表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/28

帰宅

 『ただいまー』がこだましながら、私たちは頭から落下していく。落下するにつれて、段々と暖かくなってきた。父上達の体温がこの‘家’の中を温めているのだ。そろそろ赤ん坊の様子を見ても大丈夫だろうと思い、布をめくって覗いてみると、赤ん坊は汗を少しかきながら目だけを動かして周りの様子を伺い始めた。


 良かった。生きてた。


 赤ん坊は状況が分かったようで、緊張のあまり体がどんどん硬直していった。

 そういえば、私も始めの頃はこのように驚きでピクリとも動こうとしなかったことを思い出した。


『なんだ〜、さっき動かなかったのもビックリしただけなんだね。良かった良かった。』


 と言って頭を撫でたら、何故かペシリと胸を叩かれた。解せぬ。

 私はまた赤ん坊を布でくるんでから、足に少し意識を集中させて、平泳ぎのように足を動かし、壁の近くに移動していく。壁は白色から濃緑色へと変化している。この濃緑色は壁に張った蔓の色で、今からその蔓から実った果実を取るつもりなのだ。

 この落下速度で止まったものを取らなければいけないので、今度は目と腕に集中していく。視界には、ただの濃緑色の壁だったものからクルクルとトグロを無数に巻いて壁に張り付いた蔓と、そこから実るトゲトゲとした毒々しい赤い実が映し出された。この実には名前がない。だから、私は勝手にチョコの実と呼んでいる。種をしっかり潰してから、果汁と混ぜ合わせると、前世のチョコそのまんまの味になるのだ。しかしながら、チョコの実と言ってはいるが、こいつらはそんな可愛らしくない。とっても獰猛なのだ。木の実の表面のトゲトゲは実は牙で、それらをガチガチと鳴らして攻撃してくる。適当に布などを噛ましておけば、直に力づくので、まぁ、それほど警戒することはない。採ってから噛ませるまでが肝だが。

 私は狙いを済ませて、どんどん採っては上着の裾に噛ませ、採っては噛ませを繰り返していく。


「あっ、あっ」


 なんと、赤ん坊がそう言いながら、私の服を引っ張り出した。

 赤ん坊のその行動に感激して、チョコの実を手に採っていたことは頭からすっぽ抜けて、布をめくって中の様子をのぞいてみると、眉を顰めた赤ん坊の顔が現れた。しかし、その顔はだんだんと驚愕の表情に変わっていく。

 どうしたんだろう、と思い首を傾げ暫く経つと、額あら何か滴ってきた。

 手に持っていたチョコの実がいつの間にか頭に噛みついて、そこから血が滴っていたのだ。


『大丈夫、あんまし痛くないから。』


 と言って、安心させるように笑いながらぽんぽんと頭を叩くと、ブルブルと首を横に振っている。首を振っては私の頭に手を伸ばそうとする赤ん坊に、大丈夫だよ〜、と赤ん坊をあやしていると、チョコの実も頭にかじりついたまま力尽きた。

 頭にかじりついたチョコの実も含めて計20個収穫できたので、チョコクッキーには十分量ある。あとは落ちるだけだ。いつもなら暇を持て余しているのだが、今回も登りと同様、赤ん坊をあやすので必死になった。

 大丈夫であることを伝えたい、というのと、実はこれが主な理由なのだが、この子の喃語が聞けたからには今度は笑みを見てみたい、という好奇心にかられ、秘技いないいないばぁ、を行うことにした。自分で言うのも何なのだが、私のいないいないばぁは多分世界一であると考えている。隠された顔から突如として現れる変顔!そしてそれを周囲の目を憚らず行うというタフティスネス!熱意余っていつの間にか飽きられたことは苦い経験だが、今回は前世の失敗を繰り返しはしない。うん、何度もやらない。せいぜい10回くらい。よし。

 私は、少し顔を仰け反らして顔を片手で隠した。


『いないいない〜』


 変顔は考えずとも自然と出せる。今まで動かさなかった表情筋が悲鳴をあげるが知ったことではない。


『ばぁ!』


  赤ん坊は真顔だ。

 それで挫ける私ではない!もう一回だ。

 真顔だ。

 何回やっただろう、次第に同情なのか、もしくはただの嘲笑なのか、そういった目をしてこの子は口角を少し上げた。上げてくれた、といった方が正しいのかもしれない。前世の義弟とはまた方向の違う笑みだった。

