チョコクッキー
短いです。
父上達がいた場所はちょっとした舞台になっている。その舞台の脇に、お手製!なんちゃって保冷庫とオーブンがある。保冷庫は床石をくり抜いて木の板で閉じただけのもので、その中にはハーリナ粉という前世の小麦粉のようなものや干したチョコの実、メクリミルク酒などを保存している。オーブンは壁の岩石を同じようにくり抜いて、煙を外に逃がすようトンネルを細長く作っただけの代物だ。この岩石は耐熱性なので、くり抜いた時にできた欠片を削って台にしている。
私は上着を床に畳んで置き、その上に赤ん坊を寝かせておいた。ドラゴンを目の前にして緊張したのだろうか、殆ど動かない。
初めて父上に会った時も、こんなんだったっけなー、と思い出しながら、試しに頬をツンツンしてみた。が、それでも動かないないので、面白がっ…、ちゃんと生きているか確認するために、さらにツンツンを繰り返していたら、手を叩かれ、プイっと顔をすむけられた。
しばし様子をそのまま見ていたが、こちらを向こうともしない。
気を取り直して、私は保冷庫からハーリナ粉を取り出し、使う分だけ小鍋の中に入れた。計量カップなど便利なものなどないので目分量である。そして、腰につけたバターの入っている革袋の縫い目を解き、余すことのないよう丁寧に木匙で擦り取りながら、それらを鍋に入れ、ダマが消えるまで練っていく。練りながら、チラリと赤ん坊のほうを見遣ると、赤ん坊はジッとこちらを見ていたようだ。だが、私の視線に気づいて、すぐにプイっと目を背けた。
私が小鍋に目を戻し、しばらくまた練っていると、赤ん坊の視線を感じた。今度は、勢いよく顔を赤ん坊の方に向けると、赤ん坊は驚いて目を見開き、慌ててプイっと顔を背けた。
そんなことをしているうちに、いつの間にか生地はしっかり練られたので、今度は、すり鉢として使っている、保冷庫作製時にできた石の欠片を取り出して、チョコの実をすり潰していく。
赤ん坊の方をチラリと見ると、顔を背けるのは飽きたのだろうか、興味のほうが勝ったのか、こちらをジッと見ていた。
チョコの実は、皮が薄く、中の果肉は黄色透明で、所々に小豆大のぷるんとした柔らかい黒い種がある。皮を取り除きながらすり潰していくと、全体的に濃い茶褐色、チョコレート色になる。種がすり潰しきれたら、これを生地に入れ混ぜ合わせて、棒状に成形し保冷庫にいれる。
私はリースの薪の山から薪木をいくつか取り出して、オーブンの台の下に風通りを考えて置いていった。
さて。
チラリと赤ん坊を見ると、私の次の行動を待っているかのように、まだジッと見ていた。
息を吐き出して、覚悟を決める。
よし。
私は、スライディング土下座をしてお腹から声を出した。
『ファストリアさん!お願いします!お願い申し上げます!少しでいいのです。ホント少し!お手を貸していただけませんか?………、できたら、無償で…、あ、ダ、ダメ?そ、そうですよね〜、烏滸がましいにもほどがありますよね〜。では、いつも通りメクリミルク酒でよろしいですかね?……え…?今度飲み会をやるから5瓶用意しろ?は……。ちょ、ちょ、ちょ、だったら自分でやりって、アーーー!!』
私が悲鳴をあげる中、炎の友人ファストリアさんは、薪の所にしっかり火をつけて下さった。火力は強く、澄んだ青空のような色で轟々と燃えている。クッキーに合った火力で火をつけてくれるのだ。良い友人を持ったものである。
『あー…。』
落胆しながら、保冷庫からメクリミルク酒を5瓶取り出す。これで在庫は0になった。冬に一人飲みをしようと残しておいたのに…。名残惜しく、保冷庫から出そうとしては戻し、出そうとしては戻しを繰り返していると、ファストリアさんはそれを掻っ攫っていった。
私は、しばらく呆然としながら、今やるべきことを思い出し、クッキー生地を取り出す。棒状のクッキー生地をナイフで切っていき、円板状にして、フリスビーのように一枚一枚オーブンの台に放っていく。放ち終わった後、オーブンの中を覗くいて様子を見てみると、突然風が吹いた。
リェーリエさんだ…。
オーブンの中は何も無くなっていた。
私の喪失感は半端ではなく、膝をついて、そのままうつ伏せになった。顔すら上げるのも面倒になって、床に顔を擦り付けながら這って行くと、フニャリと温かなものにあたった。
そして、ポテっと、小さな紅葉が頭に置かれた。
目を合わせたら顔を背けてしまうかもしれないと思い、持ち主の顔は見ずに、手で紅葉にそっと触れてみると、思っていたよりも、ずっとずっと温かだった。
温もりを確かめるように、小ささを確かめるように、指の一本一本を触れていく。
そういえば、こっちで人間に触れるのって、何年ぶりだろ……。
最後の指に触れて、顔を上げてみた。
赤ん坊はジッとこちらを見ていて、目が合った。
何故だか、全く違うのに義弟に重なった。
思わず、口角が緩んでしまう。
そして、赤ん坊はプイっと顔を背けてしまった。