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お面

 私は、ニコ達が家に戻ったことを確認して、近くの川で行水をしてから、その屋根の上で寝ることにした。

 屋根の上に寝転がると、天が随分遠くに感じられた。改めて、父上達から離れてしまったことを実感した。


 早く、帰りたい。


 ルタン達が星々を遊びながら騒いでいる様子を見ながら、ポツリと思うのだった。




◯◯◯◯◯


「今日から一緒に暮らすことになったから。」


 久しぶりに家に帰ったと思ったら、彼女は珍しく私にそう話しかけてきた。

 彼女の隣にいるのは人の良さそうな中年の男と、抱かれた乳児。

 尚更、彼女が私に話しかけてくるのが訝しく、そのような目で彼女を眺めると、それを察したのか、中年男性が私に声をかけてきた。


「サユリさん、唐突すぎるよ。………、ミノリちゃん、だよね。」


 ミノリ、彼女の友人の名前だろう。確か彼女がスマホで誰かと話していた時に聞いたことがある。

 私のではないのだ。彼女が男に繕うためだけの名で、それは、ミノリだったり、チエだったり、マコだったり、その時によって様々だ。

 その男は、乳児を抱いたまま、腰を下ろして私と同じ目線に合わしてきた。


「何度か会ったことあるよね。僕は君の新しいパパになったんだ。」


 男はそう言って、緊張した面持ちで、私に笑いかけてきた。その笑い方はどこかで見た覚えがある。もしかしたら、こんな男が何度かここにやって来たかもしれない。

 男は優しく温かな目で乳児を見下ろした。私もその目につられて、その先を見てみる。

 ぷっくりとしていて、小さかった。


「この子が君の弟だよ。」



◯◯◯◯◯



 目が覚めたが、空はまだ薄暗い。

 なぜだか、ニコの顔を見たくなった。

 その衝動そのままに、私はプカプカと浮かびながら、寝室の窓から部屋へと入った。ベッド上の影からして、ニコはうつ伏せになって寝ているようだ。私はよく見てみようと、近付いていく。


 この子、息できているのかな……?


 ニコは枕に頭を押し付けているようだ。更に近づくと、ニコが私の髪の毛を引っ張った。


 ぬ、ぬ、抜ける!ハゲる!


 私は咄嗟にニコの手が引っ張る方向に体を移動させると、ニコが両手を首に回してきたせいで、ベッドに倒れこんでしまった。


 く、苦しい…。


「クロから近づいてきたのですから、良いですよね?」


 ニコは私の首に顎を置いて耳元で囁いてきた。


「触っていいとは言ってない。」


 ニコは更に腕をきつく締めてきたので、掠れた声しかでない。

 絞め殺す気か。苦しい。


「寝ぼけていたんです。気づいていたらこうなっていたんですよ。不可抗力です。」


 ああ言えばこう言う…。

 ニコの腕が緩んできた。


「触りませんから。」


 ニコはそう言って、私の首元を嗅いできた。何だか犬みたいだ。飼ったことなどないからわからないが。

 首元が緩んできたので、大きく息を吸って、吐いた。


「ニコはよく匂い嗅ぐよね。どうして?」

「クロ以外の匂いがしていないかということと、マーキングです。」


 犬だ。


「だったら、もう十分でしょ。ほら、離れて。」

「もうちょっと。」

「やめい。」


 私はそう言って、ニコの額に手を置いて一気に引き剥がした。その隙にまた空中に浮かぶ。

 ニコはうつ伏せになって、枕に声をこもらせながら話した。


「一晩、考えました。」

「何を?」

「クロには、言いません。」

「は?」


 ニコは今度は仰向けになって、私は見上げてきた。


 「私が考えたことを知っていただけたら、それだけでいいです。」


 考えた末の行動が、犬なのだろうか?言わんとしていることが全くわからない。

 ニコはそう言って、どこからか出してきたのか、何やらお面を出してきた。


「そこで、これです。」


 くるりと、お面を裏返すと、それはおじさんと同じようなお面だった。

 三つの角に、大小不同の丸く深い銀色の目、まん丸な赤い大きな鼻とつり上がった黒い唇。何が何だか分からず、ただポカンとその様子を見るばかりであった。


「クロがおじさんと呼んでいた道化師に作ってもらったのです、昨日。」

「はぁ。」

「クロにはこれをつけてもらいます、今日。」

「はぁ。………、は?き、昨日!?き、き、今日!?」

「はい。」


 頭が整理できていない。昨日が今日で今日が昨日?どゆこと?