 取り敢えず、赤ん坊は既に私のことを心配していないし、この子の新たな表情が見れたのだ、これで良しとすることにした。

 私は自分を納得させて、今度は大きく息を吸い込む。落下しているので一気に肺に空気が入った。そして、その空気を思いっきり吐き出した。すると落下速度が次第に落ちてくる。地面が見えた所で身体を反転し、足に集中させて着地した。着地した音がこだまして耳に入ってきた。

 眼前は東京ドームくらいの大きさに匹敵するのではなかろうか、東京ドームには行ったことはないけれども、そのくらいの規模の空間だ。周囲にぐるりと、山の表面を囲んでいたような岩石でできた白亜の円柱形の柱が一定の距離で並んでおり、柱と柱の間には青い炎が宙を浮いて燃えている。床は柱と同じ岩石を使っているのだろう、同じ白亜の石畳が敷き詰められていた。歩くたびに、タン、タン、タン、と心地よい音が響いてくる。

 私は、静寂に満ちた青白い空間の中、まるで海の中に金を溶かした水を大小2つ垂らしたような、黄金色に輝く2つの空間を目指し歩いていった。

 赤ん坊をチラリと見てみると、驚きの顔の中にキラキラした目がそれらの空間を映し出していた。

 このような顔もあるのか、と新たな発見が出来たことに、つい笑ってしまう。


『父上、いま戻りました。』


 私は大きな方の黄金色に向かって話した。その色からは、そこに何かがいるかのように、気配と体温と息遣いが感じられた。


『面白い拾い物をしたようだな。』


 低く、そして重い声が響いた。


『そうなのです。拾ってしまったからには、親元に戻すまでは世話をするつもりです。』

『………、それで、意思は変わらないのか?』

『全く。』


 父上はそのまま違う‘場所’へ行ってしまったようだ。海に垂らした色が霧散していくように、黄金色は消えていった。


『見して見して見してー!』


 今度は小さい方の色から声が響き、そこからヌルリと、ドラゴンが現れた。

 まだ小さいドラゴンだ。前世で私が住んでいた一戸建ての家くらいの大きさだろうか。

私と同じくらいに生まれたので、いつもどちらが歳上かケンカしている。でも私は勝手に弟、と呼んでいる。

 弟の表情は、全てのものに興味をもつような好奇心に満ちたものだった。


『うわー、小さいね。』


 弟は既に赤ん坊を覗き込んでいる。

 ふむふむ、と何やらその赤ん坊から様々なことを読んでいるようだが、私には全く分からない。

 ドラゴンは様々なことを見通すことが出来るらしい。らしい、というのは本人達からは確認が取れていないからだ。いつだって、はぐらかされてしまう。


『可愛いでしょ。』

『うんうん!舐めていい?』


 弟は好奇心が旺盛で、いつだって度を超えてしまう。舐めていい?の次は食べてみてもいい?になるだろう。


『だめー。』

『んだよー、ケチ。』

『だめなもんはだめー。』


 ちっ、と弟はまるで人間のように、私の真似なんだそうだ、舌打ちをして今度は私の頭に顔を近づいて、ペロリと舐めた。


『あ、そうだった。ありがと。』

『妹の血は美味しいからね〜。』

『お粗末様。』


 弟は滴った血を舐めてくれた。血が美味しい、とは中々変な気分になったが、これで傷の治りも早くなるだろう。

 ドラゴンの唾液は巷では毒だと言われているが、対象となるものでその効果は変化する。家族や愛するものには、万能薬に、害するものには必殺の毒に。


『それにしても、意思は変わらないって聞いて安心したよ!もうすぐでしょ!』

『そうだね。』

『そしたら、僕がお兄さんだね。』

『うーん、ドラゴン歴でいったらね。でも厳密には私がお姉さんだよ!やっぱり。』

『僕がお兄さん。』

『私がお姉さん。』


 弟と私はそう言って睨み合う。

 しかし、赤ん坊がいることに気づいたのでケンカは持ち越しにすることにした。


『弟よ。父上の元に行かなくていいのかね?』

『なんだよ勿体ぶって。妹よ。』


 私はこれからチョコクッキーを作るつもりなのだ。弟がいると作ったそばから食べていってしまう。


『兄の力が必要だと、素直になりなよ〜。』


 全部、お見通しだよ、と言っているよう聞こえる。が、それは無視だ。

 弟に頼むとお返しが大変なことになるので滅多に頼まないことにしているのだ。


『ほら、さっさと父上に付いて行ったら?出来上がったら少し残しておくから。』

『えー、少し?』


 私は弟を押していって空間に戻していく。弟も諦めたのか、そのまま父上と同じように消えていった。


『さて、作りますか。』


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