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実行

 ニコの手を掴んで、丸テーブルの椅子に座らせる。

 私は鍋からシチューを皿によそって、ニコの前に置いた。ニコは固まったままだ。

 自分の分もよそい、サラダとパンを置いて、食事を始めることにした。


「いただきます。」

「い、ただきます。」


 ニコは段々動けるようになってきたようだ。スプーンを持ってシチューを口に運んでいる。

 私はその様子をこっそり盗み見ると、ニコは口元が緩んで私を見てきた。


「クロ、とても美味しいです。有難うございます。」

「どういたしまして。」


 ほっと安堵して、私も食べ始める。


「クロの手料理を一生食べたいです。」


 全て綺麗に食べ終えて、ニコは重い台詞を口にした。


「一生は無理だよ。」


 私が正直にそう言うと、ニコはカタリと金属のスプーンを皿に置いて、私の顔を真正面から伺った。


「どうしてです?」


 ニコは微笑んでいるが、言葉も、その空気も重い。


「私は心残りを消したら、ドラゴンになるから。」


 私も、ニコに言い聞かせるように、想いを解くように、ゆっくりと話した。


「ニコは、私を愛しているだとか、結婚したいだとか言っているけど、それは家族に対する感情と取り違えているだけだよ。」


 言った。

 私は言い切ったのだ。

 そろそろと、ニコの顔をみると、同じように微笑んだままだ。

 しかし、空気はずっと重くなっている。

 その様子を見て、私は言葉を重ねた。


「もっと、外を見なよ。お願いだから、私みたいなのに引きずられないでよ…。」


 ニコがピクリと動いたので、何か言い返すと思い身構えたが、ニコは頬杖をついただけだった。


「ニコ?」


 私がニコに問いかけると、ニコは片方の口角を上げて、まるでどこかの悪役のような笑みを向けてきた。


「それだけですか?」

「は?」

「クロ、前から思っておりましたが、」

「な、何?」

「貴女は、本っ当ーに、バカですね。」

「は?」


 まさか、バカという単語が出てくるとは思わなかった。前世ではよく言われていたけれども、そして今でもバカは自覚しているけれども、まさかこのタイミングで言われるとは思わなかったのだ。


「そんなことで、私の感情を受け取れないのですか?」

「そ、そんなことって…。」

「クロは、私のことも、クロ自身のことも見くびりすぎです。」


 言っている意味がわからなかった。見縊っていないから、今この話をしたんじゃないか。

 ニコはふーっと息を吐くと、何かを決意したように、テーブルの上に手を組んで姿勢を正した。


「わかりました。」

「え、な、何が…?」

「やはり、私からの愛情表現が足りなかったということですね。」

「は?」

「みてて下さい。全部引っ括めてしまうので。」


 ニコはそう言って、席を立った。

 私は愕然として、喉の骨が取ろうとしたら更に深く刺さったのを感じた。

 ニコは私に近づいて、手を差し出した。


「来てください、クロ。私からは触れませんから。」


 私は見上げてニコの顔を見てみる。

 ニコの瞳は揺るがず、確信に満ちていた。

その瞳に、私の手は引き寄せられ、いつの間にか、ニコの手を取っていた。

 同時に、その瞳に私の胸はえぐり取られた。

 ニコは私が手を取ると、その手を軽く引っ張って、私を抱き込んだ。


「ちょっと、移動しますね。」


 ニコは呆然とした私をそのまま抱えて、窓から外へ飛び出した。

 外は日が沈んだばかりで、赤紫色に山々を縁取っている。ニコが向かったのは森の中だ。すっかり暗くなった森の中の木々の間を縫いながら、辺りを見ると、フワリの光の筋が見える。時々、パチリ、パチリと音がした。


「クロ、着きました。」


 ニコは私の耳に口を近づけて囁き、手を繋いだまま私をそっと地面に下ろした。

 着いたのは、のっぺりと暗い湖だった。


「ニコ、こ…。」

「し、」


 ニコは口に人差し指を当てて、私に微笑んだ。私はすぐ口を閉じる。


【ふわぁー】


 ルタンの欠伸が聞こえた。欠伸の音がした方を見遣ると、遠くの方で沢山の光の精霊の姿をとらえた。赤紫色の光が細まっていくのに従って精霊達の姿は段々薄まり、代わりにフワリが飛び出している。

 同時に、ルタンを攫うかのように風が吹いた。

 それに乗って、フワリはここの湖を照らし出した。

 湖から浮き出てきたのは、水面に浮かぶ白色の蕾だった。その白色の蕾はフワリの黄白色の光に染められている。

 フワリが湖の方へと降ち、その蕾にパチリと当たると、その蕾達は一気に花咲かせた。

その花は湖に浮かんで、天に向けて銀色の光を放っている。

 湖の水面にはフワリの光とぼんやりとした星々の光が浮かび、まるで湖の中にある別の世界から顔を出しているように思えた。

気がつくと、周りはフワリだらけになっていた。

 ゆらゆらと揺れるフワリの黄白色と、花々の銀色に浮かぶ光で、まるで星が漂う海の中にいる心地がした。

 夢心地のまま、その様子を見ていると、次第にフワリは破れ果て、花達の光も失われた。

 辺りはすっかり黒く染められていった。隣にいるニコも輪郭が溶け込んでいた。

 ニコは握っている私の手を強く握りしめた。


「クロにこの光景を見させたかったんです。」


 私も、その手と言葉に答えるように、その手を強く握った。


「うん……うん、綺麗だった…ありがとう、ニコ。」


 ニコが更に私に近づいた気配がした。


「もっともっと、沢山のものを貴女に見せたいです。そして見て、感じていきたい、一緒に。」


 その言葉が紡がれるのと同時に、ニコの吐息が私の顔にかかったので、ニコの手を繋いでない方の手で、近づく物体を押し出した。

押し出したのはニコの顔面だったようだ。ニコのくぐもった声が聞こえた。


「ニコ、私が許可しない限り近寄るの禁止。」

「え。」


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