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準備

 ニコの言葉に呆気にとられてしまったが、ニコが出て行った後暫くして、やっと正気を戻すことができた。


 予想以上に、執着しすぎじゃないだろうか…


 ニコの想いの深さに愕然としながらも、夕食の時には必ず、その想いを解こうと決意することにした。


 まぁ、先ずはここの言葉を知ることだよね。


 その国の言葉を知らなければ、その国の考えや性格を真に知ることはできない、確か前世の高校か大学の先生がドヤ顔で言っていた言葉だ。

 言葉とそれらにどれだけの関係性があるのか全く分からないが、シュワルの時々発する言葉を理解しなければならない、と本能が叫んでいる。

 早速、私は目の前にある本を開くことにした。

 ドラグモンド語は私の話す言葉、古代語から凡そ変化したようだ。多くの類似点が見られておもしろい。

 私は、出来るだけ学習効率と身体の回復効率を上げられるように集中することにした。


 これでニコに主導権を握らせないようにするんだ。


 確固とした決意は、集中するのを促すようで、日が真上に昇る前にはドラグモンド語を殆ど習得することに成功した。

 それと同時に、身体も自由に動かすことができた。

 ふう、と一息つくと、それに合わせてきたのか、ちょうどこの建物に近づく馬に引かれた車の音が聞こえた。

 車から降りた人間の気配はニコでもシュワルでもない。


  誰だ?


 私は息を沈め、ベッドから下り、玄関の方へと、全ての気配を失くして近づいていく。

 すると、男性の声が聞こえた。


「ニコル=ハルヴァン様は御在宅か?」

「主人は既に城だ。何か用件でも?」


 男性の問いに答えたのは、ニコの言っていたセルゲイ・ローゼンフェルドだろう。


「昨日、ニコル=ハルヴァン様が異形のものを匿ったという話を聞いたものでね。其方、何か存ぜぬか?」

「知らん。」


 ニコの言っていたことは確かなようだ。実直なセルゲイ君は有無を言わさず否定した。


  この子…、良い子すぎるよ…。


 セルゲイ君、いやもう、セッちゃんと呼ぼう。残念すぎるから。

 言葉とは裏腹に、匿っていま〜す、と言っているかのようなセッちゃんの返答に、男性は不敵に笑って車に乗った主人へと耳打ちしている。


「イルマ様、如何致しましょう?」

「ハルヴァン様を、私は信じるわ。」


 声の主は女の声だった。

 しかし、その女主人、幾人かに命じてこの建物に潜り込ませるようだ。何人かが入り込もうと、じりじりと近づいてくる気配がした。


  ニコ、お友達ができたんだね。


 多分、この女性はニコを心配しているのだろう。だからって不法侵入で訴えられてもおかしくないような行き過ぎた調査は考えものだが、私のような怪しい闖入者には妥当な対応かもしれない。

 女性は命じると、そのままセッちゃんに問い質した男性とここから離れていった。


 さて。


 その女性が命じた輩は5人。

 この建物に潜入しようと距離を狭めている。


  あの女性の懸念はわかる…。私みたいな怪しい奴が友達の近くにいたらたまったもんじゃないもんね。


 けど、だからって私が相対するのは違うよね。


 そう、私だって好きでここにいるわけではないのだ。だから、彼らには御居処してもらうことにする…。

 そう思った時、動いたのはセッちゃんだ。躙り寄る彼らを次々と地に這い蹲りさせている。


 セッちゃん、侮ってたわ…。


 ごめんね、とセッちゃんに勝手に謝ることにした。

 セッちゃんはひと通り片し終えると、また定位置に戻っていった。

 私は暫く外の様子を伺ったが、何も変わりがないようだ。それを察したのだろう、セッちゃんは筋トレをし始めた。


  私も、暇つぶししようかな。


 こんな時は、お家探検だ。

 未知なものへの遭遇を期待して、ドキドキしながらこの家を隈なく調べることにした。


 ふふ、そう言えば義弟のエロ本探しとか面白かったな…。


 エロ本に載っている豊かな体をまじまじと見ていたところで義弟に発見されたのは、今では酸っぱい思い出である。


 玄関の真正面にある細かな彫刻が施された一つ目の扉を開くと、大きく豪華なホールだった。

 天井からは立派なシャンデリアが吊るされ壁には絵画が並んでいる。

 窓がなく、シャンデリアには火が灯っていないので、薄暗くて豪奢な分だけ空虚な様子であった。


 私が使うことはないだろうな…。


 そう思ってそっと扉を閉じた。

 多分、このホールはニコが誰かと謁見するための部屋だろう。ニコは変態だが、なんだかんだで王族なのだ。

 ホールの右脇にある、また豪奢な扉を開けてみると、家族何人いるんですか?と聞きたくなるほど長いテーブルがあった。ここで食事を取るのだろうが、私は御免こうむりたい。

 次に扉を開いたのは、その脇にある小さな木製の扉だ。私が入るのにちょうど良いので、ニコが入る時には屈まなければいけないだろう。入ってみると、中は料理場だった。調理道具や皿はよく清潔に整理されていて、使い込まれているようだ。床には地下へ続く扉があり、下へ行ってみると、食料庫だった。

ハーリナ粉、タリィなど知ったものから知らない食料まで、様々なものが並んでいた。


 ここは使うね!


