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ミルクのお時間

 私はメクリミルクを煮沸消毒することにした。

 メクリの湖付近では標高が高く、火を起こす時に必要になるリースの木がないので、山を少しばかり下りてリースの木が群生したあたりで、風除けのために小さな雪穴を作った。その穴の中にリースの枝を持ってきて、風通しを考えながら組み立てていく。リースの木は樹脂が多く、乾いていなくても比較的長く簡単に燃えてくれる。また、リースの葉は着火材として優秀だ。

 適当なリースの枝をナイフで尖らせ、そのリースの枝でもう一方の枝を擦り摩擦熱で種火を作り、リースの葉に種火を移して、風を起こしながら、準備しておいた枝の山に着火させた。安定して火が燃えてきたので、巾着の中に入っている小鍋を出した。その中に革袋に入ったメクリミルクを入れて、火に当てる。

 当てながら、赤ん坊を眺める。特に喃語も発せず手を握ったまま上を見つめたままだ。


 本当に大人しいな…。義弟とは大違いだ。


 違いが見つかると、奥底にあった記憶がどんどん溢れてきた。だが、既に古びた記憶だ。前世の義弟の記憶も、私の名前も忘れてしまった。名前は忘れてしまったが、何故だか思い出だけは溢れ出てくる。私が小学生位の頃に母が再婚し、相手が連れてきたのが1才にも満たない義弟だった。


 天使だと思ったっけ。もちろん、このグムリの愛子も可愛らしいけれども、うん、どちらも目に入れたくなるくらい可愛い。けれど、義弟の時はすぐ泣いたりしていたんだけどな…。


 と、思っている内に鍋の中が沸騰してきた。


 消毒、よく分からないけど15分くらい煮沸しとけば大丈夫かな?


 ふと、チラリと赤ん坊を見ると、ジッとこちらを見ている。


『お腹、空いたよね。もうちょい待ってて。』


 と言って、手をヒラヒラさせると、プイとまた上を見てしまった。


 これ見よがしにメクリミルク飲んだのがいけなかったのかな…。我ながら大人気ないことしたな…。


 反省しつつ、赤ん坊を盗みつつを繰り返していると、あっという間に15分くらいたった。時間の経ち方は、雪穴の前に立てた枝の影の傾きで予測したが、殆ど勘である。

 鍋を火から下ろして雪の上に置き、巾着から取り出した木製スプーンでかき混ぜながら、人肌の温度に冷ました。赤ん坊を私の胡座の上に置いてひと匙ずつ口の中に入れていく。匙で食べれるようなので、もう離乳食も食べれるのかもしれない。赤ん坊にミルクを与えながら、離乳食のメニューを考えた。


『にしても、君はよく食べるね。』


 あっという間に小鍋一杯分を飲めてしまった。まだ飲み足りないようだ。

 結局、赤ん坊は革袋1つ半分のミルクを飲みきった。赤ん坊にゲップを出させたりして人心地した後、


『それじゃ、クッキーとかも作らなきゃいけないから寝床に戻りますよ。』


 と、理解しているかどうかは不明だが今後の予定を赤ん坊に報告し、火の始末をした後、赤ん坊を前抱きにしてその上に上着を羽織り雪穴から出た。

 日はそろそろ真上に昇る頃だった。目指すは父上達と共に暮らす寝床である。

  私達が暮らしているのは、名前をなんていうのかは知らないが、山脈の中でも際立って高く聳える山頂だ。暗くなれば光の友人の手助けが必要になるので、出来るなら日が出ているうちに登り切りたいものだ。


 もっと早く走れればいいんだけど。赤ん坊は寒さに弱いから、そんなに早く走れないし……………、そうか!どうして気づかなかったんだろう!


 私は自分の着ている上着を脱ぎ、その下で前抱きにしている赤ん坊を覗いてみる。突然明るくなったからか少し眩しそうだ。寒がっていないようなので、安心した。


『ごめんよ。すぐ終わるから。』


 この上着はグムリの毛皮を加工したものだ。この裏地に赤ん坊の守りの魔法陣のように、保温の魔法陣を描けば、寒さから赤ん坊を守れるだろう。というか、それを先に思いついていれば、チョコクッキーなど作る約束は必要なかったのだ。なんて馬鹿だったのだろう、と内省しながら、上着を適当な岩場の上に広げ、魔法陣の構成を考えながら、体内の中の‘何か’を人差し指に集中させ、ガリっと指の皮を噛みちぎった。そしてその血で魔法陣を裏地に描いた。描き切った後、人差し指への集中を解いて雪の中に指を突っ込むことで止血しながら、陣の構成に誤りがないことを確認する。

 血も渇いたので、上着を着ようとすると、赤ん坊はじっと上着を見ていることに気づいた。

  き、気づかなかったけど、血、血だよ!血だったよ!そりゃ、気持ち悪いですよね!血に塗られた布を当てられるんだから!どうして気づかなかったんだろう!絶対これ、引いてるよ!


 あわわわと焦りながら赤ん坊を覗こうとすると、赤ん坊も振り向いた。じっとこちらを見ている。取り敢えず、笑っとこう。よく分からないけど、うん、笑っとこう。すると、赤ん坊はまた頬を胸にひたりとつけてきた。


 こ、これは、大丈夫っすよ、って意味でいいのーかな?いいんだよね?いいよね?き、着ちゃいますよー。


 何故だか慎重に上着を着て、赤ん坊の優しさに感謝しつつ自分の至らなさを振り切るようにして走りだした。多分、今までで一番速かった気がする。日が真上に昇る頃には寝床に続く岩場に着いた。

 フーと息を吐くと、額に汗が流れていることに気づいた。上着の中を覗くと、赤ん坊の居心地も悪くはなさそうだ。保温とはいってもある程度の温度になったらしっかり熱を逃がす仕様になっている。そのような仕様になっていなかったら脱水になっていただろう。

 さて、寝床に行くには目の前に聳える岩場を登らなけれならない。私が全力で登っても1時間はかかる。問題はその間オムツを取り替えられないことだ。何とかなるかもしれないが、不安要素はできるだけ取り除いておいた方が良いだろう。私は上着を脱ぎ、それを適当な岩場の上に敷くと、赤ん坊はまた眩しそうに、今度は何だ、と私を見てきた。


『先にオムツ変えますよ〜。』


 赤ん坊は首を傾げたままだ。取り敢えず私は紐を解き赤ん坊を上着の上に仰向けにして布を捲り始めた。

 すると、赤ん坊は一気に泣き始めた。


『ごめんごめん!寒いよね。すぐ終わるから!』


 と言いながら、でも保温してるんだけどな…、と疑問に思いつつオムツを確認すると、ちょうど替え時だったので、赤ん坊を巻いている布と布の間に挟んであった替えのオムツに変えることにした。


 普通、オムツの替え時に泣くんだけどな。


 変な子だな、と思いつつ手早く処理して、元通り赤ん坊に布を巻くと、赤ん坊は頬を赤くして恨みがましく私を睨んできた。


『ごめんねー。そんなに寒かったんだね。』


 と言うと、ふてくされたようにプイとそっぽを向いてしまった。

 あらら、と思いつつ赤ん坊を前抱きにして上着を着る。


  ま、しょうがない。今度から上着を被せながらやるか。


 と、考えながら岩に手をかけ、一気に登っていった。

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