魔法陣
小さな手を握りながら、顔を背けている赤ん坊を見ていると、昼からミルクを与えてやっていないことに気づいた。
『君、お腹空いてるから無愛想なのがさらに無愛想になってるの?』
尋ねてみたが、こちらを見ようともしない。私がツンツンしすぎたのをまだ根に持っているのだろうが、根に持ちすぎだと思う。
お腹が減っているのだ、間違いない。
すると、ぐーっと私のお腹が鳴った。お腹が空いているのは私の方だった。
私はオーブンの火を確認して、メクリミルクを入れた鍋を温めていく。ついでに、冷蔵庫に保存してある硬いパンや干し肉、余ったチョコの実を口に入れて、腹を満たしていく。
首がすわってるから、そろそろ離乳食を食べさせても大丈夫だと思うんだけど。
硬いパンを細かくちぎって、メクリミルクに入れ、木匙でパンをすり潰すようにしてかき混ぜ、パン粥を作った。
鍋を人肌の温度になるまで、火からおろしている間、赤ん坊の様子を見てみると、首を回しながら、熱心に周りの様子を見ている。
そのままにしても大丈夫だね。
と思い、私はリースの薪の山の隣に乱雑に置いたリースの皮の山を取ってきた。
甘党と辛党の奴らの手などもう借りてたまるか!あんな闇金のやつらめ!向こうが平身低頭になって、私に乞う様を目に収めてやろう!
自然と笑いがこみ上げた。
『ふふふ、ふふふふ、ってイダ!アヅァ!』
リェーリエさんが私の頭を叩き、ファストリアさんは小さな火玉を髪につけやがった。わたしの頭の中など、どういうわけか彼らに筒抜けなのだ。私は直ぐさま土下座の態勢をとった。
『スンマセンスンマセン!違うんす!ただ貴方方の御手を煩わせることのないようにしてるだけなんす!……ウッス!……そうっす!………へい!頑張りやす!どうも!』
地獄み……、ダメだ、考えたら、ダメだ。
しばらくそうしていると、友人達は行ったようだ。
チラリと赤ん坊を見ると、前世の頃、私が高校生にもなって義弟の同級生と鬼ごっこをして転んだ所を目撃した義弟の顔、そのままだった。
私は居た堪れない気持ちになったが、その気持ちを落ち着かせるために、皮の山を整理する。
皮に描かれているのは、魔法陣だ。
この世の魔法は、前世のゲームにあるほど使い勝手の良いものではない。人間という種の特性を越えた魔法は出せないことになっている。私がなんか集中して足が速くなったり、すんごい跳躍をしたり、目が良くなったりするのがそれだ。殆どが肉体強化で、加えて力学的なものに限られる。そういうわけで、赤ん坊の布に描かれている守りの魔法陣も力学的な守りにしかならないのだ。
よって、火や風の力を借りたい時は精霊さん達にお願いをしなければならない。精霊さん達は人間に力を借りることは滅多にないから、こちらは平身低頭にならなければならない。更には借りを返さなければ、次のお願いもできない。
ちょ〜面倒なのだ。
そこで、今開発中の魔法陣だ。自分の中にあるはずの、魔法として発現する何かを、陣を介することで別属性のものへ変換できないか画策中なのだ。今の所、保温の魔法陣が開発できたくらいで、まだまだ変換効率が悪い。既にある別属性のエネルギーを維持することはできるようになったが、新たに生み出すレベルまでには達していないのだ。
皮の山を整理して、鍋の様子を見てみると、丁度良い塩梅だった。早速、赤ん坊を抱いてパン粥を食べさせることにした。
やはりお腹は減っていたようだ。赤ん坊は黙々と食べていく。
赤ん坊が鍋一杯分を食べ終えたので、一休みさせるか、と思ったが手を伸ばして指を指している。なんだなんだ、と思い示された方向を見てみると、皮の山だった。
『君、見たいの?』
と赤ん坊に尋ねると、赤ん坊は首を振るなどもせず、ただじっと私を見ている。
この子……、本当に天才!
ふぉー!っと感激の声を上げながら、赤ん坊を撫でくりまわしたらペシリと叩かれた。おかげで冷静になれて、赤ん坊を山に連れて行くと、赤ん坊は熱心に魔法陣を見始めた。
見ている赤ん坊に、また感激して頬をツンツンしたら、赤ん坊は静かに私の指を握ってこちらへ振り向いた。
赤ん坊はじっとこちらを見て口を開くが、その口からは何も出ない。どこかもどかしいように眉を顰めた。
『どうしたの?』
と顔を覗き込んで聞いてみると、赤ん坊はプイっと顔を背けてしまった。
お腹膨れたのに、まだ不機嫌なの?
伝えたいことがあるのに伝えない、ということも理由にあるのだろうが、それにしても不機嫌だ。まだ足りないことでもあるのだろうか。
何だろう、としばらく考えて閃いた。
『君、分かったよ!お風呂に入りたいんだね!』
赤ん坊は顔を背けたまま、じっと魔法陣を見ていた。