 知らない食料については、後でニコに教えてもらうことにして、次の扉に向かことにした。

 一階は一通り見たので、二階に上がることにする。階段から一番奥が先ほどまでいた居間兼寝室である。

 先ずは手前から扉を開くことにした。

 中は風呂場だった。大きな浴槽があり、中に入るのが楽しみだ。熱いお湯の中に身体がほぐれるまで浸っていたい。

 その隣の扉は、開けたがすぐ閉めることになった。昨日見た人形やら何やら、言葉にするのが億劫になるものが並び、中央に机がある。ニコの書斎なのだろうが、私が入ることはないだろう。

 えんがちょ。

 その隣、寝室の手前の部屋は図書室であった。壁全面と、その間に6列ほどの書棚が並んでいる。その中には、魔術に関しての本もあり、私は迷うことなくそれを手にすることにした。

 本を開いてみると、知らない専門単語の羅列だ。私は寝室にもどって辞書を取りに行き、また読み始めることにした。


 内容は、魔法の発現の仕方、である。

 読み進めていくにつれて、私が体内にある‘何か’は、所謂魔力であることがわかった。

 生きとし生けるものは全て、魔脈と呼ばれる魔力循環経路がある。その魔力を人間の場合、筋組織や神経組織などに集めていけば、それぞれの能力が飛躍的に伸ばすことができるのだ。

 私が調べたい項目である、別属性の魔法陣については、殆ど記述らしいものがなかった。

 私は他の本もどんどん手に取っていき、一通りこの図書室の本を読んで分かったことは、人間に全属性の魔法陣を発現させることは不可能であるということだった。


 難しいってことは分かってますっての。


 私は口を尖らせながら、ゴロリと石床の上へと転がる。ひんやりとした床が気持ちよく感じられた。

 魔法陣の歴史は浅く、本当に最近開発されたものなのだそうだ。一方、別属性の魔法を発現させる研究は随分進んでいるようだ。

 本によると、別属性の魔法を発現するためには、まず魔法の色を得る必要がある。

 属性は、風、土、水、火、雷、そして光と闇があり、それぞれの色は、橙、茶、青、赤、黄、金、銀だ。そして、魔力が大きいほど、その色は濃くなっていく。

 人間の場合、その別属性を得ると、髪と瞳がその色に変わっていく。ニコの髪と瞳は深い青色なので、人間にしては大きい魔力を持った水属性ということになる。

 しかし、色が得られたからといってその属性の魔法を発現できるわけではない。属性神から好かれる、ということが絶対的な条件なのだそうだ。そのためには呪文が重要らしい。


  しかし、私はその呪文に物申したい!


 呪文の内容は、『吹き飛ばせ、リェーリエ!』や『燃やしてしまえ、ファストリア!』などだ。


 お、恐ろしすぎる、失礼すぎるよ…、絶対これ言ったら私だったら弄られるね。


 それとも、私が嫌われているからなのだろうか、と訝しみながら思案していると、お腹が鳴り始めた。そろそろお昼時だ。

 本を片して、寝室にニコルが置いてくれたお弁当を食べることにした。

 ご飯は布を被せた籠の中にあり、布を取ってみると、中はバゲッドが2つとタリィスープがあった。バゲッドの間には、葉野菜と渦巻き型のエビのようなものが挟んである。

 」 じゅるりと涎が口の中に溜まってきた。


  あ、そういえばセッちゃんのご飯ってあるのかな?


 今でもセッちゃんは、ずっと筋トレをし続けている。

 私はバゲッドを1つ食べ、もう1つはセッちゃんにあげることにした。タリィスープは半分に取り分けた。

 もぐもぐと口を動かしながら、

 それらを籠の中に入れて、そっと玄関のドアから外に置く。しばらくすると、セッちゃんは籠に気がついたようだ。

 任務完了、とその場を後にしようとすると、「有り難うございます!」とセッちゃんの野太い声が響いた。

 予想外のことに私は驚き恥かしで、咄嗟に近くの扉を開けて中に入った。中は料理場だった。


  あんな風に感謝されるなんていつぶりだろうか。恩着せがましかっただろうか…。


 と、グジグジ悩んでいたが、手を動かして紛らわそうと、今日の夕飯を作ることにした。


 勝手に作っても、ま、いいよね。


 それに今日の夕飯の時に、ちゃんと話すのだ。主導権を握るのにもちょうど良いかもしれない。

 私は食料庫に降りて、食材を吟味しながらシチューを作ることにした。

 食料庫の奥の保冷庫の中には、バターとミルクがあるので、これにハーリナ粉を加えてホワイトソースを作る。具は適当に切って煮込めば大丈夫だろう。そして付け合わせにサラダでも作って、パンを焼けば完成だ。