「クロは私のそばから離れないでください。」

「ちょ、ちょ、ちょ、ちょ、待って。昨日、おじさんってこっちに来たの?」

「はい。シュワルを通して呼びました。」

「で?私が、この、」

「お面をかぶるんです。」

「な、何で?」

「離れたくないからです。」

「誰が?誰から?」

「私が、クロから。」

「ま、ま、ま、待って、ニコが行くのは城でしょう?私、嫌だよ。それに、蕁麻疹出ちゃうよ。」

「そのための、これです。」

「え、蕁麻疹出ないの?」

「他が大丈夫になります。」

「他なの!?」

「私と一緒なら、大丈夫でしょう?」

「何、その自信!?嫌だよ、昨日もやっぱり蕁麻疹出ちゃったんだよ!」


 そうなのだ、昨日はシュワルのせいで蕁麻疹が出てしまった。生きた人間を直接見たりすると蕁麻疹が出るのだ。


「昨日って、誰かと会ったんですか?」


 ニコはずいっと上体を起こしてきた。

 言った後で墓穴を掘ったことに気づいた。


「き、昨日、ニコが帰るまで後ろから付いて行っただけだよ。」

「っ!………、シュワル、ですか。」


 私は仕方がなく、コクリと頷く。

 ニコはボスリとベッドに倒れこみ、ああ、と長髪をかき上げながらうな垂れた。


「まさか、クロに見られていたなんて……。」


 どうやら、昨日の落ち込んでいた様子を私に見られていたことに、落ち込んでいるらしい。しばらく、ニコは落ち込むと、目をパチリと開き、私を見据えた。


「クロ、慰めてください。」


 どういう了見だ。

 ニコはそう言って、片手だけ私の方に伸ばしてきた。私はその手を握って握手しながら話を戻すことにした。


「話は戻すけど、ま、そういうわけだからね、私は行かないよ。」

「クロのせいなんですから。そして、これは、慰めてくださるということですよね。」


 ニコはそう言って、私の方を見ながらニヤリと微笑んだ。


「は?」

「この手は、そういうことですよね?」


 ニコの目線の先には、ニコと握手している私の手がある。

 そういうことではなかったのだが、そういうことなのだろうか、いや、そういうことになってしまったのか。


「離しませんから。クロが付いてきてくれると慰められるんです。行きましょう。」


 ニコは有言実行である。ニコの手は抵抗する私から離れることなく、城へ向かう準備をさせられた。

 



 私たちは朝食を摂り、玄関へと向かった。私の今の格好は、道化師である。おかしな点は、髪を覆うようにレースをあしらった黒い布を巻かれている点と、ニコと手を繋いでいるくらいだろうか。元々の私の格好から言えることではないが、充分怪しい。


「ニコ、いいよ。姿を消して行くから。」


 と私が言ってみるが、ニコは「問題ないです。言ったでしょう」と言って首を振るばかりで取り合ってくれない。

 私は多大なる抵抗心で、ニコの手を引っ張るように、ゆっくり歩くのだが、ニコはずんずんと歩いていく。

 玄関の扉を開くと、こちらに向かってシュワルがやってきた。真正面から見るのは初めてだ。シュワルは目尻が上がった茶色の瞳に、眼鏡をかけている、どこか冷たそうな印象の顔だ。


 「ニコル、ちょうどよかった。もう馬車はつけてある。」

 「ああ、ありがとな、シュワル。ちょうど良かった。……クロ、こうして会うのは初めてでしょう?紹介しますね。」


 私は、シュワルが私を前にして特に表情に変化がないのを不思議に思いながら、ニコに頷いた。


「こいつはシュワル・ストルガツキー。土属性の魔術師です。外面はいいのですが、内面は非常に捻くれている面倒な奴

です。」

「ニコル、それ紹介する言葉じゃないだろ。」

「全ての行動に裏がありますから、気をつけて下さい。………、ああ、ちょうどいいところに。」


 ニコの目線の先を追ってみると、空から赤毛の体格のいい男がグリフに乗ってやってきた。


「あれが、セルゲイ・ローゼンフェルドです。彼には魔力がありません。騎士団に所属しています。昨日も言った通り、実直な男です。いい意味でも悪い意味でも、ね。今日もクロの護衛に就かせています。」


 セルゲイはグリフから降りてこちらに近づきニコの目線に気がつくと、この世界での敬礼なのだろうか、直立不動に右拳を天に突くような姿勢をとった。

 ニコの含みのある紹介に、あそこからでは聞き取れていないのだろうな……、と思うとセッちゃんに同情した一方で、それ以上に、魔力を持たないはずのセッちゃんが私を前にしても表情が変わらないことに驚いた。

 シュワルが「俺らが何かやらかしたんだったら直接言えばいいだろう、この陰湿野郎。」とか、ニコが「お前に言われたくない、陰険野郎。知られんの癪なんだよ。」「また笑ってやるよ。」とか何やらゴソゴソ言い争っているが、私はそれを割くようにニコの手を少し引っ張った。ニコはすぐに振り向いてきた。眉毛から上は怒って、下は笑っているという、ある意味器用な顔だ。


「どうしました?」


 私はニコの耳に口を近づけて、シュワル達に聞こえないように声を潜めて尋ねた。


「ニコ、何かした?二人ともどうして普通でいられるの?」

「ああ、その仮面ですよ。」

「これ?」

「はい。それは、被ったものの魔力をどの属性でも完全に抑えられるんです。」

「だから、これを被っていれば大丈夫ってこと?」

「はい。」


 そんな便利グッズがあったとは知らなかった。つまりだ。これがあれば人前に出るとき、ラタンの助けを借りなくてもいいのだ。他が大丈夫というのは、こういうことだったらしい。


 もう少し早く手に入れていれば………、


 そのような仮定をして、要らぬ希望的観測を行おうとしたとき、ニコは凄みのある満面の笑みで私の両手を握り始めた。


「これで、私と、一緒にいられますね。」


 ニコの言わんおうとするところがわからず、そのまま固まっていると、ずいっと近寄ってきたので、反射的に首ふり人形のようにコクコクと首を上下に振った。


 過去は変えられないし、前向きに考えなきゃ……。うん、これで城に潜り込んで女の子を探り出そう。

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