやるから相葉さんはいいよ」
すると、急に隣に座っていた瑠奈ちゃんが小さな声で言って、私の手からプリントを持ち上げる。
「え、でも……」
「いいっていいって。昨日はまかせちゃったからこれくらい」
「そう……?」
戸惑いながらも、私はまた着席した。瑠奈ちゃんは、手にしたプリントを一枚づつ配り始める。