 シチューの具を適当に切る段階では、逃げ出そうとしたり、脅そうとしたりする野菜達がいたが、宥めたり眼つけたりしていったら自分から鍋の中に入ってくれたので非常に楽だった。

 サラダは葉野菜は流石になかったので、タリィサラダを作ることにした。目潰しをしながら、千切りにすればいいだけなのでお手軽なのだが、見た目が青いので食欲はそそらない。美味しいんだけどね。

 パンが焼き上がる頃、調理場の窓を覗くと、そろそろ日が落ちる頃だ。

 出来上がった料理を二階に持っていく頃には、馬車が近づく音がした。

 気配からしてニコだろう。

 ニコはシュワルを居間の前に待たせて、中へ入ってきた。


「おかえり、ニコ。」


 私がニコの方に振り向いて、ドラグモンド語でそう言うと、ニコは目をキラキラさせながら手を広げて走り寄ってきた。


「動けるようになったのですね!それに、私のために言葉を覚えてくださっうっ」


 ゴン!


 ニコが射程距離に入ったので、躊躇なく拳を振り下ろした。


 うん、いい音だ。


 ニコは頭を押さえながら、床に這いつくばっているので、私はそこに腰を下ろし、ニコに先ずは文句を言うことにした。


「ニコ、人が身動き取れないからってベタベタベタベタ、触らないで。」


 ニコは片手をジリジリと伸ばしながら、反論する。


「そ、そんな。ベタベタなんて…」


 ニコの伸びた手は私の足首を掴んだ。


「…触っておりません。」


 ニコが私の足首をそのまま引っ張ってきた。私は姿勢を崩し、横へ受け身を取ると、ゾワリと鳥肌がたった。ニコが私の足を持ち上げて足を摩っている。


「まだ。」


 そう宣うニコの方を見やると、ニコは摩りながら、私の足を鼻に近づけて嗅いでいる。


『っっっっっんの、変態!』


 頭がパニックになっていたので、古代語で悪態をつきながら、私はニコの顔面に蹴りを入れて、ニコの頬を横へと思いっきり引っ張った。


「ひはひひゃひゃひへふは。(痛いじゃないですか。)」

「ニコは私が許可しない限り触るの禁止。」

「へーーーー!?(えー!?)」


 私はニコの顔を引っ張って、面白顔を作っていくと、頭に上った熱を落ち着かせることができた。そして、この距離間だと危険だということを察知し、ニコから離れて姿勢を低くしながら避難した。

 ニコは胡座をかいて頬を摩りながら、私をなぜか睨んできた。


「もともとは、クロが悪いんですよ?」

「はい?」

「クロがセルゲイ・ローゼンフェルドに私があなたのために作った昼食をあげたでしょう?」


 ニコはそう言って、目で扉のすぐ近くに置いてある籠を差した。


「え、何が悪いの?セッちゃん、お昼食べてないみたいだったよ?」

「!、セッちゃん??そんなに親密なんですか!?」

「いやいや、会ったことないけど、こっちが勝手に呼んでるだけ。」


 私がそう言うと、ニコは少女漫画の悪役がやるように、親指の爪をギシギシ噛みながらブツブツ呟いている。


「私の時は、愛称で最初から呼んでいただけなかったのに……。何故セルゲイなんかに…。」


 ニコはまた私に顔を向けて、宣言するかのように口を開いた。


「よってさっきの禁止令はなしに。」

「却下。」


 どんな論理だ、と思いながら私は即答すると、ニコは立ち上がって私に近寄ってきた。


「クロ、貴女は、私が貴女のために作ったものを他人にあげ、更にその他人を愛称で呼んでいるのです。どれだけ私が傷ついたか。」

「え、傷つくの!?」

「ええ。では…」


 それは初耳だった。

 しかし、もう触られるのは嫌だ。

 ニコの期待した顔に向かってはっきりと言ってやった。


「でも、触られるのはヤダ。」

「え。」


 ニコは私の言葉に何故か固まる。今までの流れでどうして許すと思ったのだろうか。

 私は一息つく。

 本題はこれではないのだ。

 私は踵をあげ、赤ん坊の頃のようにニコの頭をポンポンと叩く。


「ニコ、ご飯作ったから、温かいうちに食べるよ。」


 ニコは固まったまま、コクリと頷いた。




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